アイギスとイージス
やはり重量級同士の戦いは、迫力が違うな。
ただし巻き込まれそうだと考えると、かなり怖いものがある。
太田とゴリアテの戦いが、本格的に始まった。
よくよく考えると、ゴリアテは自分と同じくらいの体格の相手と、戦っていないんじゃないかという点に気付いた。
ゴリアテの仕事は安土の防衛だ。
敵が来なければ戦う事は無いが、普段から模擬戦を含めて鍛える事を怠ってはいなかった。
でもそれは、毎回決まった相手としか戦えないという弱点もあった。
対複数人という点では、部下のオーガを相手にすれば出来たと思う。
魔法だって使える連中は居るし、そこまで問題じゃない。
しかし自分と同じくらいの強さの相手や、同等の体格となると話は違う。
又左達が居る時は良い。
でも彼等は、僕の要望で外に出る事が多かった。
そうなると必然的に、彼等が戦える相手は決まってしまうのだ。
その点太田は、毎回僕達が外へ引き連れていた。
魔物と戦ったり、帝国や騎士王国の連中とも戦った。
日本からの召喚者という、特殊な相手も居る。
そう考えると、太田は相手のバリエーションが豊富なのだ。
経験という意味では、ゴリアテをはるかに上回っていると言える。
そしてゴリアテとの一番の違いは、同等の体格の相手との経験の差だと、僕は思う。
太田は身体の大きなモールマンや、別大陸の獣人である西郷といった連中とも戦っている。
経験というのは馬鹿に出来ない。
それは兄がよく知っていた。
例えば甲子園初出場の高校と強豪常連校。
どちらも緊張はするだろうが、経験者が居る強豪校の方がはるかに気持ちは楽になると思う。
緊張感を力に変えられる方法を、強豪校の方が知っているからだ。
と、兄は言っていた。
だけど、勝手知ったる太田とゴリアテ。
お互いに切磋琢磨してきた相手という意味では、経験の差なんてほとんど意味が無いのかもしれない。
ワタクシのバルディッシュが形を変えていく。
すると胸当ての形へと変わり、両手が自由になった。
すぐに地面に拳を叩きつけると、頭の前で両腕を交差して身体を小さくする。
やはり上半身の力だけでは、そこまで大きな穴は作れなかった。
ワタクシの炎がこの程度で防げるとは思えないが、最低限の防御はしなくてはならない。
「この程度で燃え尽きるはずは無いよな?」
「いかにも。しかしキツかったですよ。我ながら凄い炎を出したものだと、感心してしまいました」
炎が全て消えたところで、ワタクシは穴から身体を出した。
思ったより火傷は酷くない。
それにしばらく頭にダメージを受けなかったからか、足にも力が入るようになった。
「起き上がるか」
「その盾は?」
ゴリアテ殿が持っていたのは、両腕に二つの丸い大盾だったはず。
しかし今は、それよりも大きな盾が一つになっている。
「これはアイギスの盾。俺専用の防具だ。それよりも、太田殿のバルディッシュは何処へ行った?」
「ワタクシのバルディッシュは、コレです」
「胸当て?そういえば、そんな物装備していなかったはずだが」
「コバ殿がワタクシ専用に作り出した防具です。名はイージス」
「イージスか・・・」
二人はお互いに相手の防具を見て思った。
何処か似ていると。
「アイギスの盾は、攻撃を跳ね返す能力ですね?」
「まあな」
既に太田のクリスタルの炎を、相手に跳ね返している。
能力がバレて隠す必要は無いと、ゴリアテは即答した。
「太田殿の胸当ては、防御力強化か?」
「フフ、どうでしょうね?」
あわよくば聞き出したい。
自分だけ能力がバレて、相手はまだ隠している。
