さらばだ、長年付き添った親友よ
どのような魂胆があってか分からないが、安土へと来訪したライプスブルク王国の第三王女キルシェ。
謁見を求められて応えたは良いが、その護衛の一人に見知った顔があった。
以前、小人族を襲った王国軍の大将だった男。
あの時の失態から死罪になるはずだったようだが、今は命を存えて王女に仕えているらしい。
あの時の男は死んだ、今は王女の為に生きる。
そのような事を口にする元大将。
今はコモノと名乗っているらしいが、それは自分の身勝手な都合である。
過去の事はもう知らないと言っているようなものだった。
その事に頭に来た僕は、被害者であるスイフトを呼び出した。
そして過去の事は過去の事と軽く言っているコモノに、その過去に引きずられて生きている小人族の現状を教える。
一生許さないと言ったスイフトはコモノの頬を殴り、その痛みを抱えて生きてゆけと伝え、去っていった。
スイフトとコモノの話で空気が重くなってしまったが、ようやく本題であるキルシェ王女来訪の真意を問いただそうとした。
その時、久しぶりと言っていいくらいに聞いた着信音が、会議室内で鳴り響く。
異世界での着信。
相手は神様以外にあり得ない。
慌てて出ようとしたその時、彼女は言った。
電話ですか?
何故、彼女がスマホの事を知っているんだ?
もしかして召喚者?
「早くお出になられた方がよろしいのでは?」
「そ、そうだった!」
バッグの中からスマホを取り出し、一言謝ってから会議室の外へ出る。
「ちょっとだけすいません!」
その様子をジッと見つめるキルシェ。
少しだけ怪訝な顔をしていたが、その表情は一瞬だったように見えた。
「もしもし」
「あ、阿久野くん。どっちだろ?お兄さんかな?」
「弟の方です。数年ぶりですけど、何でしょう?料金の滞納はしてないですよね?」
ラーメンの売上が大幅に増えてから、スマホの使用はほとんど制限が無いくらいになっていた。
ラーメンが神の国の料理だと、それはもう胡散臭い嘘をついた。
その結果、神の国には素晴らしい料理があるのだと、魔族の間では広く知れ渡っている。
そして神の存在を信じ、魔王である僕をこの世界へと導いた神に感謝しているという事になっていた。
「そんなに経ってた?おかしいな。ちょっと前だと思ってたんだけど。それと料金はちゃんと貰ってるので、安心してください。キミのおかげで、信仰心というものが根付き始めたのかもしれないね」
「それで、今日はどのような用件でしょう?」
「そうそう!この前言い忘れてたんだけどね。この世界へ召喚者が沢山来ているじゃない?」
「そうですね。数人は仲間になってもらいました」
「それは凄い!その調子なら、魂の欠片も集まってるのかな?」
「それは二つだけです」
「そうなんだ。随分とノンビリのような気もするけど」
ノンビリのようなって、アンタに言われたかないわ!
言い忘れを数年ぶりに思い出して、電話してきてるんだからな。
その辺を踏まえて、言ってくれよ。
「それで、用件は?」
「それね!召喚者って転移して来てるじゃない?」
「そうですね。転移者ですね」
段々と相手にするのが面倒で、返事が投げやりになってきている。
何故なら、王女にさっきの電話の件を聞きたいからだ。
久しぶりの神様の電話とか、正直どうでもいい。
「ちなみにこの世界。転生者も存在するから」
「転生者?」
「過去の記憶を持ったまま、この世界で生まれ変わった人の事だよ。人って言ったけど、魔族も含まれるから」
「ハァ!?何でそんな大事なことを忘れてるんですか!」
「忘れてたんです。ごめんなさい。それで、そういう人達に協力を仰げば、魂の欠片も集めやすいんじゃないかな〜って思ったんだよね」
素直に謝ってくれているけど、どうにも心からの言葉には聞こえない。
神様がただの一般人に、形だけでも謝るってのも凄い事なのかもしれないけど。
この世界に来て何年経ったかな?
