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迷う

 二重スパイ。

 どちらにも情報を流す、極めて面倒な相手だ。


 ロックは元々、秀吉に使われたスパイだった。

 だから僕達の情報を、秀吉に流していたらしい。

 しかしスパイと言えど、感情はある。

 本当にヤバイ組織なんかに育てられたスパイなら、話は違っていたと思う。

 しかしロックの根本は、冴えないおっさんである。

 そんなおっさんが本物のスパイみたいな事は、出来なかった。

 彼は感情を殺しきれず、僕達との行動を楽しいと感じてしまったのだ。

 だからハクトや蘭丸をプロデュースしたり、他のグループもデビューさせたりしていた。


 そこで僕は少し考えた。

 どうして秀吉は、こんなおっさんをスパイとして使ったのだろう?

 気付かなかった僕達が言うのもおかしな話だが、ハッキリ言って向いてないと思うんだよね。

 それこそ猫田さんみたいに、影魔法で姿を消せた方が、凄くスパイっぽい気がする。

 逆に言えば、彼がスパイだったとしても、おかしいとは思わない。

 まあ長年一緒に暮らしていた手前、ショックが大きかったのは否めないけど。

 でも言ってしまえば、猫田さんはスパイだと思えるような特技だった。

 その点ロックは、スパイだとは想像しづらい。

 だからこそ、誰も気付かなかったんだけど。

 そんなロックは秀吉の方も裏切って、僕達に情報を流してくれると言った。

 信用出来るか出来ないかと言われれば、欲には忠実な男であるロックは、信用出来ると思った。

 そもそも裏切られても、ロックだからと諦められるし。

 これがもし蘭丸やハクトだったら、僕の中で人は誰も信用出来なくなっていたけどね。


 それでも二重スパイには、危険は倍になる。

 秀吉達にもしバレたら、ロックは簡単に切り捨てられる。

 そう考えると、情報を流すと言ってくれただけで、ロックは信用しないといけないのかもしれないな。









 官兵衛の言葉を聞いた一行は、緊張感が増した。

 よくよく考えてみると、中から物音すら聞こえないのだ。

 ここは工房なのに、何も作業をしていない。

 秀吉達に見つからないように、静かにしていると考えられなくはない。

 だが工房の主人はコバだ。

 秀吉が怖くておとなしくしているような、そんな性格じゃない。



「ちょっと待ってくれ。砦の中に居る可能性は無いのか?」


 全員で意を決して、工房に入ろうかというタイミングで、イッシーが待ったをかける。

 実をいうと、僕も同じ事を考えていた。

 ただ一つ懸念があるとすれば、工房をもぬけの殻にして全員で砦に入るかという疑問はある。

 しかし全員じゃないにしろ、砦に誰か居ないとは限らないのだ。



「そこまで言うなら、イッシー殿が行けば良いと思うでござる」


「お、俺だけ!?」


「いえ、一人は危険です。ハクトくんに同行をお願いしても良いですか?」


「僕?大丈夫だよ」


 官兵衛はイッシーの同行者に、ハクトを指名した。

 それはハクトなら、何か危険を察知するのが他の人よりも早いという点が挙げられるからだと思われる。



「ちょっと見てくるので、待ってて」


 イッシーとハクトは砦の中に入っていった。

 僕もチラッと中の様子を見たが、人が居る気配は無い。



 そして数十分も経った頃、二人は何事も無く帰ってきた。



「居ないな。水を確保しようとしたのか、井戸を使った形跡だけはあったけど」


「僕も耳を澄ましてみたけど、誰かが隠れている気配も無かったよ」


 やはり砦の中で過ごしている様子は、無かったらしい。

 それもそのはず。

 どう考えても工房の方が、ハイテクで過ごしやすい。

 好き好んで、しばらく誰も使っていなかったような場所で寝泊まりするようなタイプは、あの中に居るとは思えなかった。



「やはり工房だね」


「イッシーもハクトも疲れていないなら、このまま入るけど」


「問題無い」


「僕も大丈夫」


 砦はカビ臭かっただけだと言って、疲れは無い様子。

 すると長谷部が先行して、扉を開けた。

 扉を開けたからといって、何かがあるわけじゃないのは分かっている。

 だけど何も考えずに、こうも警戒しないで開けられてしまうと、こちらがビクッとしてしまうからやめてほしい。



「見た感じ、変わった所は・・・うん?」


「どうした?」


「いや、向こうの扉の前に、貼り紙がしてあるような。あんなのあったかな?」


 長谷部は手を目の上に置いて、目を細める。

 ジッと見ていると、やはり何かが貼っていると言った。



「官兵衛さん、あんなのありましたっけ?」


「無いですね。アレがヒントになるんでしょう」


 貼り紙がヒントになる。

 しかし貼り紙には何か書いてあるのは見えるが、入り口からは遠くて文字は読めない。

 貼り紙に何が書いてあるのか確認する為には、やはり中に入るしか方法は無かった。



「よし!行こう!」








 覚悟を決めて中に入ると、僕は違和感に襲われた。

 しかしその違和感を感じたのは、僕と慶次だけのようだ。



「魔力でござるか?」


「分からない。でも嫌な感じはする」


「同感でござる」


 僕と慶次は、その違和感について話し合った。

 二人とも共通していたのは、何かに包まれるような感覚。

 もしくは、自分から魔物の口の中に手を突っ込んだような、食われてもおかしくないような感覚だった。



「特に変わった点は無いっすね」


「トイレとかも普通だったぞ」


 長谷部とイッシーは、ひとまず貼り紙がしてある扉以外を調べた。

 しかし特に変わった様子は無く、僕達は肝心の貼り紙の前に集まった。



「読めないですね」


