似た者同士
鬼に金棒。
ムッちゃんにクリスタル内蔵の武器を持たせるのは、まさにそれだろう。
彼は今更気付いたが、実は権六の金棒にもクリスタルは内蔵されていた。
お市から金棒はあまり使う機会が無いと聞かされていた僕達は、しばらく預かっていたのだ。
その理由は一つ。
改造をする為。
クリスタルの産地がある越前国では、外敵も多かった。
それがまさに帝国だったんだけど、越前国の防衛力強化も兼ねて、武器を少々弄っておいたのだ。
しかしその帝国との戦いも、ヨアヒムが正気を取り戻して終結した。
多分僕達が改造した事なんて、お市は忘れていたんだろう。
だからムッちゃんに、金棒を持っていっても良いなんて言ったんだと思う。
元々僕の考えでは、ムッちゃんにはクリスタル内蔵の武器を持たせる予定は無かった。
理由は幾つかあるが、一番大きな理由は、持っていなくても強いから。
そもそも超回復なんていう異常な能力を持ち、又左や佐藤さん達と素手で渡り合えるレベルの持ち主だ。
そんな人に持たせても宝の持ち腐れだし、何より強くなり過ぎる。
下手したら僕やヨアヒムよりも、強いかもしれない。
更に他の理由を挙げると、武器を持たないというのも大きい。
総合格闘技に出ていた時は、オープンフィンガーグローブという、ボクシングとは違うグローブをしていた。
しかしそれはボクシングと比べるとサイズが小さく、クリスタルもかなり小さな物しか付けられないという理由もあった。
結論から言えば、持たせるだけ無駄。
無くても強いんだから、別に良いじゃんという事になった。
まあ今となっては帝国に帰ってしまったわけだし、技術流出を未然に防げたという意味でも良かったと思う。
それにせっかくの金棒でやった事が、ペットボトルロケットと同じような使い方だし・・・。
もし持たせていたとしても、使いこなせかったんだろうね。
あの勢いで金棒が当たっても、巨人は倒れない。
うーむ、バランス感覚は素晴らしいものがあるな。
もしこれが相撲なら、この巨人は横綱級と呼べるだろう。
「サマ、分かってるよね?中入ってクリスタルを抜くか、壊してきて」
「承知しました!」
小さくない隙間から中に入ろうとするサマ。
しかし太刀が引っ掛かるようで、腰からそれを抜いた。
「え・・・」
「何ですか?」
「いやあ、豪快だなぁと思って」
「中に入る為です」
サマは腰の太刀を隙間から、勢いよく押し込んだ。
俺にもガチャン!と、太刀が落ちた音が聞こえたくらいだ。
武士は刀が命って時代劇では言ってたけど、騎士は関係無いのか?
「それじゃ、行ってきますね」
「頼んだぞー」
サマは奥に向かっていった。
それを見た俺は、安心して巨人の足に腰を下ろす。
本来俺がやるべきだった仕事は、サマに押し付ける形になったけど、これで俺の仕事も終わりかな。
空を見上げると、さっきより光が薄くなった気もする。
帝国を出た時より、だいぶ見づらくなった。
サマがやってくれたんだろう。
また越前国に戻ってしばらく休息を取ったら、サマを騎士王国に送り届けよう。
「他の連中は、もう終わったのかなぁ?」
予定よりもかなり時間を食ってしまった。
不肖ワタクシ太田、魔王様の信頼に応えるべく南に向かっているのですが。
騎士王国内が不穏な動きがあり、それに巻き込まれないように遠回りをしたのが原因です。
今は森の中をかなり進んだはずなので、そろそろ見えてきても良いはず。
「太田殿、道は合っているのですか?」
「道は分かりませんが、空を見れば行き先は分かります」
空の光を見ていれば、ワタクシの進む方向は間違っていない。
既に光の濃さが、薄くなっているようにも見えます。
それだけワタクシ達が遅れている事を、示唆しているのでしょう。
「っ!止まって下さい!」
トライクの急停止を告げると、後方の車両は一斉に止まった。
どうやら待ち構えていたようだ。
奥からオーガの一団が姿を現した。
先頭で待ち受けるのは、ワタクシ達も旧知の仲であるゴリアテ殿だった。
「何故、ワタクシがこの方向から来ると思ったのです?」
「それは簡単だ。貴方なら、騎士王国を無理して通らないと思ったからだ」
「ワタクシが南に向かうのを、知っていたと?」
「それは勘かな」
勘と言っている割には、余裕がある。
情報が漏れていたと見るべきか。
「ワタクシ達を、通す気は無いと?」
「そうだな」
「では最後に一つ聞きます。どうして魔王様ではなく、木下殿の命令に従うのです?貴方がクリスタルを守る理由は無いでしょう?」
「それは・・・正直もう、どうでも良いと思っている」
どうでも良い?
言葉で惑わせようとしている?
