再戦
口が達者な人は、本当に怖いね。
リュミエールは佐藤さんを、口先だけで丸め込んで、こちらの都合の良いように話を進めていた。
悪口を捲し立てて、とにかくこっちのペースに持ち込む。
僕もどちらかと言えば、こちら側の人間だからね。
勉強になります。
しかし逆から見ると、佐藤さんの煽り耐性の低さは、どうかと思う。
秀吉から任された仕事を、ある意味放棄したのと同じだ。
これくらいの事で怒って、リュミエールとの約束を優先してしまうなんて。
安土に居た頃は、ここまで酷くは無かったと思うんだけど。
それに対して沖田の方も、少し思うところがある。
何というか、清廉潔白を目指しているのか?
裏の仕事を多少なりともしてきた割には、どうも優しいというか、綺麗過ぎるところがある。
リュミエールの脅迫?に対して申し訳ないと思っていたみたいだけど、僕なら良いぞもっとやれという気持ちになる。
特に僕達を忘れて、敵対している今、口だけならボロクソ言っても良いと思っているからね。
だって悪口言うだけなら、怪我なんてしないもの。
それに記憶が戻った時、僕達がボロクソに言っていた事なんて、忘れている可能性が高い。
コバと一緒に、高野達で実現した結果を見る限り、おそらくは覚えていないはずだ。
だからこそ、今のうちに普段言えない事を言ったって良いのだ。
え?
怪我はしなくても、心には傷を負う?
記憶が戻れば大丈夫。
多分だけど・・・。
悪いが僕は、厳しい任務の内容とは別に、心が弾んでいる。
あまり執着しない方だと思っていたけど、僕にもやっぱり壬生狼の血は流れているらしい。
負けた相手にリベンジ出来る機会があると分かり、どうしても自分が抑えられないのだ。
「お前の考えには、俺は同意出来ないな」
「何故ですか!?」
戦いを拒否された?
いや、リュミエール様との約束がある。
そういう意味じゃないはずだ。
「俺はあの時、お前に勝ったとは思っていない。むしろ負けたと思っている」
「でも、貴方が最後まで立っていたじゃないですか!」
「立っていただけだ!俺は全てを出して、お前にほとんど通用しなかった。俺の中では、思い出したくない敗北だよ」
佐藤さんの声が小さくなっていく。
ただの世辞かと思ったが、本心らしい。
苦い表情を見せるが、僕だって同じ気持ちだ。
「良い機会じゃない。アナタ達、本気で殺り合いなさいよ」
「リュミエール様!?」
僕と佐藤さんは、お互いの話に集中し過ぎたようだ。
彼女がすぐ近くまで戻ってきていた事に、全く気付かなかった。
「舞台を作る作業を始めたわ。夜通しやれば、二日で終わる。そうよね?」
「イエス、マム」
誰だこの人?
ヒト族の中では、なかなかの風格を持っている方だと思うんだけど。
彼女に忠誠を誓っているかのような振る舞いだ。
「ホンマに勘弁して下さいよ!いきなり舞台を作るから、工事を始めろとか。そんな無茶、パウエルだけ巻き込んで下さい」
「ニック。文句があるなら、お前は断っても良いんだぞ」
「そんなん後が怖くて、出来るかい!」
もう一人居たのか!
こっちはどう見ても、微妙だな。
このパウエルって人と同等に話しているけど、威厳も何も感じない。
同い年ってくらいの関係だろう。
「それで、終わるのよね?」
「ニックが資材調達を。私の方で休まずに作業をすれば、確実です!」
「よろしい。遅れたら、分かってるわね?」
リュミエール様の睨みに対し、二人は頭を下げたままだ。
目を合わせるのが怖いんだろう。
すると遠くの方から、老人が何かを叫びながら走ってきた。
「お仕置きなら、是非とも私に!」
「帰れ!このブタ!」
「ブヒッ!ありがたき幸せ・・・」
蹴られるだけ蹴られて、帰っていった。
いったい僕達は、何を見させられたんだ?
「あーゴホン!今の老人は忘れたまえ」
「え、でも」
「彼はヤコーブスという、フォルトハイムでも有力な男だ。ただちょっと、リュミエール様にご執心なだけさ」
「そうですか」
ご執心?
蹴られる事が?
全く理解出来ない。
「さて、お二人さん。アンタ等は舞台が完成するまで、ウチのホテルに泊まって下さい」
「体調不良を理由に負けたと、言わせない為です」
「そんな事言わねーよ!」
「いや、失敬。私達は、お二人に万全の状態で戦ってもらいたいだけなのです」
丁寧な説明だけど、どうも少しトゲトゲしい。
佐藤さんに対してかと思ったけど、微妙に僕の方が強いか?
「リュミエール様の命令は絶対。だから二人とも、はよ休んでや」
僕達はニックという人に背中を押されると、そのまま宿泊先まで案内された。
本当に出来ていた。
二日間、僕は少し身体を動かす以外に、外に出るような事をしなかった。
そのせいか、舞台がどのように出来ているのか全く知らなかったのだが、こんな立派なモノだとは思いもよらなかった。
「舞台というより、リングじゃねーか!」
「リング?」
「あぁ、沖田は知らないか」
四方をロープで囲んだ舞台は、僕は初めて見る。
逃亡防止用なのか?
