邂逅
「……はぁ。」
溜め息ひとつ吐き、空を見上げれば綺麗に広がる星空の下。今日も一日、同じ日々の繰返しを嘆く会社員―――周防晶は、残業で終電を逃し、トボトボと帰路を歩いていた。大学へは行かず、高校卒業後、すぐに就職先が見つかり働くことを選択したが、
「この時間なら、会社で寝ていた方が良かったか……?」
時刻は日を跨ぎ、午前二時過ぎである。この通り、少しブラックではないかと思うほど。
「良いことないかなと思わずにはいられない…」
今日も朝早く出社しなければならず、仕事に行き、帰宅したら寝るだけの趣味に時間を割くことすらできないまま、二十歳になろうとしている。
「らっしゃせー」
やる気のない感じに挨拶をするコンビニの店員。いつものように、エナジードリンクとカロリーメイトを手にし、レジを通す。
「あざしたー」
お釣りの十二円を受け取る。これまたやる気のない挨拶。今時居るのかと思っていた。ブラックのような会社も、挨拶語が一般的ではない人物も実際に居るんだろう。現に、今、存在したからな。
財布の中の残金は七百十二円のみ。夢も希望もない者は、このまま平穏に生を謳歌し、朽ち果てるのが幸せなのだろうかと思っていたが、
「絶望が望みなの?」
「誰も絶望とは無縁でいたいと思うよ。」
カロリーメイトの箱を開き、包装を剥がす。いつものように手短に食事を済ませ、細道を進む。
「………え、誰。」
「気付くの遅すぎないかい?」
声のした方を振り返ったが、姿は見えず。疲労からきた幻聴かとも考えたが、幻聴にしては鮮明に聴こえすぎている。
「上だよ、上。」
はっきりと、位置も示してくれた相手は、
「なんで人間は皆、後ろとかを確認して、頭上は確認しないのだろうか……」
「重力に逆らわないのは、鳥とか飛行機とかだけだからじゃないんですか。」
「なるほどね。そしてキミは何故、見向きもせずにこの場を離れるんだい。」
「摩訶不思議は魔法使いとか大道芸人だけで十分なんで。」
「理由になっていないし、魔法使いと大道芸人を同一のものと考えているのかい、キミは。」
「どちらも似たようなもんです!」
「似て非なるものだろうけども……」
声は一向に遠くならず、常に一定の距離を付かず離れずで保っている。これはもう、恐怖の時間でしかないだろう。
途中から、イヤホンを耳に嵌め込み、不気味な声と外界の音をシャットダウンした。数十キロ歩いた後、借家のアパートに到着する。
「疲れた……シャワーだけでも浴びよう…」
社宅である借家は、2DKで一人暮らしには広すぎるだろうと思うほど。もちろんの事、風呂とトイレは別であるのだが、如何せん毎日のように午前三時過ぎの帰宅となると、風呂を沸かす気も起きる訳がない。
上着を脱ぎ、洗濯機の中へ放り込んだ後、風呂場へと進む。当然ながら、洗面台も設置されているわけであり、疲労顔のオレと、
「やっと見てくれたね。」
「たまたま視界に入っただけですが。」
満面の笑顔を浮遊したままこちらに向けてくる人物が一人。
目鼻立ちはしっかりとしていて、長髪の髪は半分で赤黒に分かれている。オシャレの一種なのだろうか。年齢は、オレと同い年か少し年下と思われるほど。男性か女性かも判別せず、胸元に目をやると、
「あまり人の身体を見ないでくれないかな。」
「見ろと言ったり、見ないでと言ったり、めんどくさいですね。」
「胸元ばかりを見るからだよ。」
「単刀直入に聞きます。あなたは誰で、何の用ですか。……あと、オレの身体も直視しないでください。」
「男性の身体って、こんなにガッシリしているんだね……あぁ、ボクの名前だっけ、…とりあえず、無銘ってことでいいかな?」
「信頼を得るには教えるべきではないんですか?」
「信頼は、拍子に揺らいで失うもの、だからね。警戒心を持ったまま、話を聞いてほしいんだけど。」
警戒心を持ったままに話を聞く人物など居るものか、と早々に断ろうとした瞬間、
「停電か?」
フッ、と明かりが消える。
「これ以上不幸になりたく無いなら、ボクの話を聞くべきだよ。」
どうやら原因は、この無銘と名乗る奴の仕業らしい。
「停電以上の不幸ってなんですか、寧ろワクワクするので、シャワー浴びてからにしてもらえます?」
「……キミは俗に言う、マゾ、というものかい?」
「…マゾというと聞こえは悪いです。こんな時間まで、上司に押し付けられた仕事を片付け、挙げ句の果てに、その上司は"仕事を振られている間は、可愛がっている証拠"などとのたうち回り、自分は定時に退社する……そんな事が毎日のように続けば、どんな不幸だって乗りきれる気がするんです。さぁ、どんな感じの不幸を与えてくるんですか。」
「…ゴメンよ、シャワーでも何でもゆっくりしておくれ、待っているから。」
パッ、と明かりが点き、無銘は視界から外れてくれる。
「なんだろう、見知らぬ人物に恥を晒した気がしないでもない…」
オレは浴室の扉を開け、今日に備えるべく、体を洗い流すのだった。