「官兵衛さんが読めない?って、これ日本語じゃねーか」


「え?あら、本当だ」


 貼り紙には、現代の日本語で書かれていた。

 流石に官兵衛がどれだけ頭が良くても、見た事の無いものは分からない。



「なになに。迷える者よ、迷うな。ここを抜けた先には、新しい世界が待っている。何じゃこりゃ?」


「どういう意味でしょう?」


 官兵衛も考えているが、ヒントが少な過ぎるようだ。

 分かった事は一つ。

 やはりこの扉の先に、何かが待っている。



「沖田くんと丹羽様は、この文字が読めなかったのでしょう。だから無警戒に入っていったんだと思われます」


「そっか。コレが読める人は限られる。そして読める人も、気にする人は入るでしょうね」


 気にする人は入るというより、コバみたいに探究心が強い人は、それこそ条件反射の如く入るだろうな。



「皆が良ければ、開けてみるけど」


「入ってみよう」


 イッシーは官兵衛を見ると、彼が頷き扉を開けた。



「なっ!?」


「き、消えた!?」


 扉の奥を見たイッシーは、突然姿を消した。

 慌てて後を追った慶次も同様に消えると、残された僕達は扉の先を見る事に躊躇してしまった。



「ど、どうする?」


「オイラ達だけ逃げ帰るわけにはいきません。行きますよ!」


 官兵衛は気合を入れてからゆっくりと近付くと、長谷部と一緒にやはり同様に消えていった。

 僕はハクトと顔を見合わせると、二人で一緒に扉の先を見る事にした。



「せーの!」








 記憶に無い。

 扉の先に何があったのか、サッパリ覚えていない。

 だけど今の状況は分かった。



「転移させられた!?」


「ここは本当に、工房の中なの?」


 何とも言えない、無機質な空間。

 白い壁に天井、そして白い床。

 全てが真っ白で覆われていて、長時間居たら気が狂うんじゃないかとさえ思える場所だった。



「イテッ!壁か」


「油断すると、見間違えるね」


 手を前に出しながら歩いていると、前方に壁がある事に気付いた。

 その壁に沿って歩くと、また壁がある。

 幾度となく曲がったりしていると、いよいよ何も触れる事は無くなった。



「で、出口が無い!?」


「そんなはずは・・・」


 試しに火球を前方に放ったが、何かに当たる様子は無い。

 そして火球は吸い込まれるように、遠くで消えてしまった。



「も、戻れない!?」


「いや、まだ手はある」


 僕は上を見ると、ハクトの手を掴んで空を飛んだ。



「うわぁ、見える範囲全てが真っ白だよ」


「マジか。ずっと上を目指して飛んでいるけど、ぶつかる気配が無い」


「どういう事?」


「単純に言えば、安土の城よりも高い位置まで飛んでいる事になるんだけど、まだ天井には着かないね」


「えっ!?落ちたら危なくない?」


 下を見ると、真っ白で既に何処が床なのか分からない。

 僕達は相談した結果、大怪我をする前に降りようという決断をした。



「アレ?」


「着いたね」


 空を飛んでいた時間は数分だったが、着地するまでの時間はものの数秒だった。

 これはおかしい。



「ちょっと待って!何でこんなに近いの?」


「僕にも分からない。そして不思議な事に、アレだけ空を飛んだはずなのに、他の誰も見つけられなかった」


「言われてみれば確かに。もしかして皆、別の場所に転移させられた?」


 気付いたら僕達は、この真っ白な空間に居た。

 でも他の皆は、また違う空間に居るのかもしれない。



「音は聞こえたりしない?」


「今は聞こえないけど。聴力を強化して聞いたら、聞こえるかも」


 ハクトは身体強化の要領で聴力を上げると、目を閉じて集中した。

 しばらくすると、彼の眉がピクリと動く。



「聞こえた!向こうから、何かを叩くような音だった」


「向こうか。よし、行こう!」


 僕とハクトは、彼が音が聞こえたという方向へ走り出した。

 どうせ何も遮る物は無い。



「ブッ!」


「フゴッ!」


 ハクトは意外にも不細工な声を上げると、僕はもっと酷い声を出した。

 鼻が痛い。



「イタタタ。か、壁?」


「うわっ!鼻血出てるし。最悪だ」


 真っ白な床に僕の鼻血が滴れる。

 すると僕は、ちょっとした眩暈に襲われた。



「な、何!?」


「うわっ!」


 ハクトがビクッとしながら、僕の腕を掴んだ。

 僕もその異変にはすぐに気付いたが、どうしてこうなったのか分からない。



「全面が赤に変わった?」


「鼻血のせい?」


 真っ白なキャンバスを、赤に染めたって感じか?

 するとハクトが、今度は聴力を強化せずに向こうから声が聞こえると言い出した。



「どうする?」


 ハクトが僕に聞いてきたのは、このまま音のする方へ向かうかという事だろう。

 あくまでも音はするが、声ではない。

 だから味方ではなく、敵の可能性も考えられる。

 このまま接触するべきか、迷うところではある。



「敵なら敵で、逃げるか戦えば良いんだ。行こう」


「でも、どうやって?」


「魔法でぶち壊せば良いんだ。火球!」


 僕は火球を壁に向かって放った。

 すると、僕達はその場から避難する事になった。



「熱い!怖っ!何で?」


「壁に火が着いたみたいに熱かったね。どうしてだろう?」


 しばらくすると熱くなくなったので、壁に近付いてみた。

 恐る恐る触れると、熱は残っていなかった。



「火球で壊さないとなると、どうしようかな」


【何だ何だ?こういう時は俺の出番じゃないのか?】


 兄さん?







【良いか?俺は色々な壁を乗り越えてきた男だぜ。こんな壁、ぶっ壊してやるよ!】

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