そんな大事な話、今更にも程があるだろうが!
「何人居るかは把握してないけど、探してみてくださいね?用件はそれだけです」
「は?まさかの言い逃げ!?」
「まだ仕事が溜まってるんでね。あ、出前来た!それじゃ!」
ブツッ!
ツーツーツー
「仕事じゃなくて出前だろ!あのバ神様が!!」
思わず心の声が出てしまった。
【何頼んだんだろうな?ちょっと気になる】
うるさい!
人の出前なんてどうでもいいんだよ!
あの神、人をイライラさせる天才だな。
【そうね。あの人、じゃなくて神か。あの神の事になると、お前って結構キレやすいよね】
神って全能じゃないの?
アレ、全能どころか無能な所が多いだろ!
は〜ムカつく!
【それよりも、姫様待たせてるんじゃないの?早く戻ったら?】
そうだった!
あのバ神様のインパクトのおかげで、もう一つの大事な用件を忘れていた。
【というか、ドンピシャのタイミングだよな。俺達の事、見てるのかって思ったわ】
何が?
【だって、あの姫様が転生者だろ?電話って知ってたし】
あぁ!
なんという事だ!
言われてみれば確かに。
【お前、だいぶテンパってない?俺でも分かるくらいだから、落ち着けばすぐに気付いたと思うぞ?】
そうだね。
部屋に入る前に冷静にならないと。
深呼吸をして・・・よし!
「すまないね。久しぶりに神様からの連絡だった」
長可さんと太田はおぉ!と声を上げるが、王国側は何を言っているんだ?みたいな目で見ている。
魔族には浸透したけど、やっぱりヒト族には神の存在は知れ渡っていないようだ。
「いえ。お構いなく」
しれっと神様という言葉を流した王女。
やはり何か知っていそうな感じだ。
「話の続きだが、此処に来た理由は?」
「そうですね。率直に申しまして、貴方に興味があるのです」
「興味?」
「えぇ。全てを知りたいのです」
「全てって、どんな事?」
「貴方の年齢や生まれ。今までしてきた事やこれからの事。それに身体も・・・」
す、全てだと!?
とてもゆっくりと話しているが、めちゃめちゃエロく感じる。
そして身体まで知りたいって・・・。
まさか!?
【俺達もついに、長年付き合った親友と別れる時が来たという事か?】
そうかもしれない。
生まれてからずっと一緒だった親友と。
【さらばDT!】
僕達が大人になる日が来たんだ。
こんなに嬉しい事はない。
「王女殿下!分かりました。二人になれる所へ行きましょう」
「はい?」
「やはりそういう事は、二人きりの方がよろしいかと」
「え〜と、そうですわね。じゃあ、お言葉に甘えて」
ま、マジか!?
本当に付いてきてくれるのか!
