狭い視野
恥ずかしい!
大人になって得意顔で間違えるとか、本当に恥ずかしい!
兄の創造魔法は、思い込みから始まるちょっと変わった魔法だった。
僕も隣で少し聞き耳を立てていたから、どんな魔法なのかは理解している。
自分は強いと思う事で、相手に適応した身体になっていく。
兄は頷いていたけど、多分それが分かっていなかった。
創造魔法ではあるが、別の見方をすれば想像魔法でもある。
だから兄の説明だと、阿形が違うと言ったのも間違いではない。
そんなフエンの創造魔法だけど、気になる点もあった。
それはどんな相手に対しても、それに合わせて適応する事。
であれば、例えば空を飛ぶ鳥人族だったら、どうなるのか?
空での戦いを想定して、翼が生える?
それとも鳥人族を空から落とす為に、何か別の対策が為される?
逆にモールマンやジャイアントを相手にする地底での戦いなら、すぐに分かったんだけどね。
地底で戦うなら、単純に眼が暗視スコープのようになるんだろうと。
あとは動きが遅い両者相手なら、スピードで翻弄しようとすふとかね。
なんて色々と考えてみたものの、僕にはこの創造魔法、使えなかったのである。
思い込みというのは、実に難しい。
少しでも疑問に思ってしまうと、発動しないのだ。
僕みたいに雑念も含めて色々と考えてしまう人間には、無理な魔法だった。
だから兄のように、思い込んだら一直線の単純馬鹿の方が、この魔法には向いている。
僕は貶しているわけじゃない。
ただ本当にそう思っただけ。
自分が使えないからって、そう言ってるわけじゃないんだからね。
阿形は背筋が凍りついた。
彼が言っているのは、未来予知に当たる。
先が見える魔法など、存在しない。
もしそれが本当であれば、彼には絶対に攻撃が当てられないという事になる。
「う、嘘だ!そんなデタラメ、私は信じない!」
「信じるか信じないかは、お前の自由。でも本当だから」
見栄を張ってるわけじゃない。
魔王を見た彼は、それがすぐに分かった。
でもそれを信じたら、自分が勝てないと認めるようなものだ。
「う、うわあぁぁぁ!!」
「ありゃ!鎖が切れた」
まだ刃物を隠し持っていたのか。
それにしても金属製の鎖を断ち切るって、結構な業物じゃないのか?
「わ、私は負けられない。誰にも負けてはならないのだ」
「別に死ぬわけじゃないし、負けても構わないだろ」
「駄目だ!私は若狭国の守護、阿形。そして若狭国を治める次期領主でもある」
「あら、そうなの?」
妖精族の年齢は分からんけど、長秀を見る限りそこまで老人という印象は無いんだけど。
若作りをしているだけで、実は結構なジジイなのかな?
それか早々と領主を引退して、阿形に引き継ぎをしたいという考えかもしれない。
「若狭国発展の為にも、私は負けられない。負けてはならないのだ!」
「またかよ」
阿形が鎖を解いて、俺に立ち向かってくるビジョンが見える。
数秒後、やはり同じように阿形は俺に向かってきて、ダガーで首を狙ってきた。
「だから見えると言っている」
「まだまだ!」
今度はあの変わった古武術の歩法か。
ゆっくり歩いているようなのに、分身したかのように見える。
しかし立ち向かってくる瞬間さえ分かれば、どんな足運びだろうと関係無い。
だが俺は、突然異変に襲われた。
「ツウッ!眼精疲労?」
目に異変を感じ目頭を押さえると、親指と人差し指に血が付いているのが分かった。
阿形が俺に、血で目潰しでも狙った?
だけどそんな予測は見ていない。
するとこれは・・・俺の血か!?
「やはり限界があるみたいですね」
「ま、マジか!」
コイツ、俺が長時間はこの眼が使えないと分かっていた?
俺でも知らなかったのに、そんなはずは無い。
ただ単に、諦めなかっただけだろう。
「未来予知。そんな強力な力を、何のリスクも無く使えるはずなんてあり得ない」
「慣れてないだけかもしれないだろ」
「そのまま使い続ければ、失明するかもしれませんよ?」
うぅ、痛いところを突いてくる。
慣れてないだけと強がって見せたが、俺だって自分の身体だ。
このまま使えばどうなるかくらい分かってる。
だけど弱気になったら、そこで俺の魔法は消えてしまう。
「壁に耳あり障子に目あり!目がダメなら、耳を頼りにすれば良いって事よ!」
「使い方が全然違います!」
目を閉じて耳を澄ますと、やはり異常なくらいに耳が聞こえるようになった。
こっちに向かって何か飛んできているのか。
風切り音が聞こえる。
左足を引いて半身で避けると、鼻先を何かが通っていった感覚がした。
「馬鹿な!見ていないのに避けられた!?」
「魔王の力です」
「その胡散臭い言葉を止めろ!」
酷い奴だな。
せっかく力を示してやったのに。
なるほど。
これは凄い。
阿形が走ってきているのだろう。
足音がハッキリと聞こえる。
今度は腕を伸ばしてきたのか、身体の方に何かが近付いてくる気配を感じた。
それを掴みおもいきり引っ張るとやはり腕だったのか、大きな何かが地面に転がった。
「せいっ!」
「ガハッ!」
多分お腹だと思うけど、正拳突きを入れると、阿形の悶絶した声が聞こえる。
「どうだ?敗北を認めれば、楽になれるぞ?」
「わ、私は負けない!」
「・・・」
うーん、何だろう?
