転移
佐藤さんが帰ってきた!
人前では涙を見せないようにと思っていたけど、よくよく考えたら今は人形だった。
冗談はさておき、本音では涙が出そうだったのは本当の話だ。
だって考えてみてほしい。
さっきまで仲良く話していた人物が、急にこちらを汚物を見るような目に変わるのだ。
そして嫌悪感のような目から憎悪を込めた目に変わり、翌日には敵として見られる。
こんな事、堪えられますか?
しかもそれが一人なら良いよ。
でも世界中から、そういう目で見られるようになったのだ。
反魔石なんて物が無かったら、僕と兄は本当に世界から孤立していたと思う。
そして沖田が頑張ってくれた結果、佐藤さんは戻ってきた。
一言目は何なのかな?
怪我をさせた事を謝る?
よく戻ってきてくれたって感謝する?
頭の中で何度かシミュレーションしたけど、僕は佐藤さんに何と声を掛けて良いか分からなかった。
でもそれは杞憂だったみたいだ。
大怪我をしているのを見て心配したら、冗談で返ってきた。
僕の中では、もっとよそよそしくなるかなと思っていたけど、やっぱりこういう気楽な感じが良いよね。
おかげでお互いに遠慮とか無かったし、すぐに元通りの関係に戻れたと思っている。
日常が突然壊れる。
普段なら絶対にそんな事思わないけど、日本に居たってそれはある。
交通事故や地震に火事等、何が起こるか分からないのだ。
今回佐藤さんの顔を見た時、そんな普段と変わらない光景を絶対にもう一度取り戻そうと、強く思ったのだった。
蘭丸の声は、かなり切迫していた。
電話の先からは、何やら強風のような音が聞こえている。
多分これは、お市の吹雪による攻撃だと思われる。
「どどどどうする!?」
「テンパるなよ」
兄は僕達にどうするか聞いてきたが、その顔に魔王らしさは無い。
どうするか相談するのは良いと思うけど、これじゃ魔王の威厳も何も無いし、せっかく元に戻った長秀の前で見せる顔じゃない。
「ここから越前国は、どう頑張っても半月は掛かる。飛行機があればまだ短縮出来たが、今ある物は全て半壊しているからな」
関ヶ原やそれ以前に使われた飛行機は、僕達がほとんど壊してしまっている。
修理は全く追いつかず、飛べる機体は無いという話だった。
「ハッ!飛行機が無いなら、ツムジ達に頼めば良いじゃないか!」
「おぉ!」
兄の言葉に長秀が感嘆の声を上げたが、官兵衛は現実を突きつける。
「それは魔王様や限られた人だけしか、行けませんよね?それに最低でも、一週間は掛かります。それまで越前国が堪えられるか・・・」
「でも行くしかないだろう!?」
「もし壊滅していたら、魔王様達が狙われますよ。オイラとしては、賭け事のような状態で魔王様を向かわせるのは、反対です」
「じゃあ、見捨てろってのか!?」
兄が官兵衛に苛立ちをぶつけると、長谷部が前に出て阻止した。
それがキッカケになり少し冷静になった兄だが、苛立つ気持ちは分かる。
だから僕が行く事にした。
「大丈夫。一瞬で行けるから」
皆がポカンとした顔をしている。
だけど僕は、冗談で言ってはいない。
「五代目魔王テラによる創造魔法、空間転移があるんだよね」
「く、空間転移!?そんな事、可能なのですか!?」
「マジかよ!阿久野くん、凄いな!」
長秀と佐藤さんはとても驚いているが、他の連中はそうでもない。
何故なら似たような魔法を、既に秀吉が使っているからだ。
ベティやマッツン達が消えたのも、空間転移だと考えれば納得が出来る。
それに長秀も見ているが、秀吉は猫田さん改め蜂須賀小六と、黒い物体の中に入って姿を消している。
アレこそまさしく、空間転移と同じだと考えられる証拠だった。
佐藤さんはそれを見ていないから、多分インパクトが大きいんだろう。
「でも問題もあるんだよね。覚えたてだからなのもあって、魔力消費が極めて多い。連れて行けるのは、せいぜい一人だけだな」
「一人ですか」
誰を連れて行くか。
これは官兵衛に委ねるべきだと考えた。
すると官兵衛が、長秀に質問をした。
「丹羽様、森魔法は寒い地域でも使えますか?」
「使えない事は無い。しかし範囲は、温暖な地域と比べると狭くなる」
「木々や蔦を燃やしても、問題無いですか?」
「それをすると、魔力の消費は激しくなる」
「なるほど。では魔王様二人が、越前国へ向かった方が良さそうですね」
「へ?」
長秀にばかり質問が行ったからか、兄は指名されるのが自分だとは思っていなかったようだ。
僕もてっきり選ばれるなら、沖田かなと思っていたし。
そんな事を考えていると、官兵衛がそっと僕に耳打ちをしてくる。
「魔王様が人形の姿で本体と離れても大丈夫なのか。それが心配でした」
「なるほど。それはある」
何も考えずに二手に分かれる事ばかり考えていたが、確かに数千キロ近い距離を離れるとなると、僕に異変があってもおかしくない。
下手したら越前国に着いた瞬間、人形から身体に戻ってしまう可能性だってあった。
「援軍は送れそうか!?」
電話の先で放置していた蘭丸が、ギャーギャー喚いている。
「僕と兄が今すぐ行く。城の前に行くから、待っててくれ」
「分かった。え?今城の前で待つのか?着く前に」
「あ・・・」
兄は蘭丸がまだ話している途中で、電話を切った。
皆が何故?という顔をしているが、答えはもっと凄かった。
