又左
これも狙いなのか?
やっぱり人を疑うという行為は、雰囲気が悪くなる。
僕達は沖田と長秀の二人と、ようやく合流する事が出来た。
しかし僕達は、ハクトのように人が良いわけじゃない。
まず本物か疑ってかかった。
理由はその前に、味方だと思っていた獣人に襲われたからだ。
兄もムッちゃんも、頭は良くないが危機意識はそこそこある。
二人とも自分だけなら適当なのに、仲間が居ると違うんだよね。
慶次とイッシーを見た時点で、二人は本物だと分かったのだが、やっぱりハクトを止めた行為が何なのか疑われてしまった。
でも沖田は、なんとなくそれに理解を示してくれていた。
それに対して長秀は、ちょっと凹んでいたかな?
まあ領主という立場柄、誰かに疑われるなんて事は、ほとんど経験していないからね。
自分の領地で、アンタ本物の領主?なんて言われるはずも無いし。
怒るのも当然な気もする。
でもね、逆に言えば疑う方も気分は悪い。
疑心暗鬼になっているから気は休まらないし、何より相手に対しての罪悪感だってある。
兄とムッちゃんは分からないけど、僕はあった。
疑ってごめんねと謝っても、相手は気にしなくて良いよと言いつつ、本音はどうだか分からない。
そうするとまた、本当は怒っているんじゃないかと疑いの目が向いてしまう。
そして相手を窺うような事をして、また相手にもコイツは何なんだと思われる。
一度疑うと、関係性が崩れる事もある。
出来れば穏便に済ませたい僕は、これが秀吉の狙いだと考えたら、かなり陰湿で厭らしい攻撃だなと思った。
コイツ、バカなの?
領主を辞めないかって言う奴、初めて見たぞ。
流石に長秀も、そんな大それた事を言われたのは初めてだろう。
何を言っているんだと固まってしまった。
「ムッちゃん、そこまでだ。せっかく阿形と吽形の件がうやむやになってるのに、ほじくり返すのはやめてくれ」
「阿形と吽形?何かあったのか?」
「はっ!タケシ殿は他国の人間ですので、お話出来ません!」
俺がムッちゃんを止めると、フリーズしていた長秀は動き出し、やはりデリケートな話だからかその話は秘密だと言って終わった。
「せっかくタッグ相手が見つかったと思ったのに」
「タケシさん!避けて!」
両手を頭の後ろに回して、無警戒だったムッちゃんは、突然飛んできた槍を避けられずに脇腹を抉られた。
片膝をついて血を吐くムッちゃん。
「だ、誰だ!?」
俺も油断していた。
敵意のようなモノは感じなかったし、敵が近くに居るとは思えなかった。
だけどその中で、ハクトだけが異変に気付いていた。
おそらく空気を切り裂いて飛んでくる槍の音が、アイツにだけ聞こえていたんだろう。
「また飛んでくるよ!」
「今度は大丈夫だ」
飛んできた方向さえ分かれば、弾くのは難しくない。
俺と長秀、沖田は慶次とイッシーの前に立ち守ると、槍はダメージを負ったムッちゃんに集中し始める。
だが、そこは超回復の持ち主。
「んのやろ!隠れてないで出てきやがれ!」
脇腹を抉り地面に刺さった槍を引き抜くと、ムッちゃんは飛んできた槍を全て叩き落とした。
「なるほど。超回復の男だったか」
槍が飛んできた方から、トライクが何台か現れた。
いや、何台どころじゃない。
何十台?
