表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1042/1299

ブラザーコンプレックス

 秀吉の魔法も、案外弱点はあるものだ。

 吽形と話していて、僕はそう思った。


 僕はクリスタルを外す為、兄とは別行動を取っていた。

 上手く裏をかいたつもりだったが、どうやらその考えは甘かったらしい。

 そして人形の姿で吽形とその配下達に、囲まれてしまった。

 そりゃ逃げようと思えば、逃げられるよ。

 でもそれをすると、怪我をさせるのは明白。

 穏便に事を進めるなら、まずは会話からって思ったんだよね。


 でも僕達は秀吉の魔法によって、記憶が封印されている。

 だから話には乗ってこないし、嫌悪されていると思っていた。

 だけどそれにも、抜け道があったのだ。

 人形にはそれが当てはまらない。

 配下の連中は、僕との面識が無かったりするんだろう。

 ただ単に、吽形に従っているだけという人物も居ると思われる。

 しかし吽形は違う。

 本来なら僕を毛嫌いして、あんな簡単に話すらしてくれないはずなのだ。

 光が薄くなり、魔法が弱まっている。

 それが原因ではないのかとも考えたが、すぐにその考えが誤りだと気付いたのは、普段の吽形よりこの姿の方が話してくれているという点にある。

 おそらく彼は、僕の事を魔王だと思っていない。

 魔王人形なんて呼び方をしているから、人格がある人形としか思っていないんだろう。

 所詮は人形。

 だから話しやすいのかもしれない。


 この事を踏まえて分かったのは、秀吉の魔法にも弱点があるという事だ。

 うん、分かってるよ。

 もう光はほとんど消えている。

 今更それに気付いたところで、かなり遅いんだよね。

 もう少し早く、そういう事を検証するべきだったなぁ・・・。











 吽形の表情が変わった。

 やはりいつもと違う。

 阿形も吽形も、普段はもっと無表情。

 言い方を変えればクールなキャラである。

 他人に何かを言われたとしても、長秀の悪口でもなければほとんど聞き流すくらいだった。

 それがこうも分かりやすく、反応してくれるとは。



「図星だったんだろう?」


「だ、だったらどうしろと言うのだ!」


「そんなの簡単じゃないか。阿形と戦えよ」


「そ、そんなの無理だ。勝てるはずが無い」


 あらら、随分と弱気な発言。


 こう言うと怒るかもしれないけど、僕には阿形と吽形にそんな大きな差は無いと思っている。

 最初は森魔法が阿形しか使えないと思っていたけど、周囲に配置していた妖精族の反応から、多分彼が合図を出している。

 僕から見てそんな分かりやすい合図が無かったので、彼が魔法で知らせていたのは明白だ。


 僕が思う阿形と吽形の差。

 それはダガーとスティレットの差くらいなものだ。



「でもさ、それってお前が自分で思ってるだけで、周りはそうは思ってないよね?」


「お、お前の言い分なんか信用しないぞ」


「違う違う。周りのって言ったじゃないか。さっき聞いた通り、お前が領主になるべきだと思ってる人は、結構居るみたいだぞ」


 吽形はそこで、初めて僕から目を離して周囲の仲間を見た。

 頷いている妖精族を見て、初めて彼等の気持ちを知ったのだろう。

 かなり驚いた表情をしている。



「そんなに驚く事無いんじゃない?君の配下だから少しはひいき目で見てるところもあるだろうけど、領主に相応しいかなんて考えは、自分達の将来に関わる。下手な領主は選ばないと思うよ?」


「だ、だけど兄上には・・・」


 まだ歯切れが悪い。


 そして僕は、ここでようやく気付いた。



「お前は無意識のうちに、兄に勝てないと思い込んでいる。だから戦おうとしないんだ」


「じ、事実だろう!」


「違うね。僕から見たら、二人の差なんて微々たるものだ。戦ってもいないのに、分からないじゃないか。諦めたらそこで領主失格だよ」


 このセリフ、素で言う時が来るとは!

