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恨みと期待の間にあるもの

 計画には乗るがおそらくは無理。

 それが僕の出した結論だった。

 ライプスブルク王国の第三王女、キルシェは外洋への漁業を行いたいと提案してきた。

 しかしそれには幾つもの点で、現状では不可能な要素が多かった。

 それを説明した結果、この計画は一時中断という事になった。


 これが頓挫すると、王国はいつか滅びる。

 彼女が言うその理由は、僕達に原因があるらしい。

 王国の得意分野である農業だったが、それを少人数で大きくする事が可能なのが、僕等魔族の使う魔法だった。

 若狭から手伝いに来てもらっているノーム達の仕事ぶりを考えると、まさにその通りとしか言いようがない。

 加えて農地を囲う塀作りも僕が作っていたので、心当たりがあり過ぎたのだった。

 帝国が魔族にやらせる前に、既に僕が一部で同様の事をやらせている。

 この時点で、彼女の中では王国の衰退は決定的だと判断したようだった。


 その衰退を止めるべく動いた彼女は、様々な事に挑戦をしようとしたらしい。

 それは現代日本で行われている、発電施設の開発だった。

 その結果が愚姫という称号だった。

 時代を先取りし過ぎた彼女は、周囲からの賛同を得る事が出来ず、空想に頭を働かせる愚か者と侮蔑されているようだ。


 そんな彼女にも協力者が居る。

 王国の未来を勝ち取る為に選んだ方法。

 それは再び聞く事になった、下剋上だった。

 あっちもこっちも下剋上。

 乱世とはこの事を言うのだろう。

 しかし魔族嫌いの今の王国よりも、中身がおっさんだが理解力のある元日本人の王女が頂点になった方が、こちらとしても助かる事は多い。

 メリットとデメリットを天秤に掛けたが、その下剋上を手伝ってもいいかなと思った。

 しかし、それを周りが許すのか?


 彼女は王国では一部知られている、ある事実を話してくれた。

 それは彼女が協力者達に話した、僕も知らない話だった。

 王国の国王のもう一つの名前は、佐久間信盛。

 そして彼女の名前も、佐久間桜という事だった。





 ヒト族に名前を与えていた。

 そんな話は初耳である。

 多分、魔族の誰もが知らないんじゃないかな?


「それって、王国内では有名な話なの?」


「どうだろう?多分知らない人の方が多いと思う。何故なら、この名前は表立って使う事が無いから」


 確かに。

 ナーデルホルツだったか、そんな名前を普段使っているのだろう。

 王女も最初の自己紹介では、キルシェブリューテと名乗った。

 使い所が分からない名前だな。


「お前の顔見てれば、何を言いたいか分かるよ」


 そんなに顔に出しているつもりはないのだが。

 彼女が読み取るのが得意なのか。

 僕が単純に隠すのが下手なのか。

 それはどちらかか分からない。


「この名前、生まれた時や戴冠する時以外で使う事は、ほぼ皆無と言っていい。それなら捨ててしまえば良いのでは?俺はそう思ったんだが、これは初代佐久間信盛からの遺言らしく、必ずその名を表に出す時が来る。だから忘れるなって事らしい」


「それって、こういう時の為?」


「だろうね。いつか王国の人間が魔族の手を取る。そんな事を初代佐久間信盛は、考えていたのかもしれない。信長に見捨てられた恨み。そしてまたいつか信長と仕事が出来る期待。それがあったから、佐久間の名は捨てられなかったのかもしれないな」


 難しいな。

 信長を恨みつつも、信長を慕っていた。

 そんな感じの初代から後継は、前者だけを代々引き継いでいったのだろう。

 そんな事を考えていると、彼女は佐久間について話をしてくれた。



「初代佐久間信盛はな、元々信長の最初の家臣なんだよ。信長がこの世界に転移してきた後、ヒト族の国で信長は世話になっていた」


「その辺は魔族にも伝わっているね。僕も聞いた事あるよ」


「じゃあそのヒト族を見限り、魔族を仲間にしていったのも知ってるわけだ?だがその時に、信長に付いて行ったヒト族が存在した。それが初代佐久間信盛だ。当時はまだ普通の名前だったようだが」


