工房の異変
なんだよ。
人の事を稚魚って言っておいて、なんだかんだで変わらないじゃないか。
山田達はそれぞれ、山田の山田にコンプレックスを抱えていた。
ひっくり返った出目金に、ワカサギとボラ、そしてチンアナゴ。
一人だけクロマグロが居るが、それも養殖物である。
最初にその話をし始めた時、僕は長秀とイッシーが奴等を仲違いさせる為に企んでいるのだとばかり思っていた。
現に出目金とワカサギは言い争いを始め、そしてボラやチンアナゴへと話は広がっていった。
てっきり隣の芝生は青いではないが、山田達は互いの山田を見て、喧嘩を勃発させるつもりなんだとばかり思っていたのだ。
しかしそれは間違いだった。
イッシーは山田達の山田にはそれぞれ山田の良さがあると伝え、己の山田を卑下しないようにしていたのだ。
おかげで山田はイッシーを先生と呼び、彼等はイッシーを尊敬の眼差しで見るようになっていた。
だが僕はここで疑問があった。
長秀は何の為に、イッシーに話を振ったのだろうか?
山田の山田を見て、何故評価していたのだろうか?
そこで僕は、ある一つの結論に至った。
長秀の奴、もしかしたら下ネタが好きなのではないかと。
普段は阿形や吽形が近くに居るから、素は出せない。
だけど今だけは、あの二人は居ない。
だから長秀は、そんな事を言い出したんじゃないかと。
そして僕は、意を決して本人に聞いてみた。
その答えがこうである。
イッシーがボソッと言ったから、話に乗っただけだと。
そして僕はそれを聞いて思った。
やっぱり即興コントじゃないか!
イッシーの心からの叫びに、山田達も呼応していく。
「これだからホオジロザメは」
「どうせアンモニア臭くなるんだろ」
「年取ったらアンモニアか」
「このアンモニア野郎」
皆、何もしていないロックに言いたい放題である。
ただやり取りを見ていただけなのに。
これには僕も、同情せざるを得なかった。
「ロックは悪くないだろうが」
「稚魚は黙ってろ!」
くっ!
言い返せない自分が憎い!
「俺っち、何かしたかなぁ・・・」
凹み気味の声で僕に聞いてくるロック。
しかし稚魚には、発言権は無い。
すると先生が、とんでもない一言を発した。
「ロックよ、ホオジロザメは存在するだけで俺達には害悪なのだ。そう、冴えない男にとってバンドマンは、邪魔なんだよおぉぉぉ!!」
「先生ー!!」
山田達によるイッシーの胴上げが始まった。
風呂でこんな事をしたら、大迷惑である。
そして案の定、山田の一人が足を滑らせた。
「山田!?」
「え?うごっ!」
山田がコケた事で、イッシーは頭から落下した。
頭を押さえながら、声にならない声を出して悶絶している。
「さ、さあて、僕は他の風呂へ行こうかな」
「じゃあ俺っちも」
「そ、それなら私も」
僕が風呂から上がると、ロックと長秀もそれに乗っかってきた。
それを見ていた山田達も、無言で他の風呂へとバラバラに移動していく。
「ぐうぅぅ。お、おい、俺を置いていくのか?おーい!」
僕の後ろから、イッシーの声が露天風呂で響いていたが、僕は振り返らなかった。
「温泉良かったね」
「まだ身体が温かいですよ」
皆久しぶりの休養に、満足したようだ。
官兵衛も心なしか、足取りが軽やかに見える。
「イテテ。タンコブになっちゃったよ」
イッシーは頭の一部がポコッと出ていた。
山田達に思わぬしっぺ返しを食らったな。
「山田には情報は漏らしてないよな?」
「当たり前だろ!むしろ見捨てていった奴等に、話す事なんか無いし」
「奴等が何処に行くとか、聞いたりしてる?」
「教えてくれるわけないでしょう」
ですよね。
イッシーは呆れたような声で答えると、意外にも彼等の行き先を知る人物が居た。
「山田某という連中は、どうやら王国と騎士王国に向かうようでござる」
「何故?」
「そこまでは分からないでござる」
むう。
理由は分からんが、行き先が分かっているのは助かる。
騎士王国は別方向だから良いとして、王国に向かう連中とは同じ方向に進む事になる。
時間をずらすなり対策が練られるのは、かなり大きい。
「今回の魔王様と秀吉の件を伝えるのでは?」
「何て話すの?」
「そうですね。魔族内の内輪揉めだから、手出し無用などかと」
なるほど。
僕達が王国と騎士王国に縁があるのは、秀吉も知っている。
余計な援護をしないように、根回しがしたいって感じかな。
「で、ロックはどうするんだ?」
「俺っちはこのまま、しばらく秀吉様の命令に従うよ。多少なら情報も入ってくるし」
「二重スパイというワケね。ちなみに今回は何の用件で動いているんだ?」
「情報収集だね。とりあえず俺っちも、王国から連合へ行けと言われてる」
山田達による表向きの外交と、内部から見た他国の動向が知りたいのかな。
秀吉が新たに魔王になった時、他国との関係をスムーズにしたいという考えが見え隠れしている気がする。
ただ少しだけ僕が思うのは、勝ってもいないのに既に動いている辺りがムカつく。
要は僕や兄さんは、眼中に無いと言っているような感じがした。
「分かった。とりあえず僕達と接触している事は、秀吉にバレないようにね」
「勿論だ。もし知られでもしたら、俺っちの命は無いし・・・。それじゃ、俺っちは先に王国へ向かうよ。無いとは思うけど、重要な情報が入ったらコレで電話する」
「頼んだ」
ロックには、イッシーが使っている電話を持たせた。
これで何かあっても、すぐに連絡が取れるようになる。