それにしては、ロープの高さが足りない気がするが。
「来たわね。これがアナタ達に戦ってもらう舞台よ」
「おい!どうしてリングにしたんだ!?」
「タケシに聞いたのよ。アナタはこのロープで張られた舞台で、戦っていたってね」
なるほど。
これは佐藤さんの舞台というわけか。
でも見た感じ、僕が不利になる要素は無い。
別に気にする必要は無さそうだ。
「俺が戦ってた物より、はるかに広いけどな」
「広いとダメなのかしら?」
「俺が有利になるだけだな」
佐藤さんは僕を見てくる。
それに対して異論はあるかと言いたいみたいだけど、そんなものは無い。
「良いんじゃないでしょうか?」
「そうか。ちょっと上がってみて良いか?」
「二人が戦うんだもの。どうぞ」
佐藤さんは舞台に上がると、足元を気にしている。
その後、四方のロープを結んでいる棒を確認すると、少しだけ顔を歪めた。
「剥き出しかよ・・・。だけど、キャンバスの固さは本物と近い」
「これで良かったかしら?」
「俺は問題無い」
「僕も良いですよ」
佐藤さんの細かいチェックが終わると、いよいよ戦いが始まる。
しかしその前に、リュミエール様から少し時間が欲しいと言われた。
二人ともそれに応じると、予想外の展開が僕達を待っていた。
「それじゃ皆、入ってきなさい」
「え?」
僕達は二人揃って、拍子抜けした声を出してしまった。
何故なら突然、舞台の周りに椅子を持った人達が入場してきたからだ。
「これは一体?」
「観客よ。アナタ達の戦いを観に来たの。そして皆が、アナタ達の勝敗の見届け人になるのよ。これだけの証人が居る。言い逃れは出来ないわ」
「マジかよ・・・。この人数、メインイベンターじゃないか」
「不満?」
佐藤さんの身体が震えている。
怒っているのかと思ったが、どうやら武者震いみたいだ。
「いや、願ってもない事だ。まさか俺が、メインでリングに上がるなんて・・・」
何故だろう。
佐藤さんが感激しているような気がする。
それだけ思い入れがあるのか?
「さあ、入場が終わったわ」
「レフェリーは居ないのか?」
「審判の事?そんなの必要かしら?」
「僕達の戦いを、第三者が勝敗を決めると?」
「愚問だったな。すまない。じゃあ始めるか!」
佐藤さんは両手のグローブで、胸をドンと叩くと、気合の入った声で構えた。
「それじゃ二人とも。存分に戦いなさい!」
リュミエール様が舞台を降りた。
それが戦いの始まりを告げる、キッカケとなった。
戦いの始まりは、予想外にお互いに攻撃に出ない、静かな立ち上がりだ。
まず僕は、キャンバスと呼ばれるこの舞台を確認している。
てっきり外で普通に戦うと思っていたのだが、このキャンバスというのが、少しクセモノだ。
思った以上に柔らかい。
これは靴を脱いだ方が、戦いやすいかもしれない。
「ちょっと良いですか?」
「今更何だ?」
「靴を脱いでも良いですか?」
「なるほど。構わないぞ」
佐藤さんは快諾してくれた。
靴を脱いでいる間に攻撃されるかと少し警戒をしていたけど、そんな事はしてこなかった。
「お待たせしました」
「じゃあ、やり合うとしよう」
「何です?」
佐藤さんが右手を突き出してきた。
何をすれば良いのだろうか。
「仕切り直しの時は、一旦拳をぶつけ合うのがセオリーなんだよ」
「そうでしたか。じゃあ」
僕も右手をゆっくりと突き出すと、彼はそこにチョコンと当てて大きくバックステップを踏む。
なるほど。
これが彼の本当のスタイルか。
佐藤さんは小さくステップを踏みながら、一挙手一投足を見逃さないとばかりに、僕を睨んでくる。
左手がだらんと下がっているが、小刻みなステップと共に揺れていた。
僕はそんな左手を見ていると、突然彼の左手が視界から外れた。
「速い!?」
佐藤さんが突然、左前へ移動していたのだ。
それに合わせて僕に左手でパンチをしてくるが、それくらいは簡単に防げる。
むしろ一定のリズムで飛んでくるその拳は、合わせれば斬り落とせる。
僕は厄介な左手に、剣を合わせようとしたが、そこからが以前と違っていた。
「うっ!何だ?」
突然視界に伸びてくるような。
以前のパンチと違う?
「うっ!うっ!」
あまり強くはないが、凄く厄介だ。
途中で気付いたが、以前とは拳の出し所が違うみたいだ。
以前なら顔の前に左手を置いて、パンチをしてきていた。
それが今回は、左手は下げたまま突然パンチをしてきている。
だけど、慣れればそれも対応は出来る。
と思ったのに、どうも何かが違う。
「今度は僕が反撃する番だ!」
佐藤さんが届く距離なら、僕の剣が届かないはずは無い。
鞘から剣を横薙ぎに振れば、佐藤さんの胴は斬れる。
はずだった。
「空振りした!?何故!?」
「やっぱりな。お前みたいなタイプは、そうだと思っていた」
「どういう意味ですか!?」
「お前、目で距離を測るだろ?」
「何を当たり前な事を」
目で測らない人なんて、居るはずが無い。
相手の位置を確認するには、見なくちゃいけないんだから。
でも彼の言い分は、少し違っていた。
「お前は剣を使うが、言うなれば俺と同じアウトボクサータイプという事だ。しかしファイターは違う。奴等は身体なんか見ない。近くに来て拳が当たる位置に居たら、殴ってくるんだ」
「だから何だと言うんです?」
「気付いていないのか?お前の右目、腫れて半分塞がってるんだぜ。その目でお得意の見切りが、出来るかな?」




