ブラザーコンプレックス
秀吉の魔法も、案外弱点はあるものだ。
吽形と話していて、僕はそう思った。
僕はクリスタルを外す為、兄とは別行動を取っていた。
上手く裏をかいたつもりだったが、どうやらその考えは甘かったらしい。
そして人形の姿で吽形とその配下達に、囲まれてしまった。
そりゃ逃げようと思えば、逃げられるよ。
でもそれをすると、怪我をさせるのは明白。
穏便に事を進めるなら、まずは会話からって思ったんだよね。
でも僕達は秀吉の魔法によって、記憶が封印されている。
だから話には乗ってこないし、嫌悪されていると思っていた。
だけどそれにも、抜け道があったのだ。
人形にはそれが当てはまらない。
配下の連中は、僕との面識が無かったりするんだろう。
ただ単に、吽形に従っているだけという人物も居ると思われる。
しかし吽形は違う。
本来なら僕を毛嫌いして、あんな簡単に話すらしてくれないはずなのだ。
光が薄くなり、魔法が弱まっている。
それが原因ではないのかとも考えたが、すぐにその考えが誤りだと気付いたのは、普段の吽形よりこの姿の方が話してくれているという点にある。
おそらく彼は、僕の事を魔王だと思っていない。
魔王人形なんて呼び方をしているから、人格がある人形としか思っていないんだろう。
所詮は人形。
だから話しやすいのかもしれない。
この事を踏まえて分かったのは、秀吉の魔法にも弱点があるという事だ。
うん、分かってるよ。
もう光はほとんど消えている。
今更それに気付いたところで、かなり遅いんだよね。
もう少し早く、そういう事を検証するべきだったなぁ・・・。
吽形の表情が変わった。
やはりいつもと違う。
阿形も吽形も、普段はもっと無表情。
言い方を変えればクールなキャラである。
他人に何かを言われたとしても、長秀の悪口でもなければほとんど聞き流すくらいだった。
それがこうも分かりやすく、反応してくれるとは。
「図星だったんだろう?」
「だ、だったらどうしろと言うのだ!」
「そんなの簡単じゃないか。阿形と戦えよ」
「そ、そんなの無理だ。勝てるはずが無い」
あらら、随分と弱気な発言。
こう言うと怒るかもしれないけど、僕には阿形と吽形にそんな大きな差は無いと思っている。
最初は森魔法が阿形しか使えないと思っていたけど、周囲に配置していた妖精族の反応から、多分彼が合図を出している。
僕から見てそんな分かりやすい合図が無かったので、彼が魔法で知らせていたのは明白だ。
僕が思う阿形と吽形の差。
それはダガーとスティレットの差くらいなものだ。
「でもさ、それってお前が自分で思ってるだけで、周りはそうは思ってないよね?」
「お、お前の言い分なんか信用しないぞ」
「違う違う。周りのって言ったじゃないか。さっき聞いた通り、お前が領主になるべきだと思ってる人は、結構居るみたいだぞ」
吽形はそこで、初めて僕から目を離して周囲の仲間を見た。
頷いている妖精族を見て、初めて彼等の気持ちを知ったのだろう。
かなり驚いた表情をしている。
「そんなに驚く事無いんじゃない?君の配下だから少しはひいき目で見てるところもあるだろうけど、領主に相応しいかなんて考えは、自分達の将来に関わる。下手な領主は選ばないと思うよ?」
「だ、だけど兄上には・・・」
まだ歯切れが悪い。
そして僕は、ここでようやく気付いた。
「お前は無意識のうちに、兄に勝てないと思い込んでいる。だから戦おうとしないんだ」
「じ、事実だろう!」
「違うね。僕から見たら、二人の差なんて微々たるものだ。戦ってもいないのに、分からないじゃないか。諦めたらそこで領主失格だよ」
このセリフ、素で言う時が来るとは!
ちょっと感動・・・。
「魔族は弱肉強食だ。阿形にお前の配下を理不尽に扱われても、何か言い返せるのか?」
「兄はそんな事言わない」
「それはお前に対してだろう?配下には分からない。コイツ等を守れるのは、お前だけだ」
黙り込む吽形。
おそらく僕が言ったような事が、実際にあったのかもしれない。
「でも・・・」
「ええい!まどろっこしいな!でももへったくれもない!お前は兄を越えたいと思わないのか?」
「こ、越える!?」
「そうだ。阿形に勝ちたいとは思わないのかって話。今のままだと、お前は阿形の言いなり。そう、それこそ人形と変わらないじゃないか」
「言いなり・・・人形・・・」
事実、彼は言いなりだしね。
でも思うところはあるみたいだ。
でなければ、さっきみたいにすぐに反論してくる。
「別に勝てとは言わない。でも、自分の気持ちを伝えるくらいは良いんじゃない?」
「そうですよ!吽形様は、もっと阿形様と対等で良いはずなんだ」
「アレ?」
吽形を鼓舞していたはずが、何故か周りの連中がヒートアップしている。
本人よりも周りが、今の体制に不満が大きいみたいだ。
「君が本当の気持ちを伝えたいと思うなら、僕はちょっとだけ協力する」
「協力?」
「別に魔法を付与するとか、そういう類じゃない。ただ単に、自分の気持ちを言葉に出来るようにするだけ。そうね、勇気を持たせるような、そんな感じ」
「・・・分かった」
吽形がスティレットを引いた。
僕が口だけじゃなく、本音で言っていると信じてもらえたらしい。
すると周りで見ていた妖精族も出てきて、僕に絡まった網を外し始めた。
