レンタルタケシ
沖田と佐藤さんの戦いは終わった。
佐藤さんは不屈の闘志で立ち上がりはしたが、レフェリーであるリュミエールがTKOを宣告した。
今回の戦いは、お互いに有利な点があった。
佐藤さんにとっては、アウトボクサーに有利な広いリングが。
沖田は武器の所有が許されていた。
ルールもボクシングに近いという点を考えると、佐藤さんの方が有利かな?
それでも沖田は、あの佐藤さんに勝ってくれた。
こう言っては怒られるかもしれないが、実は沖田が佐藤さんに勝てるかは、正直賭けに近かった。
だって、前回負けてるんだよ。
しかも万全だった前回と違い、沖田の右手の爪はボロボロだった。
病気は完治したみたいだけど、身体はそうじゃない。
沖田が剣を持つようになったのも、右手の爪が不完全だからという理由が大きかったし。
そして何より、佐藤さん専用のオリハルコン武器、エル・フィニートの強さだ。
沖田は知らなかったかもしれないけど、コバから情報を聞いていた僕は、実はオリハルコンを一番使いこなしているのは、佐藤さんではないかという話だったのだ。
沖田は爪を壊して、佐藤さんはエル・フィニートを得ている。
プラスマイナスを考えても、沖田が不利というのが僕の考えだった。
しかし官兵衛は、それでも佐藤さんを倒せるとするなら、沖田しか居ないと言っていた。
やはり僕とは違い、先の先まで見えていたんだろう。
沖田を信頼していたつもりだったけど、その点に関しては官兵衛の方が上だったと思う。
壬生狼の天才は、やっぱり伊達じゃなかった。
サマは捲し立てるように、早口で俺に言ってきた。
自分が変態と思われて、不本意だって顔をしている。
いや、待てよ。
サマが変態じゃないなら、俺が変態だと叫ばれたのか!?
「待て待て待て。俺はとても普通だぞ」
「何処がですか!」
「考えてみてほしい。確かに格好は、おかしいかもしれない。でも変態ではないだろう」
「どう見ても変態ですよ!私だって貴方が帝国の大将だなんて聞かなかったら、変態だって叫んでますよ」
「え・・・」
まさかサマに、そこまで不満を持たれていたとは。
でもプロレスラーとしては、この肉体一つで戦い抜くという意志も込めて、この格好は譲れない。
「まだ居たぞ!放てー!」
塀の中から顔を覗かせた奴が、増援を呼んできたらしい。
俺達に向かって弓矢を放ってきた。
「タケシ殿!下がらないと当たりますよ!」
「ちょっと待て!俺はお市って人に会いに来たんだ!」
「お市様に会いに来た?変態をお市様に近付けさせてたまるか!」
矢の本数が、一気に増えて降ってきた。
流石にこれはたまらないと、俺も一旦下がろうとしたのだが。
俺は雪に足を取られ、躓いてしまった。
「あーっ!」
「タケシ殿ー!」
俺の尻に矢が何本も刺さった。
熱い。
刺さった場所がとても熱い。
「痛えじゃねーか!」
俺は一気に尻から矢を引っこ抜いた。
パンツが穴だらけになってる!
「ちょ、俺のパンツが!」
しかも矢を抜いて血が出ていたからか、尻が真っ赤になってしまった。
俺は雪で血を落とそうとすると、指が穴に引っ掛かり更に穴を広げてしまう。
「タケシ殿、もう尻が丸出しですよ」
「何だって!?うわっ!俺のパンツが!コレしか持ってきてないんだぞ。お前等、どうしてくれるんだ!」
「ど、どうって言われても・・・」
何故か動揺している妖怪達。
おかげで冷静になったのか、サマが両手を上に挙げて塀に近付いていく。
「私はケルメン騎士王国の騎士、オケツと申します。まず手紙の確認をお願いしたい」
「変態は入れんぞ」
「アレは捨て置いて結構です」
「アレ?」
サマが太刀を雪の上に置くと、天狗が降りてきて手紙を目にした。
頷いた天狗は仲間を数人を呼び出し、担いで浮かび上がり、塀の中へ入れていく。
すると妖怪達は、全員塀の中に入ってしまった。
「・・・俺は?」
「タケシ殿」
俺は外でかまくらを作り、一人でその中で寝ていた。
ハッキリ言おう。
動かないと寒い。
しかし俺も大人だ。
一人で雪ではしゃいでいたら、皆に笑われてしまう。
だから俺は、静かに待ったのだ。
「んご!?あ、サマ?」
「起きて下さい。誤解が解けました」
「そうか。やっと中に入れるのか」
破けた尻が冷たいと思いつつ俺は立ち上がると、外には天狗が待っていた。
「貴方、本当に帝国の大将?」
「自分ではそう思わないけど、大将です」
天狗からジロジロ見られている。
信じられないといった感じだ。
まあ俺もそう思うから、他人からしたらもっとそうだろう。
「では、お市様の下へ案内します」
天狗に担がれて空を飛ぶと、俺達は塀の中に入った。
そこからは秘密なのか、俺もサマも目隠しをされてしまう。
しばらくすると何かに乗せられ、運ばれているのが分かる。
目隠しが外されると、そこには綺麗な和様式の建物があった。
「ここがお市って人の家?」
「違いますよ。ここでお会いになるので、待っていて下さい」
違うのか。
でもこの建物、見ているだけで懐かしいな。
帝国は洋式が基本だから、これは日本っぽくて良い。
中が畳なら、尚更良いんだけど。
そんな事を考えつつちょっと待っていると、違う妖怪が案内をしてくれた。
「和室じゃん!火鉢もある。めちゃくちゃ良いぞ」
「タケシ殿、あまりはしゃがないで下さい」
