黒ギャルとイケメンエルフ
蘭丸に付き纏う密偵。
それは命を脅かすものではなく、ただ単に蘭丸に惚れたギャルのおっかけだった。
ハクトの名前は僕が付けた。
魔王である僕が。
その事実を言ったにも関わらず、冗談と受け取り笑うギャル。
しかし蘭丸が事実だと告げると、ようやく信じる気になった。
そして同行してきたものの無視されていたチカだったが、とうとう堪忍袋の尾が切れた。
自分の話を聞かないギャルに、ブラックキャットは自分だとドヤ顔で言ってのけた。
そのドヤ顔にイラッとしたのか、自分こそブラックキャットだと張り合うギャル。
そもそもブラックキャットって何?
二人に話を聞くと、本当にしょうもない理由だった。
しかし本人が言う由来より、おそらくはこれが本当の理由だろうと思われる能力が凄かった。
ギャルの暗闇に溶け込む、同調という能力。
チカの猫のような身体能力に加え、今では影魔法までも使えるという、ヒト族とは思えない力。
蘭丸の一言で二人は認め合い、何故かブラックキャットは姉妹という設定が追加される。
チカとのブラックキャットの争いが終わり、彼女自身の話を聞いた。
彼女もまた召喚者の一人として、この世界にやってきていたのだった。
そして、何故蘭丸に付き纏うのか。
今後はどうするのか。
敵対は避けたいと願っていた僕だったが、思わぬ言葉を耳にする事となった。
「此方でお世話になりたいと思っています」
「お世話するの?」
チカの一言で現実に戻ってきた。
今、どうしても納得いかない言葉を聞いたからだ。
【蘭丸とイチャつく為に、帝国を裏切る事だな?】
違うよ!
違わないけど、違う。
それよりもおかしいでしょ。
【何が?】
佐藤さんの初対面時、覚えてないの?
【覚えてるよ。ビンタで吹っ飛ばした】
そうだけど、どうして戦う羽目になったか覚えてる?
【えーと、能登村に攻めてきた帝国のリーダーで、逃げたくても精神魔法で逃げられなかったんだっけか。あ!そうか!】
そうだよ。
彼女、裏切るって宣言したのに、何故精神魔法の影響を受けてないの?
【そうだよ!何でいつも通りなんだ?あの時の佐藤さん、大人が泣くほどの頭痛だったって言ってたぞ?】
そうなんだよね。
それがこうまでケロッとしてると、心の中ではどう思ってるか分からないんだよ。
まずは確認が必要かも。
「セリカさん。キミ、本当に帝国を裏切れるの?」
「疑うのも無理ありませんわね。元々は敵ですし、いきなり信用しろと言うのも無理だと思います」
顔色を伺いながら話しているが、別に嘘をついている感じはしない。
とは言っても、女の嘘なんか僕に見抜けるとは思えないのだが。
「あのさ、率直に聞くよ?精神魔法はどうなってるの?裏切りなんてそんな事考えてたら、頭が割れるくらいの痛みが走るんじゃないの?」
「精神魔法?私、精神魔法なんて知りませんけど」
「そんなわけないだろ!この世界に来た時に、契約を交わしたはずだ」
「あぁ!あの契約が精神魔法でしたのですか。それならとっくに契約満了となっておりますよ」
「え?」
契約の満了って事は、既に自由の身になってる?
【そんな事して、メリットあるのか?】
そんなの僕に分かるわけがない!
むしろ驚いてて、頭が回らない状態だよ。
「あら?そんなに不思議な事なんですか?」
「不思議だね。そもそも契約満了って、何をしたらそうなったんだ?」
「私の場合は魔族の有名な都市へ行って、情報収集を何度かしてきたくらいですが」
ん?
そんな簡単なのか?
