郷愁
魔族とヒト族。
ある一定のレベルまで行くと、装備が同じであれば結構差が生まれると思い知った。
その大きな理由が、魔力である。
慶次とイッシーの強さは、僕の中では互角だと思っている。
イッシー本人は自分を卑下しているが、それは自己評価が低いだけでそうは思わない。
確かに慶次とイッシーがお互いに槍を持って勝負をすれば、その結果は二人を知っている人物なら、誰でも分かるだろう。
でもイッシーの強みは、槍じゃない。
臨機応変に武器を持ち替えて、どんな武器でも扱える。
いや、武器に限った話じゃないかな。
イッシーはそれを選ばなかったけど、僕はイッシーが慶次に確実に勝つ方法があったと思っている。
それがフライトライクによる、空中からの一方的な攻撃だ。
フライトライクは慶次達も同じだが、彼等とイッシー隊では練度がはるかに違う。
それこそ騎士王国のワイバーン隊で有名なトキドと戦えるのは、イッシー達だけだ。
もし慶次やハーフ獣人がトキド隊に挑んだとしても、一方的な展開で何も出来ずに敗北する。
彼等はそれくらい、空中戦では群を抜いて強い。
でもそれをしなかったのは、もしそれをして勝っても、慶次に勝ったとは思わないからなんだろうね。
それに慶次も、そんなやられ方だと敗北を認めず、死ぬまで戦い続けた可能性もある。
結局イッシーの選択が、正しかったのかもしれないな。
弾が飛んできたのは、真正面。
奴は確実に、町の中に潜んでいる。
俺の生まれ故郷、海津町の中に。
「出てこないね」
「ハクト、移動した気配はあるか?」
「どうだろう?足音は聞こえなかったけど」
ハクトの危機察知能力は、安土でも一番だ。
優れた耳と目が、異変を見逃さない。
あ・・・。
マッツンも異常なくらい、危機察知能力は高かったな。
ハクトとどっちが上なんだ?
「蘭丸くん避けて!」
「え?うおっ!」
しまった!
タイヤを撃ち抜かれてしまった!
俺とした事が、くだらない考えに集中してしまったせいだ。
「降りるぞ」
ハクトと俺は武器を手に取り、トライクから降りる事にした。
パンクしたタイヤで走り続けても、逃げ切れない。
だったら逃げるのをやめて、ここで勝負を決めた方が良い。
「ひとまずこの家に入ろう」
撃たれたポイントから見えないように移動した俺達は、音を立てないように扉を開けて、近くの家に入った。
ちょっと予想外に、家具類はそこそこ残っている。
勿論長い間使っていなかったので、埃は被っているし朽ちている物もある。
椅子なんか座ったら、おそらく壊れるんだろう。
「どうする?このままやり過ごす?」
「無理だろうな」
爺さんと戦いたくないのは分かる。
だけどここでジジイから逃げても、今度は後ろから撃たれる心配をしなくてはならない。
「ここに居ると分かってるんだ。ジジイを今倒さないと、更に厄介になるぞ」
「そっか。そうだよね」
明らかに残念そうな声だ。
俺だってジジイを倒したいわけじゃない。
でもアイツは、俺達の命まで狙ってきている。
着弾した場所を見る限り、ハクトがブレーキと言わなければ俺の胸に当たっていた。
あのジジイ、絶対に許さん。
「ハクト、覚悟を決めろ」
「覚悟?」
「本気で戦わないと死ぬぞ。やらなければやられる。俺達は今、そういう戦いをしているんだ」
「・・・本気で来るかな?」
「あのジジイだぞ。絶対に殺しに来る。だからぶっ飛ばして、目を醒ましてやろうぜ」
「そ、そうだね。元に戻せば良いんだ!」
元気が戻ったな。
あのままの気持ちで戦っていたら、ハクトはおろか俺も危なかった。
これで戦える。
そして隠れたのは良いけど、どうするかだな。
下手に偵察に出ようものなら、何処から撃たれるか分からない。
かと言って隠れたままでは、ジジイを倒す事なんか不可能だ。
さて、どうしたものか。
こんな時、官兵衛ならどうするだろう?
