01 どうか俺を雇って下さい
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ここは異世界。
中世っぽい建物だったり、剣と魔法でワイワイやったり、見たこともない不思議な生物がウヨウヨしていたりと、よくあるファンタジー路線のアレだ。
そして俺『佐々岡健三』は、地元では名の知れた、ちょっとヤンチャな高校生である。
名前が随分と古臭い感じなのは、俺も気にしているので触れないように。親が付けてくれた名なので仕方ないけど。
そんな俺がある日、ひょんな事からこの異世界に転移されてしまった。そんなこと全く予期していなかったし、異世界なんて全然興味無かったからビックリしたぜ。
でも俺は、初っ端から世界最強。レベルはマックスで、チートボーナスが付与しまくり。直ぐに勇者の称号を貰えたんだ。
そんで色々とあり、世界最強の勇者だった俺は、訳あって今は冒険の初心者が集う場所『ハジマリーノ町』にいる。
このハジマリーノ町は、主に初期装備の安価なアイテムや装備品を豊富に取り揃える、言わば「旅を始めるならこっから試してみてね」みたいな、チュートリアル的な町だ。
その町の一角にある小さな武器屋の店先で、俺は声を張り上げていた。
「頼む! どうかこの通り。俺をこの店で雇って下さい!」
只今武器屋の店主のおっさんに土下座で懇願している真っ最中。店主は困惑の表情で、行き交う人々に愛想笑いを振りまいていた。
「おいおい、お客さんよ。頼むから店先で土下座とか止めてくれ。人目があんだからな」
「じゃ、じゃあおっさん、俺を雇ってくれんのか!」
「勘弁してくださいよお客さん。それに……その面、肖像画でよく見た顔だぜ。たしか、世界最強で有名な人だよな? えっと、なんつったか忘れちまったけど……」
やっぱり、世界最強とか言ってくれると嬉しいね。名前を忘れられているのが悔しいけど。
ちなみに、この世界では勇者の称号が与えられると、その肖像画が世界各地の町や村に配布されて、お上の条例なんかと一緒に張り出されるのだ。
そのおかげで、宿泊の割引サービスとか、有名なアイテムのお取り寄せサービスなんかも顔パスで受けられちゃう。優遇接待すごすぎだぜ。
だが、一夜にして落ちぶれてしまった俺は、今や世間から鼻つまみ者扱いされている。悲しい。
「ケンゾウです。一応勇者やってましたケンゾウです!」
「そうそう、ケンゾウさんだろ? そんな有名な奴は雇えねえって。特にウチみてえな小さな武器屋はよ」
「そこをなんとかお願いします。給料は最低賃金でも構いませんから、どうか」
腕組みをして俺を見下ろす店主は、頭にはめられた金色に輝くリング状の物を見て、ため息交じりこう言った。
「そうは言ってもよ、ケンゾウさんの頭のそれ。呪われちまってんだろう? そんな奴を店で働かせるわけにはいかねえな」
やっぱりか。
この世界の人たちは、俺の頭にはめられているリング状の物を見ると、嫌な顔しかしない。
呪いのリングっていうと、白装束に髪の長い女性が夜な夜な出てきそうだけど、そうじゃない。
俺の頭にはめられているリングは、あの有名な『緊箍児』っていう物らしいのだが。そう、天竺を目指すお猿さんが頭に付けているアレだ。
お猿さんのは暴れん坊を懲らしめる為に、お経で頭を締め付けると記憶しているが、俺の頭にあるやつも大体似たような物。
ただ俺のは、あの悪名高き魔王に付けられてしまった為、非常に厄介だ。
まあ、そうなってしまった経緯は後々お話するかも。
とにかく、俺の行動の足枷となっている頭の『緊箍児』は、今一番に対処しなければならない最重要事項なのは事実だ。
そうは言ってもただの『緊箍児』じゃん、大人しくしていれば何もないでしょ? と考えている甘ちゃんに、少しばかり説明しておこう。
先ずはデザイン。やられた俺が言うのもなんだが、これはカッコイイと思う。うん、カッコイイ!
んで、機能面。締め付けて頭が痛くなるのはオリジナルと同じだ。だが、締め付けの発動条件がいくつかあって、その内の一つが今俺の隣に突っ立ている幼女が関係している。
名前は『ミミ』、金色の輪にもれなくセットで付いています。
ボロボロの小汚い恰好をしていて痩せっぽっち、髪もボサボサ、顔や他の肌も汚れている。魔王に拾われたのか誘拐されてきたのかは分からないか、とにかく臭いが酷いのだ。このかた一度もお風呂に入ったことが無いのではと思えるほど。
まあ、奴隷扱いされていたのなら無理もないか。
喜怒哀楽が無く不愛想。ひたすらてくてくと俺に付いてくるだけで無口、本当に無口なのだ。
先ずは、この子が絶命すると『緊箍児』が反応して俺も死ぬ。
それから、お互い半径五メートル以上離れても駄目。それこそどっかに置き去りにしようものなら、ジ・エンドだ。
あと、この子の意思や感情でも金の輪をコントロールできるらしい。
そして俺達はここ数日、ろくな食べ物を口にしていないものだから、ミミの生体反応が明らかに弱まっているのだ。
ミミの心拍に合わせて、『緊箍児』がどくどく頭を締め付けている。
そう、絶賛痛みが上昇中なのである!
「う゛っ! せめて……せめてこの子だけには何か食べ物を恵んでほしい」
俺は涙ながらに店主にお願いする。やはりここは情に訴えるしか。
これまでにも、頭にはめられた金色のリングを見れば、誰もが嫌がって相手をしてくれなかった。
どうやらこの世界の人々は、呪いの類から極力避ける傾向にあるらしい。
俺はこの店に来るまで何百件と回ってきたが、その全てが断られている。
世界最強の俺が、不覚にも『緊箍児』を食らってしまったせいでこのザマだ。
「……ったく、子供連れか。……まあ、いい。中に入んな」
店主は諦めた様子で、俺たちを店の中に入れてくれたのだった。