 ちょっと感動・・・。



「魔族は弱肉強食だ。阿形にお前の配下を理不尽に扱われても、何か言い返せるのか?」


「兄はそんな事言わない」


「それはお前に対してだろう?配下には分からない。コイツ等を守れるのは、お前だけだ」


 黙り込む吽形。

 おそらく僕が言ったような事が、実際にあったのかもしれない。



「でも・・・」


「ええい!まどろっこしいな!でももへったくれもない!お前は兄を越えたいと思わないのか?」


「こ、越える!?」


「そうだ。阿形に勝ちたいとは思わないのかって話。今のままだと、お前は阿形の言いなり。そう、それこそ人形と変わらないじゃないか」


「言いなり・・・人形・・・」


 事実、彼は言いなりだしね。

 でも思うところはあるみたいだ。

 でなければ、さっきみたいにすぐに反論してくる。



「別に勝てとは言わない。でも、自分の気持ちを伝えるくらいは良いんじゃない?」


「そうですよ!吽形様は、もっと阿形様と対等で良いはずなんだ」


「アレ?」


 吽形を鼓舞していたはずが、何故か周りの連中がヒートアップしている。

 本人よりも周りが、今の体制に不満が大きいみたいだ。



「君が本当の気持ちを伝えたいと思うなら、僕はちょっとだけ協力する」


「協力?」


「別に魔法を付与するとか、そういう類じゃない。ただ単に、自分の気持ちを言葉に出来るようにするだけ。そうね、勇気を持たせるような、そんな感じ」


「・・・分かった」


 吽形がスティレットを引いた。

 僕が口だけじゃなく、本音で言っていると信じてもらえたらしい。

 すると周りで見ていた妖精族も出てきて、僕に絡まった網を外し始めた。



「あの・・・聞いても良いか?」


「何?」


 吽形が少し恥ずかしそうに、視線を外して僕に尋ねてくる。



「どうしてそんなに、協力的なんだ?」


「あぁ、それは簡単。君が僕と同じで、兄に対してコンプレックスを抱えていると分かったからだよ。そう、違う意味でのブラザーコンプレックス」


「ぶ、ぶら?」


「兄さんに対して、劣等感があるって事。まあ僕と違って、吽形は同じ舞台に立っている。応援出来るなら、してあげたいと思っただけ」


「・・・よく分からないけど、ありがとう」


 僕は立ち上がると、吽形に手を差し出した。

 彼はその手を握ると、配下の連中に指示を出した。



「すまないが、少し外す」


「お任せを!」


 部下の連中にはクリスタルを守らせるか。

 自分の事だけじゃなく、仕事もちゃんとこなすのね。

 兄かヨアヒムが既に勝っていたら、クリスタルは簡単に外せると思ったんだけど。

 やっぱりそうはいかないか。



「じゃあ行こうか」












「な、何を言っているんです?」


 折れた右腕を押さえながら、阿形は不思議そうな顔をしている。



「私も領主を目指してみたいと思います」


「だから、何を言っているのだ!お前、まさか私を裏切るのか?」


「それはありませんよ!」


「じゃあ何故、急にそんな事を言う!はっ!お前は騙されたんだな?領主になれば良い事があると、耳障りの良い言葉を聞かされたんだろう?」


 阿形は僕を睨んできた。

 彼からしたら、僕のせいで変わったと思っているんだろうな。



「先に言っておくけど、僕が原因じゃないよ。吽形が秘めていた事を、口にしているだけだから」


「お、お前は私を差し置いて、領主になろうと言うのか!?」


「あ、兄上のやり方では、若狭国は回らないと思います」


「お前!」


「責任感があるのは凄いです。でも一人で何でもこなそうとするのは、無理ですよ。やはり誰かに任せるといった方法を取らないと、いつかは破綻します」


「コイツ!」


 阿形の顔が真っ赤になっている。

 何故だろう?

 図星だったから?



「あーあー。一番身近に居る弟にまで、俺と同じ事言われちゃってるじゃん」


「兄さん?」


 なるほどね。

 吽形が言った事は、既に兄にも言われていたのか。

 という事は、他人である兄にも阿形のやり方はマズイと思われていた。

 それを更に吽形にも指摘されたら、顔真っ赤になってもおかしくないか。



「兄上は皆を信用しなさ過ぎる。もっと彼等の裁量に任せれば、楽に回るはずなんだ」


「それをしてミスをされた事は、何度あると思ってる!」


「何でも完璧な人なんて、何処にも居ないよ。だからこそ上の人間が見守って、フォローしてあげるべきなんじゃないか」


「だったら最初から、私の指示に従えば良い!」


「それじゃいつまで経っても、成長はしないよ」


 うーむ。

 口喧嘩が始まってしまった。

 いや、喧嘩ではないかな。



 それにしても話を聞く限り、吽形の方が確かに領主っぽい考えのような気がする。

 でも阿形の話も、あながち間違っていない。

 突出した能力を持つ人間の指示であれば、ほとんど間違いは無いと思うし。

 ミスばかりされると、イラッとするのも当然だ。



「お前がそんなに領主になりたいと言うのなら、それを力で示せ」


「兄上、それは無謀ですよ」


 折れている右腕を見て、確実に負けないと言い切る吽形。

 しかし阿形は、それでも勝てると見ているらしい。



「俺には阿形と吽形の差なんて、そんなに無いと思うんだけど」


「僕も同感。でもあの自信を見る限り、阿形はそう思ってないみたいだけど」


「そこが不思議というか、不気味に感じるところだよな」


 気付けば兄は、僕の横に来ていた。

 そしてまた座り込むと、見物人としてこの二人のやり取りを楽しんでいる節がある。



「折れた腕くらい、すぐに治せる。このようにな」


 なるほど。

 若狭国の薬と、回復魔法が入ったクリスタルの併用か。

 治療を終えると、折れていた腕を普通に曲げ伸ばししている。

 痛みも無さそうで、本当に治っているようだ。



「ステイレットを抜け。貴様の間違いを正してやる」


「兄上。私は貴方が思う程、弱くはないですよ」


「傲慢だな。兄が弟に負けるはずが無い」


 ムカッ!

 そのセリフは間違っている。

 しかし横に座る兄は、ニヤニヤしながらこっちを見てきた。



「聞きましたか、奥さん。兄に勝てる弟は居ないんですよ?」


「馬鹿だなぁ。それは弟が兄を立ててあげようと、手心を加えてるからだよ」


「あん?手心を加える?」


 不機嫌そうな顔をしているが、多分意味は分かっていない。

 しかし雰囲気で、馬鹿にされたと分かったのだろう。



「弟はね、兄の駄目な部分を反面教師にするんだよ。だから吽形は兄の阿形と違って、配下とのコミュニケーションも上手いんだ」


「バッカ!兄は駄目な弟をフォローしてるから、責任感が強いんだよ!阿形を見てみろ。だから領主になる前から、色々と頑張ってるんじゃないか」


「空回りしてるけどね」


「そんな努力を分かっていない弟が居るから、苦労してるんだ」


「はあ?」


「んだよ」


 コイツ、どっちの味方してるんだ!

 兄と睨み合いをしていると、金属音が聞こえてくる。

 二人して音のする方を見ると、阿形と吽形の短剣がぶつかり合っていた。

 そして阿形と吽形が、同時に言葉を発する。








「部外者がギャーギャーうるさいんだよ!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