盗賊とプロレス
戦闘力では一番か。
お市はムッちゃんの力を認めていた。
ハッキリ言って、お市は排他的なタイプの人間だと思う。
それも勝手に帝国と戦争を起こして、仲間を連れ去ったロベルトさんのせいなのか。
それとも元々そういう性格なのか。
それは分からない。
でも彼女はどちらかと言えば、ヒト族をあまり信用しているようには見えなかった。
ボブハガーとは交流があったが、言ってしまえば彼一人しか居ない。
それこそ騎士王国なら、帝と縁があっても良さそうなのにだ。
だから僕は思った。
お市は種族で選ぶのではなく、人で選ぶのだと。
悲しいかな、だからオケツが騎士王になってからは、そこまでの交流は無い。
理由はおそらく、お市がオケツをあまり良い人物と見ていないから。
その証拠に彼女は、ムッちゃんが連れてきたシャマトフセという親類の前で、彼をボロクソにこき下ろした。
シャマトフセは苦笑いしていたが、内心ではどう思ったんだろう?
でもどちらも知っている僕からしたら、少しはオケツをフォローをしてあげたい。
彼は一見、優柔不断で使えないように思われがちだ。
だから他の騎士からも、ナメられる事が多い。
しかしやる時はやる男。
出来ない男がいざとなったらやるというギャップは、なかなか大きい。
しかも最近はかなり頑張って、騎士王国内での揉め事を抑えていた方だと思う。
あのトキドやウケフジ達を相手にしながら、国際問題に発展しないように誰も国外に出さなかったのだから。
僕の中で彼を理解するには、もっと深く付き合う必要があると思っている。
味わうにはスルメのように、長く噛まないといけないからね。
話を戻すと、お市はムッちゃんの強さは認めていたが、戦闘力ではと言った。
多分人格や性格は認めていないのかもしれない。
とは言っても、全てを認めて付き合える人なんて、そうそう居ない。
結局人付き合いなんて、何処か妥協しないと無理だと思うんだよね。
俺とムッちゃんは、近寄ろうとするハクトを止めた。
まだ油断は出来ない。
何故なら、さっきのように実は敵でしたなんて事になったら、今度はハクトがやられてしまうからだ。
弟は今、魔力がほとんど残っていない。
ハクトがやられたら治療は出来ないのだ。
「ケンちゃん、トライクを見ろ」
「イッシーと慶次!ハクト、頼む」
俺とムッちゃんがハクトの手を離すと、彼は一目散にイッシーに向かっていく。
「どうして一瞬止めたのです?」
「すまない。敵かもしれないと疑ってしまった」
「僕達を敵?」
俺はさっき出会った連中の話を説明した。
するとトライクに座っていた慶次が、それについての理由を話してくれた。
「それは拙者の部隊の奴でござる」
「慶次の部下?それが何故、俺達を襲ってくるんだ?」
(それは多分、秀吉の部下だ。前にも言ったけど、何処に奴等が紛れているか分からない)
なるほどね。
「それは紛れ込んだ秀吉の部下じゃないかって言ってる。慶次の場合、自分の部下の顔とか、覚えなさそうだしな」
「失礼な!でも当たってるでござる」
怒ったと思ったら、アッサリと認めやがった。
それを聞いた沖田も、苦笑いしている。
しかし長秀は他人事じゃないと思ったのか、顔色が悪くなっていた。
「マオくん、イッシーさんの顔色は良くなってきたけど、問題がある」
「何?」
「イッシーさんの右腕が、千切れそうになってるんだ」
うぅ、かなりグロい絵だ。
イッシーの右腕は、肘より上の辺りが半分くらい吹き飛んでいる。
ハクトの説明だと、このまま治療しても完全には治らないという話だった。
「残念だけど、もう元には戻らないよ・・・」
「い、イッシー殿!すまない!」
「慶次?」
突然イッシーの前を座っていた慶次が、後ろを振り向き涙を見せた。
「イッシー殿のこの怪我は、拙者を庇ったせいでござる。実は敵の隊長が、兄上の可能性があるでござる」
「それは聞いた」
「拙者は彼の者と遭遇した時、兄の槍を奪った不埒者だと勘違いしたでござる。怒りに任せて攻撃した結果、槍を弾かれて逆に反撃をされたでござるよ」
「そこでイッシーに庇ってもらったというワケか」
又左本人かどうかはさておき、慶次の槍を弾いて反撃出来る奴が敵に居る。
今の負傷者と疲労が溜まった沖田達では、難しい相手という事か。
「け、慶次」
「イッシー殿!?」
おぉ!
