隠れる場所
商売敵を引き入れる。
ヘッドハンティングってヤツかな。
官兵衛はテンジを、リュミエールが治めているフォルトハイム連合へと向かわせた。
官兵衛はテンジの持つ情報と能力が、連合は欲しがると言っていた。
それを聞いて思ったのだが、よくよく考えるとテンジは戦闘力は無いとしても政治面ではかなり有能な人材である。
秀吉という力を持つ領主が、突然休職してしまった。
いつかは戻ると言っていたが、結局いつまで経っても戻ってこない長浜を支えたのは、テンジだったのだ。
かつての対モールマンの時もそうだった。
あの時のネズミ族は力が無い代わりに、僕達の食料やその他色々な品々を出してもらった。
しかもあの時は、各魔族領からの人数だけでなく、帝国や騎士王国の分も含まれている。
長期に渡り後方支援をしてくれた長浜だが、何も考えずにハイどうぞなんて出していたら、今頃は破綻していたと思う。
自領の分はしっかりと確保しつつ、連合や王国とも分配する。
長可さんも出来そうな気がするが、彼女はスイフトや有能な人材がサポートしてくれている。
テンジにもそれなりに補佐官は居たと思うけど、彼はそれだけじゃなく防衛面だって一人でこなしていた。
力は無いかもしれない。
それは以前の魔族の弱肉強食という考えには、致命的な問題だった。
でも今はそれだけじゃない。
腕力や魔力だけじゃなく、違う面でも人を見るようになった。
それを考えるとテンジは、間違いなく有能な人物だと思われる。
「ロック!?アレが裏切ったのか!?」
「そうである」
まさかの名前に、頭がついてこない。
深呼吸をして改めて冷静に考えてみたが、ロックが裏切っても問題無い気もするんだが。
「安土にはツムジやコルニクスも残していたよね?ロックが裏切っても、彼女達ならすぐに制圧出来る気がするんだけど」
僕はツムジとコルニクスを、敢えて安土に残していった。
その理由は、彼女達がそれを望んだから。
ツムジとコルニクスはチカとセリカの二人と仲が良かったのだが、僕に関する記憶の封印の際、問題が生じたのだ。
それは、セリカは記憶が無くなり僕に対して当たりが強くなったが、チカはそうならなかったのだ。
考えられる理由は一つ。
チカは秀吉と、対面した事が無いから。
おそらくセリカは、帝国に居た頃に会った事があるのだろう。
お互いに会った記憶など無いかもしれないが、ヨアヒムを洗脳して素性を隠した秀吉が帝国に出入りしていたのは、簡単に想像が出来る。
僕に関する記憶が無くなり、蘭丸を連れ去った僕に対して、セリカはかなり怒り狂ったようだ。
チカは情緒不安定になったセリカを怖くなり、ツムジに泣きついたらしい。
なのでツムジとコルニクスは、本当に必要な時以外はチカの専属護衛といつ立場に収まったのだった。
そしてツムジ達の力なら、ロックなど一捻りだと思っていたのだが。
「アイツ、力を隠していたのである。ツムジの炎をはね返し、更にはコルニクスの高速攻撃も、見切っていたという話である」
「そ、そんな事出来たの!?」
ザコっぽく見せておいて、裏切る時に真の力を発揮するとか。
許せんな。
「じゃあツムジとコルニクスは、やられたのか?」
「いや、自分の力を誇示したと思ったら、城の制圧に向かったのである。その直後、電光石火の速さで長可殿を捕らえ、監禁しているのである」
無用な戦いは避けた?
それとも城の制圧を最優先にした?
でも後者であれば、矛盾が発生する。
「ロックは城を奪ったんだよね?じゃあどうして、危険因子であるコバを放置したんだ?」
「それが謎なのである!アイツが城を奪ったと大々的に言ったから、吾輩と昌幸殿は逃れられたのである」
やっぱりおかしいな。
コバの工房は城の敷地内にある。
先に工房を抑えてしまった方が、早い気がするんだけど。
「ところでコバ殿は、どのようにして安土を脱出したのですか?」
「フハハハ!吾輩はこんな事もあろうかと、工房を改造していたのである」
「改造だって?」
「以前、安土は炎上した。その際に吾輩のラボは燃えてしまったのである。だから今回は緊急事態用工房として、自走可能な研究室を用意しておいたのである!」
「・・・は?」
自走可能な部屋?
