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因果、あるいは世界の秩序

「マウリツィオ・・・」


「ご存知ですか?」


「いや、ご存知も何も・・・今、一番に文句を言いたい相手だわ」

 梨音は目の前の黒猫を睨みつけた。

 その見た目はただの猫に過ぎなかったのだけど。

「その、何か問題が・・・?」

「あなたの遺した魔法書通りに魔法を使った結果が、これよ」


 梨音は、これまでの経緯を簡単に説明した。

 黒猫マウリツィオは前足を嘗めながら聞いていたが、合点したように言った。

「なるほど。レナータ様は私が創り出した異世界記憶魔法を行使されたわけですか」

「・・・いや、記憶を手に入れる魔法じゃないよね、これ」

「実際には異世界間における二人の意識を入れ替える魔法です。でも、私自身、それを自分で試すまでそうは思っていなかったのです。何人かの奴隷、それから希望をした冒険者などに魔法を使って知識を与えた、と思っていました。少なくとも魔法を行使した後に、それまでの記憶は保持されていましたし、確かに異世界の知識も知っていたからです。ですから前世の記憶を取り戻す魔法だと、そう信じていたわけです。魔法行使後の観察の結果、我々の暮らす世界の住民は前世で二ホンという世界に暮らしていたのだと思いました。前世の記憶を取り戻したように見えた何人かの被験者達と話をしているうちに、その世界にとても興味を持ったのです。飛行機というものが空を飛んでいるという。テレビという遠くの映像を見ることが出来る機械があるという。不思議な話ばかりでした。わたしはついに我慢できなくなり、その魔法を自分自身に使ったのです。今から45年前のことです」

「45年前?」

 ソーラの町でシーザリオから聞いたところによれば、マウリツィオは30年ほど前に例のダンジョンを作ったはずだ。

「そうか」と梨音は思った。

「あのダンジョンを作ったのは、こっちの二ホンの世界の人格を持ったマウリツィオだった、というわけね」

 黒猫は首を傾げた。

「なにを仰っているのかわかりませんが・・・おそらく、45年前以降にあちらで暮らしていた人格が行ったことでしょうね」

「そうか、つまりマウリツィオ、あなたも私と同じ、間違ってこっちに来てしまった残念な人ってことね」

 黒猫は頭を垂れた。

「残念・・・そうですね・・・」

「で?マウリツィオは、どうして猫の姿なのかしら?まさか人間同士以外でも意識の入れ替えが起きるとか言わないわよね?」

「基本的には人間同士にしか発動しません。私がこの姿なのは、こちらの世界の人間の体が既に失われてしまったからに過ぎません」

 そうか、45年も前ならば、マウリツィオが来た時点で、ある程度の年齢になっていたのなら亡くなってしまってもおかしくはないだろう。

「じゃあ、なに?霊体ってこと?猫に憑りついているってこと?老衰で死ぬことがわかった時点で霊体として生き続けてるってこと?」

 黒猫はゆっくりと首を横に振った。

「レナータ様、2点訂正いたします。そして、それこそが私マウリツィオが大規模魔法の痕跡からあなた様に会いに来た理由でございます」

「どういうこと?」

「まず第一に、こちらへ意識が切り替わった後、私は老衰で死んだわけではない、ということ。霊体として生き永らえているという言い方は間違っている、というのが2点目。先に魔法で意識が入れ替えられるのであれば、意識というものは魂と同義であり、魂は器さえあれば保持可能なのではないか、と考えつきました。そこで、私は咄嗟に近くにいた動物に意識を移したのです。こちらへ転生したように感じた直後に、事故死する寸前に、です」

「事故死?直後?」

「そうです。これは大事なことです。45年の間にわたしは何人もの異世界転生を見てきました。必ずしも我々と同じ世界から転生してきたり意識入れ替えをしてきたわけではなかったのですが。とくにこの近年、異世界転生や意識入れ替えは爆発的に増加しています。理由はわかりません。ですが、その際には大規模な魔法の痕跡が現れます。それが私やレナータ様のように意図的な魔法の行使の場合だけではないようです。なんらかの偶発的な理由で転生が起きていることもあるようです。そして一番重要なことなのですが・・・二ホンに来た方の転生者は・・・かなり高確率で転生直後に、事故死するのです」

「な、それって、つまり・・・」

「そうレナータ様の命は数週間・・・早ければ今日のうちにも事故に遭い死んでしまうであろうと警告に参ったのです」

「どうして・・・・」

「理由はわかりません。ですが或いは、それが因果というものなのかもしれません。世界が秩序から外れたものを修正しようとするのかも」

 梨音は後頭部を撫でた。

 咄嗟に魔法を使ったから良かったものの、屋上から落ちたことも偶然ではなかったのかもしれない。これからもあんなことが繰り返し起きるのか。

「何か方法はないの?というか、マウリツィオ、あなたはどうやって逃れたの?」

 黒猫は首を振った。

「私も同様に事故死した、と言ったでしょう。大型トラックに轢かれたのですよ。肉体的にはほとんど即死でしたよ。けれど最後の力を振り絞り、手短にいた猫に意識を移し・・・」

「ちょっと待って、なにそれ。猫は45年も生きないでしょう?」

「通常であれば、そうですね。意識を移した時点でこの猫は5,6歳だったので、せいぜい10年ももてば良いほうだったのですがね。私はエルトリアの魔法使いマウリツィオ、猫の寿命を引き延ばすことくらいは出来るのですよ」

 マウリツィオは、猫という形態は保ったまま生き物の呪縛を逃れる魔法について簡単に説明を始めた。

 要するに梨音の目の前にいる黒猫は生き物ではない。

 日本の言葉で言うならば一種の妖怪のような存在であるため老化することはない。

「つまり、人として生きていくのは無理だから妖怪化しろと?」

「そうは言っておりません。わずかな確率でも生き延びることが出来るのなら、それに賭けると仰るのであれば助力いたします」

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