猫田
真面目な人に冗談は通じない。
それが例え酒の席だとしてもね。
阿形と吽形による領主争いは、長秀の愚痴が発端だった。
しかも言った本人は、引退する気はゼロである。
悪いけど、これには阿形と吽形に少し同情する。
だって考えてみてほしい。
阿形はそんな愚痴を聞かなければ、自分が領主に推されているなど勘違いしなかった。
確かに彼が、長秀に確認を取らなかったのも責任はある。
しかし普段言わない事を自分にだけ言ってきたら、そりゃ勘違いだってするというもの。
根本的な原因は、長秀だと僕は思う。
しかもこの男、お互いに高め合っているとか言って、止める気が無かった。
そりゃ確かに強くなっているとは思ったけど、もう少し申し訳無さそうな気持ちを持てよと言いたい。
更に言えば、何故そんな酔っ払って愚痴を言ったのか、聞いてみた。
すると返ってきた答えが、僕とヨアヒムのせいだと言った。
ヨアヒムに関してはそこまで影響していないのだが、僕とヨアヒムの共通点は回復魔法である。
最近は効果の高い回復魔法をクリスタルに込めて、販売したりしていた。
その影響からか、若狭国の薬の売上が落ちたというのだ。
薬は一度使えば無くなってしまう。
しかしクリスタルは、魔力が尽きるまで使える。
少し高価でも、クリスタルを選ぶ人が多くなっていたらしい。
そしてヨアヒムも同じ事に目を付けていたようで、連合へ卸していた薬がだいぶ減ったという話だった。
彼はその事を気に病んで、酒を飲んだ時に領主辞めたいなと呟いたらしい。
それが気付けば、ここまで話が大きくなってしまった。
だけど反論したい!
僕のせいじゃないですよ。
僕は良かれと思って作っただけなので、僕は悪くないと思うんですよ。
だから阿形と吽形には、絶対に理由を教えないように、固く口止めをしておいたのだった。
僕も兄も、同じモノを見て、相手が誰だか把握してしまった。
それは耳である。
猫田さんは顔を両腕で見えないようにしていたが、頭の上にある耳だけは隠れてなかった。
顔を隠して耳隠さず。
ちょっと違うけど、正にコレがそうだった。
「質問に答えろ!」
「耳元でうるさい!」
「アタッ!」
兄は下から何か突き上げられ、猫田さんから離れてしまった。
よく見ると、影で出来た拳だ。
どうやら兄と猫田さんの身体で出来た影を操って、攻撃したらしい。
「猫田さん」
「話す義理は無い」
「猫田さん!」
兄が叫んでいる間に、僕は空を見上げた。
やはり光の筋は、全て消えている。
「もう良い。猫田さんは、最初から僕達の味方じゃなかったんだ」
「じゃあ又左も!?」
そこが分からない。
猫田さんの主は又左のはず。
普通に考えれば、又左も裏切っている可能性はあるのだが、いつも行動していた僕達には、どうもアレが演技には思えなかった。
「何をしている?」
僕達の背後から声がすると、猫田さんに向かって無数の氷の矢が飛んでいった。
しかし光魔法の効果は無くなり、足元に影が出来た猫田さんは、スッと姿を消してしまった。
「ヨアヒム!」
「ちょっと待ってほしい。まだ完全に敵だとは言い切れないんだ」
「お前達は馬鹿なのか?アングリーフェアリーを刺した男を、味方だと言うつもりか?」
「う・・・」
彼の言葉に反論出来なかった。
長秀は二人が刺された事で、憎しみを込めた目で猫田さんを見ている。
彼の前でそうだとは、とてもじゃないが言いづらかった。
「コソコソとまだ隠れているが、俺はコイツ等ほど甘くないぞ!」
ヨアヒムが右手を横に振ると、再び無数の氷の矢が準備された。
それを扇状に放っていくと、とある方角から猫田さんが飛び出してきた。