しかも自分の持つ盾と似ているとなると、その能力が怖いと感じたゴリアテは、人の良い太田なら話してくれるかもと淡い期待を抱いて聞いたのだった。
しかしそれも空振りに終わると、ゴリアテは太田に向かって走り出した。
「その大盾では、攻撃は出来ないのでは?」
「それはどうかな?アイギス、リデュース!」
ゴリアテの身体を全て隠せるくらいの大きさだった大盾が、急激に小さくなっていく。
片腕に括り付けられるくらい小さくなると、それを左肩に装着した。
「うおぉぉ!!」
「うらあぁぁ!!」
右腕を大きく振りかぶってきたゴリアテ殿に、ワタクシも同様に振りかぶる。
同時に頬に右拳が突き刺さると、ワタクシとゴリアテ殿の顔は弾けた。
「ぐぬぅ!」
「まだまだぁ!」
丸太のような両腕を、大きく振り回してくるゴリアテ殿。
ワタクシはそれを頭を下げて避けると、懐に飛び込み肘を鳩尾に突き刺した。
「・・・ふぅ!」
「今ので倒れないとは!」
あのタケシ殿ですら、今の一撃は悶絶モノだと称賛してくれたのに。
やはりゴリアテ殿は一筋縄ではいかないようだ。
「ならばこうだ!」
「ガハッ!」
横のパンチから、急に縦のパンチへと切り替わった。
頭を下げて避けていた拳が、突然目の前に現れる。
顎にヒットしたパンチを振り抜かれると、ワタクシの視界は空を向いていた。
「このまま仕留める!」
再び左右のフックが飛んでくる。
咄嗟に腕を頭の左右に置きガードに徹したが、嵐のような勢いに負けて両腕が右へ左へと振り回されていた。
「う、腕が!」
「があぁぁぁぁ!!」
身体ごと叩きつけられるパンチに、ワタクシの腕はとうとう弾かれてしまった。
パンチの嵐が顔面に叩き込まれると、突然視界が暗くなった。
「ハアハア!た、倒したぞー!」
右手を高々と上げるゴリアテ。
息を整えつつ、太田の様子を伺う。
「・・・やはりまだ終わらないか」
太田はふらつきながら立ち上がる。
意識は朦朧としているようで、顔は下を向いたままだ。
だが異様な雰囲気を纏っており、ゴリアテもそれに勘付いている。
「ブモオオォォォ!!」
「正念場だな!」
頭が痛い。
視界が赤いフィルターを掛けているように真っ赤だ。
赤いゴリアテ殿が、弾け飛んだ。
・・・ワタクシがやったのか?
そうだ。
今はゴリアテ殿と戦っている最中だった。
「ブモオオォォォ!!」
「ゲホッ!奥歯が折れたか。まさか、力だけでなくスピードも上がるとは。うぐっ!」
左手で頭を掴まれたゴリアテは、そのまま太田に片手で持ち上げられると、右手でタコ殴りにされる。
「あがっ!」
何発殴られたか分からないくらい殴られたゴリアテの顔は、大きく腫れ上がっている。
意識が朦朧として、立ち上がる事が出来ない。
起きあがろうとするゴリアテの頭を、暴走している太田が踏みつけた。
「ブモアァァァ!!」
雄叫びを上げる太田。
すると左の足首をゴリアテの右手が掴んだ。
「ガアァァァ!!」
ゴリアテは太田を片手で投げると、ゆっくりと立ち上がる。
地面に倒れた太田は、何が起きたのか分かっていない。
するとゴリアテは、倒れている太田に飛び掛かり、そのまま馬乗りになった。
両手を握ると、それを太田の頭にガンガン叩きつける。
太田も殴られているのを気にせず、下からゴリアテの脇腹を叩き続けた。
「ブモアァァァ!!」
「グルアァァァ!!」
殴りながら吠える二人。
すると周囲で戦っていた他のミノタウロスとオーガ達が、手を止めて二人の戦いに見入り始める。
「な、何が起きてるんだ?」