流石はハクトだ。
持ってきた薬と回復魔法で、話せるくらいまで回復したみたいだ。
でも体力は戻っていない。
ちょっと話したら、このまま眠らせた方が良いだろう。
「良いんだよ。俺は人の為に動けるように、この仮面を付けてきたんだ。だから、お前が助かって良かった」
「イッシー殿!どうして拙者なんかの為に!」
溢れる涙が止まらない慶次だが、ハクトもちょっともらい泣きしている。
しかしもらい泣きする理由も分からんでもない。
イッシーは元々、盗みや無銭飲食を繰り返した犯罪者でもある。
それを俺達は、反省した彼を許した。
イッシーは仮面を付けて自分を偽り、自分の被害者に対して償いを始めた。
人の為に動くというのは、それから彼がずっとやっている事だった。
しかし自分の命を投げ打ってまでそれをするというのは、並大抵の精神力じゃないと思う。
「俺はここまでの人間だが、お前はこれからだ。だから、良いんだよ」
「慶次!イッシーはまだ、回復しきっていない。そろそろ休ませてやろう」
涙が止まらない慶次。
だけど俺の言葉が効いたのか、前を向いてイッシーを休ませた。
「ん?」
「マオくん、気付いた?トライクが近付いてくるよ」
トライクだけだと、まだ敵か味方か分からない。
音が聞こえる方にムッちゃんを出して、発見されてしまったら対応してもらう事にした。
「アレはイッシー隊でござる」
トライクにはイッシー隊の旗が立っていた。
俺でも分かりやすく、毛と書いてある。
四台で走るトライクだが、彼等はこちらに気付いておらず、後ろを頻りに振り返っていた。
「まだ来る!あの人達、追われてるんだ!」
ハクトが聞き耳を立てると、後方から六台のトライクが迫っていた。
「ムッちゃん、後ろはぶっ飛ばして良いよ」
「分かった。今回は俺も本気を出す」
ムッちゃんはマスクを外して飛び出していくと、走っているトライクに横から突っ込んでいった。
「ヒャッハー!」
ムッちゃんは後方の先頭を走るトライクのドライバーに向かって、飛び蹴りを入れた。
ドライバーを蹴り落とすと、トライクはふらふらしながらスピードが落ちていく。
その後ろを走っていた連中は慌てて左右に分かれ、そのトライクを避けた。
「ワハハ!土下座しろ!飛び蹴りされてえかぁ!?」
「ま、マオくん、アレは一体?」
「言うな。誰だか分からないように、ザコキャラを演じているんだろう」
わざわざ素顔を晒したのも、逆にマスクだと目立つからだと自分で分かっているからだと思う。
だけど、何故それを選んだのかは分からない。
「メシだ!メシを置いていけ〜!」
「盗賊だと!?」
「見ろ、奴はヒト族だ。帝国領内の盗賊だろう」
す、すげぇ。
本当に間違えられた。
「おらぁ、手ぇ出してみろよぉ?お前等全員、血祭りじゃあぁぁぁ!!」
「ヒト族の盗賊風情が!」
二台のトライクが、ムッちゃんを左右から同時に狙った。
長剣を左右に出して走り始め、挟み込むつもりらしい。
「食らえ!」
「ファファファ!その程度で俺を殺ろうなんて、百年早いんだよぉ!」
ムッちゃんは高くジャンプすると、一人へ向かって再び飛び蹴りをした。
しかし飛び蹴りは読まれており、その長剣を上に向けてムッちゃんを突き刺そうとしている。
「ワハハ!その程度の剣なら、スピンキィィィック!!」
ムッちゃんは自ら身体を回転させると、その剣の先端とつま先がぶつかった。
何故か剣の方が折れて、その蹴りは敵の男を吹き飛ばした。
「ねえ、アレどういう仕組みなの?」
「ハクト、世の中には説明出来ない事があるんだ。聞いたらダメ。アイツは何でもアリだと諦めなさい」
ハクトに聞かれた俺は、そう答えた。
だってあんなの、俺だって説明出来ないし。
「あの盗賊、強いぞ!」
「ウイィィィィ!!」
ムッちゃんは吼えた。
ダメだ。
やっぱりプロレスが微かに出てくる。
「あっちにも盗賊の味方が居るぞ!」
「見つかった!」
顔を出して覗いてたのが失敗だったか。
俺とハクト、長秀は見つかってしまった。
「魔王様、ここは私が行きます!」
「長秀!?」
沖田はまだ疲労の色が濃い。
長秀は魔力は少ないけど、体力は残っているようだった。
「オイィィィィ!俺様を見ろ!お前等の相手は俺だあぁぁぁ!!」
「あっちの方が弱そうだぞ」
「コイツ、丹羽長秀!」
不気味に吼えて暴れ回るムッちゃんより、隠れて見ていたおっさんの方が弱そうに見えるのは仕方ない。
しかし奴等は、そのおっさんが長秀だとすぐに気付いた。
「遅い!」
長秀はレイピアで全てのトライクのタイヤを突くと、パンクしてコントロールを失った。
スピンしながらも全員が無事に止まると、そこにムッちゃんの追撃が始まる。
「俺を見ろよおぉぉ!!」
右ストレートを顔面にぶち込むと、ドライバーは吹き飛び頭を打って気を失った。
反対側を見ると、長秀も二人倒している。
「ヒャッハー!残ったのはお前だけだぜえぇぇ!!」
「逃がさんぞ!」
最後の一人を挟み込む二人。
するとムッちゃんが、ちょっと真顔になって長秀にイチャモンを付け始める。
「ダメダメ。今は俺達、盗賊のフリをしてるんだから。もっとハジけないと」
「え?」
「ヒャッハー!はい、ご一緒に」
右手を差し出すムッちゃん。
「ヒャッハー?」
「違う!もっとハジけて!」
「ひ、ヒヤッハー」
「違う!もっと恥ずかしがらずに!」
「んんん!!ヒャッハー!!」
「お見事!右腕を横にして走って!」
ムッちゃんの指示に従って、首を傾げながら走り出す長秀。
ムッちゃんも右腕を横にすると、残った男が不安そうな顔をして二人を見比べている。
「食らえ!俺達のクロスボンバー!!」
ラリアットを同時に食らった男は、その場で倒れた。
「す、凄いですね・・・」
「凄いか?」
長秀が居なくなった代わりに、沖田が顔を覗かせていた。
二人のツープラトンアタックを見て、何故か感動している。
「ウイィィィィ!!イッチバーン!!はい、ご一緒に」
「ウイィィィィ!!イッチバーン!!」
ムッちゃんに乗った長秀は、右腕を高らかと上げて吼えた。
するとムッちゃんはその右腕を取って、彼にこう言った。
「おっさん!領主を辞めないか?俺と一緒にタッグを組んで、ベルトを目指そう。俺達なら出来る!」




