暗殺者
ヤキモキさせるなぁ。
でもその気持ちは分からなくもない。
吽形は阿形に対して、コンプレックスがあった。
僕も同じだから、彼の気持ちは痛いくらい分かる。
でも吽形と僕では、大きな違いがあった。
それは彼が、兄と同等の力を持つという点だ。
阿形と吽形は扱う武器が違うくらいで、ほとんど差は無い。
しかし本人達は、そうは思っていない様子。
おそらく吽形は、兄の阿形の言葉を頼りにしてきたんだろう。
兄に頼りきりだから、自分は勝てないと思っている。
でも本当の吽形は配下をまとめられるし、実力だって負けていない。
ただ一つ言えるのは、自信が無いというだけなのだ。
その点、僕は吽形とは違う。
阿形と吽形に実力差が無いと言ったが、兄と僕は比べ物にならない。
兄は甲子園にも出たスターであり、僕は特に何も無いモブと言っても良い。
ただ一つ言えるのは、何も無いから勉強をしていたので、多少は頭が良い方なだけだ。
しかしそれも一般レベル。
IQが高いとかでもなく、凡才が足掻いているというレベルだ。
だから僕は思った。
吽形は兄と並べるのだから、もっと自信を持つべきだと。
吽形はやれば出来る奴だ。
配下達の吽形に対する好意を見ていても、それは分かる。
僕は兄とは違い、そこまで優れていない。
カリスマ性も無いし、ただ魔法が得意なだけである。
だから人気も実力もある吽形には、変な遠慮はしてほしくない。
阿形に勝てとは言わないけど、自分でも出来るという自信だけは持ってほしい。
彼は双子の弟という似た境遇でも、僕とは違い凄い奴なのだから。
だから勝手に感情移入して、応援したくなるんだよね。
吽形のスティレットが、阿形の急所を的確に狙っている。
しかしダガーで上手く捌くと、阿形の拳が吽形の肩に当たった。
軽くよろけた吽形に対し好機と見たのか、今度は阿形が攻めに転じた。
「うわあぁぁ!!吽形頑張れー!!」
「よし!今だ阿形!」
何故だろう?
二人ともちょっと不快そうだ。
僕と兄が応援してるのに、何故?
阿形がダガーを投げた。
至近距離で武器を投げつけると思わなかったのか、吽形は反応に遅れる。
再びバランスを崩した吽形に迫る阿形。
しかし阿形の動きが突然止まった。
「おい、どうした!?チャンスじゃないか」
「チッチッチ!兄さん、足下を見てみなよ」
「ぬあっ!根っこが絡まってる!?」
阿形が足を取られていると、今度は吽形が攻めに変わった。
スティレットを真っ直ぐに突いた吽形。
しかし阿形はそれを真剣白刃取りのように両手で挟むと、上半身を大きく捻ってスティレットを奪い取った。
僕はマズイと思ったのだが、吽形にとってそれは想定済みだったのか、身体を反転して回し蹴りを阿形の顔面に叩き込んだ。
「うおっ!やるなぁ」
「阿形も凄いね。あの状態からスティレットを奪うなんて」
「本当ですよね」
「ん?」
「え?」
後ろから僕達以外の声が聞こえた。
思わず二人で振り返ると、そこにはちょっとボロボロになった長秀の姿があった。
「あっ!」
兄が思わず立ち上がると、長秀は慌てて両手を挙げる。
「待って下さい!もう大丈夫ですから。ほら」
長秀が上を指し僕が見上げると、何があったのか理解した。
「兄さん、光が消えてる!」
「って事は、正気に戻ったのか?」
「魔王様に楯突くなど、本当に申し訳ありませんでした」
頭を深々と下げる長秀。
兄はそれをすぐに止めた。
「いや、悪いのは全部秀吉だから。お前達が気にする事じゃないよ」
「しかし」
「まあまあ。それよりもこっちを見なさいよ」
兄は長秀の腕を引くと、阿形と吽形が戦っている姿を見せた。
「どうして二人が戦っているんですか?喧嘩でもしたかな?」
「二人とも領主になりたいんだって」
「・・・」
どうして長秀は無言なんだ?
「どうかした?」
「何故それが理由で争うのでしょうか?」
「だから、領主として認めてもらおうとしてるんじゃない?」
「私、領主から引きずり下ろされるんでしょうか?」
「え?」
長秀は辞めようとしてないのか?
じゃあどうしてこんな事になってるんだ?
「ちょっと確認だけど、領主辞めたいとか言った?」
「そんな事は一度も・・・なくはない。酒の席でなら、あるかもしれないですね」
それだ!
