見上げた空に
なんだかんだで天才だ。
沖田はエル・フィニートという佐藤さん専用のオリハルコンの武器を、戦いながら分析していた。
僕もやろうと思えば出来なくはない。
嘘です。
見栄を張りました。
もし同じ事をしようと考えるなら、僕の場合は兄に戦わせるだろうね。
身体の中からじっくりと観察して、答えを導き出すと思う。
真面目な話、同じ事は出来るかもしれない。
でもこんな短時間で分析を完了させるのは、無理だ。
普通に考えてみてほしい。
戦いながら観察をして、尚且つ自分の考えをまとめる。
これがどんなに大変な事か、分かるだろうか?
朝のジョギングをしながら、今日は何を食べようかなと考えるのとはワケが違う。
見えない角度から襲ってくるエル・フィニートを警戒しつつ、高速で繰り出してくる佐藤さんのパンチを避けながら、その中で自分の考えをまとめるのだ。
これは流石に僕も無理。
痛みに比例して頭が冴えてくると言った沖田だが、まさにその通りだと言わざるを得ない。
壬生狼が全員出来るとは思えない。
だってこんなのが全員出来たら、今頃僕達はほとんど負けてるよ。
だからこそ、彼がどれだけ凄いのか分かる。
天才は感覚で動いていると思っていた。
でもそうじゃないのかもしれない。
やっぱり沖田は特別なんだな。
佐藤さんの限界は、敵である僕でも分かる。
明らかに動きが、一瞬鈍くなった。
多分身体と頭が、一致しないんだと思う。
であれば長引けば長引くほど、僕のチャンスじゃないか?
「行くぜ!」
やはり考える能力が落ちているっぽい。
エル・フィニートが、佐藤さんと一緒に飛んできている。
もし佐藤さんが万全なら、エル・フィニートは僕の死角を狙ってくる。
そちらに気を逸らしてから、佐藤さんが本命のパンチを叩き込む方が確実だからだ。
何故それをしないのか?
しないのではなく、出来ない。
僕はそう判断した。
だったら僕がやるべきは一つ。
この舞台の中で一定以上の距離を取り、佐藤さんが自滅するのを待つ!
「え?」
僕が作戦を実行しようとすると、足が急に重くなり、逆に距離が縮まってしまった。
慌てて後ろへ下がるものの、やはり足が重い。
おかしい。
いや、以前佐藤さんと戦った時も、途中から脇腹が痛くなったな。
「ようやくエル・フィニートのボディが効いてきたな」
「ボディ?」
「お前は俺のパンチに、ひたすら警戒していた。だが俺のパンチより軽いエル・フィニートには、気にも留めなかった。それは過ちなんだよ」
「言葉で惑わす作戦ですか」
僕が後ろに下がってからも、佐藤さんは僕を追い込んできている。
角へ角へと誘導しているのは、分かっているんだ。
「頭を殴るパンチとは違い、ボディは後から効いてくる。それこそ何分も経った後にな。俺もいつもそれに泣かされてきた」
「泣かされてきたとは?」
「俺は昔、やる側じゃなくてやられる側だったって事さ。どれだけ足が速くても、遅れてやって来るダメージからは逃げられない。今のお前みたいにな」
脇腹が痛い。
横隔膜が悲鳴を上げている。
そうか。
腹を殴られ過ぎると、こんな効果があるのか。
「ハッキリ言っておこう。俺だけじゃなくお前も、短期決戦で臨まざるを得ないのさ」
「・・・そのようですね」
駄目だ。
このリングという舞台は、佐藤さんに一日の長がある。
僕が逃げ切れたのは、僕が特殊な歩法を使えるのと、佐藤さんと同等のスピードがあったからだ。
足が止まった今、どれだけ逃げようとしても、いつかは角へと追い込まれる。
「足を止めて、打ち合いに応じるか。まあコーナーを背負って逃げ場を無くすより、マシかもしれないが。その答えが正解かな?」
「なるほど。ここでエル・フィニートを使ってきますか」
温存する作戦だったのか。
佐藤さんは肩の後方に飛ばせていたエル・フィニートを、途端に動かし始めた。
僕の真横や背後に飛ばすようになり、明らかに挟撃を狙っているのが分かる。
だけど、それは果たして正解なのか?
僕には間違いだと思うが。
何故なら、僕はこういう作戦に出るからね!
「何!?」
「短期決戦、望むところ!」
僕は佐藤さんに向かって走り始めた。
それこそ何も考えず、一直線だ。
予想通り、佐藤さんの反応は遅れた。
エル・フィニートの操作に気を回していて、自分が疎かになっている。
「覚悟!」
「うぐっ!」
佐藤さんは遅れて僕の剣を叩き落とそうと、グローブを前に出した。
パーリングと呼ばれる技術を、狙っているのは分かっていた。
剣の腹を叩いて、下に落とそうという考えだったと思う。
だから僕は、剣の角度を地面と水平に構え、そのまま横に薙いだ。
「よしっ!」
佐藤さんの左手が斬れた。
あの厄介なパンチが、これで打ちづらくなったはずだ。
そして右手も、この隙を逃さずに。
「ぐはっ!」
「肉を切らせて骨を断つ。左手は囮だ」
まさか、わざと斬らせた!?
「ダウーン!」
「え?あっ!」
佐藤さんに脇腹を殴られた僕は、自分でも気付かない間に膝をついていた。
「ワーン、ツー」
リュミエール様の声が周囲に響いている。
それに伴い、観客達の声も一気に盛り上がりを見せ始めた。
「くっ!」
あれ?
立ち上がりたいのに、足に力が入らない。
どうしてだ!?
