監獄と施錠
そういえば僕、もらってないな。
慶次とイッシーは、コバと昌幸から新しい武器をもらっていた。
それがオリハルコン製の武器である。
魔力を通すと形状が変化する、なかなか使い方が難しい武器だ。
普通に考えてみてほしい。
イッシーの場合、戦っている最中に無意識に変化してしまう可能性もあるのだ。
慶次なら八岐大蛇に因んで、槍の先端が八本に増えるという仕組みなんだろう。
それに対してイッシーは、武器自体の形が変わってしまう。
銃の間合いなら別に問題無い。
しかし槍を使っていて突然剣になってしまったりしたら、相手が慶次の場合だと一方的に攻撃をされてしまいかねない。
イッシーの武器は、かなり神経質というか、ピーキーな武器になるだろう。
それに加えてイッシーは、それを二本持ちである。
右手だけでなく左手でも同じように扱う。
それが出来るのは色々な武器が扱えるイッシーでも、相当の努力が必要だ。
今はまだ左右同じ武器しか変化させられないようだが、そのうち別々の武器に変化させる時が来るかもしれない。
ただまあそこまでいくと、器用とかそういう話ではなく、頭の方も鍛えなきゃいけないんだけどね。
例えば右手と左手の人差し指で、交互に三角形と四角形を同時に描いていく。
これがかなり難しい。
ずっと同じ図形なら頭が覚えるかもしれないけど、交互となると更に難易度はアップする。
しかも時間制限を設けると焦りも生まれるので、最上級に難しくなる。
昔、両利きに憧れて練習したんだけど、全然出来なかったなぁ。
そしたらそれは、手先の器用さの練習じゃなくて、頭の体操だと言われて凹んだ記憶がある。
案外官兵衛とかの方が、上手く出来るのかもしれないな。
右手と左手のショットガンから、炎と風が同時に吹き出した。
風に乗った炎は氷を飲み込んでいき、一気に溶かしていく。
「ま、負けるかぁ!」
慶次も負けじと、魔力を更に注ぎ込んできた。
また互角まで引き戻されると、俺はある事に気付いた。
マズイ。
普段より多く魔力を使っていたが、まさかアポイタカラの中の魔力が、大幅に減っている。
このままだと俺は、あの大冷気に呑み込まれて凍り付けにされるだろう。
あんなの直撃したら、俺は死ぬかもしれない。
命の危険を察知した俺は、仮面の下に冷たい汗が流れるのを感じた。
俺の命もここまでか。
そう思った時、先に根を上げたのは慶次の方だった。
「クソッ!」
氷の飛礫が一気に減っていく。
俺もそれを見て、ゆっくりと左右の魔法を弱めていった。
「こんな時に、クリスタルの魔力が尽きたでござる・・・」
た、助かった!
魔族である慶次は、俺達と違って魔法を使えるとばかり思っていた。
しかし獣人族である慶次に、魔法の適性は低い。
彼もまた、クリスタルに頼っていたのを忘れていた。
とは言っても、クリスタルの中の魔法が使えないだけで、身体強化はまだ出来るはず。
だから八岐大蛇も、まだ使えるだろう。
慶次のクリスタルの魔力が尽きたが、それに対して俺はクリスタルの魔力はとっくに尽きていた。
そこには慶次と俺のクリスタルの大きさに、理由がある。
奴が持つ槍に装着されたクリスタルより、俺の方が小さい。
それは武器を二つ持ちにしているという理由があるからだ。
だからアポイタカラの魔力を運用していたのだが、それがマズかったんだろうな。
だがあそこで対抗していなかったら、俺は今頃凍り付けにされていたはず。
俺の行動は間違っていないと思う。
問題は、自身の魔力が残っている慶次に対して、残り少ないアポイタカラの魔力で対抗するしかない俺は、圧倒的に不利になったという事だ。
「俺の勝ちという事で良いのかな?」
「まだでござる!クリスタルが使えなくとも、拙者は戦えるでござるよ!」
少しだけ疲れたような仕草を見せるが、まだまだ健在のようだ。
やはり自前の魔力は、尽きていない証拠だろうな。
「行くでござる!」
慶次は普通の槍に持ち替えると、それを突いてきた。
かなりの速さだが、これなら二刀流に作り変えた俺が捌けない程ではない。
「何を狙っている?」
「うおぉぉ!!」
一心不乱に突いてくる慶次。
何が狙いなんだ?
