色の世界
全部真っ白。
ハッキリ言おう。
こんな所に一人で居たら、発狂する。
コバ達の行方を追う為に工房に入った僕達だったが、中は全くの別物になっていた。
僕が知る工房は、長い机がいくつもある、理科室のような部屋だ。
その長机には机ごとに物が置かれており、左右の机で作っている物は全く違っていた記憶がある。
色々な物が置かれているから汚いように見えるが、必要な物は机ごとに分かれていたらしく、実は効率良く分けられていたらしい。
ちなみに奥の部屋は高野や鈴木達が使っていて、今はそこにゲームは置かれていた。
そんな工房だが、今はおかしな事に建物と中の広さが全く合わない、異次元地帯と化している。
幸いな事に僕はハクトと一緒になったが、他の連中はどうなんだろうか?
もし官兵衛が長谷部と逸れてしまったら、かなり危険である。
しかも官兵衛だけでなく、他の者達も同じだ。
さっきも言った通り、こんな何も無い場所に長時間居たら、頭がおかしくなる。
もしコレが白じゃなくても、それはそれで別の問題が起きるだろう。
もし全体が真っ黒で何も見えなければ、今度は不安感が押し寄せてくる。
暗い中から突然、何かに襲われるのではないか?
そんな気持ちになるかもしれない。
全ての色が統一されて、まだマシだと思えるのは、緑か青だろう。
緑は森林を思わせて、心が安らぐかもしれない。
青も同じ事が言えるが、一つ問題もある。
深い青は寒さを連想させて、体温が落ちる可能性もある。
逆に赤やオレンジは、体温が上がるかもしれない。
何にせよ、こんな異様な場所はさっさと脱出するに限るのだが。
なんとなく真っ暗な部屋は好きだから、全てが見えない真っ黒な場所に変わったら、ちょっとだけ落ち着くような気がしないでもない。
兄さんの言っている事は、意味合いが違うような気がする。
兄さんの壁というのは、大怪我や練習だと思う。
リアルに目の前にある壁じゃないと思うんだが。
【ち、違うよ。コレも壁だから。俺なら乗り越えられる!】
・・・乗り越えるか。
その考えはアリかもしれないな。
空を飛んでも駄目だったけど、壁をよじ登って越えるって意味なら、先に進めるかもしれない。
【試してみるか】
「ハクト、俺は今からこの壁をよじ登る。もし落下したら、受け止めてくれ」
「あ、危ないよ?」
「大丈夫。任せておけ」
俺は壁に手のひらを付けると、その壁が一切凹凸が無い事に気付いた。
指が掛けられれば、クライミングの要領で登れると思ったのだが。
仕方ない。
力任せに壁を殴って、手が掛けられる場所を作ろう。
「せいっ!・・・アレ?」
「どうしたの?」
「おかしいな。そこそこ強く殴ったつもりなんだけど。壁は壊れるどころか、触った感じすらしなかったんだ」
「でも僕は触れるよ?」
ハクトはペタペタと壁に触れている。
俺も触ってみると、今度は普通に触れる事が出来た。
「もしかして、力では壊せないようになってるのか?」
「殴っても壊せないなら、バットで叩いてみれば?」
ハクトの言う通りだな。
素手でダメなら、道具を使えってね。
俺はバットを作ると、壁に向かってフルスイングした。
「だ、ダメだ。何だろう、粘っこいジェルにバットを突っ込んだような。でもバットを止めると、押し返されて壁の外側に出される」
「やっぱり力じゃ無理なのかも。というか、ちょっと暑くない?」
手で顔をあおぐハクト。
俺も額を触ってみると、薄らと汗が出ていた。
さっきまでこんなに暑くなかったのに。
「暑いな。どうしてだ?」
「コレ、さっきの火球と同じで壁から熱が出てるよ!」
ハクトに言われ壁から離れると、さっきまでの暑さが嘘のように無くなった。
「コレ、壁が熱いんだよ。攻撃を加えると、熱くなるのかもね」
「なるほど。じゃあ水魔法で冷やしたら、どうなるんだ?」
俺の疑問に対し、ハクトは首を捻った。
「分からないなら、やってみようぜ」
「じゃあ僕が、水を掛けるよ」
ハクトの水魔法を壁にぶつけると、今度はハクトがよろけた。
すると一瞬にして、目の前の世界が青に変わった。
「なっ!?どういう事だ?」
「水を掛けると青くなるみたいだね。じゃあさっき赤くなったのは」
「鼻血?」
俺にもよく分からないが、それしか考えられない。
しばらく調べてみると、赤の時と同様に力を込めると中に入れるが、普通に触ると壁として存在している感じだった。
「クシュン!なんか寒くない?」
「ちょっと冷えてきたか。もしかして、コレも真っ青になった影響?」
「赤の時は暑かったし、そうなのかもしれない」
しかし赤にすると暑くなってしまう。
どうにかして青から白に戻したいのだが、その方法が分からなかった。
「向こうの音も聞こえなくなったよ。また別の場所に移動したのかもしれない」
「それならこの壁に、こだわる必要は無いな」
しかし世界は真っ青で、他の色の場所なんて存在していない。
どうにかして他の色を変えないといけないんだけど、方法が分からんしなぁ。
「どうすっかなぁ。ヒントでもあれば良いんだけど」
(ヒントか。それって普通に考えれば、扉に貼ってあった文章だよね)
何て書いてあったか、覚えてないわ。
「ハクト、入口の文章覚えてる?」
「えっと、迷える者よ、迷うな。ここを抜けた先には、新しい世界が待っている。だったかな?」
迷える者か。
勿論俺達の事だよな。
迷うなっておかしくないか?