表情を見る限り、嘘を吐いているようには見えないが。
「どうでも良いと言うのなら、我々を通してくれても良いのでは?」
「太田殿なら、それも構わないと思っていた。だが、やはり気が変わった」
「何故です!?争わなくて良いのなら、そちらの方が良いではありませんか?」
「・・・時には争わないといけない事もある」
雰囲気が変わった。
やはり一戦交える気か。
「理由を聞いても?」
「太田殿、俺と貴方は似ていると思わないか?」
「ゴリアテ殿とワタクシが?」
ワタクシとしては、それは否定したい。
むしろ否定してあげた方が、彼の名誉になると思っている。
そもそもワタクシは、岩で洞窟を自ら閉じた、生粋の引き篭もり。
魔王様がいらっしゃらなければ、自分の行いで餓死していた可能性もある程の微妙なミノタウロス。
対してゴリアテ殿は、自ら先陣を切って戦うような生まれ持っての戦士。
勇猛果敢という言葉が似合う、素晴らしい人だとワタクシは思っている。
そんなワタクシも、魔王様の手によって今の肉体を取り戻したが、やはり違う気がする。
「ゴリアテ殿は、何を根拠にそう思うのですか?」
「俺と貴方は、共に守備に重きを置くタイプの戦士だ」
「あぁ、そういう意味ですか。それは同意します」
魔王様に言われ、タンクという役割を任されたワタクシ。
そして安土防衛の任を与えられたゴリアテ殿。
防衛を頼まれているという面では、確かに似ていると言える。
「だが、大きく異なる点が一つある」
「何ですか?」
「俺は安土からほとんど出なかったのに対し、貴方は毎回出ていた」
「それは信頼されていたからでは?」
「都合良く解釈すれば、そうとも言える。しかし逆に言えば、ずっとあの地に押し込められていたとも言えないか?」
安土の防衛を任される。
それは任されたゴリアテ殿なら、帰る場所を守る事が出来るという信頼の証でもある。
ワタクシはそう捉えていたが、どうやら彼にとってはそう思えなかったようだ。
彼の中では、安土に置いていかれる。
そういう気持ちが強く燻っていたらしい。
「では貴方は、安土の防衛の任務に不満があったと?」
「それは無い!あの地は我々にとって、守るべき故郷。しかし、こうも思えるのだ。同じような力、同じような戦い方。そして同じような体格。しかし一つだけ、違う点がある」
「何ですか?」
「武器だ」
ゴリアテ殿は両腕の大きな盾を置いた。
彼には武器が無い。
かつては長い剣を持っていた時期もあったが、安土が炎上して以来、盾しか持たなくなった。
それは魔王様から献上されたゴリアテ殿専用の防具であり、彼の代名詞とも言える。
ワタクシのバルディッシュも魔王様から献上された物だが、それに関しても不満があるのか?
「大盾に不満がおありですか?」
「不満は無いが、こうも思う。もし俺が貴方の立場なら、俺がその武器を手にしていたのかとね」
「バルディッシュを?」
「俺が盾を持つのは、安土を必ず守るという心の表れでもある。だがその任から離れていたら、俺は盾以外の物を持ったのか。そう考える時もあるのだ」
「御自分では、どう思われますか?」
「分からない。しかしこうは思う。俺が旅に出て貴方が安土を守っていたら。そうなっていたら、真逆だったのではないかとね」
なるほど。
彼はこう言いたいのだ。
ワタクシが羨ましかった。
魔王様と共に、外に出てみたかった。
そして頼りにされたかったと。
だけど不思議な点もある。
そう考えるのは、彼の中で魔王様の存在があるからだ。
しかし木下殿の魔法によって、魔王様の記憶は封印されているはず。
封印されている人物が頭の中に居るというのは、どういう事なのだろうか?
「ゴリアテ殿、魔王様の記憶は?」
「・・・薄らと覚えている」
「何ですって!?だったら!」
「だからこそ、俺は貴方と戦いたい!貴方と雌雄を決したい!俺の何処が至らなかったのか?俺と貴方の違いは何なのか?それが知りたい!」
「そ、それは安土で行えば良いではないですか!?」
「違う!本気で、命の懸かった真剣勝負で戦いたいのだ」
彼は自分の心情を吐露した。
おそらくゴリアテ殿は、薄くなった光の濃さに合わせて、記憶が戻りつつある。
それでもワタクシと戦いたいというのは、心からそう思っているからだろう。
ワタクシが優遇されて、自分が不遇である。
まさかそう考えていたとは思わなかった。
おそらくワタクシがこの南のクリスタルに向かっていなければ、彼は無条件でクリスタルの場所まで案内してくれたかもしれない。
今だけ。
この機会を逃せば、本気で戦う事は無いかもしれない。
本来であれば託された任務を優先するべく、先にクリスタルの場所へ向かうべきだと思う。
だが、本気で気持ちを伝えてくれたゴリアテ殿の事を考えると、他人事のようには思えなかった。
「ワタクシは運が良かっただけだと思いますよ」
「どういう意味だ?」
「もし仮に、ゴリアテ殿が先に魔王様と出会っていたら。貴方が魔王様と旅をして、ワタクシが安土防衛の任務に就いていたかもしれない」
「出会ったのが早かったから、信頼されていたと?」
「信頼というよりは、面倒だったんじゃないでしょうか?今更ワタクシからゴリアテ殿に変えるのがね」
これはワタクシの本音でもある。
似たようなタイプの二人を、後になって交代させる理由が無い。
力の差が歴然だったなら分かるが、魔王様から見たら五十歩百歩に見えたのだろう。
「そんな理由か・・・」
「だからワタクシはこう思います。本音をぶつけていれば、結果は違ったかもしれないと」
「そういえば太田殿は、魔王様に付いていくといつも言っていたな。そうか、自分の気持ちをぶつけていればなぁ・・・」
気持ちが少しだけ晴れたのか、表情が穏やかになった気がする。
だが、それはそれ。
これはこれ。
「太田殿?」
「魔王様、申し訳ありません。今回だけはワタクシ、自分の我儘を優先させていただきます。さあ、ゴリアテ殿!本気でやり合いましょうか!」