「あの・・・聞いても良いか?」
「何?」
吽形が少し恥ずかしそうに、視線を外して僕に尋ねてくる。
「どうしてそんなに、協力的なんだ?」
「あぁ、それは簡単。君が僕と同じで、兄に対してコンプレックスを抱えていると分かったからだよ。そう、違う意味でのブラザーコンプレックス」
「ぶ、ぶら?」
「兄さんに対して、劣等感があるって事。まあ僕と違って、吽形は同じ舞台に立っている。応援出来るなら、してあげたいと思っただけ」
「・・・よく分からないけど、ありがとう」
僕は立ち上がると、吽形に手を差し出した。
彼はその手を握ると、配下の連中に指示を出した。
「すまないが、少し外す」
「お任せを!」
部下の連中にはクリスタルを守らせるか。
自分の事だけじゃなく、仕事もちゃんとこなすのね。
兄かヨアヒムが既に勝っていたら、クリスタルは簡単に外せると思ったんだけど。
やっぱりそうはいかないか。
「じゃあ行こうか」
「な、何を言っているんです?」
折れた右腕を押さえながら、阿形は不思議そうな顔をしている。
「私も領主を目指してみたいと思います」
「だから、何を言っているのだ!お前、まさか私を裏切るのか?」
「それはありませんよ!」
「じゃあ何故、急にそんな事を言う!はっ!お前は騙されたんだな?領主になれば良い事があると、耳障りの良い言葉を聞かされたんだろう?」
阿形は僕を睨んできた。
彼からしたら、僕のせいで変わったと思っているんだろうな。
「先に言っておくけど、僕が原因じゃないよ。吽形が秘めていた事を、口にしているだけだから」
「お、お前は私を差し置いて、領主になろうと言うのか!?」
「あ、兄上のやり方では、若狭国は回らないと思います」
「お前!」
「責任感があるのは凄いです。でも一人で何でもこなそうとするのは、無理ですよ。やはり誰かに任せるといった方法を取らないと、いつかは破綻します」
「コイツ!」
阿形の顔が真っ赤になっている。
何故だろう?
図星だったから?
「あーあー。一番身近に居る弟にまで、俺と同じ事言われちゃってるじゃん」
「兄さん?」
なるほどね。
吽形が言った事は、既に兄にも言われていたのか。
という事は、他人である兄にも阿形のやり方はマズイと思われていた。
それを更に吽形にも指摘されたら、顔真っ赤になってもおかしくないか。
「兄上は皆を信用しなさ過ぎる。もっと彼等の裁量に任せれば、楽に回るはずなんだ」
「それをしてミスをされた事は、何度あると思ってる!」
「何でも完璧な人なんて、何処にも居ないよ。だからこそ上の人間が見守って、フォローしてあげるべきなんじゃないか」
「だったら最初から、私の指示に従えば良い!」
「それじゃいつまで経っても、成長はしないよ」
うーむ。
口喧嘩が始まってしまった。
いや、喧嘩ではないかな。
それにしても話を聞く限り、吽形の方が確かに領主っぽい考えのような気がする。
でも阿形の話も、あながち間違っていない。
突出した能力を持つ人間の指示であれば、ほとんど間違いは無いと思うし。
ミスばかりされると、イラッとするのも当然だ。
「お前がそんなに領主になりたいと言うのなら、それを力で示せ」
「兄上、それは無謀ですよ」
折れている右腕を見て、確実に負けないと言い切る吽形。
しかし阿形は、それでも勝てると見ているらしい。
「俺には阿形と吽形の差なんて、そんなに無いと思うんだけど」
「僕も同感。でもあの自信を見る限り、阿形はそう思ってないみたいだけど」
「そこが不思議というか、不気味に感じるところだよな」
気付けば兄は、僕の横に来ていた。
そしてまた座り込むと、見物人としてこの二人のやり取りを楽しんでいる節がある。
「折れた腕くらい、すぐに治せる。このようにな」
なるほど。
若狭国の薬と、回復魔法が入ったクリスタルの併用か。
治療を終えると、折れていた腕を普通に曲げ伸ばししている。
痛みも無さそうで、本当に治っているようだ。
「ステイレットを抜け。貴様の間違いを正してやる」
「兄上。私は貴方が思う程、弱くはないですよ」
「傲慢だな。兄が弟に負けるはずが無い」
ムカッ!
そのセリフは間違っている。
しかし横に座る兄は、ニヤニヤしながらこっちを見てきた。
「聞きましたか、奥さん。兄に勝てる弟は居ないんですよ?」
「馬鹿だなぁ。それは弟が兄を立ててあげようと、手心を加えてるからだよ」
「あん?手心を加える?」
不機嫌そうな顔をしているが、多分意味は分かっていない。
しかし雰囲気で、馬鹿にされたと分かったのだろう。
「弟はね、兄の駄目な部分を反面教師にするんだよ。だから吽形は兄の阿形と違って、配下とのコミュニケーションも上手いんだ」
「バッカ!兄は駄目な弟をフォローしてるから、責任感が強いんだよ!阿形を見てみろ。だから領主になる前から、色々と頑張ってるんじゃないか」
「空回りしてるけどね」
「そんな努力を分かっていない弟が居るから、苦労してるんだ」
「はあ?」
「んだよ」
コイツ、どっちの味方してるんだ!
兄と睨み合いをしていると、金属音が聞こえてくる。
二人して音のする方を見ると、阿形と吽形の短剣がぶつかり合っていた。
そして阿形と吽形が、同時に言葉を発する。
「部外者がギャーギャーうるさいんだよ!」




