映像制作部!
僕、蟹崎誠也は昔から、映画を観るのが大好きだった。
ドラマも泣きものから恋愛ものまで、一通り流行り物は観てきたし、若手俳優から名脇役まで役者の知識だって相当なものだと思う。
そんな僕も高校は結局、親の都合などもあって近所の公立校に通うことになってしまったわけだが、高校が終われば映像の専門に行って、すぐにでもADとして様々な映像制作の現場に立ち会いたい、というのが夢だ。
だからこそ、そんな僕がなんの期待も寄せずに、もっと言ってしまえば3年間を捨てる気分で入学したこの高校に、その部活があったことに、少なからず運命を感じたものだった。
――――映像制作部。
まさに、僕の為の部活じゃないか!
そう思えるほどに、胸が高まったのを今でも覚えている。
「やった、まさかこの高校に映像系の部活があるなんて…!」
高校生の僕には流石にプロの機材を買えるような手段があるはずもなく、3年間で出来ることはせいぜい映像の研究やカメアシのバイトくらいなものだろう、と高を括っていたのだが。
これは入学早々、想定外の嬉しい誤算であったことには違いない。
もしかしたら、自主制作映画を何本かを手掛けることだってできるかもしれないと思うと、とにかくやってみたいことや試したいことが溢れてくるのだ。
「ここが、映像制作部……!」
もちろん、入部届けは即座に提出済みだ。
ゴクリ、と柄にもなく唾を飲み込む。期待で胸が張り裂けそうだ。
一体この扉の向こう側では、どんな将来有望な先輩がこの中で創作意欲に駆られ、貪欲に活動していることだろう。
皆将来は同業でありライバルにもなり得る人たちなのだ。あるいは殺伐としているかもしれない。ひょっとしたら演劇出身者などが集まって、今も演技やリハをやってたりするのかも。
なんて。考えていても仕方ない。
よし、扉を開けよう。
(あぁ、同志よ!いざ共に映画を作らん!)
――――ガラガラッ!
「あっ♡ダメェッ!イクッ!イっちゃうよぉぉぉっ!」
「いいよ~、いい表情ですよ~」
「んほっ、んほほぉぉぉぉぉぉっ!びくっ、びくびくんっ!」
「あれあれぇ~、双葉ちゃん……まだイッていいって言ってないよね?」
「だって、監督ぅ、んはっ、これっ、これはぁぁっんほほぉぉぉぉっ!」
ガラガラ……バタンッ
「……」
僕は思わず、開けたドアを閉めた。
「ふぅ……」
そして、深呼吸を一つ。まずはしっかりと気持ちを落ち着かせる。
(――おい!おいおい、なんだ!なんだなんだ、何が起きた、いま!?)
一応、コンプライアンス的な事もあるので混乱の最中、状況だけ説明するが。
机の上に四つん這いになりながら、くねくねと身体を揺さぶる小柄な女子と、それを後ろからビデオカメラで撮影する、これまた美少女な女子2人組が、何かをしていた。
何かをしていたなんて言うと、なんというかほら、いわゆる卑猥な感じに聞こえるかもしれないけど、実際それとは違った、ということだけ声を大にして補足しておく。
なぜならこの物語は夢を追いかける健全な男子こと『僕』の、栄光ある高校時代を描くはずの血と汗と涙の青春ストーリーなのだから。
先ほどこの中で見た光景は、ただ身体をくねくねさせながら艶やかで少しセクシーな声をあげる女子と、それをニヤニヤとしながら撮影していた女子がいただけなのだ。
それ以上でも、それ以下でもない。
だから、この世の男子たち皆が期待しているような情景では決してなかったのだが…。
(っていうか、アレ。もしかして部室を間違えたか?)
そう思って扉に備え付けられた札を見やるが、そこにはハッキリと映像制作部の文字が書かれていた。
間違いない、ここは映像制作部だった。ということは、さっきのは幻か何かか?