「長可さん!王国の人達をもてなしてくれたマエ!」
「魔王様は何処へ?」
「僕は彼女を自宅へと案内する。後で合流するから、くれぐれも邪魔しないように!」
念を押して。
特に太田には念を押して言った。
そして長可さんには、前田さんにも来るなと伝えてくれと頼んでおいた。
「これで邪魔者は居ない。王女殿下!さあ、僕の家に行きましょう!」
鼻息荒く、彼女の手を引いて会議室を出て行く。
「え〜と、じゃあ皆さん。後でお会いしましょう」
「姫様は大丈夫でしょうか?」
若い家臣が心配そうに他の家臣に話し掛けていた。
「魔王様はエロガキですが、大丈夫ですよ。あんな腹の中の読めない女に、引っかかったりしません」
「よく言いよるわい。老獪な女狐の方が余程読めんわ」
「そんな人、居ましたか?」
「ワシよりもババアのくせに、何をすっとぼけとるんじゃ」
長可さんの言葉に、一人の老家臣が言い返す。
売り言葉に買い言葉だが、また少し雰囲気が悪くなってきた。
「長可殿。その辺にしてください。魔王様不在で問題を起こしたら、後々に面倒になりますよ」
「大丈夫よ。その辺は向こうも理解しているから」
老家臣も舌打ちしながらも、揉め事はごめんだとそれ以上言わなかった。
「本当の事を言わせてもらうけど、あの王女様の腹の中が読めなかったのは本当。本当の自分を隠しているようにしか見えなかったわ」
「それはこちらも同じ事よ。流石は魔王と言うべきかの。あの方も子供の姿をしていながら、大人と変わらぬ立ち振る舞い。見事だと言っておこう」
「ヒト族の方、しかも王国の人間から褒められるなんて。流石は魔王様ね」
魔王への評価の一件で、空気が和らいだ会議室。
その後、王国の家臣団を引き連れて、大勢が入る宴会が出来る店へと移動していた。
知らぬ所で評価が上がっていたが、そんな事を知る由もない僕は、急ぎ自分の家へと戻っている途中だった。
「魔王様!何をそんなにお急ぎになられているのですか!?」
手を引っ張られている王女は、少し息切れをしていた。
急ぐあまりに、連れている彼女の事を考えていなかった。
「ごめん!僕も、僕達もあまり余裕が無くてですね!」
「ワタクシは逃げませんから。ゆっくりと参りましょう」
良き!
なんと出来た娘っ子だ。
娘じゃなく王女だが。
こんな出来た女性に、僕等の初めてが貰われる。
我が人生に一片の悔いなし!
「魔王様。今日は随分と綺麗な方を連れてるじゃないか」
途中出会う人達に、何度か声を掛けられる。
僕以外の人から見ても綺麗な彼女は、ニッコリ笑って手を振って挨拶をしていた。
優雅だ。
そして、とうとう僕の家に着いた。
家の中に入り、汚くないか確認をする。
蘭丸も今日は練兵場へと行っていて、家には居なかった。
なんという大好機!
今まで、これほどのチャンスはあっただろうか?
否、無いのである!
「散らかっていますが、どうぞお上がりください」
「魔王様の家って、意外と質素なのですね」
王女から見れば質素なのだろう。
それでも一般人よりかは、かなり大きいのだが。
ちなみにそんな質素に見える家に住んでいるのには、ちゃんと理由がある。
一言で言えば、払い下げるからだ。
今現在、安土という都市に安土城という魔王に相応しいとされる城を作っているわけだ。
それが完成したら、勿論城へと移住する事になる。
そうするとこの家は、僕等からすると必要な無い物となるわけだが。
先日、この家がその後どうなるか確認をしたら、取り壊しという予定は無いとの事。
魔王が一時期住んでいたという付加価値を持って、売りに出されると言われたのだった。
「そういう訳でして、僕は城が完成したら引っ越しますので」
「城は洋風ですか?和風ですか?」
「よく分からないんですよね。全て任せちゃってるので」
城なんかどうでもいいのだよ!
とにかく家に上がってもらって、鍵を閉めてと。
これで邪魔者は来ない・・・。
とうとう僕達も、大人の階段を登る時が来たのか。
「では、此方の部屋でお待ちください」
汗臭くないよな?
口臭もしないよな?
急ぎ準備を終えた僕は、寝室へと向かった。
その部屋で待っていた王女は、特に疑問を持った様子も無く座っていた。
「魔王様。この家には今は誰かいらっしゃるのですか?」
「今は誰も居ないですよ」
「それでは、今は二人きりという事ですね?」
「そうです。今は誰の目もありません」
こんな事を確認してくるなんて、彼女の方も満更ではないという事か!?
女にここまで言わせたら駄目だろう。
さらばだDT。
いつも僕と一緒に居た親友よ。
そして僕は、ケダモノと化すのだった。
「は、初めてなので、優しくしてくださ・・・ぶべら!」
痛い!
グーで殴られたぞ!?
間違いでもなく普通にぶん殴られた。
「近付くなガキンチョ。やっとこ楽出来るぜ」