 そんな人居たんだ。

 その辺の詳しい話は、魔族と関係無いからすっ飛ばされたのかもしれない。


「初代信盛は最初期から仕えていたんだ。記録では筆頭家老として信長を支えていたとある。その後、信長の家臣団の中で、数少ないヒト族の重臣になった。だが、それが良くなかったのかもしれないな」


「何故?」


「お前、部活とかやってた事ある?」


「唐突だな。僕は無い。兄さんは野球部で甲子園に行った」


「マジか!それはすげーな!」


 凄い事は確かだが、心の中でドヤっているのが少しウザい。

 だからさっさと進めてくれ。


「分かりやすく言えば、後輩が出来たとしよう。野球部なら雑務は後輩の仕事にならないか?例えば球拾いとか」


「なるだろうね。特待生の凄い後輩なら別として、一般入学組は最初はそうなるだろう」


 心の中でウンウンと納得している声が聞こえる。

 間違ってはいないようだ。


「彼はそこで手抜きをし過ぎたんだ。後輩に球拾いさせておいて、自分はベンチで駄弁っている。野球部ならこんな感じか?そんな光景を見た監督は、ソイツを試合で使うと思うか?」


「能力があれば使う」


「それは当然だ。だが彼は魔族ではない。能力的にも魔族に劣る彼が出来る仕事。それは限られる」


「それもそうだね」


「そして、限られた仕事すらもやらなかった彼はどうなった?」


 なるほど。

 それで現王国の存在する場所へと飛ばされたのか。

 そしてそれを左遷と捉えた。

 納得のいかない彼は、信長を逆恨みしたって事ね。


「初代信盛は、信長に見限られたと恨んだ。信長を信じて仕えてきたのに、何故このような仕打ちを受けるのかと」


「でも真面目に開墾したんでしょ?」


「しないと住む場所すらないからな」


「彼はその後、信長から手紙を受け取っている」


 それは初耳だ。

 中身がかなり気になる。


「手紙の内容は、その仕事を賞するものだった。彼は見捨てられてはいなかったんだよ」


「え!?じゃあ何で魔族を恨むような、こんな事になってるの?」


「手紙が本人に届かなかったからさ」


 手紙が本人に届かない?

 誰かが見せるのを躊躇ったとかかな。

 少しだけ悲しそうな顔を見せた彼女は、続きを話し始めた。


「彼は真面目にやったと言っただろ?しかし何も無い場所を一から作るのに、無理をしていたんだ」


「じゃあ・・・」


「信長の手紙が届いた時には、彼は亡くなっていた。後を継いだ息子は、親父を殺したのは信長だと思い込んだんだろう。こんな仕事をさせたから、親父は亡くなった。直接的ではないにしろ、原因は信長だからね」


 確かにその通りだ。

 息子からしたら、都会から田舎へ引っ越しさせられて、挙げ句親父が無理して死んだ。

 引っ越しを命じた会社のトップに文句があるのは、当たり前の事だろう。


「ま、後は分かるだろう?二代目は信長を恨み、その恨みが魔族へと移行して行った。そして信長の死後、独立を宣言して王国が誕生した」


「なんとも言い難い結末だな」


 目の前の王女は淡々と話していたが、王族ともなると思うところがあるのかもしれない。

 王国の歴史は、すれ違いから生まれたような気がする。

 もう少し早く、信盛がちゃんと仕事していれば。

 もう少し早く、信長が信盛を認めていれば。

 今更ながらそう思ってしまった。



「でもね、だからと言っていつまでも恨みを持ち続けていても仕方ないだろう?コモノの件にしてもそうだ。弱い魔族で憂さ晴らし?そんな事をしている暇があれば、もっと前向きに発展する事を考えるべきだ!」


「それを家臣に話しているのか」


「そうだ。皆、俺の考えに賛同してくれている。恨みだけでは進歩は無い。前を見据えて進むべきだと」



 この人、本当に凄いな。

 知らない世界に転生して、自分の国の衰退を予測している。

 愚かだと罵られても先を見据えて、自分が出来る事を全力で取り組む。

 漁業に関してもそうだ。

 前人未到だが、前世の記憶を頼りにチャレンジしようとしている。


【俺達は魔王の身体っていうチートアイテムがあるけど、この人は前世の記憶が頼りだもんな。王国の権力がある意味チートだけど、それでも馬鹿にされて、付いてくる人は少ないんじゃないか?】


