動く騎士
戦略的撤退と言えば聞こえは良いが、結局は敗北と言っても良い。
いや、戦果は多少あったのだから引き分けか。
太田とゴリアテは、新たに建築された城を調べる事はほとんど出来なかった。
しかし判明した事もある。
既に城の中には敵が多数存在しており、高性能な大砲まで備わっている。
正体不明の溶解液のような物から、多数のガトリングガンを装備して、城も兵も脅威だという事が分かった。
正直なところ、僕は太田とゴリアテなら勝てるかなと思っていた。
ゴリアテが率いる大盾隊と、太田が率いる様々な武器を装備したミノタウロス。
そしてオールラウンダーな蘭丸に、痒い所に手が届く水嶋の爺さん。
彼等なら多少の劣勢でも、どうにかなるだろうと考えていたのだが、僕も一つ忘れていた点がある。
それは僕達が身内同士で争い、戦力をかなり消耗していたという点だ。
記憶を封印されたゴリアテ達と、反魔石のおかげでそれを逃れた太田。
二人の部隊はどの戦場よりも、疲弊していたのを失念していた。
そうなってしまったのも、分からなくはない。
元々はライバル種族だった両者。
今でこそ手を取り合って僕達の下で仲良くやっているが、一つ何かが崩れれば、雪崩のように関係が悪化してもおかしくなかった。
両者から負傷者が大勢出たのは、それだけ両者が本気でぶつかった証拠だろう。
ただし、逆の事も言えるはず。
再び手を取り合った両者なら、更なる相乗効果が生まれるのではないか?
負傷者が多く出た事で、両者は更に密接な関係となった気がする。
そこで僕は思った。
太田とゴリアテがタッグを組んだら、ムッちゃんと長秀よりも強いんじゃないかと。
地図を見ながら答える水嶋。
だがそれを聞いた一行は、現実的ではないと否定する。
「水嶋殿、それは難しいですよ。まず手を組むとしても、どのように連絡を取るおつもりですか?」
「そうです。ワタクシ達が居る越前国と騎士王国が繋がる街道は、封鎖されています。あちらと連絡を取る方法が無いです」
「だから、それを考えろと言っている」
「他人任せ!?ジジイ、それは無責任だろ」
ゴリアテと太田に論破されると、水嶋はその方法を二人に考えろとぶん投げた。
確かに騎士王国と手を組めれば、越前国が置かれる状況は一変する。
現状どの魔族からも援護は来ない中、唯一自領を防衛出来ている越前国。
しかしその戦力は既に風前の灯で、太田やゴリアテ達が居なければ、いつ陥落してもおかしくなかった。
そして彼等は魔王配下の手の者である。
いつまでも彼等が越前国に滞在しているわけにもいかず、お市は戦力増強策を取らなければ、越前国は越中国と同じ運命を辿ると考えていた。
「あの・・・」
「フライトライクで飛んでいくのはどうだ?」
「目立ち過ぎます。それに向こうもおそらく、向こうも空戦能力があるはず。高性能な大砲の的にもなりかねません」
「うぅ、ではどうする?」
水嶋はせっかく出した案を、即却下されて言葉に詰まった。
他案を出せと皆に聞いても、案は出ない。
そこで蘭丸は、最後の手段を取った。
「お前、何処に連絡している?」
「ジジイ、ちょっと黙ってろ。あ、もしもし。官兵衛殿か?」
「状況は理解しました。となると、やはり最高責任者であるオケツ殿と、連絡を取るべきですね」
「しかしオケツ殿は、まだ最高責任者なのですか?」
「あの!」
太田が質問をすると、官兵衛は少し悩んだ。
騎士王国とは、全く連絡が取れていない。
記憶の封印と共にオケツは、トキドやウケフジという強力な騎士と敵対してしまった。
国が割れ、その後どうなったのか、誰も知らないのである。
「サマ殿が居てくれたら良かったのだが」
「だから、ここに居るんですけど・・・」
「・・・ナニィ!?」
全員が声を上げて驚くと、シャマトフセの目には涙が浮かんでいた。
「何度か声を掛けたんですけど、誰からも相手にされなくてですね・・・」
「アレ、アンタだったのか!?」
「うぅ・・・。扱いが酷過ぎる」
「これがオケツの系譜か。サマ殿、すまない」
無視されたのはオケツのせい。
誰もがそれで納得すると、サマの目から涙が溢れる。
「それで、どうなったんだ?」
「おそらくキチミテ様は無事かと。トキド様とウケフジ様が無理に攻勢に出ていない限り、敗北は無いと思われます」
「どうしてそう思う?」
「私がタケシ殿のサポートを頼まれた時には、もう膠着状態に入っていたんです」
サマの言葉を聞いて、水嶋やゴリアテは頷いた。
だが蘭丸や太田といったオケツもトキドも知る人物は、どうしてオケツを無理に攻めなかったのか、気になっていた。
「こう言っちゃ悪いけど、トキド殿に本気で攻められたら、オケツ殿は勝てなくないか?」
蘭丸の本音を聞いたサマは、ムッとする。
ちょっと不機嫌そうな顔をしつつ、彼はそれに反論した。
「キチミテ様が本気を出せば、トキド殿とも戦えます。しかしキチミテ様はそれをせず、二人に書状を出しました」
「それは何と?」
サマは蘭丸をチラッと見ると、言葉を続ける。
「キチミテ様は外の世界ではなく、騎士王国内の事を考えていました。皆さんにこう言うと失礼ですが、魔王様の事で揉めて国力を落とすよりも、静観して決着が付いてからお互いに動こうと」