それに合わせて今度は、火球を放った。
猫田さんはとうとう避けきれずに、被弾してしまう。
煙が晴れていくと、見えたのは無傷の猫田さんともう一人の人物だった。
「甘いな。あそこで追撃をしないという判断が、既に間違っている。だから魔王に敗北するんだ」
「ひ、秀吉!」
猫田さんを守ったのは、秀吉の魔法である黒い物体。
ベティ達を消したあの黒い物体が、火球をある程度飲み込んでいたらしい。
「猫田さん!」
僕が叫ぶものの、猫田さんは表情を変えずに反応をしようともしない。
すると秀吉が、猫田さんに何かを言った。
「なんだ、まだ何も話していないのか?」
「別に教える義理も無いので」
「仕方ない奴だ」
呆れたような顔をする秀吉に、ヨアヒムは再び火魔法で攻撃を仕掛ける。
だが秀吉と猫田さんは、影魔法でその場から姿を消した。
周囲の木に延焼していくが、それでもヨアヒムはお構いなしで攻撃していた。
「おい!俺達も危ないだろうが!」
「本当に危なくなってから言え」
炭と化した木が大量に出来ると、今度は土魔法で姿を見せた秀吉達を攻撃を開始する。
「すぐに居場所に気付く、その勘は褒めてやろう。だが狙いが甘い」
「それはどうかな?」
今度は土魔法で二人の周りに壁を作ると、その中で風魔法を使うヨアヒム。
すると燃え滓だと思っていた炭が、風で舞い上がった。
「まさか」
「死ね、ネズミ野郎」
ヨアヒムがその中に火球を猛スピードで放つと、粉塵爆発が起こった。
「炭で陽の光は遮った。影も作れず、爆発に巻き込まれたはずだ」
「お前、容赦無いな」
「当たり前だ!」
激怒するヨアヒムに、長秀も頷く。
少しだけ溜飲が下がったのか、長秀はヨアヒムに声を掛けた。
「重ね重ねヨアヒム陛下には助けてもらい、感謝します」
「礼には及ばない。俺も奴には、まだやり足りないくらいの思いがあるからな」
「そうでしたか。まあ貴方は、私からしたら良い駒でしたからね」
「秀吉!?」
爆発に巻き込まれたはずの秀吉が、何も無かったかのように話す声が聞こえてくる。
爆発を目を凝らして見ていると、中心から二人の姿が見えてきた。
「無傷!?」
「木を燃やして炭塵を作ったのは、良かったと思いますよ。でも風で舞い上げたら、狙ってるのはバレバレ。その前に自分達の周りにだけ土壁を作れば、防げるじゃないですか」
「だが、そんな小さな土壁じゃあ、酸素が無いじゃないか!」
「酸素って簡単に作れますよね?」
ヨアヒムはそれについて答えない。
長秀は何の事だか全く理解していない様子。
そして兄は、僕の顔をジッと見てきていた。
「そうだよ。水さえあれば簡単に作れる。電気分解だろう?」
「流石は頭の良い魔王様だ」
「チィ!」
心底悔しそうな声を上げるヨアヒムだが、悪いが僕は猫田さんが無事で良かったと、少し思っていた。
「正解したんだ。猫田さんについて教えてくれても、良いんじゃないの?」
「そうですね。教えてあげましょうか。まず最初に、猫田という名前は偽りの名前です」
「えっ!」
「彼の名は、蜂須賀正勝。詳しくない人には、蜂須賀小六の名の方が有名ですかね」
蜂須賀小六。
信長と秀吉に仕えた武将の名前である。
兄と長秀は、全くピンと来ていないが、多少知識のあるヨアヒムは違った。
「蜂須賀小六だと!?じゃあお前は、秀吉の部下なのか?」
「部下というより、私は同志だと思っているんですけど」
「いや、秀吉殿は私の主君ですよ。力が無かった私を、救ってくれたのだから」
「救った?」
猫田さんがようやく自分について、少し口を開いた。
だが、それだけじゃ全く理解出来ない。