 僕もそう思う。

 記憶に関しても少しチートがあるけど、それを実行する力は無い。

 もどかしいと思うよ。


【俺としては、この人は手を貸すべきだと思うんだけど。帝国と構えるにしても、この人が王国の偉い人になれば、後ろから襲われる心配は無いんじゃない?】


 それは僕も思った。

 ただし、やっぱり王女側の陣営が少ないのが問題だと思う。

 仮に国を奪ったとしても、少人数じゃあ国の管理が出来ないよ。

 もっと味方を増やして、下剋上後の事も考えないと駄目だと思う。


【味方ねぇ。やっぱり何かしらの王女に付くと得ですよって、そんな餌が必要だよなぁ】


 それにはやっぱり、外洋での漁業なのかな。

 他にも案があれば良いけど、それを僕達が考えるのはお門違いな気もする。

 王国は僕等の国じゃないんだから。


【それでも現状では王女と手を組むで良い?】


 そうだね。

 そのつもりでいよう。





「今の話を聞いて思った」


「何を?」


「貴方は王国の頂点に立つべきだ。だからこそ手を貸そうと思う」


 僕は右手を差し出した。

 それを見た彼女も、同様に右手を。

 笑顔で握手を交わした。


「ただし、やっぱり味方が少ない。まずは味方を増やす為に、造船に関して見直しが必要だな」


「それに戻るかぁ。分かった。造船に関してはもう少し考える。それと魔族だから確認なんだが」


「何?」


 ふと、何かを思いついたような顔をする王女。


「滝川一益って船作れないか?ドワーフの鍛治師なら、設計図さえ見せれば作れそうな気がするんだけど」


「うーん。難しいんじゃない?外装部分は作れるかもしれないけど、重工業に発展してるわけじゃないからね。鍛治が得意なわけであって、機械全般が得意ではないと思う」


「でもさ、今の滝川って帝国と手を組んでいるだろ?帝国の重工業を滝川領でやらせてるって可能性。それは無い?」


 あ!

 そんな事考えてもみなかった!

 目から鱗である。

 確かに帝国からしたら、それを組み合わせた方が凄い物が作れそうな気がする。

 アレ?

 そうなると、やっぱり滝川が鍵を握っているって事か。

 結局、僕等が最初にやっていた事に帰結するのか?


「一理ある。その考えなら、滝川領は大きく変わっている可能性がある。幸いな事に、現在進行形で僕の密偵が滝川領に侵入中だ。戻ったら聞いてみよう」


「それはありがたい!」


「って事はだ。まず造船の為にドワーフ達の協力が必要。その為には、滝川一益をどうにかしないといけない。その為には秀吉も確認が必要かな?」


 結局はやる事が変わらないのか。

 なんだ、気が楽になったな。


「造船に関しては魔王に任せられるとしたら、俺は船乗りの確保か。よくよく考えたら、それもかなり難しいな」


「そっちもなんとなくツテはある。確実ではないけど」


 僕が考えている通りなら、出来なくはない。

 ただ、現代日本のような船を操れるかと言われたら、少し心配だけど。


「それは助かる。だが俺もお前に頼りきりじゃあ、皆に申し訳ない。出来る事はやってみるさ」


 両手でガッツポーズをして、やる気を漲らせていた。

 ようやく先に進んだからだろう。

 彼女を慕う連中も、これで報われればいいなと思う。



「よし!やるべき事が見えてきたな」


「そうだね。と言っても、僕はあまり変わらなかったけど」


 その延長で、滝川領で重工業が行われているか調べるくらいだ。

 しかし難しいのは、ドワーフ達の協力を得る事か。

 それも滝川一益の事を調べてみないと無理だな。


「そろそろ宴会の準備も出来た頃かな?」


 王女を家へ連れてきてから、結構な時間が経っていた。

 既に夕暮れ時だ。

 そんな時、玄関の方から戸を叩くような音が聞こえる。

「魔王様!しっぽり楽しんでいる最中に申し訳ないのですが、そろそろ宴会の準備が出来たそうなので!早く来てくれたの事です!」





「おい、誰がお前としっぽり楽しんでいるって?」

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