いや、待てよ。
もしかしたら札の付け替え忘れで、実際は既に部室が変わってしまっており、別の場所で活動しているのかもしれない。それで、この空き教室を使って女子同士で悪ふざけをしていたんだな。そうだそうだ、きっとそうに違いない。
よし、それじゃあもう一度職員室に行って、最新情報を確認してこよう。
そう思って廊下を歩き出した瞬間。
――――ガラガラッ
「ちょっと待ったぁぁぁっ!」
「うおっ!?」
突然、先ほどの扉が勢いよく開けられた。
「はぁっ、はぁっ……っ」
声を張り上げながら頬を真っ赤にして出てきたのは、先ほどの机の上で訳のわからない奇声をあげていた小柄な女子生徒の方だった。
「んあっ、ま、待って……ちょ、まっ、これやばっ!……ひうぅっ!」
「……っ?」
追いかけてきた女子生徒の方へ振り替えると、彼女は激しく息を乱しながら、なぜかブラウスのボタンを無造作に開けて着崩しており、心なしか足取りはふらふらと覚束ない様子だった。あとなぜか変な声を漏らしている。まじで意味不明である。
そんな状態の中にも関わらず何か僕に用でもあるようで、ゆっくりとこちらに近づいて来るので、僕は慌てて、
「ちょっと……だ、大丈夫ですか?」
思わずそんな風に声をかけざるを得ない状況だった。
「……はぁ、こ、こんなのだめっ、むりっ……」
「えっ、何がですか?具合でも悪いんですか?」
僕が駆け寄り、表情を伺おうと屈んだ瞬間、小柄な女子はそのまま倒れこむようにして勢いよく僕に腕を回して抱きついてきた。
「んあっ♡」
「うわっ!?ちょ、本当に大丈夫ですか?なんか足がガクガクしてますよ?」
「はうっ!あっ、あっ……やばっ、これは……んくふっ!」
僕に抱きつきながら、ほとんど立っていられない様子でガクガクと内股で崩れ落ちて行く彼女に、僕は動揺してしまいどうすることもできずその場に立ち尽くしていた。
(っていうか……これ……!!)
不可抗力とはいえ女子にいきなり抱きつかれてるんじゃ…?
な、なんだこの状況は……。
彼女のカラダが震える度にふわぁ、と甘い女子の清潔感溢れる香りが立ち込めてきて、腰に回された腕の感触を妙に意識してしまう。このままじゃ、まずい。
けど、だからと言ってこのまま突き放すわけにも行かないし。
そんな風に考えていると、ぶるぶる震える女子生徒が潤目でこちらを見上げ、懇願するように言葉を絞りだした。
「ごめっ、これ無理……も、もう出るっ」
「出るって、なにが……うわっ!?」
「あ……んぁ♡」
ガクリ、とついに彼女が崩れ落ちたので、僕は回された腕を抱え込むような形で、なんとかカラダを支えてあげる。
「あっ、ちょっとしっかり――――っ!?」
「ツーっ」と。一筋の雫が女子生徒のスカートの中から太ももを伝って廊下に滴り落ちるのが見えた。
(え……?)
その、直後だった。
―――ポタッ……ポタポタポタッ!!
「は、あぁぁぁぁぁ……っ♡」
「えっ!?ちょっと、えっ……た、大変だ、それ!なんか漏れてますよ!」
「だ、だってぇ……あひいぃっ…!」
僕が反射的に後ずさりそうになって、けれども僕が離れたらそのままこの女子生徒は倒れ込んでしまいそうだとハッとなり、結局動かないままに一部始終を見ているしかなかった。
「あっ……♡ごめんなひゃい、ごめんなひゃっ…!」
先ほどからポタポタと、その―――スカートの中から床に何か、水がポタポタと垂れている。
一体全体、今日はどうしてしまったのだろうか。先ほどから意味不明なことばかり起こりすぎだろ。
現実は小説よりも奇なり、とはよく言ったものだが、まさにそれだ。映画でもそうそう起きはしない出来事ばかり、目の前に舞い込んでくる感覚。
「はぁっ……♡はぁっ……♡」
え、マジか、これってもしかして、オシッコじゃ……?まさかいきなり目の前で漏らすなんて。
いやいや待て、これは色々とやばいぞ。
とんでもないものを見てしまった!大変だ、と、とにかくあれだな、恥をかかせないように無関心を装って何か拭くものを!
