ハイキック
海津町。
僕達の第二の故郷と言っても良い。
この世界に来た直後の僕達は、能登村と海津町で暮らしていた。
安土に住んでいた時間と比べると、短い気もする。
だけど変な話だが、日本で暮らしていた所と変わらないくらい、この二つの村と町が故郷のような感じがしている。
それだけ愛着心があったという事なのか?
自分でもそこまで分からない。
でも蘭丸やハクトと同様に、町中を歩けば懐かしさが込み上げてくるのだろう。
冷静に考えてみたけど、帝国の脅威があったから能登村と海津町を捨てて安土に皆を集めたんだった。
でもヨアヒムが正気を取り戻した今、帝国の脅威は無い。
秀吉によって記憶を失っている又左と長可さんだけど、もし二人が戻りたいと言ったら、また戻ってもらうのもアリなんじゃないか?
もしそうなれば、安土の大きな損失になるのは分かっている。
又左の強さは頼りになるし、長可さんの政治力が無ければ安土はここまで大きくなっていない。
特に長可さんが居なくなると、後任の引き継ぎで相当苦労する事になるだろう。
しかし二人にとって、あの村と町は故郷なのだ。
僕達よりも帰りたいという気持ちは、強いんじゃないのか?
秀吉によって封印された記憶が戻って、僕の話をしっかり聞いてくれるようになったら、一度そんな話をしてみようと思う。
これは本当にマズイ。
またジジイの姿が、見えなくなってしまった。
隠者の外套と言っていたが、あんなのをジジイに渡していたなんて、コバから聞いていないぞ。
「この!この!」
ハクトが水嶋の姿が消えた辺りの場所を、短剣で切り裂いている。
しかし当たっている様子は無く、空を切るばかりだった。
「た、建物から出るぞ」
「分かった!」
俺はめちゃくちゃに短剣を振るハクトを止めて、外へと出た。
その後、火魔法で建物の中を燃やした。
「駄目だ。もうとっくに逃げた後みたいだ」
「とりあえず回復しないと!」
俺の腹から流れる血は止まらない。
アイツ、俺を完全に殺す気だ。
「止血は出来たけど」
回復魔法と薬を使って治療してもらったが、思っていたよりも深く刺されていたようだ。
立ち上がると腹に痛みが走った。
しかし、それをハクトに気取らされるわけにはいかない。
もし俺のダメージが大きいと分かれば、索敵に自信を持つハクトを傷付けるだけでなく、俺に深い傷を与えてしまったという責任を感じてしまう。
「大丈夫だ。この通り」
俺が腹を叩くのを見て、安堵の表情を浮かべている。
やはり自分に責任があったと、感じているみたいだった。
「さて、このままだと危険だな。俺達から倒しに行かないと、また同じような」
「蘭丸くん、横に飛んで!」
「っ!?」
ハクトが叫んだ通りに左に飛ぶと、銃弾が立っていた場所に着弾する。
痛みで顔を顰めてしまったが、ハクトは次弾を警戒していて気付いていない。
おかげで少し助かった。
「遠くから狙う作戦に切り替えたのか?どの辺りから撃ってきたか分かるか?」
「距離はそんなに離れていないけど、真正面からだね」
やっぱりあの短時間では、そこまで離れていないか。
でもハクトは、何かに気付いた様子。
自信のある顔をしているのが分かる。
「お爺さんの銃は、オリハルコンの防具から離れるからか、銃声と風切音は聞こえるみたいだ」
「銃声?」
俺には何の音も聞こえなかった。
しかしハクトは、そうだと頷いている。
「サイレンサーっていうのを付けると、音が小さくなるんだよ。でも完全に消えるわけじゃない。僕には聞こえる」
コバに教わったらしく、ハクトは自信ありげに言った。
そうなると、怖いのは接近戦のみ。
ジジイの得意な狙撃が、通用しない事になる。
「問題はどうやって奴を見つけるかだな」
「音魔法で命令口調に言ってみる?」
「それ良いな!」
ハクトの音魔法は、強制力がある。
跪けと言われたら、ハクトよりも多い魔力を持っていないと抵抗は出来ない。
もしくはタケシのように、人間離れしたデタラメな力を持っている人は別だが。
「装備を外せ!」
ハクトが大きな声で叫んだ。
俺とハクトは周囲を見回すが、ジジイが見える様子は無い。
「近くに居ないのかもな」
「少し移動してみよう」
5軒近く移動した後、再びハクトが叫んだ。
しかしジジイは出てこない。
「横に飛んで!」
「またかよ!」
二人して左右に分かれて飛ぶと、再び銃弾が立っていた場所に飛んでくる。
どうやら俺達が見える場所には居るらしい。
大声が聞こえないくらい、相当離れているのか?