「慶次様!」
「なっ!?」
いつの間にか背後には、ハーフ獣人の女性が爪を伸ばして迫ってきていた。
俺は横に逃げようと画策したが、それを慶次の高速の槍が許さない。
「チィ!モードショットガン!」
左手の剣をショットガンに変えると、それを後ろを見ずにぶっ放した。
女性の悲鳴が聞こえた辺り、当たったのは間違いない。
しかし、慶次はそれを見逃さなかった。
「油断したでござるな」
慶次の槍が持ち替えられている。
俺に大きな一撃を与える為だろう。
「お前、卑怯になったな」
「それだけイッシー殿を、認めているという事でござるよ」
こんな時に全く嬉しくないな。
まあ慶次の様子から見て、女性は致命傷ではないのだろう。
だから俺に集中出来ているんだと思う。
「食らうでござる!八岐大蛇!」
俺に向かって、八本の穂先が迫ってきた。
今から剣に戻すのは不可能だ。
そして一本の剣だけで、全てを受け切るのも不可能。
これはいよいよ、覚悟しないとダメかもしれない。
「勝った!」
俺に八本の槍が突き刺さるのを見て、慶次は大きな声で叫んだ。
頭を左腕で守り、身体を丸めて最小限にダメージを抑えたつもりだ。
その甲斐あってか、まだ動ける。
そしてこの必殺技、全て食らってみて初めて弱点も分かった。
「慶次、俺のとっておきも見せてやるよ」
「まだ動けるでござるか!?」
「モードウィップ!」
右手の剣を長い鞭に変更すると、それを慶次に向かって巻き付けた。
慶次の右腕と身体が鞭で締め上げ、槍の自由を奪う事に成功する。
「鞭!?こんなの使えるなんて、聞いてないでござる!」
「そりゃそうだ。誰にも見られずに、特訓していたんだから」
自慢じゃないが、俺は器用な方だと知っている。
それこそちょっと練習すれば、ある程度は何でも身に付けられる。
問題は、それが全て達人の域には届かない事だ。
同じ武器同士であれば、おそらく歯が立たない。
でもそれをどうにかしてやりくりするのが、俺の戦い方だと理解している。
しかし、それでも俺だけの武器が欲しかった。
そこで考えついたのが、安土では誰も使っていない鞭という武器だった。
敵で使っている人や、他の人が使用しているのは見た事がある。
その程度の知識しか持っていなかったからか、様になるまで時間が掛かってしまった。
誰にも見られないようにひたすら練習した甲斐が、ここで発揮されるとは思わなかったけど。
「これでジ・エンドだろ」
「ジ・エンド?」
「お前はもう槍が扱えない。俺の勝ちという事だ」
「くっ!」
右手をどうにか抜こうと力を入れる慶次だが、逆に鞭が締め上げられる。
左手にはまだ槍はあるが、身体が不自由なのだ。
伸ばしても威力は落ちるし、精度も低いのは目に見えている。
慶次に勝ち目は無い。
「俺はお前を無駄に傷付けたくない。無茶はしないでくれよ」
「・・・馬鹿にするなよ。男の戦いに情けを掛けるな!」
左手の槍を、俺に向かって放り投げてくる慶次。
利き腕ではないからか、山なりに飛んでくるだけでダメージは皆無だ。
だが、俺は槍を見ていて油断していた。
慶次は前傾姿勢で走ってきていて、視界から消えていたのだ。
「なっ!?」
「ガァァァ!!」
慶次の左手の爪が伸びると、俺の左脇腹を深く貫通する。
そこから横に引き裂こうとしているのか、激痛が走った。
「このっ!」
俺は左手のショットガンのグリップで、慶次の額を殴りつけると、彼は前のめりに倒れていく。
慶次の爪を力任せに引き抜くと、俺もそのまま倒れ込んだ。
「ゴボッ!」
ヤバイ。
大量の血を吐いてしまった。
致命傷かもしれない。
今慶次に攻撃をされたら、俺の命は無い。
ただ幸いなのは、慶次をグリップで頭を殴ったからか、気絶しているようだ。
これが最後のチャンスになる。
「も、モード、じ、ジェイルハウス」
左手のショットガンを慶次に向け、俺は最後の力を振り絞った。
アポイタカラに残っていた残り少ない魔力を使い、ショットガンが檻のような形に変わっていく。
その中には慶次の身体が、すっぽり収まった。
これで檻の中に、閉じ込める事に成功した。
最後は、施錠して出られなくすれば・・・。
「ろ、ロック・・・」
カチッという音が聞こえ、鍵が締まった事を確認する。
俺の役目は終わった。
ヤバイな。
血を流し過ぎた。
目の前が暗くなってきた。
不甲斐無い隊長だが、後は頼んだ・・・。
「皆、もう戦ってるのかな?」
「いや、まだだろ。戦ってるとしたら、帝都から近いイッシー殿くらいじゃないか?」
「そっか。イッシーさんは慶次さんとだっけ。無事だと良いけど」
同行しているハクトが、皆の心配をしている。
優しい性格なのは分かるが、今はその優しさが自分の身に危険を招きかねない。
「ハクト。そんな事言ってると、俺達も負けるぞ」
「う、うん。ゴメン、蘭丸くん」
本当に分かっているのだろうか?
少し心配になってくる。
俺とハクトはトライクに二人乗りをして、関ヶ原から見て南西に位置する場所へ向かっている。
何故俺達が南西に向かっているかというと、相手が一度戦った事がある相手だからだ。
そしてもう一つの理由は、そこは俺達に所縁のある地に近いからというのもあった。
その地というのが、海津町と能登村がある方角なのだ。
「今、町と村はどうなってるんだろうね」
「廃村になって久しいからな。変なのが住みついてるかもしれないし、風雨に曝されて何も無いかもしれない」
更にしばらく進むと、朧げながら見覚えのある風景が目に入ってきた。
意外にも海津町は残っていた。
建物はボロボロで、誰か住んでいる気配は無い。
だが空を見上げると、まだ光は先まで延びている。
「クリスタルは能登村の方角か?」
「そうだね。もしかして、能登村に設置してるのかな?」
そんな分かりやすい場所に置くか?
だけど能登村より南側は、未開の地。
もしかしたら本当に、能登村にあるのかもしれない。
「このまま町を突っ切ろう」
「分かった。行くよ」
ハクトがアクセルを捻ると、俺は違和感を感じてそれを止めた。
「ブレーキだ!」
両レバーを目一杯握るハクト。
トライクの車体が横に流れると、俺達が進もうとしていた場所に、一発の銃弾が着弾する。
「おいジジイ!久しぶりに会った挨拶が、狙撃かよ!さっさと顔を見せやがれ!」