「なるほど。賢い選択だ」
「ありがとうございます」
水嶋に褒められると、サマは頭を下げる。
水嶋は改めて思った。
そのまま静観していれば、魔王がこの状況を打破してくれる。
そうなれば記憶も元に戻り、トキドやウケフジとの争いの原因も無くなる。
そこまで考えていたのか分からないが、それでもオケツの判断は最善だと感心していた。
「だから約束を反故にしていなければ、キチミテ様は無事です」
「ならばサマよ。あの街道以外で、騎士王国に入る方法は無いのか?」
お市に問われるとサマは、申し訳無さそうな顔をした。
「すいません。後は獣道で、どれだけ時間が掛かるか分かりません」
「それでは仕方ない。時間を掛けて、獣道を使っていくとしよう道は分かるか?」
「それは任せて下さい。しかし、あの乗り物では通れませんよ
?」
トライクでは通れないと言われ徒歩の旅路だと分かると、水嶋は少し嫌な顔をした。
そして突然咳をし始め、妙な事を言い出した。
「ゴホゴホ!やっぱり俺は駄目だな。身体がついていかん。歳かなぁ?」
「テメージジイ!普段から肉を食いまくってる奴が、急にそんな弱々しくなるはずないだろ!」
「若者がイジめてくるし、俺は今回は無理だぁ」
「こんな時だけ老人ぶるな!」
二人が言い争いを始めると、外が騒がしくなった。
するとお市の下に、天狗が慌てて駆け込んできた。
「何事じゃ?」
「報告します!騎士王国のワイバーン隊、新たに造られた城へ攻撃を開始しました」
天狗の言葉を聞いた一行に、緊張感が走った。
そんな中、サマが天狗にある質問をする。
「ワイバーン隊!鎧の色は何色ですか?」
「色?とても目立つ赤い色だった」
「赤備え!」
サマが言うよりも早く、水嶋が叫ぶ。
「トキド様です!しかし、どうしてあの城を?」
「それは分からん!しかし、これだけは分かる。今が好機じゃ!」
お市の言葉に、妖怪達が動き出した。
ゴリアテと太田も怪我人を除いた連中に声を掛け、再びトライクへ向かう。
「蘭丸!」
「行くぞ!痛っ!」
走り出した蘭丸が、貫通した左腕を押さえる。
それを見た水嶋は、蘭丸の肩を掴んだ。
「お前は療養だ」
「馬鹿を言え!そしたら誰が運転をする?」
「俺が自分でやる。幸い、燃料はあるからな」
主要な連中のトライクには、サブタンク扱いでアポイタカラが常備されていた。
戦いの中で魔力が尽きても、必ず帰還出来るように配慮されている為だ。
それを知っている水嶋は、それを使って走ると言った。
「だが、俺だけ休養というのは」
「お前が活躍する時は、必ずやって来る。今無理をすれば、お前は後々後悔するかもしれない。それでも良いのか?」
「今やらなければ、後悔するという方が普通じゃないか?」
「バカタレ。将来を考えれば、俺が言った方が正解だ」
蘭丸は考え込んだが、どちらも正解なような気がしつつ、どちらも間違っているような気がして、混乱している。
「とにかく!ここは任せておけ。今は休む時だ」
「チッ!ジジイが優しいと、調子が狂うな」
「ほざいていろ」
水嶋は太田達の後を追って走っていく。
それを見送った蘭丸は、ポツリと独り言を呟いた。
「テメー、やっぱり元気じゃねえか」
トキドは、困惑していた。
自信を持って出撃したはずが、謎の兵器に高性能な武器。
そして魔王しか持たないはずのトライクを自在に操る敵に、ワイバーン隊は劣勢を強いられていたからだ。
「散開しろ!固まれば大砲の的になる」
「し、しかしフライトライクが行く手を阻んで・・・」
トキドと話していた騎士が、溶解液が命中して落下していった。
トキドは唇を噛むと、再度命令を伝える。
「散開だ!バラバラに行動しろ!」
トキドは大きく手を振りながら、騎士達を動かしていく。
トキドが意識をそちらに割いていると、突然横から刃が飛び出してくる。
それを間一髪で避けたトキドは、すぐに相手を確認した。
「ぐっ!誰だ!?」
「流石は騎士王国の騎士。その赤い鎧が最強の証というのは、噂だけではないようだ」
「ネズミ?しかも刀だと!?」
トキドは困惑した。
見知らぬ者がフライトライクを操り、そして騎士王国の騎士が愛用する刀を持って戦っている。
自分が知る魔族とは、大きく異なっていた。
「貴様が死ねば、騎士王国の士気はガタ落ちだ。だから俺は秀吉様の悲願の為に、お前をここで殺す」
「戯言を!」
どうせ格好だけ。
トキドは相手が刀を上手く扱えるはずが無いと、タカを括っていた。
しかしその予想が外れ、しかも自分と同じくらいに強いと分かると、馬鹿にしていた自分を恥じた。
「俺にばかり集中していて良いのか?」
男と何度か斬り結んでいると、大砲の弾がこちらへ飛んできた。
それをトキドの愛騎である国江が炎を吐いて空中で爆破させると、黒い煙を国江が切り裂き男へ迫った。
「もらった!」
「やるな」
トキドが必殺だと思った一撃を、男は間一髪防ぐ。
再び相対した二人は、改めてお互いに名乗りあった。
「ケルメン騎士王国の騎士トキド。貴殿は名のある戦士とお見受けする」
「俺は豊臣秀吉様が配下、加藤清正。熊本城の城主であり、そして妖怪鉄鼠である」