「すいません・・・」
怒られてしまった。
サマの奴、結構口うるさいな。
ギュンターと変わらないレベルだぞ。
「待たせたな」
「ん?」
部屋に綺麗な白い着物を着た女性がやって来た。
俺も見た事があるから知っている。
この人がお市だ。
でも、以前とは大きく違っている。
「少しやつれた?」
「タケシ殿!」
「イテッ!」
サマに太刀で脇腹を強く突かれた。
思わず口に出してしまったけど、失礼だったかもしれない。
「相変わらず、緊張感の無い奴じゃな。だが、確かにお前の言う通りじゃ」
やはり元気が無い。
以前の怖さというか、女帝!って感じの雰囲気は薄まっている。
今は儚い薄幸美人って印象だ。
「て、手紙を」
サマがお市に手紙を渡すと、お市はそれに目を通す。
全てに目を通した彼女は、手紙を握り潰した。
「あのハゲネズミめ!」
「ハゲネズミ?」
「タケシ!貴様は今から、妾の下に入る」
「はい?」
お市の言葉に力が戻ってきた。
以前の怖さが言葉に乗りつつある。
サマは既に怖いのか、正座しているのにジリジリと下がってきている。
「帝国の王ヨアヒムと魔王の連名じゃ。お前を預けるとな」
「そんな話、聞いてないんだけど?」
「言ってないと書いてあるから、当然じゃ。ヨアヒムも分かっている。お前は戦う事しか知らん男。だから妾がお前を使い、ハゲネズミの策をぶち壊す!」
「なるほど。了解した」
流石は陛下。
確かに俺は、どうすれば良いか分からない。
そもそも越前国まで、一人で来る事も出来なかったくらいだ。
光の先へ向かっても、下手をすれば罠に嵌まる可能性もある。
俺より頭が良い人が導いてくれた方が、手っ取り早くて助かるからな。
「そ、それでは私は、これでお役御免という事で」
「ん?サマ、何処へ行くんだ?」
「へ?騎士王国へ帰ろうかと」
「ダメだろ」
「駄目なんですか!?」
ゆっくりと下がっていたサマは、お市に頭を下げて立ち上がった。
そのまま部屋から出ようとするので俺が呼び止めると、何か挙動不審な雰囲気を醸し出す。
「・・・貴様、ハゲネズミとは面識はあるか?」
「ハゲネズミとは?」
「木下秀吉じゃ!」
「ヒィ!あ、ありません!」
お市が怒声を浴びせると、サマはすぐに正座した。
思わず座ってしまったのか、しまったという表情を見せている。
「貴様が騎士王国に戻るのは、まだ許可出来ん」
「何故ですか?」
「手紙にはこう書いてある」
お市がサマに、手紙の内容の一部を伝えた。
その内容は、秀吉と面識のある人物は、魔王に対しての記憶を失う。
そして騎士王国にも、秀吉と面識のある人物は多々存在している。
「貴様が騎士王国に戻り、妾達の話をしてみろ。ハゲネズミの耳に入るかもしれんではないか」
「だ、だったら何も話さなければ良いのでは?」
「騎士王に何と報告する?そして騎士王の近くに、ハゲネズミと面識がある者が潜んでいたら?」
「あ・・・」
ようやく理解したサマ。
彼は目を白黒させると、お市は再び命令する。
「貴様は騎士王国に戻せん。しばらくはタケシ付きとして働け」
「わ、私は騎士王国の人間ですよ!?」
「それがどうした。妾の命令に背くと言うのか?」
何故か急に、部屋の中が寒くなってきた。
火鉢の火も、知らぬ間に消えている。
「ぶえっくし!さ、寒っ!」
「お前は今まで、寒さを感じていなかったのがおかしい。こちらで服を用意する。それに着替えろ」
「いや、俺はプロレスラーとして」
「あん?」
お市の目が据わっている。
あ、コレ逆らったらダメなヤツだ。
「お願いします!」
「それで、貴様の返事は?」
「不肖、オケツ・シャマトフセ。お市様の命に従います!」
お市は俺とサマが従うと言うと、すぐに部屋から出ていった。
その後、妖怪が部屋に入ってくると、明日まで待機という話になった。
「今夜は久しぶりに、かまくら以外で寝られるな」
「外は寒かったですからね。ところでタケシ殿、貴方が戦う相手とは、誰なんですか?」
「あー、誰だっけなぁ」
俺としては、空を飛ぶ奴以外なら誰でも良いからな。
越中国の鳥人族達は、妖怪と手を組んでいた。
今回は敵ではなく味方だったから、俺が戦う事は無いし。
「バカタレ。南東のクリスタルを守っているのは、上野国の領主、滝川一益じゃ」
「滝川一益?えーと、ドワーフのおっさんだっけ?」
「その通りじゃ」
「ドワーフですか!となると、武器は大鎚か。私の太刀では、分が悪いですね」
「え?お前、戦うつもりなの?」
「戦わないんですか?」
俺が滝川一益のおっさんを、倒すだけで良いんじゃないのか?
お市もちょっと頭を抱えているけど。
「お前、さては詳しく話を聞いておらなんだな?」
「すいません」
「おそらく滝川一益もハゲネズミに言いくるめられ、クリスタルの守護に就いているはずじゃ。妾達が一人で来るとは思わない。だったら一人で守っているはずなかろう?」
「そっか」
俺が領主と戦ってる間に、他のドワーフと戦う連中が必要なのか。
もしかして陛下が越前国に寄れって言ったのも、ここで兵を借りろって意味だったのか?
「東は更に寒い。お前にはコレを貸してやる」
「おぉ!虎柄のパンツとベスト!かなり温かいし、良いっすね。しかもパッと見た感じ、プロレスラーにも見えるし。俺、コレ欲しいかもしれない」




