裏切
やっぱり自分の領地は気になるよね。
それは僕も同じである。
長秀は頻繁に若狭国はどうなったのかと、僕やヨアヒムに聞いてきていた。
だがそれは誰にも分かっていない。
僕に関する記憶が封印されていた頃、彼等は秀吉に良いように扱われていた。
今にして思えば、僕に関する記憶以外にも何かしら仕掛けがあったんだと思う。
でなければ一介の領主である秀吉の言う事を、他の領主が何も言わずに了承する理由は無いからだ。
長秀も御多分に洩れず、秀吉の指示に従っていた。
領主が全員、自分の領地を離れる。
これも奴等の狙いの一つだったんだろう。
そしてそれは、僕達も同じである。
安土に居られなくなった僕達だが、では誰があの街をまとめているのだろうか?
コバにはまだ連絡していないのでハッキリとは分からないが、何も変わっていないのであれば、長可さんが一人で奮闘していると思われる。
彼女の補佐にはスイフトや有能な人材も多い。
防衛面ではゴリアテが抜けた穴は大きいけど、僕に関する記憶を封印している時に、わざわざ攻め込む理由は無い。
内政面だけしっかりしていれば、安土は回るはずなのだ。
まあ言ってしまえば、僕が居ても居なくても回るのが安土である。
僕という存在が、如何に飾りかよく分かる事案だった。
だけど他の領地は違う。
皆気になるのは当然だし、一益みたいにすぐに行動に出た人物も居た。
僕は気になるだけで、それよりもまず他に大事な事で動く方が多かった。
そう考えるとやっぱり領主というのは、責任感がある人がなるべきなのかもしれない。
「石田三成?誰ですか、それは」
そうだった。
長秀は首を傾げていた。
こっちでは名前が少し違うんだよな。
「失礼、石田ミチナリだったね」
「ミチナリ?三成じゃないのか?」
今度はヨアヒムが、不思議そうな顔をしている。
面倒だなぁ。
「長秀も石田は見たよね?多分アイツが、若狭国を乗っ取った犯人だ」
「なんと!」
「でもって秀吉は石田を仲間にしているけど、どうやら一文字違いのミチナリってのが、それに当たるみたいだよ」
「なるほどな。そんな名前だと、周りから弄られるだろうに」
やっぱりヨアヒムも、同じ感想を持ったか。
ムッちゃんも石田三成は知ってるみたいで、西軍の大将とハクトやギュンターに熱弁していた。
でもそれ以上詳しく知らないのか、突っ込まれると何も言えなくなっていた。
「しかし、どうしてその石田が若狭国へ攻め入ったと分かるのです?」
うーむ、説明が難しいな。
理由としては、僕と転生者であるヨアヒム。
そしてこの場だと、ムッちゃん以外には説明しても理解出来ないんだよね。
するとヨアヒムが何も考えず、説明を始めた。
と思ったら意外や意外、上手い説明だった。
「信長は知っているな?」
「初代魔王様ですね。勿論です」
「信長が転移する前の世界で、丹羽長秀という人物が居たのは知っているか?」
「重臣だったと聞いています」
「その丹羽長秀は、佐和山城を信長から与えられていた。が、信長がこの世界に転移した後、石田三成という人物が佐和山城を治めていた」
「それで三成という名前が、出てくるのですね。納得しました。しかし、それはそれ。これはこれ。どうしたその石田某が、佐和山城を乗っ取ったのです!?」
そこまでは僕もヨアヒムも分からない。
が、官兵衛は予想が出来ていたようだ。
「安土に最も近いからでしょう。秀吉が長浜をそのまま治めているのなら、脅威となる安土をまず警戒しなくてはならない。安土の見張りとして、佐和山城を奪ったのだと思います」
「ぐぬぬ!許せん!」
長秀が憤慨していると、小さな声が聞こえてくる。
「あのぉ、私はそろそろ通話を切ってもよろしいのでしょうか?」
「あっ!ごめんなさい!」
石田三成だと気付いた事で、テンジをすっかり忘れていた。
「テンジはこれからどうするんだ?」
「ひとまず私と私に従う者達は、滝川殿を頼ろうと思っていたのですが。今は上野国もそんな余裕も無いようですし、どうするか迷っています」
官兵衛の顔を見ると、彼は僕に何か言いたげな雰囲気だった。
しかし自分からは言い出せないのか、僕は助け舟を出す事にした。
「官兵衛、出来ればテンジを助けたい。何か良い案はないかな?」
「あ、あります!テンジ様には、そのまま連合に向かっていただきたい」
「連合に?」
ちょっと予想外の場所だな。
僕はてっきり帝国に来てもらい、ヨアヒムの庇護下に入れてもらうのだとばかり思っていたのに。
「どうして連合に?」
「今後は我々を排除する為に、秀吉はヒト族の助力を請うでしょう。であれば、長浜の弱みも分かるテンジ様を、連合は利用価値があると引き入れようとするでしょう」
「そんなに都合良く、出迎えてくれるか?」
テンジは官兵衛の案に懐疑的だ。
しかし僕も、官兵衛の意見に賛成だった。
「連合のトップはリュミエールだ。でも商いという面では、リュミエールより上の人物達が居る。彼等なら長浜の上を行こうと、テンジを迎え入れたいと考えるだろうね」
「なるほど」
「それに加えて、リュミエール様は魔王様と手を切るとは思えませんので」
最後の官兵衛の言葉に、テンジは納得したらしい。
だけど僕も、ある意味そう思う。
というよりも、僕ではなくハクトを気にしているだろうね
もしハクトが前線に出ると知ったら、彼女は遠くから見ている可能性すらある。
僕が殺されようとも、彼女はハクトだけは助けそうな気がする。
「では私達は、これから連合に向かいたいと思います。また何か分かったら、連絡を致しますので。失礼します」
テンジとの通話を切った。
すると、長秀の空気がとてつもなく重くなっていた。
「うぅ、私はどうしましょう?乗っ取られたとなれば、皆の安否も気になるところです」
「街の方は分からないけど、城の者はほとんどは殺されてると思う」
「そんな!」
これには官兵衛もヨアヒムも同意見なのか、二人とも目を逸らした。
城を乗っ取るのなら、内通者以外は邪魔な存在になる。
自分の城としたいのなら、不穏分子は排除するしかない。
おそらくは石田の配下の者達しか、城には残っていないだろう。
「でも街は無事だと思う。若狭国は薬草の産地だ。秀吉も良い薬を今後も手に入れたいと考えるなら、燃やすのは得策じゃない。多分薬師とかは無事だと思うよ」
「戦士は殺されて、薬師や街の住民は懐柔されているか」
「まだ街を燃やされていないだけ、良かったと思う事だな」
うぐっ!