「分からない。だがこの二人に手を出せば、無事じゃ済まない事だけは確かだ」
近くで戦っていたミノタウロスとオーガは、ジリジリと距離を取った。
そんな防御無視の戦いを続ける二人だったが、とうとう形勢が傾いた。
太田の手が止まったのだ。
「オ、オォォ・・・」
腕が上がらない太田。
風前の灯火のような掠れた声を出すと、ゴリアテの顔が笑みを浮かべる。
「グガアァァァ!!」
ゴリアテの両手が太田の顔面にめり込むと、とうとう太田は動かなくなってしまった。
とうとう何も見えなくなった。
真っ赤なゴリアテ殿が、牙を見せながらワタクシの顔面に拳を叩き込んでいた。
オーガにもミノタウロスと同様に、同じような能力を持つ人物が居ると聞いた事がある。
アレは間違いなく、暴走と同じ類のモノだろう。
だからワタクシには分かる。
ワタクシは負けたのだと。
何も見えなくなったのは、暴走したワタクシが意識を失ったせいだと。
負けてしまった。
初めて負けたくないと思った相手に。
似たような体格で似たような力があり、そしてワタクシと同じような筋肉を持つ相手に。
悔しい。
しかし相手は、安土の守備を一身に背負ってきた男。
ワタクシよりも強いのは、当然かもしれない。
対してワタクシには、肩書きなど何も無い。
自称魔王様の片腕だが、あくまでも自称。
魔王様からハッキリと、お前が片腕だと言われてはいない。
だから負けても仕方ない。
・・・とは思えない!
魔王様に託されたのは、ワタクシなのだ。
魔王様が反魔石を託してくれたのは、ゴリアテ殿ではなくワタクシなのだ。
負けられない。
託されたワタクシに出来るのは、ただ一つ。
任務を遂行して、魔王様に関する記憶の封印を解く事。
その為にワタクシは、ゴリアテ殿に勝つ!
「ブハッ!」
大量の血を吐くと、ワタクシはようやく意識を取り戻した。
殴られ過ぎて瞼は腫れ上がり、視界はほとんど塞がっていて見えない。
だけど、やる事は分かる。
ゴリアテ殿が拳を振り下ろしてくるタイミングは一定だ。
拳が振り下ろされるタイミングに合わせて、勢いよくブリッジをすると、バランスを崩したゴリアテ殿が頭の横に手をついた。
その手を両手で掴み、身体を反転させる。
「えっ!?」
どよめきが起きた。
ワタクシとゴリアテ殿の位置が、逆転したからだろう。
今度はワタクシが上になり、ゴリアテ殿が下というポジションに変わった。
「ガアァァァ!!」
「くっ!つ、強い!」
やはり暴走しているからか、ワタクシの力では抑えきれない。
このまま無理をしてこの態勢を取っていても、おそらくまたやり返される。
このまま寝技に移行するのも手だが、ゴリアテ殿の怪力に潰される可能性は否定出来ない。
だからワタクシは有利な態勢を捨てて、そのまま立ち上がった。
「太田殿!何をしているのだ!?」
「今のままでは勝てない。だからワタクシは、確実に勝てる方法を選ぶ」
アイゲリア殿がワタクシのやり方に、異論を唱えてきている。
だが奥の手がまだある。
今のゴリアテ殿なら、確実に決められる方法が。
「うぐっ!」
「もう止めろ!このままだと身体に後遺症が残るぞ!」
「わ、ワタクシ達なら大丈夫ですよ。鍛えてますから。ねぇ、ゴリアテ殿?」
暴走状態になった彼に、声が届いているとは思えない。
だが、何処となく頷いているような気がした。
だからこそ、ここで最後の手段に出る!
ゴリアテ殿が、パンチをしてきた瞬間が勝負だ。
「来た!イージス変化、胸当てから肩当てに移行。さあ、ゴリアテ殿。ワタクシの最後の攻撃、どうぞ堪能して下さい!」