「このっ!このっ!動け!」
僕が左手で足をガンガンと殴ると、ようやく痺れのようなモノが薄くなってきた。
「エーイト。沖田、まだ戦える?」
「当たり前です!」
「当然よね。ファイっ!」
危なかった。
もう少ししたら、負けるところだった。
「チッ!もう少しで勝てると思ったんだが」
「こんな勝負の付け方で、僕は負けない。僕は貴方を、完全に倒してみせる!」
「KO予告かよ。だったらやってみせろや!」
エル・フィニートが、僕の周りを飛びながら襲ってくる。
しかも佐藤さんは左手から流血しながらも、まだパンチをしてきていた。
「良いんですか?そのまま殴り続ければ、本当に壊れるかもしれませんよ?」
「お前に勝てれば、それも本望よ」
「だったら僕も!」
僕は佐藤さんの左腕を、重点的に狙った。
弱点を狙うのは、勝負の鉄則。
それを敢えて見逃すほど、僕は甘くない。
「うあっ!」
左の二の腕に剣が突き刺さった。
これでもう、完全にパンチは出来ないだろう。
と思われたのだが、佐藤さんの執念は僕の予想を上回っていた。
「オラァ!」
「剣が!」
佐藤さんは右手で剣を握り抜けないように力を入れると、エル・フィニートで剣の腹を叩き、へし折ってしまった。
痛みで顔を歪ませつつ、右手で刺さった剣先を引き抜いている。
しかも右手も力強く握ったからか、血が滴り落ちていた。
「こ、これで武器は左手の爪だけだ」
「まだまだ!両手の爪は万全ですよ!」
と言いたいところだが、右手の爪は以前の戦いから、まだ万全ではない。
内訳としては、五本ある爪のうち二本はまだ完治していないのだが、三本は使える。
だったら三本で戦えば良いと考えるかもしれないが、人にはバランスというものがあり、僕は五本揃っていないと難しいのだ。
だから今回は、右手は伸ばすだけでハッタリとして使うつもりだった。
でも左手の爪だけで倒せるとは思えないし、勝つには右手を使うのも視野に入れて考えるしかない。
「そりゃ!」
右手の爪でわざとらしく突いてみると、佐藤さんは避けている。
やはり完治していないとは思っていないらしい。
「良いのか?俺にばかり集中して」
「うっ!」
僕の腹にエル・フィニートの拳が叩き込まれる。
ここに来て、エル・フィニートの精度が上がった。
なるほど。
自分の拳が使えない代わりに、エル・フィニートに力を入れるつもりか。
「ボディを叩かれ過ぎたお前に、俺を追う足は無い。このまま押し切らせてもらう!」
「でも佐藤さん、僕にもまだ飛び道具はありますよ!」
右手には折れた剣がある。
それを佐藤さんに向かって投げつけると、途中でエル・フィニートに強く弾かれてしまった。
「万事休すだな。ここからは俺が、一方的に殴らせてもらうぞ」
佐藤さんは角の方へ下がると、肩をロープに掛けて休み始める。
僕をエル・フィニートで、一方的に攻撃するつもりらしい。
僕はそのパンチを両手で弾いて堪えながら、前進を始めた。
「まだまだ。僕は負けていない」
「そうだな。普通のリングなら、こんな余裕は見せられなかった。でもこのリングは広過ぎる。お前が俺の所までたどり着く前に、また膝をつくだろうよ」
「ぐっ!」
なんて面倒な攻撃だ。
執拗に腹を狙ってくると見せかけて、急に顔へパンチが飛んでくる。
それを弾いたところで、今度はまた下に攻撃を集中させる。
足が重くて、なかなか前に出なくなってきた。
「うぐっ!」
良い角度で、顎にパンチを決められてしまった。
一瞬火花が目の前に飛んだと思うと、僕は上を見上げてしまった。
その隙を逃さない佐藤さんは、腹へのパンチを集中させてくる。
「そろそろ倒れろ!」
佐藤さんも限界が近いのか。
懇願に近い叫び声だ。
でも、僕は最後に勝機を見つけてしまった。
その勝機を手にする為には、あと三歩。
いや、二歩前に出なくてはならない。
いち・・・に・・・。
僕は二歩だけ前に出ると、そこで足を止めた。
「トドメだ!」
「貴方にね!」
僕の左手とエル・フィニートの右グローブが交差する。
グローブは僕の頬を掠めていった。
そして僕は、左手から伸ばした爪に全ての力を集中させる。
「飛んでけ!」
僕は顎にパンチが当たり空を見上げた時、強く弾かれて飛んでいった剣が目に入った。
佐藤その剣の落ちる先は、僕の三歩先。
しかし爪を伸ばせば、二歩先で済む。
僕は悟られないように空には目も暮れず、とにかくエル・フィニートに集中するフリをしていた。
そして、落ちてくるタイミングで初めて空をチラリと見た。
今だっ!
「うっ!」
折れた剣が、佐藤さんの腹に突き刺さる。
勝利を確信していたのか。
それとも体力にそこまで余裕が無かったのか。
予想外の攻撃に佐藤さんは、避ける素振りすら見せなかった。
「ゴホッ!」
ロープから腕が落ちると、佐藤さんはその場で倒れ込んでしまう。
「や、やった」
佐藤さんの意識がもう保てないからか、エル・フィニートもその場でゴトリと落ちた。
僕ももう、足に力が入らない。
これでまたエル・フィニートを動かされたら、僕は押されるだけで尻もちをつく自信がある。
そして、ようやくリュミエール様の声が聞こえてきた。
「ダウーン!」