「急かしてる割にうるさかったから、切っちゃった。さ、行こうぜ」
「お前、そういう所だけは豪胆だな」
「そう?サンキュー」
多分兄は意味が分かっていない。
なんとなく褒められたと思っているに違いない。
「じゃあ僕達は行ってくる。とりあえず官兵衛を魔王代理とする。悪いけど長秀、もし何かあったら、彼の指示に従ってくれ」
「かしこまりました」
「官兵衛もよろしく」
「重責ですがその任、必ずや果たしてみせます」
二人が頭を下げると、僕は兄の手を取った。
「目標、越前国。転移」
着いた。
本当に一瞬だった。
実はこの魔法、洞窟の中でしか使っていないから、どれくらい凄いのかあんまり分からなかったんだよね。
しかも使うにしても使いどころを選ぶ魔法で、考えてからすぐに移動出来るわけじゃなかった。
だから戦闘中などの、急を要する時には使えない。
もっと慣れれば使えるのかもしれないけど、それは今の僕には難しいという考えに至った。
「オッフ!マジで越前国だ。こりゃ凄い魔法だわ」
兄は凄く感動してくれているので、少し嬉しい。
すると後ろから、素っ頓狂な声が聞こえてきた。
「は?お前等、本物か?」
「オウ!出迎えご苦労!」
兄が横柄な態度で右手を挙げると、蘭丸は兄の頬にビンタする。
「イッタ!何しやがる!?」
「うん、本物だわ」
「それ、引っ叩く必要あった?」
「よし!外壁へ急いでくれ!」
兄の言葉を無視して走り出す蘭丸。
兄は釈然としない顔をしているが、事態は悪化しているらしく、壁の方から爆発音が聞こえてきていた。
「蘭丸、何が起きてるんだ?」
「おぉ、それなんだが。オォ!?お前、変な形になってるな」
足を車輪に変えて走っているのに気付いた蘭丸は、二度見してきた。
僕がもう一度話を振ると、説明を始める。
「実は、フライトライクと飛行機が敵の手にある」
「なるほど。だから高い壁も意味を為さないと」
「驚かないのか!?」
僕達の反応が薄いから、蘭丸は予想外だったようだ。
しかし僕達は、それを知っている。
「実はな、越中国も同じように使われた」
「更に言うと、向こうはもっと酷い。ベティが居ないのもあって、越中国は陥落した」
「何だって!?じゃあコイツ等は!」
「多分越中国からこっちに、矛先を変えたんだろう」
話を聞く限り、どっちも使われている。
台数に限りがあるだろうから、別部隊だとは考えづらい。
話をしながら進んでいると、外壁にたどり着いた。
やはり爆発音が外から聞こえていて、壁を破壊しようとしているのは明白だった。
「まずはお市様と会ってくれ。この上に居る」
「ちょっと待って。ハクトと爺さんは?」
「二人は反対側の壁を担当している。向こうは攻撃が緩いから、大丈夫だ」
「なるほど」
ハクト達が任されるくらい、人が足りていないのか。
これは本格的にヤバイな。
「俺も向こうに戻る。後は任せたぞ」
「分かった」
蘭丸は反対側へ走っていく。
「兄さん、飛ぶよ」
「頼んだ」
僕は足をロケットのように変化させると、火魔法と風魔法を使い空を飛んだ。
兄は僕が肩車する形で、一緒に飛んでいる。
「居た。お市!」
「後ろからじゃと!?中に入り込まれたか!?」
「ぬおぉぉぉ!!敵じゃない!俺だよ!」
「なっ!?魔王じゃと!?」
危なかった。
戦闘中に声を掛けたのがマズかったな。
いきなり氷が飛んできて、危うく叩き落とされそうになってしまった。
「お主等、どうやって中に?いや、それどころではない!手伝え!」
お市が前を向くと、確かに小型の飛行機が飛んできた。
いや、飛行機じゃないな。
「ドローン!?」
「しまった!」
ドローンがお市に向かっていく。
しかし後ろから飛んできた鉄球が、それを墜落させた。
するとドローンが、大爆発を起こす。
「なっ!?爆発した!?」
「あ、危なかったぁ・・・」
もう少し兄の鉄球が遅れていたら、お市も爆発に巻き込まれていた。
兄はそれが分かったからか、冷や汗を流していた。
「今のが敵が使う兵器じゃ。近付いてきて自爆してくる」
「自爆かよ!最悪だな」
「しかも動きが不規則で、氷も当たらん。吹雪で凍らせて落とすしかないのじゃが、なかなか凍らないのじゃ」
ドローンみたいな精密機械は、寒さに弱い気がするんだけど。
越前国に来てるくらいだ。
対策しているのかもしれない。
「ちなみに下の方にフライトライクが居る感じ?」
「そうじゃ。天狗が戦っておるが、数で負けている」
「じゃあ僕が下で天狗達の援護するよ。兄さんはドローンを落として」
「分かった」
僕がドローンを落とすのもアリだけど、そうなると兄さんが手持ち無沙汰になる。
それに数で負けてるなら、魔法で一掃した方がはやい。
「すまぬな。領主と多くの兵を失い、越前国は風前の灯なのじゃ・・・」
いつになく弱気なお市。
多分弱音を吐ける相手が、居なかったんだろう。
流石に蘭丸やハクトの前では、言えなかったと思われる。
「弱気になるな!」
兄が一喝すると、お市の丸まった背中がピンと伸びる。
「越前国は終わっていない。権六もまだ生きている可能性はある。お前が諦めたら、アイツの帰ってくる場所が無くなるぞ。愚痴は良い。でもやる事はやれ。今は権六じゃなく、お前の背中を皆が見てるんだからな」