「昔話をしてあげましょう。それはそれは、かなり昔の話です」
それはまだ信長が存命の時代。
秀吉がそこまで強くなかった頃、彼はとある獣人族と出会った。
その獣人族は、あまりここ等では見ない猫の種族だった。
獣人にしては力が弱く、魔法も得意ではないその男は、獣人族の中でも浮いた存在だった。
しかしそんな彼にも、一つだけ特異な点があった。
それは、限りなく不老長寿に近い存在だという事。
その獣人は誰にも明かさなかった秘密を、何故か秀吉には明かす事にした。
「俺は神のイタズラで、簡単には死ねない身体になった」
「へぇ、神のイタズラ」
「信じられないだろう?」
「その神は甘い言葉で、何でも願いを叶えてやろうと言ってこなかった?そしてその願いに見合った対価と言って、更に条件を付けてきた」
「どうして知っている!?まさか・・・」
二人は初めてこの時、同じ境遇の人間に出会った。
秀吉は死ぬ前に、身体を乗っ取る憑依を手に入れた。
それは不老長寿の獣人と共に、歩んでいこうと考えたからだ。
そして二人は、ある計画を立てた。
「あの神を殺そう。そして奴に苦しめられた人物を、救済しよう」
「ならば私は、貴方の手助けをしよう。貴方の苦しみを知る私は、絶対に裏切らないと誓おう」
「私達で奴の都合の良いように作られたこの世界を、破壊しよう。そしてもう一度、苦しめられた人達が住みやすいように、作り変えよう」
二人はそうして長い年月を経て、力を蓄えていった。
そして400年もの月日を迎え、彼等は計画を実行に移した。
「とまあ、そんな感じです」
僕達は全員、絶句した。
猫田さんが秀吉の仲間だった事に。
猫田さんも転生者だった事に。
彼等が神によって、歪められた人生を歩んできた事に。
400年という年月を、世界を破壊する為に生きてきた事に。
「ふ、二人はそんな事を考えていたのか?」
「そうですよ。貴方のように選ばれて、苦労も知らずに生きてきた転生者ではないのでね」
毒のある言葉で返してくる秀吉。
しかしそれに対して、ヨアヒムが反論した。
「待て!だったら俺は、何故お前達に仲間として迎えられなかったんだ?」
「そりゃそうですよ!だって王子、おっと失礼。陛下が転生者だと知ったのは、つい最近の出来事です。だから利用するだけ利用して、捨ててしまおうと考えていたんですけど。まさか魔法の才能に溢れた転生者だったとは」
「私も帝都で陛下の事は、ずっと見張っていたんですけどね。転生者だとは全く気付きませんでしたよ」
言われてみれば、猫田さんはずっと帝国に居た。
又左の命令だとばかり思っていたけど、それは秀吉の命令とも被っていたのか。
二人の言葉を聞いたヨアヒムは、笑いながら二人に説明を始めた。
「ハッハッハ!そうか。お前達もあのクソな神の被害者ってワケだな。俺も弟を手に掛けて、初めて記憶が戻った。そしてそれと同時に、この力を手に入れたのだが」
「ほう?まさか、記憶が封印されていたとは。それじゃあ気付くはずありませんね」
目を細めてヨアヒムを見る秀吉。
すると右手を差し出した。
「どうですか?今からでもこちらに与しませんか?」
秀吉がヨアヒムを勧誘すると、兄はヨアヒムの前に身体を出した。
しかしそれをヨアヒムがはね退けると、彼はその手に向かって剣を向ける。
「馬鹿にするのも大概にしろよ!貴様のせいで俺の人生は大きく狂った。父を追放し魔族とも争いを起こして、挙句の果てには魔王に敗北?お前が俺の前に姿を現さなければ、こんな事にはならなかったんだ!自分の事しか考えん奴が、何が救済だ!貴様等など仲間どころか、恨みの対象でしかないわ!」




