信じるか信じないか
なかなか難しい事を言う。
迷わずに進め?
人は誰しも迷うんだよ!
ハクトが見つけ出した攻略法。
それは貼り紙に書いてあった通りに、迷わずに進む事だった。
でもそれって、難しくない?
例えばそれが、夢に向かって突き進め!とかって話なら、まだ理解出来るんだよ。
自分が決めた夢なんだ。
どんなに苦しくても、練習したり稽古したりって話だと思う。
でも今回の話はそうじゃない。
物理的に進めって話だよ。
目の前に壁があるのに、それが分かってて迷わずに進めって。
普通無理じゃない?
だって無意識に、ぶつかると思うでしょ。
壁があると認識しているのに、無いフリをして進めるか?
僕は無理。
だって見えてるんだもの。
目を閉じて前を見なくても、もう既に壁がある事を認識している。
もし僕がぶつからないように入ろうとするなら、目を閉じて100メートルダッシュするくらいの気持ちが必要だと思う。
それならどっちに進んでいるか分からないし、いつぶつかるか分からない。
それなら無意識に、越えられそうな気がする。
でも例えそれで成功しても、中に入ったら話はまた変わる。
さっきの兄のように、いきなり飛び込んだら水の中だった場合、僕は間違いなく溺れる自信がある。
土の中だったら身動きは取れない。
一番無難な白の世界でも、ハクトと別々に入るという事は逸れる可能性を示唆する。
もしそうなったら、僕はあの世界で発狂しかねない。
結論から言うと、この空間を作った奴は僕の性格を熟知している気がする。
秀吉から聞いているのか、それとも思考が似ているのか。
かなり厄介な相手だと、僕は思っている。
(無理)
ハァ!?
何で作れないんだよ!
ドリルだよ、ドリル。
別に俺は、ドリルで天を衝けなんて言ってないんだぞ。
(・・・分かったよ。多分無理だと思うけどね)
試しもしないで、無理とか言うなよな。
「ハァ!ムカつくー!何を偉そうに言ってるのかね」
僕は床を触ってみた。
やはり想像していた通り、無理だった。
「どうして交代したの?」
「土を掘るからドリルを作れってさ。で、やっぱり無理だった」
「無理だった?」
不思議そうな顔をするハクトに、僕は人差し指を下に向けた。
「コレ、何で出来てると思う?」
「え!?えーと、僕にはちょっと分からないかなぁ」
「そう!そうなんだよ!コレ、何で出来てるか分からないの。だから鉄とか銀とか金とかミスリルとか、知ってる鉱石が何も入ってないんだよ」
「そ、そうなんだ」
しまった。
興奮して前のめりに説明をしたからか、ハクトが少し引き気味だ。
しかし今言った通りなのだ。
僕は最初から予想はしていたが、この空間は魔法、もしくは召喚者か何かの能力で作られている。
だから通常の地面ではないのは、明らかなのだ。
そもそもの話、鼻血を垂らしただけで真っ赤になる床だよ?
そんな床が、僕達が分かるもので出来てるはずないのに。
それをあの馬鹿兄は、やってみなきゃ分からないだなんだと偉そうに。
【どうもすいませんでした!】
あ?
【俺が悪かったです!機嫌を直して下さい】
分かれば良いんだよ。
とりあえず、僕には難しそうだ。
兄さんで何とかしてほしい。
「フウ、怒らせてしまった」
「ダメだよ。ちゃんと説明を聞かないと」
「うん、それはまあ分かるんだけど」
でも俺も、間違っていないと思うんだよなぁ。
やってみてダメなら分かる。
でも、試しもしないで出来ないと言うのは、違うと思うんだよ。
今回は出来なかったけど、もしかしたら出来ていた可能性だってある。
それなのに諦めて最初から出来ないと言っていたら、自分で自分の可能性を閉じてしまっている気がするんだよな。
と言っても、確かに失敗したので弟が正しかったんだが。
(僕も悪かった。確かに試してみたら成功する可能性も、否定は出来なかった。やってから無理だって言うべきだったね。ゴメン)
まあ、お互いに間違っていて、間違っていなかったって事で良いだろ。
「何をニヤニヤしてるの?」
「え?あぁ、笑ってたか。思い出し笑いみたいなものだよ」
久しぶりに、弟と言い合いをした気がする。
それでなんとなく笑みが溢れたなんて、恥ずかしくて言えないな。
「失敗してしまったけど、どうしようかなぁ」
「迷わずに進め、か。行けば分かるかな?闘魂でも燃やしてみるか」
「どういう意味?」
「特に意味は無い」
なんとなく思った事を口にすれば、ヒントになるかなと思ったんだが。
やっぱり俺には無理だった。
俺も皆みたいに、頭が良ければなぁ。
「このままじゃ出られないね」
「そうだな」
「そもそもこの壁を越えても、何処に行くんだろう?」
「そりゃあ・・・何処だ?」
そういえば、俺達は壁を越える事しか考えていなかった。
壁の厚さも分からなければ、その壁を越えた先に何があるかも分からない。
もしかしたら、敵が一万人待ち構えているかもしれない。
もしくは出た途端に、目の前は崖で落とされるとか。
迷わず行っても、落ちたら意味無いんだけど。
「行き先が分からないのは怖いよね。行き先が分かれば、まだ良いんだけど」
