脅迫?
強い人って、2パターンあると思う。
自分の為に強くなる人と、他人の為に強くなる人。
ハクトは確実に後者だと思う。
ハクト自身は、元々戦闘力はそこまで高くない。
それは自分でも理解しているし、普段足手まといにならないように、前に出ないようにしているのも知っている。
でも彼は誰かから頼まれると、途端に力を発揮するタイプだ。
瀕死の蘭丸から頼まれた彼は、あの爺さんを圧倒した。
蘭丸から弱点を聞いていたとはいえ、攻撃魔法が大して使えない彼には、驚くべき事だと思う。
それこそ自信の無かった身体強化を駆使して、爺さんを倒したのだ。
そして驚いたのは、得意ではないと言っていた身体強化で、ハクトは兄と同じ技術を使っていた。
それが全身の強化ではなく、一部の部位を強化するやり方だ。
彼は普段聴力を強化しているが、それを視力や嗅覚の強化に回した。
更には自身の得意な足を強化して、回し蹴りで爺さんをダウンさせると、正確なキックで気絶させるまでの技術を持っていた。
ハッキリ言って、やり方次第では佐藤さんとも戦えるんじゃないかと思えるくらいだ。
でも僕は、ハクトがやる時はやるって知ってたからね。
誰かに頼まれたら、絶対に妥協しない。
そう、ラーメン作りの時がそうだったから。
ハクトは多才だ。
戦闘は苦手だと言っているが、今回の件で見方が変わるはず。
戦闘でも、もっと評価されるべき人材だとね。
「お願いします」
沖田はすぐに即答した。
リュミエールの言葉は、こちらにメリットしかない。
多数居た敵が、一人しか居なくなる。
確かに一対一になると、不意打ちは出来なくなる。
しかしゲリラ戦を仕掛けても、そのうち自分の存在がバレるのは分かっている。
そう考えれば、一対一の方がメリットは大きい。
体力も消費せずに元気な状態で戦えるし、彼女が目を光らせていれば、絶対に妖精族も手を出してこない。
もし仮に約束を破れば、妖精族は僕の仲間達と同様に、彼女に殺されるだけだろう。
でも一つだけ、気になる点がある。
「あの、質問良いですか?」
「何かしら?」
「僕はとても助かるんですけど、貴女にそれをするメリットはありますか?」
彼女は善意で、僕にそういう提案をしたかもしれない。
魔王様と懇意な関係だから、手を貸してくれる。
もしそうだったら、僕はとても失礼な質問をした事になる。
そう思うと、額に冷たい汗が一筋流れた。
だけど、それは杞憂だったらしい。
「簡単な事ね。気に入らないからよ」
「気に入らない?誰がですか?」
「誰と名指しするわけじゃないけど。強いて言えば、今の安土がと言うべきかしら」
今の安土か。
それは魔王様が、安土に居ないからかもしれないな。
「魔王様を心配してくれているんですね」
「は?あんなクソガキ、心配してないわよ」
「え?」
照れ隠し、ではないな。
顔を見る限り、どうでも良いというのがよく分かる。
「アタシはね、ハクトが居なくなったのが気に入らないのよ」
「ハクトくんですか?」
「アナタも知ってると思うけど、彼の料理は絶品よ。彼が作った料理を食べる為に、安土に通っていたと言っても過言ではないわ」
たしかに同じ料理でも、彼の作った方が美味かった。
彼女の言い分も分かるけど、本当にそれだけなのか?
「魔王なんてオマケよ。ハクトが一緒に居なくなったから、手助けしてあげるだけ」
「そ、そうですか」
本当にそれだけだった。
「まあアタシに勝ったと、誰彼構わずに吹聴しなかったのは褒めてあげても良いけどね。まあそんなわけで、アナタに協力してあげるってワケ」
「分かりました。よろしくお願いします」
ドラゴンと敵対しようとは思わないけど、佐藤さんが彼女の話に頷くとは思えない。
期待しないで待っていよう。
翌日、彼女はドラゴンの姿に戻り光の先へ飛んでいくと、すぐに帰ってきた。
戻ってくると同時に、空から何かを落としてきたのだ。
「ぬおぉぉぉぉぉ!!!」
僕はそれを避けた。
地面に叩きつけられたそれは、起き上がると空に向かって怒鳴り散らしている。
「イテテテ。アンタ、何て運び方するんだ!俺じゃなかったら死んでたぞ!」
「うるさいわね。死なないように落としたんだから、ギャアギャア喚くんじゃないわよ」
「有無を言わさずに連れてこられたんだ。説明くらいしてくれ」
僕は全てを察知した。
彼女は佐藤さんを説得して、連れてきたわけじゃない。
彼を見つけて捕まえ、そのまま拉致してきたのだ。
「佐藤さん」
「お前、沖田か。何故こんな場所に居る?」
佐藤さんは、僕が魔王様に従っているのを知らないのか。
そういえば途中から裏で仕事をしていて、姿を見せていなかった。
というより、彼も僕の事なんて忘れていたみたいだけど。
でも疑い深く見てくる辺り、あまり信用はされていないな。
「この子は魔王の命令で、あの祠の光を止めに来たのよね」
「何だと?お前、本気でそんな事考えているのか?」
疑いの目から敵意へと変わっていく。
やっぱりこの人も、魔法の影響下にあるみたいだ。
「本気ですよ。僕は皆に、元に戻ってほしいので」
「あんなクソガキの話を鵜呑みにするとは。お前も所詮は余所者か」
余所者ね。
その通りだから否定はしないけど。
そもそも僕が余所者なら、貴方は何なのだという話になる。
