勝者無き戦い
分かっていた。
分かっていたとも。
僕にもう成長する伸び代は無いって事に。
僕が火球を当てた山田は、その事に根を持っていた。
家康というマッツンに関する名前を持っている割に、こっちはかなりねちっこいタイプらしい。
そしてこの男は、僕に対して暴言を吐いた。
そしてその暴言は、とても許されるものではなかった。
そう、コイツは僕の事をちっさいと言ったのだ!
確かに背は低い。
それは認めよう。
何故か成長しないし、もう伸びるとも思えない。
だけどアッチは違う。
まだ、まだ伸び代はあるはずなんだ。
まだ未使用なのだから、これから伸びる可能性はあるはずなんだ。
他の人からすると、諦めの境地に入っているようだ。
他人事だと思って勝手に諦めている。
ふざけるなよ!
僕はまだ諦めちゃいない。
何も終わっていない。
何も終わっちゃいないんだ!
だって使ってないから、始まってもいないし。
むしろこう考えても良い。
僕はまだ子供の姿だ。
大人の階段登ったら、途端に成長するかもしれない。
背は伸びて声も低くなり、イケメンになる可能性は否定出来ない。
ロベルトさんを見たら、僕は自分の未来の姿に伸び代しか感じなかったくらいだ。
いつかは大人になる日が来る。
そしたら山田の山田を見て、鼻で笑ってやろうと思っている。
ワカサギ。
思い浮かぶのは、凍った湖の上で穴を開けて釣る方法。
そしてそれを天ぷらにして食べるのだが、僕の中でとても大きい魚だとは思えない。
気になった僕は、顔を上げた。
「ワハハハ!お前、ワカサギだってよ!」
「ぐぬぬ!出目金よりはマシだろうが!」
山田が山田と言い争いを始めた。
他の山田は止めに入ったり傍観していたりしているが、長秀とイッシーは更に評価を続ける。
「お前等、みっともないぞ」
「あん?そういうお前は、さぞ立派なモノを持っているんだろうな?」
「や、やめろ!」
「山田、押さえろ」
言い争いをしていた山田二人は、共謀して山田の山田を見始める。
二人は無言になると、スッと前に現れた長秀とイッシーがこう言った。
「先生、いかがでしょう?」
「ふむ、なかなか立派な山田を持っている。そうだなぁ、ボラ辺りかと」
「ボラですか?」
「ボラは出世魚の中で、上から二番目になる。最後のトドには届かないが、大きい事は大きい」
「な、何だと!」
イッシー解説者の話を聞いた山田二人は、とても悔しそうな顔を見せる。
羽交い締めされている山田は、概ね悪くない評価にそこそこ満足気な顔をしていた。
だが、解説はこれで終わりじゃなかった。
「でもボラって、あんまり人気無いんだよね」
「そうなんですか!?私達は魚を食べ始めたのが最近なので、あまり詳しくないのですが」
そうだった。
海鮮魚はキルシェが作った船でようやく漁業を開始して、手に入れられるようになった。
ある程度は僕達も食べているが、この世界だとまだ高級食材というイメージが強い。
領主である長秀も、そこまで食べる機会は多くないみたいだ。
「ボラはね、臭みが強いのよ。理由はいくつかあるけど、雑食性で小魚や餌を食べる際、泥とかも一緒に口にするから臭いと言われているね」
「先生、詳しいですね」
「一時期は、釣りに連れて行かれていたので・・・」
なるほど。
サラリーマン時代に得た経験か。
なかなか素晴らしい説明をしていると、二人の山田の顔が変わった。
「ププッ!聞きました?ボラは臭いんだって」
「立派なのに人気が無いとか。意味あるんですかね、山田さん」
「無いと思いますよ、山田さん」
二人が大笑いを始めると、山田は怒って二人の頭を温泉の中に突っ込んだ。
「お前等よりはマシなんだよ!」
「ブハッ!テメー!」
「待て待て。俺達は誰だ?山田だろ?そして山田はまだ、あと二人残っている」
三人の山田はゆっくりと振り返ると、残った山田を取り押さえた。
「や、やめろおぉぉ!!」
「おっと、この山田も微妙な山田じゃないか?」
「ワカサギ山田と同じ。いや、もう少し大きい山田だな」
「チィ!俺よりも立派な山田かよ!」
捕まった山田は叫ぶが、三人の山田は話を聞かずに品評を始めた。
すると捕まった山田は、妙な事を言い始める。
「違うんだよ。俺の山田は、本番にならないと活躍しないんだ」
「それは、今の山田は真の姿ではないと?」
「そ、そうだ。俺の真の山田は、これの倍以上はある」
「なんたとおぉぉ!!」
「しかし、確認しようが無いな」
山田達が評価に迷っている。
すると彼等は振り返り、先生を見た。
「先生、出番です」
「うむ。話は聞かせてもらった」
長秀がイッシーを、山田達の方へ導く。
山田達は頭を下げると、イッシーの評価を待った。
「ちなみに彼は、彼女や奥さんは居るのかな?」
「居ません!」
三人の山田が声を揃えて言う。
するとイッシーは、顎に手を当ててこう言った。
「チンアナゴだね」
イッシーの発言に、皆は戸惑いを隠せない。
「先生、その真意は?」
「チンアナゴはね、普段は穴から顔を覗かせて、プランクトンという小さな微生物を食べている。しかし、敵が近付くと引っ込むんだ」
「そんな魚が居るんですね」
長秀は真面目に話を聞いていた。
まあ日本人でも知らない人は知らないし、興味がある人なら楽しい話かもしれない。
