プロローグ1
俺、阿久野健一は死んだのだろう。
気付いたら全く知らない場所に居るのだから。
とにかく何も見えない。
暗闇の中で立ち上がり、周囲を手探りにたどってみる。
どうやら幅二メートルくらいの細い通路らしい。
五分ほど壁伝いに歩いてみると、遠く、かなり遠くに何か光っているのが見えた。
ここが何処かも分からない今、あの光に向かって歩くしかないか・・・。
「おーい!誰かー!誰か居ませんか~?」
自分の声が反響して聞こえるだけだ。
俺しかここに居ないのかな。
これは良いことなのか、悪いことなのか。
どちらにしろアイツには悪いことをしたな・・・。
マジでやばい!
練習まであと一時間ちょっと。
完全に寝坊した。
弟の部屋から勝手に持ち出したラノベを読んでみたのだが、案外と面白くてかなり夜更かししてしまったようだ。
今から電車に乗っても間に合うか微妙な時間だ。
仕方ない、ここは頼りになる弟に甘えるべきだろう。
「おーい!起きてるか?」
隣の部屋に向かって叫んでみる。
「起きてるよ。というより、もうすぐ寝るつもりだけど」
さすがは俺の双子の弟。
「寝る前に送ってくれない?」
「嫌だよ。この前も送ったじゃん」
「頼むよ~。今度遅れたら監督に何言われるか・・・」
「自業自得だね。頑張って怒られてきなよ」
「今度、部屋の片づけを手伝うから」
「ほう。じゃあ今からバイクの暖気してくるから、出る準備しておいてよ」
「分かった!すまんな」
俺の弟、阿久野康二は本当に頼りになる男だ。
某国立大に現役合格し、来年からは一流企業の研究開発部署に内定を貰っている。
ゼミの教授からは大学院の進学も勧められたらしい。
アイツの頭なら、そのまま院を目指すのもアリだと思うんだけどなぁ・・・。
我が弟ながら、何を考えてるか分からん。
「兄さん、準備終わった?」
「おう!いっちょ頼むわ!」
「じゃあ行くよ」
弟のバイクの後部座席に乗り込み、いざ球場へ。
バイクなら渋滞や事故が無ければ、四十分もあれば着く距離だ。
内心ホッとしながら球場に近づいていく。
次のカーブを曲がれば、もう到着だ。
そんな時、弟から焦りにも怒りにも似た声が掛けられた。
「兄さん!ブレーキが効かない!ハンドルも切れない!」
弟は背中越しにそう叫んできた。
「くそ!なんなんだよ!これ!」
踵を擦りながら少しでもスピードを落とそうとしていたのが分かった。
それなのに何故か上がっていく速度。
気付けば目の前はガードレールだった。
「ごめん兄さん・・・」
そんな呟きが聞こえた。
それと同時に目の前に黒い大きな手が表れて、摑まれた気がした。