丹羽の作戦
自分で作り直して走った姿を想像して、ちょっと思った。
これ、かつて僕が作った大仏くんに似ていると。
僕は吽形から逃げる為、足を車輪へと作り変えた。
自分では見えないこの車輪姿。
上半身が動かなければ、まんま大仏くんにそっくりだった。
大仏くんは二人で操作するので、厳密に言えば小型化されている感じだ。
大仏くんは魔力を動力として動いているが、それは魔力を電気代わりにしてモーターを使用している。
モーターの作り方は某おもちゃの四駆から知っていたので、そう難しい事ではなかった。
しかし僕が自分の足を車輪にした時は、そうはいかない。
実はこの車輪を動かすという行動が、かなり難しかった。
だって自分の足が車輪になったら、どうやって動かすか想像出来る?
車椅子に乗って手で車輪を回すでもなく、身体の中にモーターやエンジンがあるわけでもない。
漫画のように足をグルグル回して、走れるわけじゃないからね。
そのせいか足を車輪に変えて走るのに、僕は丸二日は時間を費やした。
コツは腰にあったんだけどね。
まあ足を車輪に変えて走る人なんか居ないから、誰かに教える事も無いんだけど。
他にも背中に翼を生やして飛ぶとか色々とあるけど、それはまたおいおい話そうかな。
翼は鳥人族なら理解してくれそうだけど、足を車輪にしたり空を飛ぶのに飛行機の姿に変えたりというのは、誰からも共感は得られなさそうだ。
足を車輪にしたら、腰を左右に動かすイメージでしょ?
分かる〜!
なんて言われても、コイツ何者?ってなるし。
こんな事、兄でも分からないっつーの。
考えてみればフェンシングは、帝国でも騎士王国でも使われていない。
それは単純に、あの細さで強度のある武器が作れないからだろう。
だがコバという召喚者が、現代日本の技術を使えば話は変わる。
刺突武器が得意な妖精族なら、フェンシングはもってこいの技術なんだろう。
俺が転生者だというのは、魔王や一部の人間しか知らない。
別にこの男に話しても問題は無いが、わざわざ俺の個人情報を与える必要も無い。
それに言い訳なら、簡単に出来るからな。
「今、コバと言ったな。その男は召喚者であろう?ではお前に質問だ。その召喚者を多数抱えているのは、どの国だ?」
「なるほど。知識はおありのようですね」
「それくらいはな。確かその武器は、フルーレだったかな?お前達の持つレイピアやスティレットは、どちらかと言えばエペやサーブルに近いと思うのだが」
俺がそこまで話すと、丹羽は本当に驚いた顔をしてみせた。
ここまで詳しいとは、思わなかったのだろう。
ちなみにこの知識は、本当に召喚者から得たものである。
召喚者の中にはフェンシングの選手が居たのだが、帝国の鍛治師ではフルーレは技術的に作れなかった。
その男はたまたまエペの選手だったので問題無かったが、まさかこのような形で思い出すとは。
「貴方、私より詳しくありませんか?」
「これでも帝国の王だ。知識とは財産。何事も知っておいて損は無いんだよ」
「・・・そのような考えをする人が、魔族に牙を剥いた理由が分かりませんね」
この男、痛いところを突いてきやがる。
暗に俺が秀吉に操られていた事を、非難してきている。
あの頃の俺は、何が何でも王になるという考えに囚われていた。
だから短絡的に考え、視野も狭くなっていた。
まあ今何を言っても、全ては言い訳になる。
彼等にそれを理解してもらおうとも思わないし、魔王には過ちを認めて謝罪している。
下の者にまで謝っていたら、いつまでも頭を下げ続けなければならない。
「その話は既に決着している。話を蒸し返すのは、やめてもらおう」
「これは失礼しました。しかし貴方も魔王様に味方している身。命を取られても、文句は言えませんよ?」
「それはこちらのセリフだ」
「分かりました。では、全力でお相手しましょう」
丹羽は再び、ゆっくりと間合いを詰めてきた。
いや、ゆっくりに見えるだけで、既に半分以上詰められている。
「お命頂戴致します」
奴の手がブレて見える。
高速の突きが俺の身体をあちこち突き刺すが、やはり武器としては弱い。
細い針に刺されてると思えば!