そんな事を考えていたら、外から地響きが聞こえた。
「な、何だ!?」
「蘭丸くん!家が!」
ハクトが外を覗き込むと、通りの反対側にあった家が無くなっていた。
土煙を巻き上げて、崩れ落ちている。
「あのジジイ!」
「耳が・・・」
二人で外を見ていると、遠くから轟音が響いてきた。
ハクトは耳を塞ぎ、頭が痛そうにしている。
耳が良過ぎるのも、大変だと思った。
「大砲かよ。あのジジイ、また変な物が撃てるようになりやがって」
「でも、僕達の居る位置とは違う場所を撃ってるね。まだ居場所が掴めてないのかな?」
ハクトの言葉を聞いて、俺は考えた。
あの時俺達は、パンクしたトライクで路地に入った。
それは向こうからも確認出来ているはず。
路地に入った後にトライクを降りて移動し、俺達はこの家に居る。
見つからないように反対側へ移動するには、遠回りをしなければならない。
俺達が向こうに居るなんて、普通は考えないだろう。
となると、アイツの狙いは・・・。
「俺達の逃げ道を、無くす気だ」
結論が出た瞬間、三度轟音が響き渡った。
アイツは俺達が、反対側に逃げられないように建物を壊している。
「ど、どうするの?逃げ道無くなったら、狙われ放題だよ」
「まあ待て。逆の発想だ」
「逆の発想?」
「俺達は何をしに来たんだ?逃げる為に来たんじゃないだろ」
「そ、そうだった。倒す為に隠れてるんだ。だったら、こっちから攻めよう」
よし。
俺と意見が一致した。
ハクトなら、俺と同じ考えをしてくれると思っていた。
「だから俺達は、見つからないように大砲を撃っている場所へ回り込もう。向こうが大砲に気を取られている隙に、俺とハクトの弓で撃ち抜くぞ」
「分かった」
俺達は速やかに移動を開始した。
建物沿いに撃っている場所を確認し、俺達はようやくそれが何処か分かる場所まで移動してきた。
アイツはある民家の屋根から、撃っているみたいだ。
「下からだと、見えづらいね」
「身体は隠してるんだろうな」
砲弾が発射されるのは見えるのだが、ジジイの姿は確認出来ない。
「俺達も二階へ上がろう。そうすれば、あの位置を狙えるはず」
ハクトを伴って二階へ上がった俺達は、撃っている場所を確認する。
俺は室内で弓を引き、すぐに狙えるように窓から構えた。
すると、予想外の光景がそこにはあった。
「だ、誰も居ない?」
「蘭丸くん!」
「え?」
銃声が、通路を挟んだ向かいの家から聞こえた。
俺の肩を激痛が走る。
「うあっ!」
俺が肩を押さえて倒れると、ハクトは外を睨みつけていた。
そして窓に足を掛け、屋根の上に上がっていく。
すぐに下に降りてきたハクトは、身体を屈めて俺にこう言ってきた。
「罠だった」
「わ、罠!?」
静かに頷くハクト。
「あの大砲は、お爺さんの能力で作った物じゃない。普通の大砲だったよ」
「マジかよ・・・」
クソー、ジジイにまんまとやられたってわけだ。
肩は撃たれて痛えし、最悪な気分だ。
「これは僕の勘だけど、あの大砲は囮だね。僕と蘭丸くんがこの辺の家から狙うのを、向こうは予想していたんだ」
「あのジジイめ。うっ!」
「大丈夫?」
ハクトの回復魔法と薬のおかげで、止血は出来た。
痛みは多少あるが、肩を動かせなくはない。
「一刻も早く移動しよう」
「どうして?」
「居場所がバレてるんだ。俺達が出てくるのを、今か今かと待っているか。もしくは向こうから攻めてくる」
ジジイの場合、待っているパターンだとは思うが、下手に動かないと今度は本当に大砲が飛んできかねない。
「どうやって抜け出す?」
「そうだなぁ。そういえば何処から撃ってきたか、分かったか?」
「うん。それは見た」
「だったらどうせだから、嫌がらせも兼ねて出ようぜ」
「嫌がらせ?」
俺もある程度の魔法は使える。
ハクト程得意じゃないが、それでも実戦で使えるレベルだ。
ハクトの耳を頼りにしていると、アイツはまだその家から出ていないらしい。
だったら、いっちょ驚かしてやるか!
「土壁!」
「ぬおっ!?」
「よし!逃げるぞ!」
俺はジジイが居ると言われた家の前に、土壁を高く作り上げた。
窓の目の前に土壁が現れれば、そりゃ驚くだろう。
「アッハッハ!アイツ、ぬおっ!とか言ってやがったぜ!」
「うん、言ってた!」
何故だろう?
ちょっと楽しい気分になってきた。
「こっちだ!」
今ならアイツは俺達が見えない。
だからジジイは、俺達が遠くへ逃げていると思っただろう。
だからこそ、わざと近い場所に隠れてみた。
「ゴメン。不謹慎だけど、なんか面白いね」
「いや。俺も同じ事思ってた」
「何でだろう?」
「そう聞かれるとなぁ」
何てハクトには誤魔化したけど、本当は分かってるんだ。
俺は捨てた故郷に戻ってきて、懐かしい気持ちなんだ。
あの頃の俺とハクト、そしてマオの3人で遊んでいた頃の記憶が、鮮明に思い出される。
今俺達が隠れている家は、背の高い山羊の獣人のおっちゃんが住んでいた。
昔そのおっちゃんに俺がイタズラして、三人で怒られた事があったと思う。
そういえば安土に行ってから、会ってないなぁ。
「あのおっちゃん、何してるんだろ?」
「それ、山羊のおじさん?」
「分かるのか!?」
俺の考えてる事が見透かされてた?
ハクトはクスッと笑うと、おっちゃんが今何をしているのか教えてくれた。
安土では、餃子専門店を開いているらしい。
だからハクトの部下という事になる。
「知らなかった」
「僕は今でも、付き合いがあるからね」
うーん。
鍛錬ばかりしているからか、そういう話はめっきり聞いてなかった。
俺も少しは、街の様子を見て回ろうかな。
「懐かしいな」
「そうか?だったら思い出に浸りながら死ね」
「蘭丸くん!」
俺の腹に激痛が走った。
何も無い場所から、俺の腹に剣が伸びている。
「この!」
ハクトが剣の辺りにミドルキックを入れると、何か当たり壁へ吹き飛んでぶつかった音が聞こえた。
「ぐっ!」
「じ、ジジイ!」
壁際に突然現れた水嶋。
蘭丸は幻でも見ているのかと目を瞬きさせるが、痛みでそんなはずは無いと確信する。
「僕の耳でも分からなかった・・・」
ここまで接近された事に気付かず、ハクトは大きなショックを受けている。
だが、今はそんな余裕は無い。
「テメェ!どうやって来やがった!」
「開いていた玄関から、普通に入ってきたぞ。ただし、これで身を包んでな」
水嶋は頭からスッポリと何かを被ると、何も見えなくなった。
「これは俺専用のオリハルコン防具。魔力を通すと周囲と同化して、気付かせない。そしてハクトにも分からないくらい、音も遮断してしまう。その名もオリハルコン型コート、隠者の外套だ」




