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きらめく肌地に紅葉の嵐 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 夏場、生い茂っていた葉っぱも、ぼつぼつお役御免の時がくるかなあ。あと二ヵ月もすれば、例年通りにこの辺りの木もすっかり裸になっちゃうだろうね。

 紅葉狩りって、僕は久しく出かけていないけど、君は好きだろうか? 同じ紅葉でもさ、場所によってその価値が完全に異なって来るよねえ。行楽地においては、それが落ちてしまった者であろうと、その目と心を楽しませてくれるもの。それが住宅地においては、しばしば掃除の対象で、熱心な家ならばあっという間に燃せるゴミの仲間入り。

 樹木は咲く場所、散る場所を選ぶことができない。どこへ落ちるかは風と重力に任せっきりで、僕たちは半ば偶然のよう捉えていると思う。

 しかし、落葉にも意味があるのではないか。そう考えさせる出来事が過去に何度かあったらしいんだ。そのうちの一話を聞いてみないかい?

 

 むかしむかし。秋もいよいよ深まろうかという、ある晩のこと。

 急な嵐が訪れて、多くの家屋がその風に押されて、大いに揺れた。子供たちは吹き始めこそ楽しんでいたようだけど、雷が混じり始めると、とたんに布団や押し入れの中へ隠れて、ガタガタと震え始めちゃったらしい。

 位置も近い。光ったかと思いきや、床ごと跳びはねてしまいたくなる轟音が身体を打つ。それが二度、三度と続くと、大人たちも身を寄せ合って、天の機嫌が良くなることをひたすらに祈るよりなかったそうなんだ。

 家によっては屋根の一部が飛んで行ってしまう気配。その飛来物や転がってきたものが壁にぶつかり、悪い場合だとそのまま壁を崩しながら、身体をねじ込んでくるさえもありました。夜中にも関わらず、ただちにそれらの補修に動く者たちも多かったのですが、作業を進める彼らの耳に、風雨とは異なる声が聞こえてくる。


「そむき、むかい、あわん。そむき、むかい、あわん……」


 か細い声にも関わらず、身体を打つ雨の音の中でも、しっかりと耳へ届いてくる響き。

 ただの人の声ではない。補修を続けていた者たちは耳を凝らして声の出どころを探るけれど、いまひとつ判然としなかった。西から聞こえたかと思えば、次は南東、更に次は北と、多方からこちらを包んでいるようだったとか。それでいて声の主は姿を見せないまま、時間と共に、声量だけが増し続けていく。

 折しも、飛んできた木々の葉たちが、外仕事の連中の身体へぴしぴしと、音を立ててぶつかってきた。「お前ら、とっとと引っ込んでいろ」と、言わんばかりのしつこさだったとか。

 どうにも気味の悪さが拭えない。最低限の修理だけを済ませた彼らは、各々家の中へ引っ込んで、その日はもう外へ出ることはしなかった。

 

 翌朝。晩の風雨は嘘のように通り過ぎ、陽の光が家の中へ差してくる。そっと壁越しに聞き耳を立てる面々。

 もうあの声は聞こえてこない。けれど洋々と外へ出たところで、問題が山積みになっているのを目の当たりにしたんだ。

 落ち葉が地面をすっかり埋め尽くしている。広い道、細い道を問わずにびっしりとだ。ほどよく赤や黄、茶色に染まった彼らが、くるぶしすら隠すほどにうずたかく積み上がっていた。葉の敷き具合は、まるで山の中へ来たかのような周到ぶりで、少し小高い所から見下ろすと、道の部分が、黄色を基調に赤や茶をあしらった反物のようにも思えたとか。

 

 とある武家が、日頃鍛錬に使っている馬場も、同じように落葉で埋め尽くされていた。ただちに使用人たちに命が出され、昼前までは徹底的に掃除に当てられた。

 手押しの車に積まれた葉たちはたっぷりと水気を吸っていて、かなりの重さになっていたらしい。近くの家々からも集められた葉たちの総量は、並の家を優に上回る大きさだったとさえ伝えられている。

 時間をかけて葉を取り除けられた馬場の土は、つややかに輝いていた。雨後のためなのかもしれないが、白い土の上で陽の光が何度も照り返されているのを、大勢の者が見たという。心配されていたぬかるみもさほど見られず、昼が過ぎたら遅れていた分の鍛錬分を取り戻そうと、武将たちは馬の準備を進めていたそうだ。

 ところがいざ訓練を始めてみると、軽く走り出した馬たちの足元からパキン、パキンと甲高い音がたち始めた。

 馬のひづめには特に問題ない。そこで先ほど馬が走っていた箇所の土を軽くほじってみると、緑色をしたヒスイが、砕けた姿で出てきたんだ。破片ひとつひとつは指の先へ乗るほどだけど、集めてみれば火縄銃の弾ほどの大きさにはなる。

 

 もしやと思った武将たちによって、再び馬場に駆り出される使用人たち。片づけが済んだと思ったら、今度は馬場の土を掘り起こせときたものだ。表には出さなかったものの、何人かはころころと変わる仕事内容に、だいぶ気だるげだったらしい。