迷ってるから迷える者なのに、何言ってるんだって感じ。
「・・・ちょっと待って。僕気付いたかもしれない」
「ホントか?」
「迷うなって事は、そういう事だと思う。ちょっと試してみる」
ハクトは深呼吸をすると、壁に向かって歩き始めた。
「おい、ぶつかるぞ!おい!?・・・あら?」
俺は目を擦った。
ハクトが消えた?
壁に向かって激突するはずだったハクトが、目の前から居なくなったのだ。
「ブハッ!や、やっぱりそうだった」
「ハクト!?」
壁の中から顔を覗かせたハクトは、頭からびしょ濡れになっていた。
全身が壁から出てくると、服も全て濡れていた。
「どういう事?」
「分かったよ。迷ったらダメなんだ。迷ったら壁の中には入れないんだよ。壁を通過出来ると信じる事が、大切だったんだ」
なるほど。
これは弟には難しい話だな。
アイツは何でも疑ってかかるタイプだ。
ちょっとでも納得出来なければ、疑問に思う。
おそらくアイツは通れない。
だけど俺は違う。
俺も疑いはするけど、弟とは違って見たものは信じる。
ハクトが出来ると証明したんだ。
だったら俺も出来るはず。
「よーし!行くぜー!ガガボガボボボ!!」
「マオくーん!!」
俺は危うく溺れ死にそうになった。
行けると思い勢いよく壁にぶつかると、壁の中はどういう仕組みなのか、水中になっていた。
上下も分からず水に飛び込んだ俺は、何処に向かって行けば水から出られるのかも分からない。
ハクトが慌てて手を引いてくれなければ、俺は溺死していたと思う。
「あ、危ねぇ・・・。危うく溺死して、秀吉に天下を取られるところだった」
「もうちょっと警戒してから進もうね」
「すいません・・・」
怒られてしまった。
死にかけた俺に反論は出来ない。
だけどそのおかげで、分かった事もあった。
「コレ、青のままじゃダメだな。何処に進んで良いのか分からないのに、息継ぎが出来ない。多分溺れるぞ」
「そっか。でもそう考えると、赤もダメだね。あの熱を見る限り、壁の中は炎の中になると思う。色もある程度考えないと、ダメなんだ」
「そう考えると、俺よりも弟の方が。いや、アイツだと壁に入れないか」
うーむ、行き詰まったぞ。
しばらく考えていると頭の中で弟から、とりあえず行動しろという指示が来た。
「よし、いろんな魔法をぶつけて見るか」
「土魔法と風魔法?」
「光魔法もやってみようぜ」
「分かった」
俺達は実験をしてみた。
まず土魔法は、壁の色が茶色に変わった。
そして風魔法は緑。
光魔法は元に戻り、白だった。
色で何の属性になっているのか分かるのは、俺でも理解出来るから助かる。
そして土魔法だけは、水魔法と同様に不可能だと分かった。
理由は単純に、壁の中が地中になるからだ。
入っても身動きが取れず、アレも窒息してしまうだけだと思われる。
「そうなると、火、水、土は却下」
「残るは風と光だけだね」
二択かぁ。
もう少し選択肢を増やしたいけど。
「音魔法とかどうなんだ?」
「試してみる?」
ハクトは適当に、先に進ませろというような事を言った。
俺はその中に入ると、とんでもない目に遭ってしまった。
「ぐあぁぁぁ!!うるせえぇぇぇ!!」
何と言えば良いのか。
狭い部屋の中を特大スピーカーが囲んで、その中で音量を最大にしたような。
単純に爆音が響くだけだった。
言い方を変えれば、あの爆音に我慢出来るのであれば、多分進める。
が、ハクトは発狂するだろうな。
「大丈夫?」
「やっぱり二択だわ」
他の魔法を諦めて風と光の二択に絞ると、ハクトは光が良いのではないかと言い出した。
だがあの真っ白な世界は、ある意味病みそうになる。
対して風魔法は、暴風が吹き荒れて前も見えないくらいだった。
「俺は風の方が危険は少ないと思う」
「でも目は開けていられないよね?何処に進むか分からないのは、危険だよ」
「でも光にしたら、真っ白な世界から真っ白な世界に入るだけ。気がおかしくなるだけのような気がするんだが」
というより、白の世界は俺には堪えられそうにない。
ああいうのは、長秀とかそういう真面目な奴が挑戦してくれ。
「うーん、僕達また迷ってるね」
「言われてみれば確かに。迷ったら先に進めないというのに」
迷ったら壁に入れない。
・・・待てよ?
「ハクト、土魔法だ」
「え?だってアレは危険だって」
「試したい事がある」
ハクトに頼んで白から茶色の世界に変えると、俺は金属バットを取り出して壁を全力で叩いた。
「硬えな!だが、やり方次第で壊せそうだ」
「ど、どういう事?」
「壁は壊せない。でも土の壁ならどうにかなるんじゃないか?」
「なるほど!じゃあ、土壁を壊せると思えば良いんだ」
「相当分厚いみたいだけどな。だからここは、ちょっと弟にも力を借りないとダメかもしれない」
(僕の力?)
そうだ。
「穴を掘るならやっぱりドリル。だけど俺じゃあドリルは作れない。だったら作れる奴に作ってもらうのが、手っ取り早いだろう?というわけで、ドリルを作ってくれ」
 




