09 決意
誤字報告ありがとうございます。
大衆浴場から帰ってきた俺達は、武器屋の勝手口の扉を開けて中に入った。
すると目の前で、お酒を飲んでくつろいでいる店長の姿が。まだこの人飲んでいたのかよ。
「ただいま」
「おう、ケンさんお帰り。おチビちゃんは寝ちまったか」
「ああ、この通りぐっすり」
湯船の中で気持ちよくなってしまい、そのまま寝てしまったミミ。
起こすのも可哀そうだから、脱衣所まで抱えていった。
濡れた体は隅々までちゃんとふき取ったし、着替えもしっかりと着せてあげた。
もしかして俺って、この子の親になっちゃったの? と思える位だったよ。
帰宅までは背中に担いで歩いてきた。
おかげで俺は全身汗だくさ。もう一回体を流したい気分だぜ。
「あのな、店長」
「ん? どうしたケンさん」
「お風呂でミミに不思議なことが起こってさ。こいつ、汚れと臭いで酷かったろ。ぴっかぴかにしてやろうと思って、体中を綺麗にしてあげたんだよ、そしたら――」
「ほうほう、露わになった体に、ムラムラっときちゃったのか。いかんぞ、幼女に発情しては、ガハハハッ! ヒック!」
「するかっ!」
ロリコンじゃあるまいし、公衆の場でそんな事になってみろ、人として終わるだろうが。これだから酔っぱらいは困る。
「綺麗になったミミが一瞬光って、そのあとから喋れるようになったんだよ。俺の言っている事も分かるようになった気もするし」
「ケンさん、それはもしかするとアレかもしれんぞ。ミミの体に纏わりついていた汚れそのものが、魔族に掛けられた呪いか封印、そういった類の術式だった。そう考えるのが普通かもしれん」
「なるほど、それで全然子供らしくなかったのか。目も死んでたもんな」
「その寝顔を見る限り、以前とは比べ物にならない位、人間らしくなったと思うぞ。ヒック!」
まあ、酔っぱらいの言う事だし、呪いの事も含めて話し半分に聞いておいた方が無難なのかも。
でも間違いなく、ミミは変化した。それだけは言える。
「とにかく今日はご苦労さん。部屋は用意してあるから、ゆっくり休んでくれ」
「悪いな店長。俺もすぐにでも寝れそうだ」
「なあに構わんさ。だが、明日からまたしっかりと働いて貰うぞ。看板娘のチャコちゃんにな。ガハハハッ!」
「ははは、お手柔らかに……」
店長はご機嫌だ。ハイテンションだなあ、飲み過ぎなんじゃねえの?
俺は気の抜けた笑いを返すと、そのまま部屋に入った。
「ふむ……ベッドは一つか。まあしゃないな」
背中のミミをベッドに下ろす。
風邪をひかないように毛布を掛けてあげる。
俺もその隣へゴロリ。はあーふかふかのベッド、幾日振りだろう、気持ちいい。
魔王に負けてから今日まで、気の休まる時など殆ど無かった。
特にこの忌々しい『緊箍児』のお陰で、幾度となく生死の境をさまよった。
「どうにかして、対策を見つけなければだな……」
隣で眠るミミも、間違いなく魔王の被害者だ。
呪いの器具『緊箍児』の呪縛、こいつを解けばもう一度最強の勇者として魔王の首を取れる。
そして、ミミも開放出来るだろう。
そう気持ちをざわつかせている俺の目に、穏やかな幼子の寝顔が映り込む。
ほんのりとピンクに染まった頬に触れてみると、ぷにょぷにょしていて気持ちいい。
「ふっ、子供って柔らかいし、かわいい寝顔だな」
いつの間にか、ささくれ立った心がほっこりと温かくなっていた。
だが、しばらく眺めていたその寝顔に、異変が起こったのだ。
静かに寝ていたミミの息遣いが、徐々に荒くなっていく。
そして苦しそうに、ハアハアと口で呼吸をし始めたのだ。額には大量の脂汗が。
「おい、どうしたミミ! 苦しいのか、しっかりしろ」
これは只の異変じゃない、俺は慌てて飛び起き、ミミの汗を拭った。
「…………テ」
「!」
何かを言いたいのか、口をパクパクと動かしている。そして……
「――タ、ス、ケ、テ」
そうミミが発すると、再び静かな眠りについたのだ。
俺はその時、ただ茫然と幼女の寝顔を見る事しか出来なかった。
「……許せねえ。こんなに小さな子供まで苦しめるなんて。絶対に許せねえ!」
どんな辛い仕打ちを受けたのだろう。
親と離れ離れになって、どんなに寂しかったのか。
悪夢を見るほどの……
一人孤独に耐えてきたミミの事を考えるだけでも、胸が張り裂けそうになってしまう。
「絶対にお前を救ってみせるさ、絶対に!」
俺はこの幼女を救うため、誓いを心に深く刻み、深い眠りについた。
第1章終わりです。