いや、着替えもなきゃダメだよな?僕の体操着で……。
いやいや、そんなの嫌だよな?えーっとえーっと……。
「あちゃー、出ちゃった……」
そんな風に慌てる僕をよそに、目の前の女子生徒は平然とした様子で、ガックリと肩を落とした。
いや、出ちゃったって。もう少し恥ずかしがるとか、慌てるとか、そういうのあってもいいんじゃないでしょうか!?と内心驚きだったが、表情に出さないよう必死に飲み込む。
「え、えっと……あの、それって……」
大丈夫ですか、とかもう少し心配するような言葉をかけるべき場面なのに、僕は動揺しているせいで、そんな第一声を掛けてしまった。
「ん?あぁ、ごめんごめん……これ、さっき仕込んだローションなんだぁ、漏れ出しちゃったね♡」
恥じらう様子もなく「にゃはは」と八重歯を見せながらはにかむ彼女に、僕はただただ「はぁ……」と頷くことしかできない。
そんな僕に代わるように、部室の中から様子を見に来た、もう一人の女子生徒。
キレイな黒髪を靡かせながらひょっこりと廊下に顔を出した彼女は、小柄な女子生徒の醜態を認めるなり、すぐに眉をひそめた。
「あー!廊下ベッタベタじゃない、もぉ~。だからやめた方がいいって言ったでしょ、双葉ちゃんったら」
少し怒っている様子だったが、清楚な見た目の通り、優しくてちょっとおっとりとした口調のため、全然怖くはなかった。
「にゃはは。ごめんごめん。気持ちよくなっちゃって、つい……」
「ちゃんと双葉ちゃんがお掃除してね」
「おっけー、おっけー」
まるで悪びれる素振りもなく、ヘラヘラと手を振りながら清掃用具を取りに行ってしまう小柄な女子生徒。顔を出していた清楚な女子生徒も追いかけるように顔を引っ込めてしまった。
「……」
そして一人ポツンと、その場に取り残される僕。
目の前には、先ほどの女子生徒から滴り落ちた、透明の液体が廊下を濡らしている。
「――――な、なんだったんだ、今の人たちは!?」
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「にゃははっ!キミが新入部員の蟹崎誠也クンだったか!改めて!私が部長の双葉せいらだよっ!こう見えて3年生の先輩だからな、礼儀には気をつけろよな」
「そして私は、2年で副部長の獅子堂もえです」
「よろしくなっ、蟹崎ぃ~!」
結局色々と気になってしまい、廊下に立ち竦んでいた僕は、先ほどの2人に連れ込まれる形で、部室内へと足を踏み入れたのだった。
勝手に自己紹介が始まったおかげで、2人が何らかの部活の人で、少なくとも学年の上の先輩であることは分かった。
「いや、よろしくじゃなくて!僕はここが映像制作部だって聞いて来たんですよ。そしたら、お2人がいて……その……部室は確かにここって聞いてたんですけど、えっと……おかしいなぁ……だって――――」
流されて入ってしまっておいて情けない話だが、先ほどの動揺もあって1秒でも早くここから抜け出したくて、遠回しに自身の状況を説明したのだが、小柄な方の先輩である双葉さんが「にゃはは」と愉快そうに僕の言葉を遮った。
「―――だから、ここがその映像制作部だよ、蟹崎ぃ」
「はぁ……へっ?」
ちょっと待った。おいおい、待て待て。
今この人、なんて……?