別大陸から連れてこられた僕だけど、別の大陸どころか全く知らない世界からやって来た人達が、我が物顔で余所者扱いしてくるのはどうなんだろう。
あんまり納得出来ないよね。
「佐藤さん、貴方少しだけ汚いですよね」
「汚い?俺が?」
何を言われているのか分からないといった表情だ。
だけど、リュミエール様は頷いている。
「貴方、力が強い方へ靡いていくように見えるんですよ。最初は魔王様の強大な力の庇護下に入って、彼が劣勢になったら木下という男の下に付いている」
「俺があのガキの下に居た?嘘も大概にしろよ」
「記憶が無い今、何を言っても無駄だとは分かってるんですけどね。何と言うか、長い物には巻かれろ的な感じに思えるんですよ」
僕の言葉を聞いた彼は、みるみるうちに怒りに満ちた顔に変わっていく。
何故そんな事を言われているのか。
意味は分からなくとも、馬鹿にされているのは理解したらしい。
だが途中で自分が冷静じゃないと気付いたのか、深呼吸をすると嫌な笑みを浮かべてくる。
「お前、クリスタルを破壊したいんだってな?悪いけど、丹羽殿の配下の妖精族も守っているからな。絶対にお前にはやらせはしない」
「破壊は、必ずしますよ」
「どうやって?俺が戻ってお前が来る事を教えれば、防衛体制は万全になるぜ」
やっぱりこうなったか。
むしろ僕の存在を知られたから、状況は悪化した気がする。
顔には出さないように気を付けたけど、かなり悔しい。
しかし、この状況になって突然、彼女が口を挟んできた。
「あら。アナタこの子一人を相手に、大勢で立ち向かわないと勝てないの?」
「そんな事は無い!だが、万全を期すのが当然じゃないか」
「だったらここで、一対一で戦いなさいな。この子に負けたら、おとなしくクリスタルを破壊されなさい」
「はあ?どうしてそんな事を、約束しなくちゃいけないんだ?」
話を聞いている限り、かなり強引な誘い方だ。
勿論彼も、それを受ける気は無い様子。
僕だってあんな言われ方をしたら、断るだろう。
だけど彼女は、そこからが違っていた。
「クスクス。残念な男ね。たった一人の若い子を相手にするのに、大勢で守るから絶対にやらせない。お前は勝てないんだって言ってるんだもの」
「ハッ!何とでも言ってくれて構わないさ。俺には味方が大勢居る。あのガキに味方する奴も、少なくて大変だよなぁ。だから沖田は、一人で来たんだろう?」
「一対一じゃ、この子に勝てる自信が無いんでしょう?俺には味方が大勢居るって、何それ。仲間が居るから上から目線って。ホントダサいわ」
「くっ!言わせておけば!」
この人、怖いな。
強いのは分かるけど、それ以上に口が悪い。
佐藤さんも実力行使では勝てないと分かっているからか、言われ放題だし。
「アナタみたいな人を何と言うんだったかしら?あ、そうそう。虎の威を借る狐だわ」
「狐にも牙や爪はある!」
「でも威を借りてる事は、否定しないのね。アナタみたいな男、モテないわよ」
「う、うわあぁぁぁ!!言ったな!俺だってモテないのは自覚してるよ!だったらなんだ?俺は沖田とタイマンで戦えば、モテるってのか?この野郎、だったら受けてやるよ!」
え・・・。
この人、最後はヤケクソに言ってきてるけど、本当に良いのか?
しかも本気で凹んでいるのか、目にはうっすらと涙が浮かんでいるし。
リュミエール様は今の言葉を聞いて、ニヤリと笑っている。
でも僕は、無理矢理脅迫したような気持ちになった。
「言質は取ったわ。アタシが証人よ」
「え?はっ!もしかして、ハメられた!?」
「男に二言は無いわよね?もしこれで嘘だったなんて言ったら、アタシは世界中を飛び回って、佐藤は嘘つきフニャチン野郎だって言いふらしてやるけど」
「そ、それは嫌だ!」
「だったら戦いなさいな。その舞台は、アタシが用意してあげるから」
「くっ!わ、分かった」
良いんだ。
本当に戦ってくれるんだ。
今のやりとりで、戦う前から精神的に少し疲れてしまった。
「アタシが舞台を整えるから、二人は身体を休めてなさいな」
「お前ぇ!ズルイぞ!」
「・・・すいません」
「謝るくらいなら、こんな手を使うなよ!」
「仰る通りですね。僕もそう思います」
「な、何なんだよ!」
佐藤さんは僕を責めてきた。
分かるよ。
あんなやり方で一対一に持ち込むとは、僕だって想像していなかったもの。
だから責められて当然だと思う。
でも、それとこれとは話が別だ。
「本当にすいません。でも、僕はこの機会が与えられて、本当に嬉しい」
「何?」
嬉しいという言葉に、首を傾げる。
もしかして、この事も覚えていないのかな?
「佐藤さんは僕と戦った時の事、もう覚えていませんか?」
「覚えているさ。お前が病気で倒れていなかったら、俺は死んでいたかもしれない」
「でもアレは、貴方の勝ちだ。僕は負けたと思っている」
倒れたのは僕なのだ。
どれだけ大怪我を負わせようと、僕が負けた事に変わりは無い。
だからこそ、この機会は嬉しいんだ。
「僕は魔王様に感謝しています。病気を治してくれた事に。そして、佐藤さんとまた戦う機会を与えてくれた事に」
「お前・・・」
「今回の僕は万全だ。そして佐藤さんも空から落ちてきたけど、怪我はしていない。お互いに万全の状態で戦える。あの時の本当の続きを、存分にやりましょう!」