「そうだな。俺もそう思う。・・・ん?」
「どうしたの?」
そうか。
そうだよな。
何処に行くか迷ってるからダメなんだ。
「この壁の攻略法が分かった」
「ハクト、俺の言う事を絶対に信じろ」
「分かった!」
俺が攻略法を見つけたと言ったからか、素直に答えるハクト。
だがその次の言葉を聞いて、すぐにそれは瓦解した。
「この壁に入ると、この空間を作った奴の場所に行けるんだ」
「・・・え?」
「だから壁に入ったら、敵の所に行ける。そう思え」
「えぇ!?」
やっぱり驚くか。
こういうのは、ちょっとでも疑ったらさっきみたいに水の中とか土の中になってしまう。
だから迷ったらダメなんだが。
「迷える者よ。迷わずに進め。そういう意味だぞ」
「そうなのか。でも、間違っていたら?」
「だから、そうやって迷うからダメなんだって」
「そ、そっか」
うーん。
ハクトの顔を見ると、一緒に行くのは危険な気がしてならない。
もしかしたら壁の中で、逸れる可能性だってあり得る。
そうなったら最悪、ハクトは壁の中に閉じ込められかねない。
「分かった。俺一人で行ってくる」
「ダメだよ!」
「でもハクト、俺の事信じてないし」
苦笑いか。
まあそう簡単には信じきれないよな。
「分かった。俺は信じられなくても、弟ならどうだ?」
「え?」
「アイツがどう思ってるか、交代するから話をしてみてくれ」
頭の悪い俺の事が信用出来なくても、弟の言葉なら信じられると思う。
だから俺は・・・。
「ハクト、兄さんから話を聞いたよ」
「そう。で、どう思う?」
「そうだなぁ。なかなか面白い案だと思う。まず僕なら、思いつかなかったかな」
「それって、お兄さんの考えが合ってると思ってるの?」
「うーん。やってみる価値はあるかなって感じ?」
ハクトは少し考えると、こちらの顔を見て頷いた。
この話に乗る決心が着いたのか、突然手を握ってくる。
「行こう!敵の所に!」
「そうだね。どうせだから、このまま一緒に入ろう」
「助かるよ。手を握ってた方が、僕も安心出来そう」
うーむ。
男に手を握られても、あまり嬉しくないのだが。
まあハクトは子供の頃から一緒だから、別にそんな意識もしないけど。
ただ、あの頃よりは握る手が大きいなという感想はあるけど。
「じゃあ行くよ!せーの!」
俺はハクトと一緒に、壁の中に入った。
俺はハクトの腕を軽く叩いた。
やはり意を決してという気持ちがあったのか、目を力一杯閉じていて、俺の手を離さない。
「ハクト、上手くいったぞ」
「アレ?お兄さんの方?」
ようやく気付いたか。
俺はハクトを説得する為に、弟と交代した。
というフリをした。
実際には代わっておらず、俺は弟に代わったフリをして口調と顔付きを変えたのだ。
「テッテレー!ドッキリ大成功〜!」
「えー!あんまり分からなかったよ」
「だろう?・・・え?」
コイツ、あんまりって言ったよな?
って事は、大半は分かってたのか?
「もしかして」
「あのさぁ、何年付き合ってると思ってるの?二人の違いくらい、僕と蘭丸くんは分かるよ」
ノオォォォ!!
恥ずかしい!
ドッキリ大成功なんて言っていた自分を、過去に戻って殴りたい!
「じゃあどうして?」
「そこまでして信じてほしいのかって思ったら、悩んでいるのがおかしくなっちゃって。不安よりも面白さが勝っちゃった」
「お、おう」
貶されたのか褒められたのか、分からん答えだな。
でも俺もハクトも気付いてる。
さっきとは全く違う場所に居るって事にはね。
「しかし、本当に言った通りだったね」
「だから信じて良かっただろ?」
「まあね」
俺達は茶色の世界から、飛び込んできた。
普通であれば今頃は、土の中に埋もれているはず。
それが今は、何処かの建物の廊下のような場所に移動したのだ。
周りには扉や窓は無い。
外の風景を見ればどの辺りに居るのか分かると思ったんだが、そうは簡単にはいかないらしい。
「ちなみに戻れるのかな?」
「どうだろう」
向こうからの一方通行なのか。
それともあの不思議な空間に戻れるのか。
それ次第では俺達は、長秀やイッシー達と逸れた事になる。
もし戻れるのなら、ここへの行き方は分かったのだから、一度戻って全員と合流してから、戻っても良い気がするんだよね。
「・・・戻れないみたいだよ」
ハクトは近くの壁に手を当てて、中に入ろうと試していた。
だがハクトは、壁に寄りかかっているだけである。
「仕方ないから進もう」
二人で廊下を真っ直ぐに進むと、突き当たりにようやく出入り出来そうな扉を発見した。
俺は軽く押してみると、それは何の変哲も無いただの扉だった。
「失礼します!」
しまった。
敵地かもしれないのに、癖で大きな声で挨拶をしてしまった。
「マオくん」
「すまん」
ハクトに謝ると、今度は奥から笑い声が聞こえてきた。
「ハッハッハ!あんな大きな挨拶をしてくる馬鹿は誰だと思ったら、魔王だったとは。元気があってよろしい!だがもう少し腹の探り合いくらいは出来ないと、秀吉様には勝てないな」
 