違和感を感じる。
あぁ、そうか。
阿形の怖さを感じなくなったんだ。
その理由も、なんとなく分かっている。
アングリーフェアリーとして恐れられているはずなのに、怒らなくなったからだ。
「お前さ、手を抜いてる?」
「だ、誰が!」
だよなぁ。
目を閉じた俺にやられてるのに、手を抜いてるはずがない。
今のセリフで、むしろ油に火を注いだ気がするんだけど。
それでもやっぱり怒らないか。
「阿形と吽形は、キレると強くなるだろ?なのにどうして怒らないんだ?」
「わ、私はもう怒らないように自制している」
「自制?」
「自分の感情や欲望に負けない事だ」
なるほど。
セルフコントロールか。
ピッチャーにもセルフコントロールは必要だと、よく言われている。
エラーされたり不運なヒットを打たれた後、そこで怒ると抜け球が増えるからな。
阿形がそれをする必要は、何なんだか分からないけど。
「我慢する必要ある?」
「周りに任せて何もしないアンタに、私の気持ちは分からない!」
む?
立ち上がった後に足音が消えた。
何処に行ったんだ?
「上か!」
大きくジャンプしたんだろう。
何かそこそこ大きな物体が落ちてくる音が聞こえる。
しかしそれは、あんまり良い手ではない。
鳥人族じゃないんだから、空中で自由に動けなくなるからな。
「ホームランをぶちかましてやるぜ!」
「分かってますよ!」
「なっ!イッテエェェェ!!」
何だ!?
何が当たった?
金属バットと何かの塊が、激しくぶつかった。
甲高い金属音が、俺の鼓膜を突き破るんじゃないかと思うくらい、耳に入ってくる。
「あ・・・」
コレ、ヤバいな。
耳からも血が出たかもしれない。
変な液体が出てきているのが分かる。
「ざまあみろ」
「この野郎!」
微かに阿形の悪態が聞こえた。
その方向にバットを振ると、多分身体の何処かに当たったのだろう。
阿形が吹き飛んでいった感触を感じた。
「おい、お前。そろそろ手加減してやらなくなるぞ」
「わ、私はまだ戦える。負けられないのだ」
耳の中に水が詰まっているような、変な感じで阿形の声が聞こえる。
聞き取りづらいが、全く聞こえないわけじゃない。
しかしこのまま攻撃を受ければ、避けられる自信は無い。
俺は恐る恐る目を開けると、そこには右腕が折れている阿形の姿があった。
「もうその姿じゃ、戦えないだろ」
「まだだ!まだ終わらない!私の敗北は、若狭国の行方に繋がる」
「うーん・・・ちょっとだけ俺の考えを言って良いか?」
阿形は睨むような形相で、俺を見ている。
多分攻撃を仕掛ければ、相打ち覚悟で反撃してくると思われる。
だから俺は攻撃の意思は無いと、敢えてその場で座った。
「お前の領主の理想像は、長秀か?」
「当たり前です!」
「じゃあ聞くけど、長秀はそんなに凄い領主か?」
「喧嘩を売っているんですか?」
言い方を間違えた。
怒ったのか、折れた腕でダガーをまた構えようとしている。
「言い方を変えよう。長秀は全てを一人でやっているのか?」
「当たり前です」
「違うだろ。若狭国の守護は、誰がしているんだ?」
「あ・・・」
ようやく耳を傾けてくれる気になったかな。
阿形から少し敵意が消えた。
俺の言葉に何かを感じてくれたみたいだ。
「お前の言う通り、俺は何もしていない。安土の領主としての仕事も何もしてないし、魔王としても特に何もしていない。でも唯一これだけはしている事がある」
「・・・何ですか?」
「信頼だ」
弟は分からないけど、俺はこれだけは誰にも負けない自信がある。
自分が出来ない事を、誰かに頼る。
情けないと言う人も、中には居るだろう。
でもそれって、意外と難しい事だと思うんだよ。
だって信頼出来る人って、そんなに沢山居る?
俺は居る。
ハクトと蘭丸は勿論のこと、又左に長可さん。
ゴリアテや太田もそうだし、コバだってそうだ。
「俺の持論だけどさ、上に立つ人って、全部自分でこなすのは無理なんだよ」
「じゃあどうやってやるんです!」
「人に任せる。信頼出来る人に任せる」
「ハッ!他人任せですか。やっぱり無能ですね」
鼻で笑われてしまった。
馬鹿にされているなぁ。
「無能ねぇ。じゃあお前、領主になったら若狭国の守護をどうするの?」
「自分と吽形でやりますよ」
「でも領主なんだろ?長秀がやってきた仕事は、いつやるの?」
「空いている時間にやります」
「長秀の仕事見てきて、片手間に出来ると思う?」
阿形が無言になった。
自分の言っている事の難しさに、ようやく気付いたようだ。
「や、やろうと思えば出来ます。寝る時間を削ったり」
「睡眠不足で守護を担当するのか。強敵が襲ってきても、普段通り対応出来るのかね」
「じゃあどうしろって言うんですか!」
「人に任せろよ。お前が信頼出来る人に、各々仕事を分担すれば良い」
「そんな人、弟以外居ませんよ」
何とも寂しい言葉だ。
それって阿形は、長秀と吽形以外はほとんど信用していないって事になる。
今まで守護をしてきて、部下とかに任せなかったのだろうか。
「長秀を尊敬するのは良い。でも傾倒し過ぎて、周りが見えてないんじゃないの?」
「領主様を馬鹿にしているんですか?」
「長秀を馬鹿にしてるのは、お前だろ。何でもかんでもアイツが一人で解決出来るなら、他の領主と手を組んで帝国と戦ったりしない。長秀だって無理なものは無理だと自覚している。お前こそちゃんと、長秀を見ていないんだよ」