真面目な阿形は、それを真に受けたんだ。
そんな事普通なら言わないだろうし、もし真面目な奴が耳にすれば、遠回しに期待していると思われてもおかしくない。
阿形が次期領主という考えに囚われた事で、吽形との間にも溝が生まれたんだ。
「でも二人は、その言葉を本気にしているよ?」
「長秀くん、お疲れ様」
「長秀くん!?ちょ、ちょっと待って下さいよ!私、辞める方向で話が進んでませんか!?」
ハッキリ言って、コイツが元凶である。
兄も爽やかな笑顔で、肩にポンと手を置いて挨拶していた。
僕と同じで、怒っているに違いない。
「早々と隠居生活ですか。羨ましいですなぁ」
「ホントホント。これも全て、後任が育っているから出来る事だけどね」
「で、お前はどっちを選ぶつもりなんだ?」
兄が真面目な顔で、長秀に尋ねた。
僕としては、吽形が向いていると思っている。
だが阿形も考えを改めれば、優れた領主になれるはず。
ここで切り捨てるのは勿体無い気もする。
そんな考えを、若狭国の人間じゃない僕達が思うくらいだ。
長秀はもっと悩むだろう。
「もし、もし仮に領主を任せるのであれば」
「あれば?」
「二人にやらせます」
「・・・は?」
僕と兄は、二人同時に間の抜けた声を出した。
アホか!と叫びそうになったが、彼の次の言葉を聞いてやめた。
「魔王様が二人でやっているのですから、領主だって二人でやって良いでしょう」
「う、うぅん?」
「僕達は例外だと思うんだけど」
「いえ、例外ではないです。むしろ彼等が目指すべき道の、先駆者ですね」
なんとも言えない表情をする兄。
そして僕も内心では、同じような顔をしているんだろう。
顔を見合わせると、兄は微妙な笑みを浮かべた。
「先に言っておきますけど、仮なので!仮の話ですから。まだ引退はしませんので」
念を押してくる長秀は、かなり必死だった。
僕達に本当に引退させられるのではと、本気で言っていたんだと思われる。
「だったらもう、争う必要も無いな。戦いを止めるか」
「いえ、もう少し様子を見ましょう。本気で戦う事で、お互いを高め合っているようですし」
確かにあの二人、戦い方が少し変わった気がする。
今まではスマートに戦うだけだったのに、今は肉弾戦が多い。
武器を使うよりも、こっちの方が強いんじゃないのか?
二人の戦いを、しばらく三人で見ていると、兄が突然立ち上がった。
「吽形、避けろ!」
兄が叫んだ時には、吽形の背中から腹に掛けて、刃が貫いていた。
そして阿形にも貫いた刃が届いており、腹から血を流していた。
「だ、誰だ・・・」
吽形が力無く膝から崩れ落ちると、それを阿形が受け止めている。
そして次の瞬間、知らぬ間に兄が吽形の後ろへ走り込んでいた。
「お前、何やってんだ!」
「長秀は二人の治療を!」
僕も遅れて兄の方へ向かおうとすると、兄が地面に向かって地団駄を踏んでいた。
「何処へ逃げやがった!?」
「何処に行ったの?」
「影の中に逃げ込んだ。俺には入れなかった」
「影の中?」
もしかして、影魔法か?
考えていると、後ろで治療させていた長秀の怒鳴り声が聞こえた。
「アイツだ!」
振り返り確認すると、そこには全身真っ黒の服で身を固め、顔も覆面で見えないようにしていた人物が居た。
声を発していないので性別は分からないが、なんとなく体格的に男だと思われる。
そして僕達が見た直後には、再び影の中に潜っていった。
「魔王様!」
「アイツ、二人を狙ってるのか!?」
阿形は意識があるが、吽形は気を失っている。
トドメを刺そうとしているのか、それとも阿形にも致命傷を与えようとしているのか。
どちらにしろ許せる行為ではない。
「兄さんは二人を守って。長秀は早く吽形の治療を」
「分かった」
「すいません!」
兄は三人の前に立つと、阿形は下を見ながら警戒していた。
何処から攻撃されるか分からない緊張感が、辺りを支配している。
「下から来るぞ!」
兄が突然叫ぶと、数秒後に本当に下から姿を現した。
しかも現れたのは、僕の影の中からだ。
「クッ!」
コイツ、魂の欠片に手を伸ばしてきやがった。
これが大事な物だと、把握しているらしい。
しかし兄の行動が早く、僕の方目掛けて鉄球を投げつけていた。
影の中に潜り、回避を試みる怪しい黒ずくめ。
だけど、そうは問屋が卸さない。
「逃すか!フラアァッシュ!!」
光魔法で一気に辺りを明るくすると、僕の影は消えた。
隠れる場所を失った男は、予想外だったのか、一瞬動きが怯んだ。
「燃えろ!」
特大の火球をぶつけるが、黒ずくめの装備は防炎仕様だったのか、火はたちまち弱まってしまった。
しかし兄の行動も早く、背後に回り込むと後ろから羽交締めにして捕まえたのだった。
「クッ!」
初めて漏らしたその声で、黒ずくめが男だとようやく分かった。
この状況なら、逃す事は無い。
僕は吽形に近寄り、回復魔法を使った。
「う・・・」
「意識を取り戻したか!?」
吽形が小さく呻くと、阿形が吽形を抱きしめた。
「よ、良かった!」
「く、苦しい・・、」
「すまん!」
目を覚ました吽形が再び呻き声を上げると、阿形はすぐさま手を離す。
「お前達!」
「く、苦しい・・・」
しかし今度は長秀が二人を強く抱きしめると、やはり吽形は真っ青な顔をして呻き声を出していた。
「兄さん」
「分かってる。顔を見せやがれ!」
兄が男の背後から、覆面を剥ぎ取った。
男は顔を隠したが、僕には彼が誰だか分かってしまった。
「え?何で?」
「おい、コイツ誰だ!?」
兄は後ろから羽交締めにしているので、顔は見えていない。
だが僕に聞いた直後、彼が何者なのか兄も分かったようだ。
「あ、アンタ・・・」
「もう顔を隠しても無駄ですよ。僕も兄も、誰だか分かりましたから」
その言葉を聞いた男は、顔を隠していた両腕を下ろした。
「どうしてこんな事をしたんですか!?」
「仕事だからだ」
素顔で言い放ったその言葉は、今まで僕達には使ってこなかったくらい冷たい口調だった。
「久しぶりだな。阿久野くん」
「久しぶりじゃないですよ!仕事って、又左がそんな事を頼んだって言うんですか!?阿形と吽形を殺す事が、貴方の仕事なんですか?猫田さん!」