「えっ、ここが…映像制作部?」
僕は呆気にとられ、思わず首を傾げる。
ギャグか、ガチで言ってるのか、もはや僕には解る術がないのだ。
すると再び、目の前で双葉先輩が笑いだす。
「にゃはははっ!ガチガチ!ガチでここが正真正銘キミの入部した『映像制作部』だよ~」
「ええええぇっ!?」
そのとんでもなくガッカリな事実を聞いた瞬間、僕が描いた夢も希望も期待も、全てがガラガラと崩れ落ちた音が聞こえたような気がした。
「う、嘘だ……じゃあ、だったら、さっきのはなんなんですか!?」
「あー、あれ?ピンポンダッシュ☆」
「ごめんなさい、何一つとして意味がわからないです」
マジで意味わからすぎて首を振ると、隣に座っている2年の黒髪清楚美少女 獅子堂さんがおかしそうに笑った。
「クスクス、双葉ちゃんってば、ホントにおもしろい」
「はぁ、そうですか……」
どうやら彼女にとってはその『ピンポンダッシュ』というワードがツボのようで、僕に言った後で口元を手で押さえながら、またクスクスと笑いを堪えているようだった。
本当に不思議だな、2人とも。
「なぁなぁ蟹崎ぃ、キミには将来の夢はあるかい?」
と、何も解決しないまま、突然双葉先輩が真面目な質問を投げかけてきた。
真面目な質問には、僕だって真面目に答える。
「ありますよ。そりゃあ、この部に来たくらいですから。僕は映画を作りたいんです」
「映画?監督ってこと?」
「そうです」
映画監督といっても別に、国を代表する名監督になりたいとか、誰にもでも愛される有名監督として芸能界に蔓延りたいとか、そんな野望を語るつもりはない。
ただ僕は純粋に、編集も脚本も全部こなして、僕の作品に共感してくれる、僕の作品を好きだと言ってくれる人の心を満たせるような、そんな監督になれればいい。そんな人になりたい。それが、僕の将来の目標だ。
「にゃはは、立派じゃん!」
「だから、その……僕は本当に真剣なんです。お遊びの部活なら興味ないので、すみませんが入部届けは返してもらいま……」
「――――いいや、遊びじゃないぞ」
「は?」
さっきの光景を見て、果たして一体何がどう遊びじゃないと言うのだろうか。たまたま今日は何か理由があってふざけていたってことか?
「私たちだって、将来の為にこの部を立ち上げ、明確な目標を持って活動しているのだからな」
「将来の、ため?」
それは、それだけ聞くと、僕と同じだ。
双葉部長は続ける。
「そう。映像制作……キミも憧れてるように、私たちだって真剣にこの部で活動してるんだよ!」
「そうなん、ですね」
その部長の真剣な眼差しに、僕はホッと安堵した。よかった、根はちゃんとしている人なんじゃないか。
まぁ、監督を目指すような人間は変わり者が多いと言うし、そういうことなんだな。
つまりこの2人は、僕と同じ夢を持っている仲間であり、同志だったということだ。
「じゃあ、お二人の夢も、もしかして――――っ!」
一体、将来どんな映像制作に携わる人達なんだろうか、一気に興味が湧いてきた僕は、前のめりで訊ねた。
映画監督か、あるいはTV局か!?あぁでも、配信の方って可能性もあるよなぁ……!
だが、目の前の2人はニコリと微笑むと、そんな僕のやる気をぶち壊すかのように、平然ととんでもないことを口にするのだった。
「にゃはは、そうキミの想像の通りっ!私たちの夢は――――」
「夢は……っ!?」
どどーんっ!!!
「セクシー女優!」
「Vシネ作家♡」
……。
あ。死んだ。
ごめんなさい、お母さん。
やっぱ僕にはこの部活、無理でした。
お読みいただきありがとうございます。
別作品の更新などもありますので、こちらは1話読みきり連載のような形で、まったり更新予定です。
どうぞ気長にお付き合いいただけましたら嬉しいです。
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