なんて物を作ってるんだ。
大仏くんから始まり、居住スペースがあるトラック等を作ってきた男だ。
規模を小さくすれば、それくらいは容易く作りそうではある。
しかし、そういう物はまず相談しろと言っておいたはず。
なのに僕は、何も聞いていない。
「お前、ちゃんと報連相を守れと言っただろうが!」
「忘れていて良かったのである。しかし、言わなかったから欺けたとも言える。そうであろう?」
「ぐぬぬ!ん?ちょっと待て。ロックはコバの護衛だろ?お前がその走る部屋を使っていた事を、知らなかったのか?」
「・・・ふむ。知っていたはずであるな」
それっきりコバが黙ってしまった。
こちらも官兵衛が考え込んでいるが、ハクトはやはりショックが大きいようだ。
ハクトはあのおっさんのせいで、アイドルにさせられたりしていたからなぁ。
そして僕は蔑ろにされた記憶が蘇ってきたのと、ハクトを悲しませている罰として、ロック死すべし!という気持ちが大きくなってきている。
「コバ殿、今はその自走部屋に誰が居るんです?」
「吾輩と昌幸殿とその息子二人。そして高野達の七人である」
チームコバの面々、全員という事か。
彼等が捕まらなかったのは、不幸中の幸いかもしれない。
もし捕まっていれば、秀吉達にフライトライクやクリスタル内蔵の武器等、様々な物を強制的に作らされていた可能性が高い。
「今は何処に居ますか?」
「近いので、若狭国へ向かっているのである」
「なっ!?駄目だ!止まれ!」
「な、何故であるか?」
どうやら僕が叫んだ事で、急ブレーキを掛けたらしい。
後ろから悲鳴のような声が、いくつか聞こえた。
「すまない、コバ殿。私は丹羽。若狭国の領主です」
「領主?どうして魔王と一緒に居るのである?」
「実は・・・」
僕達は混乱している世界の情勢を、知っている限りコバに説明した。
「うーむ、では吾輩達が向かえる場所は、帝国と連合。それと越前国くらいであるな」
乗っ取られた若狭と、混乱真っ只中の上野は除外。
長浜は言わずもがなで、越中は陥落。
王国と騎士王国は、光が消えてからどうなったのか定かではない。
もしかしたら混乱しているかもしれないし、行くにはまだ情報が少ないのが現状だった。
「何処かに安全な場所があれば良いのだが」
「安全な場所か。・・・あるかもしれないぞ」
「ヨアヒム?」
後ろで話を聞いていたヨアヒムが、突然口を開いた。
当然コバにも、それは聞こえていた。
「それは何処である?教えるのである」
「貴様!不敬だぞ!」
「む、誰なのである?」
「こちらはドルトクーゼン帝国の王、ヨアヒム・フォン」
「あぁ、面倒だから気にするな」
ギュンターがコバにキレるが、当の本人であるヨアヒムがそれを止めた。
「ヨアヒム?魔帝であるか!?」
「そうだ。そしておそらくは、奴等も気に掛けていないであろう場所ならある」
「ど、何処でありますか?」
口調がおかしくなるコバ。
向こうから小さな笑い声が聞こえてくる。
「それはお前が、よく知っているんじゃないのか?」
「吾輩が?」
僕達も顔を見合わせるが、誰も分からなかった。
するとコバがしばらくして、小さな呻き声を上げた。
「むぅ!あそこであるか!?」
「そうだ。思い出したようだな」
「正直言えば、あまり良い記憶では無いのであるが。しかし、確かにあの場所は向こうも無警戒だと思うのである」
二人だけで通じているみたいで、ちょっとイラっとする。
それはギュンターも一緒のようで、ヤキモチを妬いたような顔をしていた。
「分かったのである。吾輩達は進路を変更して、あの場所に向かうのである。アポイタカラも勿体無いので、これで通話を切るのである。何かあったら、また連絡をするのである」
「え」
コバは自分が納得したのか、勝手に電話を切ってしまった。
電話が切れた事で、一瞬静まり返った一行。
しかし官兵衛が、その沈黙を破った。
「分からない点が二つ。そのうちの一つは陛下が知っているみたいなので、ご説明を願います」
「それは今の男が向かった先か?」
「そうです」
「ふむ」
ヨアヒムは顎に手を当てると、僕とハクトを見てきた。
するとヨアヒムは、予想外の言葉を口にする。
「お前達は行った事があるはずだが」
「僕達が行っている?どうしてお前が知ってるんだよ」
「昔、報告で聞いていたからな」
「僕もですか?」
「そうだ。そしてあの男とお前達は、そこで会っている」
んん?
コバと会った場所?
「・・・あぁ!」
「砦だ!」
「その通り」
まさかの答えに、僕は頭をフル回転させた。
確かにあの砦は、コバと初めて会った場所だった。
そして僕達が落としてから、帝国も放棄しているという話をされ、今では無人という話だった。
「おそらく奴等も、あの場所を使うとは思えないからな」
「オイラはよく存じ上げないのですが、何故ですか?」
「あの場所は、長浜と上野国に近いのだ。誰かが立ち寄るかもと考えれば、裏で暗躍してきた奴等が使おうとは考えないだろう」
ヨアヒムの説明は正論だった。
秀吉達が使っていないなら、戦えないコバ達が隠れるには絶好の場所だろう。
「しかし、それでもコバ殿は我々にとって必要な人材。合流した方が良いでしょう」
「だな。下手に見つかれば、秀吉達の戦力が大幅に上がる可能性もある」
それにコバは別としても、あまり考えたくはないが、昌幸と信繁は秀吉側に付かないとも限らない。
奴等と接触させないようにするのが、ベストだろう。
「それじゃ、僕達も砦に向かうの?」
「そうだね。向かった方が良いだろう」
「ならば、私も行きます。若狭国付近で、同胞を集めようと思います」
「長秀も?阿形と吽形はどうするんだ?」
「静養させていただけますか?」
ヨアヒムは頷くと、長秀はやはり同行すると言った。
そして沖田も長秀に同行すると言い、僕達は帝国を去る事に決めた。
「ならばアレを貸し出そう。ついて来い」
「アレ?」
ヨアヒムが歩き出すと、ギュンターは困ったような顔を見せた。
どうやら独断で決めたらしい。
「コレで行け。フライトライクで行くよりも、断然早いだろう」
「え?コレ、乗って良いの?」
「構わん。どうせコバという男なら、そのうち作るだろうからな」
僕達はそれを見て、驚愕した。
特に間近で見た事の無いハクトと長秀は、見上げながら興奮している。
「コレ、飛行機ですよね!?我々が乗っても大丈夫なんですか!?落ちたりしないですよね?本当に安全なんですよね?」




