燃えない森
自分の心の内を知られるのが、ここまで恥ずかしいとは。
兄はよく、これに堪えられるものだ。
僕達の最後の魂の欠片の願いは、死んだ人に会いたいというものだった。
おかげで死んだ両親とも会う機会に恵まれたのだが、しばらくしてから気付いた事がある。
それは信長達に呼ばれていなければ、この欠片の願いは叶えられなかったという事だ。
僕達はロベルトさん達他の魔王よりも、魔力は多い。
理由は色々と考えられるが、それでも他の魔王達全員と比べると少ないはずだ。
歴代魔王が全員で協力しても、10分程度の短時間しか無理だった。
僕達なら呼び出した途端に、サヨナラと言うしか無かっただろう。
それを考えると、本当に感謝しかない。
しかしそれと共に、少し思うところもある。
それは僕達の泣いている姿を、彼等に見られた事だ。
これが子供の頃なら、多分僕達はそれをネタにイジられていたと思う。
だからツィータさんなんかに揶揄われるかなと身構えていたけど、やっぱりそこは見た目だけ。
中身は大人だったみたいだ。
というより死んだ時には高齢だったはずだし、信長みたいに見た目は自由に変えられたはずなんだよね。
大人な対応をしてくれた魔王達には、感謝しておかないといけない。
ただ、信長に関しては少し疑問もあった。
戦国時代という乱世では、親子や兄弟で殺し合うのも当然だった。
その証に信長も、すぐ下の弟と後継者争いをして命を奪った経歴がある。
親子の情というものを、どのように感じているのか?
彼は僕達に色々な話を聞いてきたが、僕達個人の情報に関しては詳しく聞いてこなかった。
昔と今では時代が違う。
彼でも僕達を見て、少しは思うところがあったのだろうか?
今にして思えば、もう少し信長と会話をしたかったなと残念に思う気持ちもあった。
僕達は少し遅れてから、洞窟を出た。
ヨアヒムは魔力を使い切り、トライクの後部座席で背もたれに寄りかかりダラけていた。
【ホントだ。お前の言った通り、遅れても怒ってないな】
そりゃそうだよ。
魔力がほとんど残ってなくて、疲れてるんだもの。
むしろもっと遅く出た方が、良かったかもね。
「ん?あぁ、戻ったか。もう日が暮れてるのを考えると、結構遅かったな」
「ゴメンね。色々な意味で、助かったよ」
「いや、こっちも色々と収穫はあった。特に織田信長との会話!俺は帝国に戻ったら、召喚者達に自慢するぞ」
拳を作り、決意を固めたような仕草を見せたが、やはり疲れているらしい。
すぐにまた、背もたれに寄りかかった。
すると別の事も思い出したのか、哀しいような嬉しいような、妙な表情を見せる。
「何かあった?」
「まあな。他の魔王にも会えて良かったよ。俺の消えないと思った後悔も、少しは和らいだしな」
「ふうん?それは良かった。とりあえずヨアヒムの魔力が回復するまで、僕がしばらく運転するよ」
僕が運転席に座ると、彼は姿勢を正して座り直す。
「それじゃ気持ちを改めて、出発だ!」
魔王の洞窟を出て数日。
ヨアヒムの体調もすっかり良くなり、万全となった。
そして僕達が向かった先には、異様な光景が目に入ってきたのだ。
「寒いな。寒いよな」
「そうだね。でも、コレは・・・」
【森だな。森が出来てる】
僕達の目の前に広がっているモノ。
それは寒冷地に広がる、大きな森だった。
森だけであれば、特に変だとは思わない。
しかし異様だと感じる理由は、それが寒い地域では見ないような木々だからだ。
普通寒冷地では、針葉樹と呼ばれる木が多い。
そして反対に、暖かい地域では広葉樹が多いのだが、見分け方は簡単。
葉っぱが大きいかそうじゃないかの差である。
そしてこの世界では、東側に行くと寒くなるのだが、その寒い地域である東側で、広葉樹の森があるのだ。
「心当たりはあるか?」
「勿論。森魔法の使い手である、丹羽長秀の仕業だよね」
彼も見当は付いていたのか、すぐに納得している。
しかし異常なのは、ここまで大きな森をどうやって作り出したのかという点だ。
「入ったらどうなると思う?」
「右顧左眄の森って知ってる?」
「あの迷いの森か。それと同じだと言うのか?」
全く同じだとは思えない。
むしろこっちの方が、少し厄介な気もする。
「でも助かったな」
「何が?」
「所詮は森。迷いの森だろうが、燃やしてしまえば早い」
短絡的な考えだけど、若狭国へ侵攻してきた時も帝国は燃やしていた。
今回ばかりは僕もヨアヒムに賛成だ。
「燃えてしまえ!火柱!」
ヨアヒムが先行して、トライクの後部座席から火魔法を放った。
森の入り口に火が燃え移ると、それは少ししてすぐに消火されてしまう。
「馬鹿な!」
「火が勝手に消えた!?」
普通であれば木に炎が移れば、水を掛けて消火するか、燃えている部分を切り落として延焼を防ぐ。
だけどこの木は、何もせずとも炎が弱まったのだ。
勿論木には、燃えた跡として焦げている部分はある。
しかし近くに人が居た気配は無く、どのようにして消火したのか、サッパリ分からなかった。
「近付いてみようか?」
「そうだな。虎穴に入らずんば虎子を得ず。近付かなければ分からない事もある」
ヨアヒムの賛同を得て、僕はアクセルを軽く回す。
徐々に森へ近付く僕達だが、敵の気配は感じられない。
この事から、人が水を掛けたりして消火したとは考えられなかった。
「敵は居ないな。木に近付こう」
燃えた部分を見てみようと木に近付くと、やはり焦げている箇所が火柱と比べて、異様に小さいと感じた。
後部座席から降りたヨアヒムは、そのまま燃えた箇所に手をやった。
すると彼は慌てて振り返った。
何か分かったらしい。
「この木、水に覆われているぞ!」
「何だって!?粘着質じゃなくて?」
「サラサラだな。樹液じゃない」
カブト虫やクワガタが寄ってくる樹液なら、僕も分かる。
だけど彼の口から、そうじゃないとハッキリ言われてしまった。
「考えられるのは一つ。新種の木だと思われる」
「新種?木を品種改良したというのか?」
「だって以前、若狭国は帝国に森を焼かれているからね。その対策の一環として、燃えない木を作っていてもおかしくないでしょ」
「む、むう。それを言われると、俺は何も言えないんだが」
ちょっと意地悪な言い方だったかな?