「彼の場合、ほとんど顔を出さないチンアナゴだね」
「ほとんど顔を出さない?」
「だって、彼女も奥さんも居ないんでしょ?じゃあ顔を出す時なんか少ないじゃない」
「ワハハハ!!」
「先生、参りました!」
山田達はイッシーの評価を聞いて、とても満足そうな顔をした。
しかし当の本人は、かなり顔を真っ赤にしてそれを否定している。
「そういえばお前、女っ気無いもんなぁ」
「幻のチンアナゴ。それが山田の評価だ」
「先生、ありがとうございます!」
山田達は頭を下げると、最後に残った山田を見た。
取り押さえようと近付く四人だが、最後の山田は態度が違った。
「分かったよ。タオルを取れば良いんだろう?」
腰に巻いていたタオルを取った山田。
すると他の山田達は、よろよろと後ろへ下がってくる。
「ぐはぁ!」
「こ、これは言わずもがな」
「先生!助けて下さい!」
山田達はイッシーに縋り付いた。
最後の山田は、それはもうとても山田だった。
そして彼等の頼みは、先生をもってしても無理だった。
「彼はレベルが違う・・・」
「山田は、山田は一体何になるんですか!?」
「そうだなぁ、クロマグロ?」
「マグロ!?」
山田達は、自分達との格の違いに驚きを隠せない。
すると長秀が、詳しい説明を求めた。
「先生、マグロって私達も食べてるアレですか?」
「アレです。別名本マグロとも呼ばれていて、一本釣りされたモノは高値で取引されます。とは言っても、この世界だと定置網で獲ったモノしか食べられないけど」
この世界で海に出るのは、自殺行為に等しい。
海獣と呼ばれる巨大生物が棲息している為、キルシェが所有する船以外は、出られないからだ。
もし釣りなんて事をしようと考えるのならば、ブルーに協力をしてもらい、近くに海獣が来ないように見張ってもらうしかない。
しかしそれは、肝心の魚も寄ってこないという、本末転倒な話なんだけどね。
「先生、それはまさか天然物ですか!?養殖物ですか!?」
「・・・む?」
イッシーは山田の山田をじっくりと見ている。
他人が見れば、ただの変態でしかない。
「先生」
「これは・・・養殖だ!」
「な、なんだってえぇぇ!!?」
山田達は声を揃えて驚いた。
当の山田は慌てふためき、違うと言っている。
「どうしてそう思うんです?」
「俺も詳しく分からないけど、盲腸とは違う場所だし、この傷がそんな気がするんだよね」
イッシーが彼の下腹部の傷を見てそう言うと、山田は諦めたのか項垂れた。
「この養殖モノが!」
「何を偉そうに!」
他の山田達が山田をイジメ始めると、イッシーはそれを止めた。
「やめなさい。養殖物だって、素晴らしい物は素晴らしい。彼は自分に足りないモノを補う為に、養殖に挑戦した。その覚悟は、挑戦した人にしか分からない。それに非難するキミ達に、その覚悟はあるのかな?」
「う・・・」
イッシーの話を聞いて、言葉に詰まる山田一同。
僕も話には聞いた事があるが、出血はするし痛みもあるらしい。
僕なら怖くて、挑戦しようとは思わないな。
「良いかね。挑戦したからこそのクロマグロだ。出目金でも良い。ワカサギだってチンアナゴだって、美味しいし可愛いじゃないか。人にはそれぞれ好きな魚が居るんだよ」
「せ、先生!」
「先生!!」
イッシーに抱きつく山田五人。
全裸の男が全裸の男達に抱きつかれる光景を見た僕は、ようやく素に戻れた気がした。
だが素に戻れない男も居る。
「先生、この調子で私達の方も見てみましょう」
長秀はハクトや沖田も見て回ろうとしていた。
だが、僕も素になってから気付いた。
「あら?ロック以外、誰も残っていない」
当たり前だよね。
もしかしたら自分も標的にされると思えば、移動するよ。
君子危うきに近寄らず。
妙な事になる前に、慶次を筆頭に移動したらしい。
だが、長秀には変なスイッチが入っていた。
「駄目です!彼等だけが先生の評価を受けるなんて。私達も同様に、見てもらいましょう」
「おぉ!なんと素晴らしい方だ」
「敵ながらあっぱれですよ」
長秀の一言に、山田達から歓声が上がる。
長秀が風呂から上がると、山田達はそれに続いた。
だが、彼等はすぐに風呂に戻る事になる。
「どうしてロックは移動しなかったんだ?」
「いやあ、面白いコントだったから」
「コント!?」
「凄いよね。即興でここまで出来るんだもの」
即興コント扱いの山田達は、怒りを露わにする。
そして二人の山田がロックの両サイドに移動すると、肩を抱き上げ無理矢理風呂から立ち上がらせた。
「そこまで言うなら、自信はあるんだろうな!?」
「見せてもらおうか。冴えないおっさんの実力とやらを」
「な、何してくれてんの!?」
戸惑うロックだったが、前に立っていた三人の山田達は絶句していた。
そして先生に、ロックのロックを判定してもらった。
「先生!アレは一体?」
「アレは鮫だ。ホオジロザメだ。獰猛過ぎる」
「鮫!?」
「チッ!バンドマンめ。アレは我々とは違う生態だ。近寄っちゃいかんぞ」
イッシーの偏見の塊が炸裂すると、山田達は危険なモノを見る目つきで頷く。
「え?鮫?何の事?」
「この鮫野郎!近付くんじゃないよ!カァーッ!これだからバンドマンはよぉ。お前は敵だ。俺達みたいな奴の敵。このホオジロザメめ、シャチ食われてしまえ!」