「我慢すれば耐えられる!」
俺の剣が丹羽の剣と当たった。
いつもと違い相手の剣が細いからか、甲高い音ではなく軽い金属音が聞こえる。
強度の問題もあるからだろう。
奴は鍔迫り合いを避けて、一度自分の間合いへ下がろうとしている。
だが俺は、逆に前へ出た。
「俺が魔法だけだと思うなよ!」
丹羽の腹へ突きを狙ったが身を翻して避けられると、俺はそのまま右手を左斜め下へ斬りに掛かる。
剣の切先が、丹羽の足の肉を斬った感触があった。
丹羽は顔を歪めて下がったが、俺は休ませる間を与えないようにどんどん前へ出る。
「くっ!この!」
「むっ!?」
地面に掌を向けた丹羽。
すると足下から急に蔦が伸びてきて、俺の足に絡み付いた。
それを剣で斬っていると、丹羽は距離を取り、傷口に薬を塗っていた。
「ズルイとは言いませんよね?」
向こうは魔法を使って、俺は使わない。
自分で決めた制約だけど、問題は無い。
「厄介な魔法だな」
「貴方も使って良いですよ。森魔法が使えるのなら、どうぞ使って下さい」
得意げな顔をして見せる丹羽だが、どうせ俺には使えないと思っているからだろう。
似たような事なら、俺でも出来る。
しかしこれは土魔法の一種なので、使ったら約束を破る事になる。
「今は使えない。今はな」
「そうですか。では、私は遠慮無く使わせてもらいますよ」
奴が何かを呟くと、今度は木々の葉が急に生い茂ってきた。
葉が風に舞って視界を遮ると、奴の姿が目の前から消えてしまう。
「何処に隠れた?」
周囲を警戒しながら見回すと、今度は葉が太陽の光を遮り始める。
真っ暗というわけではないが、薄暗く影も見えづらくなった。
そして風も無いのに木々の葉が揺れて音を立て始めると、俺の五感に異変が起き始めた。
足音も聞こえず、奴の姿は見えない。
ただし森林浴をしているかのような気持ちで、俺の警戒心が薄れていく。
「これは・・・ちょっとマズいな」
自分が丹羽への警戒心が無くなりかけていると、背後から突然痛みが走った。
おそらく突かれたのだろう。
「出てこい!」
俺は丹羽への警戒心を最大限に高めようと、意味も無く大きな声で叫んだ。
身体強化で聴力を上げても、葉が揺れる音しか聞こえない。
どうやっても見つからない。
俺は一旦、考え方を変えた。
探す事を諦め、大きな木に背を預けてみた。
そしてもう一度緊張感を出す為に、わざと大きな声を出した。
「丹羽のキザ野郎!スカしてないで、出てこいよ!」
俺の悪口に乗ってくれれば、御の字。
まあ冷静な奴の事だ。
出てこないのは分かっている。
しばらく耳を澄ませてみたが、やはり出てくる様子は無い。
何故だ?
奴の立場になって、このまま出てこない理由を考えてみた。
持久戦を仕掛けても、アングリーフェアリーの二人が魔王を早々に倒して駆けつけるのを待っている?
それは現実的ではない。
となると、奴は俺を倒す算段があるはず。
何かを狙っている?
待つ事で何かを狙っている?
・・・分かったぞ!
だが、対応策が無い。
どうするべきか考えていると、とうとうその時がやって来てしまった。
「くっ!目が・・・」
視界がボヤけて、手足に痺れが出てきた。
俺は剣を地面に突いて杖代わりにすると、ようやく丹羽が姿を見せてくる。
「ようやく毒が回り始めてきましたね」
「クソ・・・」
奴は無警戒に姿を見せると、俺がどれだけ動けないかを観察している。
なるほど。
眠気と麻痺が、同時に襲ってきているようなものか。
麻痺毒の方が少なく調合されているのか、眠気が勝っている。
「お、お前、フルーレに毒を塗っていたな?」
「流石はヨアヒム陛下。この状況で、それに気付くとは。しかし、遅過ぎましたね」
今にして思えば、おかしいと気付くべきだった。
これはフェンシングではない。
フルーレみたいな武器で、人が殺せるはずがないのだ。
あんな細い武器を刺されても、心臓にでも当たらない限りは致命傷にはなりえない。
目や口等、それなりに危険な場所もあるが、それくらいはこちらも守るのは当然である。
そうなると、フルーレのような武器を装備する理由は何なのか?
それは毒だ。
少しでも傷付けて、体内にそれを侵入させる。
そして毒が回るまで待てば良いだけ。
俺はまんまと、奴の手の上で踊らされていたようだ。
「ちなみにその毒は、回復魔法では治りませんので」
「チィ!」
基本の四属性には入らない回復魔法は、制約には入っていない。
だから治せるかと思ったのだが、やはり甘かったか。
「お、教えろ」
「何ですか?」
「この毒の治療薬は、あ、あるんだろうな?」
「それは勿論です。人は毒を作る時、必ず治療薬も作りますから」
丹羽は腰の巾着袋を叩いてみせる。
どうやらアレに入っているらしい。
「命までは取らないでおきましょう。しかし貴方には、森を焼かれています。だから少々、痛い目には遭ってもらいますがね」
「そ、そうかい」
俺は腕の力が抜けて、剣から手を離してしまった。
膝をつきバランスを崩すと、丹羽が動き出す。
「行きますよ!」
「あぁ」
古武術のような動き方で俺を翻弄してきた奴だったが、俺が動けないと判断したのか、奴はその動きをしていない。
普通に走ってきているのが分かる。
「ちなみに今は、痛覚が敏感になる薬を塗っておきましたので。どうぞ堪能して下さい」
「・・・イヤな性格してるよ、まったく」
奴が俺の目の前までやって来た。
フルーレで、俺の鎖骨辺りを狙っているのが分かる。
おそらく頭に近いから、すぐに薬の効果が発揮されると思っているのだろう。
奴の動きが、全てスローモーションに見える。
俺は最後の力を振り絞り、その手を伸ばした。
「ぐあっ!」
フルーレで鎖骨付近を突かれた後、俺は身体を丸めてひたすらに堪えた。
奴の言った通り、痛みが倍増している。
例えるなら、爪の隙間に針を刺されているかのような痛みだ。
体験した事は無いので、想像だが。
しばらくすると、フルーレによる高速の突きが止まった。
「どうですか?反省しましたか?」
「う・・・」
口の中が苦い。
「もう痛みで喋る事も難しいか」
丹羽が少し嬉しそうな声を出している。
蹲る俺を見て、満足なのだろう。
だが、俺は立ち上がった。
「立ち上がれる元気が、まだあると!?」
驚く丹羽に、俺はある物を見せる。
「さて、コレは何でしょう?」
「はっ!?その袋は!いつの間に盗った!?」