ヨアヒムが言うと洒落にならん。
「うっ!安土を燃やされた心の傷が!」
「・・・マオくん、そういう冗談は失礼だよ」
「すいません・・・」
いかん。
長秀に対してちょっと空気を和らげようと思ったら、ヨアヒムが沈んでしまった。
「と、とにかく!若狭国を取り戻すのは、今は難しいから。時が来たら、僕達も手伝うから」
「うむ。その時は帝国も、全面協力を約束する」
「本当ですか!?ありがとうございます!」
アレ?
僕よりもヨアヒムに感謝している。
両手を掴んで感謝する長秀。
ちょっと待て。
今僕って、かなり立場的に弱くなってない?
安土の安否はまだ分からないし、魔族の王って言ったって、ベティや権六は居なくなった。
秀吉のせいでネズミ族からも微妙な扱いだろうし、マトモな協力関係があるのは、妖精族とドワーフに妖怪くらいか。
それで妖精族がヨアヒムに傾くと・・・アレ?
僕、魔王って肩書きだけで、何の役にも立ってないぞ。
「官兵衛!安土へ帰ろう!」
「それは少々お待ちを」
「どうして?」
「コバ殿に連絡をしてからです」
「コバに?長可さんではなく?」
「・・・」
マジかよ。
長可さんも怪しいって言うのか。
彼女は蘭丸の親だぞ。
それは無いと思いたいんだけど。
「しかしコバ殿も、なかなか電話が通じないんですよね」
「じゃあ僕が電話してみよう」
テンジに続き、再び電話を掛けてみた。
しばらく鳴るコール音。
「・・・やっぱり出ないな」
「うるさいのである!誰だ!」
「出た!」
コバはキレながらも、僕の電話に出た。
声が大きいので、皆にも聞こえるくらいだった。
「コバ、僕だ」
「魔王であるか。何の用だ?」
「何の用って、安土の様子を聞きたかったんだけど」
「長可殿には電話したのであるか?」
「してないよ」
やはり彼女も裏切者なのか?
コバがそんな事聞いてくる必要は無いし。
「その前に、コバは無事なの?安土に居る?」
「吾輩であるか?無事ではある。しかし安土には、居ないのである」
「な、何故!?」
「投獄されそうになったので、逃げたのである」
「投獄!?」
長可さん主導で、そんな事まで。
安土はそこまで変わってしまったのか?
「ちょっと待って下さい。誰に投獄されそうになったのか。それを教えて下さい」
官兵衛が横から口を挟むと、彼は僕達の予想と違った名前を出した。
「又左である」
「兄上でござるか!?」
「空を覆った光が消えた直後、奴の兵が突然城へ突入したのである。そして長可殿やスイフトは捕まったのである」
「二人が!?」
僕が予想していたのとは違うが、やはり安土も乗っ取られてしまったらしい。
長可さんが捕まった事は、まだ蘭丸には伏せておいた方が良いな。
「吾輩も思わぬ裏切りで、捕まりそうになったのである」
「裏切り?」
まさか、高野達が秀吉に通じていた?
しかしアイツ等は、ヨアヒムに捨て駒にされかけていた男達だ。
そんなに強くない連中を、秀吉が目をつけるかな?
「でも高野達から、逃げられたんでしょ?」
「高野?奴なら隣に居るのである」
「え?」
アイツ等じゃないなら、誰に裏切られ・・・え?
「あっ!」
ヨアヒムが大きな声を上げた。
僕も薄々気付いたが、いつからだ?
最初から?
そんなはず無いよな?
「コバ、昌幸はどうした?」
「昌幸殿は、居ないのである」
「もしかして、昌幸が裏切ったのか?」
「・・・違うのである」
「違うの!?」
僕もヨアヒムも、彼が裏切ったのだとばかり思っていた。
真田家は徳川と豊臣の戦いに、家を半分に分けて戦った。
そして豊臣側に与したのは、真田家の長である昌幸と次男である信繁だった。
だから僕は、てっきり彼だと思い込んでいたのだが。
「じゃあ誰よ!他に裏切りそうな奴なんて、居ないでしょ」
僕が電話でそう言うと、後ろから肩を叩かれた。
「マオくん、僕分かった」
「え?」
微妙な表情を浮かべて、ちょっと悲しそうな雰囲気だ。
そしてハクトが言う前に、コバがその名を告げた。
「ロックである」