普通はもっと、一人で魔族百人とっ捕まえてこいとか、村を一つ潰してこいとか、それくらいの無理難題だと思ってた。
【いやいや!ホントの事言ってるかすら分かんねーからな。あまり信用するのもどうかと思うぞ?】
それもそうだね。
話半分で聞いておかないと、逆に僕等が振り回されてしまいそうだ。
「契約満了になると、どうなるの?」
「特にどうなるとか無いですよ。町での買物とか自由に行けるようになるくらいかと。あとは発言も普通に出来るようになりましたね」
「軍を抜ける人も居たと?」
「そんな人居ませんわ。知らない土地でお金も無く一からやりたい人なら分かりませんが、軍に居れば給料が貰えて生活に苦労しませんもの。何処かに知り合いなどの伝手があるのなら、除隊希望する人も出ると思います。それでも待遇を考えるなら、あまり出ないと思いますよ?」
なんか思ってたのと違う。
【どう違うの?】
もっと無理矢理かと思ってたんだよ。
馬車馬のように働かされて、死ぬまで奴隷みたいな。
それが、ちょっと仕事したら契約満了。
給料も貰えて、多少の自由もある。
それ、普通のサラリーマンじゃん。
【そう言われると確かに】
「それと契約満了後に大きな仕事をすると、ボーナスがあるみたいですね」
「ボーナス?金が貰えるの?」
「お金も貰えますが、もっと凄いと家が貰えます」
「家!?」
「ちなみに魔族の捕虜を沢山連れてきた方は、爵位を授与された方もいらっしゃいました。凄い方は陞爵までされて、今では伯爵や子爵の方が数人存在していますね」
なんと!?
それは召喚者のやる気スイッチを、かなり連打していると言っても過言ではないだろう。
家とかならまだしも、貴族になれるとか。
そんなの現代日本であり得ないもの。
手柄を立てれば立てるほど認められる。
ホントに日本の会社みたい。
【しかも特殊能力のある召喚者にとっては、この世界に来た時点でいきなりエリートだもんなぁ。そりゃ気分良いだろうね】
あぁ、そういう事か!
【どういう事?】
だから、そのやる気が問題なんだよ。
無理矢理に精神魔法で縛って働かせるよりも、餌をちらつかせて率先してやらせた方が効率は良いだろ?
【なるほど。精神魔法のブラック企業よりも、ボーナス制度アリのホワイト企業に就職した方が、皆のやる気が変わると】
そう!
それを考えると、前者より後者の方が、自分から強くなろうと思うでしょ?
【確かに。あーそういう事か。なんだ、俺と変わらないんじゃん】
変わらない?
【要はプロの選手になりたかった俺は、自分から練習に励んだって事】
そうだね。
貴族がプロの選手って考えるなら、その考えもあながち間違ってないよ。
【じゃあ今の話から考えると、彼女は嘘ついてないんじゃない?】
全面的には信用出来ないけど、そんな気もするね。
「柳生さんは家貰ったりしてるの?」
「私みたいな隠密部隊は、そこまでの功績を残せませんわ。それに家があっても、一人ではね・・・」
そんな事言いながら、蘭丸をチラチラと見ている。
なるほど。
金持ちで独り身で居るよりも、素敵な彼氏と愛の逃避行に走りたいというわけですか。
蘭丸爆ぜろ!
「もう一度確認するけど、本当に裏切るつもりなのね?」
「私の愛は、蘭丸さんに向いていますわ!いつか私の点てたお茶を、二人きりの茶室で飲んでいただきたい・・・」
顔を真っ赤にしているんだろうけど、ガングロなので全然分からん。
よく見ると顔は可愛いのだが、やっぱりギャルメイクとかのせいでかなりマイナスになっていると思う。
正直なところ、かなり勿体ない。
「俺はセリカの事なんかに構っているヒマは無い!」
ドスドスとわざと音を立てながら、練兵場から立ち去る蘭丸。
後ろ姿を目で追うセリカは、あのような態度を取られても嬉しいらしい。
「久しぶりに名前を呼ばれました!」
うーん、こういうところを見ると可愛らしい。
【なあ、ちょっといいか?】
ん?
何か考えがあるの?