「もしかして、敵の本隊か」
「あの後ろに座ってる男!」
沖田がすぐに気付いた。
トライクの後部座席に座っていた男は、俺達が又左の為に作った槍を持っていたのだ。
一般の物より長くクリスタルが内蔵されたその槍は、俺達なら誰もが知っていた。
「お前、誰だ?」
「・・・」
俺の言葉を無視する男。
誰だか分からない理由は、ただ一つ。
仮面をしているからだ。
「慶次、アレは又左か?」
「分からないでござる。背格好は似ているけど、雰囲気があまりにも違うでござる」
「僕も同じ意見です」
慶次も沖田も、又左という確信は無いらしい。
しかし強さだけは、慶次の槍を防げるくらいだ。
「丁度良い。魔王と丹羽が出てきている。殺しても良い。やれ」
「やらせるかよ・・・」
敵のトライクが動き出そうとした瞬間だった。
慶次の後ろから銃弾が発砲された。
男は頭を動かして直撃は避けたようだが、仮面は吹き飛んだ。
「イッシー!」
「ざ、ざまあみろ。そんなスタイリッシュな仮面、俺は認めないからな」
起きて早々言う言葉がそれ!?
ちょっとは元気になったみたいだけど、やっぱりぐったりしている。
「くっ!」
顔を隠す男だが、俺も皆も見た。
「又左!」
間違いない。
この顔は又左だ。
ただし、表情はいつもと違う。
いつもは俺を見つけると、魔王様!と言って尻尾を振ってくる犬みたいな奴だった。
それが今じゃ無表情だ。
こんな感情の無い顔をしているなら、敵意も何も感じられないのは当然かもしれない。
「前田殿!どうしてですか!?」
「俺の事は気にするな。囲んですり潰せ」
又左は沖田の言葉を無視し部下に命令すると、トライク隊が俺達を囲むように動き始める。
「兄上!」
「やれ」
慶次の声に反応もせず、冷酷に指示を出す又左。
俺達は慶次達の乗るトライクを守るように、円になった。
「脱出は難しいですかね」
「弟の腕前なら逃げ切れるかもしれないが、もう一台は無理だろうな。どちらにしろアイツも、魔力が無くて運転出来ないだろうけど」
「万事休すってヤツだな。俺が暴れるから、お前達だけでも逃げろ」
「タケシ殿だけに任せてはおけないです。僕も残りますよ」
ムッちゃんと沖田が、自らオトリを買って出た。
しかしそんな事をしても、二人がやられるだけ。
結局俺達に追っ手は来るだろうし、無駄な抵抗だろう。
仕方ない。
あまりやりたくはなかったが、ここは敵を全員殺すつもりでやるしかないな。
俺の新しい力を使えば、全滅させる事は出来る。
ただ気になる点もある。
コイツ等が安土の人間なのかどうか。
もし安土の人間だとしよう。
ちょっと前まで街ですれ違ってたり、ラーメン屋で隣に座っていたかもしれない人達だ。
俺の手で殺さないといけないのかと考えると、流石の俺も気持ちが整理出来なくなる。
だが、敵は待ってくれない。
徐々に迫ってくる包囲網に、俺は覚悟を決めた。
「マオくん!更に来る!」
「もう無理だろ!」
「この音、騎馬隊だよ!」
ハクトは耳を動かすと、有無を言わさずに救援信号代わりに火球を打ち上げた。
すると俺達にも聞こえるくらい、馬の走ってくる音が聞こえてくる。
「数の上では同数か。しかし、魔王と丹羽が居る時点で脅威は上がる。引くぞ」
又左は抑揚の無い声で言うと、包囲していたトライク隊を引き上げさせた。
「兄上!」
「又左!戻れ!」
「命拾いしたな。次会った時は、殺す」
騎馬隊の音が南から来るのに対し、トライク隊は西へ走り去っていった。
命拾いした。
又左に言われて、心底そう思った。
「イッシー、大丈夫なのか?」
「大丈夫ではないけど、大丈夫。俺よりも、慶次のフォローを」
薬と魔法のおかげか、イッシーの意識はハッキリしている。
さっきまでのグッタリした様子は無い。
「慶次。慶次!」
「聞こえているでござる。兄上・・・」