でも僕が思うに、それしか考えられない。
そもそも僕も若狭国には、アレ以降顔を出していないからね。
今はどんな感じなのか、詳しくは知らないのだ。
「力押しで上級魔法とか使う手もあるが」
「それはやめておいた方が無難だよね」
「分かってる」
多分、ヨアヒムも僕に賛成を得るとは思わなかったんだろう。
後に控える長秀と阿吽の二人が残っている事を、しっかりと覚えていたようだ。
「奴の策に乗るしかないな」
「明らかに誘われてるからね」
森に近付くと、明らかに人が通れる道がある。
しかもご丁寧に、トライクでは入らないけど人なら通れるよという、絶妙な幅だった。
無理して草花に当てて走れば通れなくもないが、シャフトに絡まったら故障の原因になりかねない。
「仕方ない。行くとするか」
「いや!ちょっと待ってほしい」
森の中に足を踏み入れようとしたヨアヒムだったが、それを僕は引き留めた。
振り返ったヨアヒムは、少し残念そうな顔を見せる。
「何だ?」
「ここは一つ、彼等の策に乗った上で、更にそれを上回ってあげようと思う」
「上回る?あっ!」
「どうする?一緒に行くかね?」
僕は背中に翼を作ると、彼は大きな声を上げた。
元々空は飛べたが、彼等はそれを知らない。
だからこんな手の込んだ、時間稼ぎと消耗戦を考えたのだろう。
でも、僕はそれを無視する!
「行こう!」
やはり思った通りだ。
空を飛びたいという気持ちから欠片の力で飛ぶ事は出来たが、あの時と違ってヨアヒムも一緒に空を飛ぶ事が出来ている。
「どう?」
「上から見ると、森がどんな形だったのか丸見えだな」
どうやらこの森は、右顧左眄の森とは違うらしい。
アレは心の変化次第で、道が変わっていく仕様だった。
しかしこの森は、そのような変化は見受けられない。
【しかも行き止まりには、罠とか仕掛けてあるみたいだぞ】
僕達を戦う前に、疲労させようって魂胆だね。
まあ迷路を踏破したいという気持ちはなくも無いけど、それはあくまでもエンターテイメントとしてなら。
戦いが絡んでいる迷路なんか、作るのは好きでも参加するのは勘弁だね。
「あっ!奴等こっちに気付いたぞ!」
「チッ!」
森の中から、投石や弓矢、魔法が一斉に飛んでくる。
そこそこ高度があるから平気だと思っていたけど、そこはやっぱり妖精族。
蔦を使った投石機やバリスタのような物まであって、普通に飛距離は出ていた。
「このまま光の先まで飛んでいくよ!」
スピードを上げた僕達だったが、そこに思わぬ攻撃が待っていた。
「何か現れた!」
「クソッ!避けられない!」
現れたのは、執金剛神の術を使った、阿形と吽形。
巨大な阿吽の姿となった彼は、僕達を掌打で叩き落とした。
「う、うわあぁぁぁ!!」
「任せろ!」
風魔法でショックを和らげたヨアヒムは、無事に着地した。
僕もおかげで助かったが、やはり僕程度の身体強化では身体中がバラバラになったくらい痛い。
「ここは何処だ?」
「落ちる瞬間を見た感じ、森の真ん中よりやや東寄りって所だろうね」
掌打で押し戻されて、中央近くまで飛ばされてしまったらしい。
「魔王様」
僕達が警戒していると、何処からか声が聞こえた。
それは僕達にも聞き覚えのある声だった。
「長秀か」
「はい」
返事と共に姿を見せる丹羽長秀。
両手にはレイピアと呼ばれる刺突武器があり、森魔法の何かなのか、身体に蔦のような物が巻き付いている。
「完全武装か?このまま僕達を、行かせるつもりは無いと?」
「申し訳ありません」
魔王だと認識しているにも関わらず、クリスタルには近付けさせないか。
やはりまだ混乱しているみたいだな。
「悪いけど、行かせてもらう」
「それは無理ですよ」
僕達の前を、阿吽の足が遮ってくる。
それを見ていたヨアヒムが、ちょっと怒った。
「無礼だな!俺達は王だぞ!」
「しかし、敵でもある。特に貴方には、一度森を焼かれていますから。敬う理由など、全くありませんね」
「そうか。おい魔王!この男、俺に任せろ」
ヨアヒムが腰の剣を抜いた。
どうやら長秀と戦うつもりらしい。
それを見ていた長秀は、少し笑ったように見えた。
「良いでしょう。私がヨアヒム陛下の相手をしてさしあげます。まあ長くは保たないと思いますよ」
「ほう?俺を下に見ていると?」
「違います」
阿吽の足が僕の真上に落ちてきた。
「魔王!」
「とまあこのように、執金剛神の術で巨大化した阿吽に、魔王様では太刀打ち出来ないと思いまして。長く保たないのは、魔王様の方です」