それとも、あの外套には魔法も遮断する効果があるとか。
「あっ!」
「どうした!?」
ハクトが突然大きな声を上げた。
既に見つかっている今なら、バレているのだから関係無い。
しかしハクトが叫ぶとドキッとするので、心臓に悪い。
「耳栓してるんだ」
「は?」
「お爺さん、耳栓してるんだよ。だって味方も誰も居ないっぽいし。喋る相手が居ないなら、耳栓してても問題無いでしょ」
「あ・・・」
俺達は自分達で、難しく考え過ぎていたらしい。
無策で動き回っても、効果は無い。
バラバラに探せば、また俺が狙われるのも目に見えている。
俺達は再び、行き詰まってしまった。
「あのジジイ、厄介な物をもらいやがって」
「僕達も専用のオリハルコン装備があればね」
悔しいが俺達には、まだオリハルコンは用意されていなかった。
各々の特性や弱点に合わせて、専用の装備を作る。
コバからそう聞かされたのだが、俺達まで手が回らなかったらしい。
「とりあえず、前からの攻撃だけ気を付けよう」
俺達は建物を背にして、180度だけにジジイの攻撃が来ないか集中する事にした。
いくら銃とはいえ、壁を一発で撃ち抜くような威力は無い。
そしてジジイに、大砲を作り出すような攻撃も無いはずだからだ。
「このまま建物を背にして、ゆっくりと移動していこう」
ハクトが音で警戒しながら、背中を擦り付けるように移動していく。
俺はその後を追うだけなのだが、途中でハクトから難色を示された。
「この移動の仕方だと、蘭丸くんと離れないと急には避けられないかも」
「・・・そうだな」
言われてみれば、俺がすぐ横に居ると、咄嗟の時に邪魔になる。
かと言って離れ過ぎると、俺が気付かずに撃たれかねない。
また新しい方法を考えなくては。
そんな時だった。
「また大砲の音!?」
「近くに飛んでくるよ!」
俺達の2軒隣の家に当たると、壁が大きく崩れ落ちた。
どうやら俺達の居場所は、バレているっぽい。
「また同じ手か?」
「でもあの様子だと、確実には分からないでしょ」
「俺達を引っ張り出す算段かもな」
分かっていても、このまま隠れていられない。
いつかはこの建物も、破壊されてしまうだろう。
「この建物に飛んでくるよ!」
「走れ!」
俺とハクトは建物から離れると、すぐに大砲の弾が壁を貫いた。
瓦礫が崩れる音と共に、土煙が巻き上がる。
「正面から銃の弾が飛んでくるよ!」
「分かった!えっ?」
俺が走ろうとした瞬間、胸が熱くなった。
目の前に刃が現れて、俺の胸を貫いている。
次の瞬間、更に銃弾が目の前に飛んできた。
「終わりだ。死ね」
声が聞こえた。
土煙で蘭丸くんので様子は見えない。
だけど、嫌な予感がする。
僕はなりふり構わず、蘭丸くんの居た方に走った。
「何してんだ!」
銃剣で、蘭丸くんの胸を突き刺している。
その直後に銃弾が、頭に当たったように見えた。
「蘭丸くん!」
ダメだ。
返事をしてくれない。
耳に魔力を集中させると、心臓音だけは聞こえている。
胸を貫いていたけど、心臓には当たっていなかったみたいだ。
「頭も・・・掠っただけみたいだね」