【思ったんだけど、蘭丸とコイツをくっつければ、裏切る事なんてしなくなるんじゃないか?蘭丸が自ら帝国に行きたいって言わない限り、この安土から蘭丸を連れていくなんて不可能だろ】
それはそうだけど。
【連れていくのが無理なら、此処から離れない。離れないって事は、帝国に戻る機会が無い。それは密偵としての情報も持ち帰れない。それだけで必然的に裏切ってる事になるんじゃないか?】
言いたい事は分かる。
分かるのだが・・・。
【言いたい事は分かる!でもメリットとデメリットを考えたら、分かるよな?】
「ちくしょおぉぉぉ!!!何で僕等が、イケメンと可愛い子がくっつくのを手伝わないといけないんだアァァァ!!!」
「ビックリした!!急に大声出さないでよ。まおうさま、頭壊れたの?」
見る人が見れば分かると思う。
今の僕は、血の涙が流れているはずだから。
それくらいの気持ちであった。
「さて、改めて自己紹介だ。僕の名前は阿久野。下の名前はまあ色々あって、今はマオで覚えてくれ」
「遅ればせながら、私の名前は柳生世理華。世界の理の華と書いて、セリカです」
世界の理の華って言われると、凄い壮大な感じがする。
やっぱりお嬢様なのかな?
「わたしはチカだよ!前の名前は遠藤元親で、今はモトチカ・キャメル」
「前の名前!?」
「チカも召喚者なんだ」
チカの経緯を話すと、優しい目をしたセリカが頭を撫でていた。
うむ、やはり蘭丸はムカつく。
「それよりもだ。蘭丸についてだが、キミは付き合ったりしたいという事かね?」
「えぇ!そうですね。いつかは付き合ったりしたいかなと思ってます」
「いつかって!そんな気持ちでは、蘭丸は他の女に靡いてしまうぞ!?」
強い口調で彼女を批判する。
ここは彼女を奮い立たせないと、作戦の意味が無い。
「でも私、蘭丸さんにあまり好まれていないですよ?」
あまり気は進まないが、蘭丸にもある程度その気になってもらわないといけない。
だからこそ、僕等が動く必要がある。
アイツも僕なら、気を許してくれると思う。
好みのタイプや気になる女の子の事くらい、話してくれるだろう。
「僕を誰だと思っている。魔王であり蘭丸の親友でもあるこの僕なら、何でも話してくれるさ」
多分だけど。
「キミは、そうだな。長可さんと話でもしてくれば?親を先に落とすのも手だと思うよ?」
「なるほど!阿久野さん、色々と考えてくれているんですね。とても頼もしいです!」
お褒めの言葉、ありがとう。
しかし、誰が好き好んで人の色恋沙汰の手伝いをしなきゃならんのだ。
上手くいったら、僕等にも可愛い子を紹介してもらいたいものだね。
やっと見つけた。
「蘭丸!」
「おぉ、マオか。なんかゴメンな」
人の顔見るなり、いきなり謝ってきた。
何か悪い事されたっけ?
「木下領で作戦行動の最中だったのに、俺なんかの為にわざわざ戻ってきてくれて」
あ、それね。
まあ作戦行動中と言えばそうだけど、どちらにしろラビカトウが戻るまで待機だから、そんなに厳しいというわけではないんだよね。
「そうは言うけど、心配な事には変わりないから。付き纏われてるっていうのが、もし命を狙われているって事に変わっていたら。戻らなかった自分が、許せなくなるところだったと思うぞ?」
「そうか。ありがとな」
明後日の方向を向いてお礼を言ってくる。
照れ臭いのだろうが、こういう行動もやはりイケメンはサマになるんだな。
そろそろ本題に入ろう。
「なあ。あの子は帝国を裏切ってまで、お前と一緒に居たいって言ってたぞ?」
「そうだな」
「お前の事、そこまで好きなんだな」
「そうだな」
「あの子の事、異性として興味無い?」
「・・・」
黙ってしまった。
率直に聞き過ぎたかな?
「僕はそこまで悪い子じゃないと思ったけど」
「悪い子じゃないのかもしれないけど、どうにも駄目なんだよなぁ」
「何が?」
「あのオークみたいな色黒と馴れ馴れしい態度」