出来れば秀吉の情報が欲しいけど、期待しないで待っていよう。
ロックは草津から旅立とうとしたが、何かを思い出したのか、すぐに戻ってきた。
「そういえば、コレだけは伝えてほしいんだけど」
「何?」
「長可さんに、乱暴してゴメンねって言っておいて」
「分かった」
そんな事かと思ったのだが、ロックからすると本気で心配していた。
そもそも長可さんは、何処も怪我はしていないと報告を受けているので、何も問題無い。
しかしロックの中では、怪我よりも精神面の心配をしているようだ。
「それじゃ、皆も気を付けて」
ロックは一人で街の外に出ると、僕達はそれを見送った。
「官兵衛殿、山田は二手に分かれて行動するようですよ」
「ありがとう、沖田くん」
沖田はロックとの挨拶を済ませた後、単独で行動していた。
その理由は、山田達の動向を探るというものだ。
どうやら山田達は、王国と騎士王国へ向かうグループで分かれるらしい。
比較的安全な王国には、二人。
オケツとトキド達がどうなっているか分からず、不安定な騎士王国には三人で向かうという話だった。
「王国へは既に向かいました。騎士王国へ向かう三人は、まだ街に残っています」
「魔王様」
「うん。僕達も街を出よう」
騎士王国へ向かう三人とは、別方向になるから関係無い。
二人も既に王国へ向かっているなら、鉢合わせする可能性は低いはず。
これは確認していないので勘でしかないが、おそらく山田達の移動方法もフライトライクだと思われる。
だから僕達の方が速いから追い抜くという考えも、ほとんど無いだろう。
「コバ達と合流しよう」
僕達は敢えて地上を走った。
移動するスピードだけで考えれば、おそらく空を飛んだ方が速い。
しかしそれは、山田達から見つかる可能性も高まる事になる。
だから時間を掛けてでも、地上を走る方を選択した。
「しかし、久しぶり過ぎて覚えていないな」
「僕は覚えているから、大丈夫」
「じゃあ道案内は、ハクトに任せるよ」
ハクトがトライクで前に出ると、彼は走りながらキョロキョロと見回す。
本当に覚えているのか、段々と左へ移動している。
「あった」
ハクトがアクセルを緩めると、大きな砦が見えてきた。
だけどそれよりも気付くのは、砦の横に隣接されていたかのようにある工房だろう。
「どうして外にあるのでござるか?」
「砦の扉よりも大きくて、入れなかったんだろう」
「なるほど」
見た感じ、砦の扉よりも明らかに横幅が広い。
入ろうとするなら、扉か塀をぶち破るしかないだろう。
それをしなかったのは、この砦を今後も利用しようと考えているのか?
「ちょっと待て。様子がおかしい」
「何?」
工房に近付こうとした僕達に、イッシーは待ったをかけた。
僕達はトライクを止めると、イッシーはおかしな点に気付いた。
「工房のドアが開いている」
「本当だ。あり得ないな」
コバは自分の作業を外の人間に見られるのを、極端に嫌う。
だから城の中に工房を作り、知っている人間しか近寄らせなかった。
それがこんな離れた地で、ドアを開けっぱなしにしている事自体が、怪しいのだ。
「罠ですかね?」
「入ってみますか?」
「ちょっと待って下さい」
沖田が一人で先行しようとすると、官兵衛はしばらく思案する。
そして官兵衛が頭を上げると、やはり入る事にした。
「全員で入るのは危険です。だからまずは、二人が先に入りましょう。何の危険も無いと確認が出来たら、合図をもらって残りの皆で入ります」
「それじゃ、沖田殿と拙者で良いでござるか?」
「いや、慶次は槍だからな。建物の中で戦うのは不利だ。だから待機してもらう」
「オイラも賛成です。最善なのは、丹羽様」
「私ですか?」
「刺突武器は、狭い場所でも有効です。よろしくお願いします」
官兵衛の説明に納得した長秀は、沖田と顔を見合わせてお互いに頷いた。
「中の安全が確保出来たら、合図を下さい」
「ドアから手を出して、指で丸を作れば良いかな?」
「そうですね。それで問題無いです」
長秀の案を飲んだ官兵衛。
二人は早速、ドアから部屋の中を覗き込んだ。
「特に変わった点は無いですね」
「奥の部屋だろうか。行ってみよう」
二人はいよいよ中へ入った。
「・・・長いね」
「かれこれ15分ですか。これはおかしいですね」
工房は大きいと言っても、何十人も入れるような建物じゃない。
平時に奥へ行って出てくるだけなら、2、3分で済むはずなのだ。
危険が無いか確認して合図を出すだけなら、15分という時間は短くない。
「どうする?」
「何かあったと考えるべきでしょう」
「僕達も入るか?」
官兵衛は迷っていた。
戦闘力では最上位に近い沖田と、冷静沈着な判断が出来る長秀が出てこない。
これは戦いで解決出来ず、更に長秀でも対応出来ない異常事態が発生したという事だ。
「・・・全員で行きましょう。少人数では、対応しきれないのかもしれません」
「なるほど。その考えもある」
官兵衛が決定したので、僕達は悩まずに全員で入る事に異論は無かった。
警戒をしながらドアに近付くと、やはり入り口付近に誰かが居る様子は無い。
「誰も居ないでござる」
慶次が確認してこう言うと、官兵衛は首を傾げる。
「やっぱりあり得ないですね。普通に考えれば、沖田くんと丹羽様が来た事で、オイラ達の話も聞いているはず。魔王様を出迎えるのに、誰も対応しないというのは、おかしいですよ。やはりこの中で、何かが起きています」