イッシーの怪我の心配は無くなったが、今度は慶次の精神面が心配になってきた。
又左と慶次は以前も槍を突きつけ合うような事はあったが、あの頃と違って敵意というものがある。
怪我を負う負わせる覚悟はあっても、相手を殺すというのは無かった。
そして慶次は兄である又左から、殺意というものを初めて感じたんだろう。
そうでなければ、イッシーが庇ったりしない。
「とにかく、無事だったんです。帝国へ戻りませんか?」
「沖田殿の意見に賛成です。私も流石に疲れた・・・」
沖田も長秀も、疲労の色が濃い。
二人だけなら、どうとでもなったと思う。
やはり重傷を負っている人間を庇いながらとなると、二人とも勝手が違うんだろうな。
「一度戻ろう」
俺達が帝国に戻ると、ヨアヒムとギュンターは俺達を心配して出迎えてくれた。
俺達は疲れを癒す為に休み戦い続けてきたのもあって、しばらく情報収集に徹する事にした。
「何事も命あってこそ。生きて戻ってきて良かった」
ヨアヒムがそう言うと、イッシーはペコペコと頭を下げていた。
偉い人には頭を下げる。
サラリーマンの頃の習性かな。
でもこれは、俺でも分かる。
ヨアヒムは右腕の大怪我を見たイッシーに、気を遣ってそう言ったんじゃないかってね。
右腕は使い物にならないかもしれないが、生きていれば良い事はある。
そんなイッシーの体力も、ほぼ元に戻っていた。
右腕は三角巾で吊っている状態には変わらないが、やはり器用なイッシーは、左手でフォークやナイフを扱っている。
ちょっと慣れたら、箸も使えそうだな。
とはいっても、やっぱり左手しか使えないとなると不便だろう。
それに利き腕が使えなくなったんだ。
日常生活だって面倒だし、何よりもう一緒に戦うのも難しい。
「どうやら俺はここまでかな」
「何を言っているでござる!イッシー殿はまだ戦えるでござるよ!」
「無理だよ。左手だけで何が出来る?短剣か拳銃くらいしか、持てないんだぞ」
「そ、それでも」
慶次は本気で言っているのかもしれない。
でも俺達は何も言わなかった。
だって気休めにしかならないって、分かってたから。
「俺はここでリタイアだ。皆には悪いが、仮面を外す時が来たんだろう」
「イッシー殿!」
「慶次、もう良い。それ以上はやめておこう」
「魔王様、それで良いのでござるか!?」
良くは無い。
でも仕方ない。
俺にも何も出来ないんだから。
(でも僕は出来るんだよね)
「は?」
いかん。
頭の中の声に、思わず変な声を出してしまった。
(魔力はもう問題無い。ハイ、交代ね)
へ?
「イッシー、覚悟は出来てる?」
「まさか、腕を切り落とすのか?」
覚悟って聞いて、そっちを連想しちゃったか。
でも、それはそれで面白い。
「お、おい!腕を切り落とすのか!?今のままでも、大丈夫じゃないのか!?」
「ムッちゃん、僕達はキミと違って、超回復なんて無いんだよ。だから、やらなきゃいけない時もある」
「うぅ・・・僕がもっと凄い回復魔法を使えていれば」
「回復魔法だって、万能じゃないよ」
ムッちゃんやハクトは涙を見せると、イッシーは右腕の三角巾を取った。
抉れた痕が、痛々しく残っている。
「分かった。やってくれ」
「ゴメン、イッシー。じゃあやるよ!」
僕が大きな声を出すと、イッシーは目を閉じた。
緊張のせいか、震えているのが分かる。
「サン、ニ、イチ・・・せい!」
「んん!・・・・・・まだ?」
掛け声を言ったのに、痛みが走らない。
イッシーは恐る恐る目を開けた。
「は?治ってるんだけど」
「ハーイ!イッシーを驚かす為のドッキリでした〜。どう?ビックリした?実は創造魔法で、欠損した身体を治す魔法も覚えたんだよね。誰にも言ってなかったから、兄も知らなかったみたいだけど。良かったね」
「良かないわ!俺の覚悟を返せ!」