 白さをたたえていた馬場の土は、その表面をひっくり返され、みるみる茶色く濁った中身をさらけ出していく。けれども、収穫はあった。

 緑色以外にも、桃色、薄紫色、半透明と、様々な色のヒスイの粒たちが見つかったんだ。それらが見つかると、くたびれかけていた使用人たちの目に、にわかに生気が戻ってくる。彼らは指示を出すまでもなく、どんどんと土を掘り起こしていき、武将たちは発掘しものをくすねる者が出てこないよう、見張りをつける。

 最終的にこの馬場から出てきたものだけを集めても、ヒスイは3貫弱(約10キログラム)にも及ぶ量が見つかったそうなんだ。査定にもよるが、ちょっとした小金持ちにはなれるかもしれない。

 まだ見つかる、まだ見つかると作業を進めていたから、すでに辺りは夕暮れどき。換金できる店ももう開いてはいない。武将は集めたヒスイたちを蔵の中へ入れて鍵をかけると、大事に胸元にしまい込む。

 その夜は、馬場での話が広まったらしく、夜遅くまでどこかしらで土を掘り起こす音と、人同士のひそひそ話。そして何かを奪い合うような気配が、ずっと続いていたそうなんだ。

 

 それが夜半に差し掛かった時のこと。

 ぽつんと屋根から音がするや、にわかに風も強まってきて、ほどなく昨日のような風雨が一帯を襲い始めたんだ。外へ出ていた連中は、めいめいが手にしたヒスイを抱えつつ家の中へと逃げ込む。囲炉裏で火を起こし、もろ肌脱ぎになって身体を拭いていたのだけど、雨風に混じるその声に、ぞわぞわぞわと鳥肌が立ってきた。


「そむき、むかい、かえせ。そむき、むかい、かえせ……」


 またしても音のすき間を縫って、耳へと届く声の先。方向もまた昨日と同じ、取り巻くようにしながら、延々と垂れ流してくる。声をどんどん、どんどん大きいものにしながら。

 鋭い者は、すぐに掘り起こして集めたヒスイのせいだと思い当たる。袋に詰めて口に縛り、外の闇の中へ放り捨てると、声は止みこそしなかったが、それ以上に近寄ってくることはなかったそうだ。

 鈍い者、もしくはあえて抱き込み続けようとした者は、更に近づいてくる声に鼓膜を揺さぶられ、耳を塞がざるを得なくなる。その瞬間を見計らったかのように、ヒスイを抱き込んだ場所の天井が破られる。

 蔵ならば、蔵のそれ。懐ならば、その頭上。ぽっかりと開いた穴から、滝となった雨水が隠し主を直接突く。

 水をもろに被った者は、身体の冷えを感じながらも懐を無数の手が這い回るような感覚に襲われる。思わず笑い出しかねないくすぐったさを覚えながら、じゃりじゃりとヒスイのかけらがこすれ合い、覚えていく音がはっきり聞こえる。

 ものの数秒足らずだった。降り落ちてきた滝の水が、今度は逆戻し。飛び散った分も合わせて、穴の向こうへ戻っていく。濡れたはずの身体もすっかり渇ききっていたが、抱え込んだヒスイに関しては、一分のかけらも残っていなかったらしい。


「そむき、むかい、あわん。そむき、むかい、あわん……」


 先ほどまで、半紙一枚分ほどの近くにいたかと思った声が、遠ざかっていく。その声音は若干、弾んだもののようにも聞こえたとか。空いた穴から、今度は細かい雨粒がいくらか入り込んできたものの、雨そのものは声がすっかり聞こえなくなるのに合わせて、一気におとなしくなってしまったそうだ。


 翌朝。再び主だった地面が、紅葉に覆われることになる。昨日のこともあって、落ち葉たちをどかそうとする人は、なかなか現れなかった。

 寺の住職が占ったところによると、人々が地面を掘り返したあの日は、地の神と天の神が顔を合わせる、滅多にない日だったという。天の神の訪れに備え、地の神が恥ずかしくないようにめかし込んだもの。それがこの、敷き詰められた紅葉だというんだ。

 その下から現れる地面とヒスイは、いわば人の肌や装飾品にあたるもの。それを勝手に脱がせて、荒らしてではいい気分はすまい、と。

 今日はいわば、昨日のやり直し。そっとしておくのが一番だと住職は告げる。人々はその日、落ち葉の上を踏んで過ごし、夜にはまた強い雨風が吹き寄せた。それが明けた朝には、誰も掃除をしていないにも関わらず、落ち葉たちは一枚もここに残っていなかったとのことだよ。

 

 

 

 


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― 新着の感想 ―
[一言] あ〜! タイトル好みです! 雨風の被害は心配ですが、この地面に紅葉が敷き詰められているのを想像すると、ちょっと素敵な光景ですね。 確かに、濡れた落ち葉は滑りやすくなっているので片付けも必要だ…
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