貫かれて押されたからかか、弾が頭に命中したわけじゃなかったみたいだ。
「蘭丸くん、ちょっと我慢してね」
僕は彼を背負うと、足に力を込めて一気にこの場を離れた。
建物に隠れて彼を寝かせると、ありったけの魔力を込めて回復魔法と薬を使い、何とか一命を取り留めてくれた。
「ゲホッ!」
「気が付いた?」
「うぐっ!」
身体をゆっくり起こそうとしたけど、流石にそこまでは出来ないらしい。
彼に戦う力は、もう残っていない。
だけど、寝ながら話す事だけは出来た。
「ゴメン。僕のせいだ」
「ち、違う。あの外套の力だ」
オリハルコンがいくら凄くても、僕が見つけなくちゃいけなかった。
弱い僕には、支援と索敵ぐらいしか出来ないから。
「しかもあのジジイ、三段構えで来やがった」
「三段構え?」
蘭丸くんはやられた時の状況を、詳しく説明してくれた。
お爺さんは建物を壊すと、すぐに発砲していたらしい。
おそらく僕達が居た場所には、既に隠れていたみたいだ。
発砲音を建物が崩れる音で隠したお爺さんは、銃弾が飛んでくる音を僕に教えさせた。
そして銃弾に気を取られたところで、銃剣で胸を貫いてきたらしい。
「あ、あの野郎、絶対に許さねぇ。が、俺はもう動けない。だからハクト、お前が倒せ」
「ぼ、僕が!?」
僕なんかに倒せる力は無い。
見えないのに弓矢も当たらないし、短剣で接近戦をしても勝てる気がしない。
「僕には無理だよ」
「だ、大丈夫。アイツの弱点を見つけた。アイツの居場所は、お前なら見つけられるはずだ」
「弱点?」
僕は蘭丸くんに手招きされると、耳元でその弱点を教わった。
「分かった。やってみるよ」
「お前なら出来る。頼んだぞ」
僕は一人で、町の真ん中へ走っていった。
蘭丸くんが見つからないように、わざと大きな音を立てて。
「お、おいジジイ!」
思い切って叫んでみたけど、出てくる様子は無い。
だったら言われた通り、色々挑発してみよう。
「じ、ジジイの弱点は分かってるんだ!コソコソ隠れないと攻撃出来ないって事さ。違うと思うなら、出てくるんだね」
こんな挑発が効くのかな?
半信半疑だった僕だけど、次の瞬間すぐに近付いている事に気が付いた。
「ほら、どうせ隠れて背後から刺すんでしょ?だったらやってみなよ!」
僕が叫ぶと、彼は本当に近付いてきていた。
蘭丸くんの言った通りだ。
「僕みたいな弱い相手にも、隠れないと戦えないなんて、困った老人だな」
「その老人にやられて死ね!」
来た!
僕は振り返ると、その回転する勢いを利用して右のハイキックを叩きつけるように蹴り込んだ。
「当たった!」
「ガハッ!」
見つかっていないと油断していたのか、その場に倒れ込んだのが分かる。
僕はその辺りを手探りで触ると、何かに触れる事が出来た。
「せーい!」
両手で掴んでそれを力一杯引っ張ると、外套を脱がされたお爺さんの姿が現れた。
「本当に居たー!」
「ど、どうやって分かった!」
「教えてあげますよ。お爺さん、蘭丸くんを刺した時、接近して力強く刺したでしょ。あの時、蘭丸くんはお爺さんの臭いを嗅いだ。何日も前から僕達を待っていたお爺さんは、風呂に入っていない。臭かったんだ!」




