ダンジョン
「魔物ですって?」
レナータの知識の中に「魔物」という存在はあった。
だが遭遇したことは無かった。
魔法文明が充分に発達した今日においては、魔物は山深いところとか、無人島とか、そういう人里離れた場所にしか生息していないとされていた。
それが街から半日程度の場所に出るとはいったい・・・
「ダンジョンには魔物が付き物なのだ、とマウリツィオ師は申しておりました。だからダンジョンに一歩入れば魔物がウジャウジャと出るようになっているのだ、と」
「それはつまり・・・魔法書を手に入れるのは不可能だということですか?」
シーザリオは首を振る。
それは否定の意味だったのか、不可能であることを暗に示したのかはわからない。
「不可能ではないはずです。マウリツィオ師の予言では、いつか世界が闇に包まれし時、何処からか勇者が現れ、その扉を開くだろう、と仰っておりました。まあ、魔法書を手に入れようとダンジョンに向かったものは誰一人帰ってきておりませんが」
それはつまり・・・どういうことなのだ?とレナータは思った。
わかるようなわからないような・・・。
ただ一つ言えることはダンジョンの中には魔物が大量にいて、安易に入り込めば生きて帰ることはおろか、死しても出られないということか。
レナータは唸った。
目の前にあるのに手に入らない。
シーザリオの言うことが本当ならば、いくら自分の魔法に自信があり、領内でも1,2位を争う剣士を二人連れているとはいえ、かなり心許ない。
「それで、そのダンジョンというのはどのくらいの広さなんでしょうか」
シーザリオは大きく頷いて見せると一枚の羊皮紙を鞄より取り出した。
「それはここにマップが・・・エトルリア金貨一枚でお譲りします」
金貨一枚とは銀貨で200枚相当となる。
エトルリア銀貨は小さかったので・・・。
おおよそ日雇いの労働者が一か月で稼げる金額が銀貨100枚から200枚ほどであるので、まあそんなくらいの価値である。
「シーザリオさん、これって・・・いったいどうやってお調べになられたんですか・・・」
誰も帰還していないはずのダンジョンのマップがどうしてそこに存在するのか。
当然の疑問だった。
「これは、その、わが師マウリツィオの遺したものの写しで・・・ダンジョンを作った本人によるものですから」
「あ、そういうこと・・・」
レナータは唐突に悟ってしまった。
これはあれだ。
いわゆる観光客向けのあれと同じ感覚である。
つまりマウリツィオは、禁忌魔法書という餌で冒険者を国中から、もしくは国外からも、集めてマップを販売することで利益を得ていた。
レナータの父が禁忌魔法の入手先を簡単に知り得たわけである。
だって宣伝してるんだもん。
ここへ来れば手に入るっていうことを。
そして、多くの冒険者はダンジョン内で命を落とし・・・どうせリピーターは生まない観光地である。一度金を払った者がどうなろうと関係ないのだから。
「シーザリオさん、一つお伺いします」
「はい、なんでしょう」
「公式にはダンジョンから戻ったものはいないと仰いましたが、今まで何人の冒険者がそれに挑んだのですか?」
「師が存命の頃よりのことですので、おおよそ30年ほど。1年で多い時には100人ほどがダンジョンに挑まれました。最近はせいぜい月に1組か2組というところですが」
「その中のただ一人もダンジョン最奥部の魔法書にたどり着けなかったと、どうして断言できるのです?そこに魔法書が残されていない可能性は?」
「いえ、先ほどは誰も帰って来なった、と申し上げましたが、これもわが師マウリツィオより伝えられた言葉を繰り返しただけでございます。ダンジョンの出口は入り口とは別の場所に設定されています。ですので、ダンジョンを攻略しても帰ってはこないのです。ですが、ご安心ください。かの魔法書は持ち出すことは出来ないのです、レナータ様。可能なのはその場で書き写すか、全てを覚えるか、しかも師によれば、魔法書の閲覧は1度に1項目とのこと。ダンジョンに挑んで得られる魔法は1つだけなのだそうです」
「でも魔法書はそこに存在するのでしょう?持ち出す方法が絶対にないということにはならないのでは?」
「これも師曰く、その魔法書は紙媒体ではないのだよ、と」
準備に一か月をかけた。
武器の調達。
保存のきく食料の調達。
父上へ手紙を出し、兵士を送ってもらう。
一方でダンジョン内部の魔物の強さを調べるため、何度かの試験突入を試みた。
だが、マップに描かれている通り、入ってすぐのところに扉があり、そこにはこう警告が書かれていた。
『これよりダンジョン。一度入ったらクリアするまで出られません』
深刻さがゼロで思わず開けてしまった、レナータ。
扉は内側へ開くようになっており、かなりの頑丈さであった。
そして機械仕掛けなのか扉から手を離すと勝手に閉まろうとする。
レナータは扉を支えたまま、中へ入ってみようとしたが護衛に止められた。
代わりに護衛兵士が中へ入ると、扉を押さえていたレナータともう一人の護衛をわけなく押し返すようにして閉まり始めた。
慌てて呼び戻してギリギリ間に合った。
マップを見る限りでは地下5階構造、各フロアの広さは王都のコロッセウム3つ分くらい、そして各フロアに何故かある「ボス部屋」なる表記。そこには下の階層へ降りる階段があり、そこには何らかのモンスターの絵が描かれていた。
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一か月後、レナータは4名の仲間とダンジョンへと挑んだ。
あとになってレナータ(梨音)は思ったのだが、あれはまさにRPGのダンジョンそのものであった、と。
うろつくゴーレム。
動くものすべてを攻撃してくる。
倒しても倒しても次から次へと出てくる。
そして死霊ども。
根本的に物理攻撃が通用しないため高価な聖水を消費する。
それも数に限りがあるのでレナータの魔法攻撃で対処したがきりがない。
死霊には聖属性魔法の効果が高いのだが、そもそも死霊など滅多に姿を現さなくなって久しいのだ。さすがのレナータも、技術として知っている程度。練習していない魔法は効率良く発動できない。それも苦戦の一因だった。
そして階層ごとのボス。
レナータは「階層のボス」という存在を知らなかった。
なんのためにそんなものが必要なのか全く理解が出来なかった。
レナータは魔法師であるため後衛で攻撃魔法と治癒魔法をかけ続けた。
物理攻撃に優れた兵士を揃えたパーティー内では、レナータの物理戦闘力よりも、支援魔法のほうが貴重だった。
前衛の兵士はよく戦ったが地下3層で一人を失った。
蘇生は叶わなかった。
そして犠牲を払いながらも地下5層をすべて突破し、レナータ達は最後の部屋、ラスボスの守る禁忌魔術書の部屋の前まで辿り着いたのだった。
最後のボスはドラゴンで、当時のレナータ達は初めてみるその神々しいまでの姿に圧倒されたもののレナータの魔法攻撃、兵士の決死の突撃によって見事に倒した。
兵士たちは疲弊し怪我も負っていたが、とにかく魔術書の部屋へ入りレナータによる回復を受け、そして4人は道半ばで倒れた一人の冥福を祈り、静かに目的達成を祝った。
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レナータはついに禁忌魔術書にたどり着いた。
部屋の中央に鎮座した1メートルほどの円柱に近寄ると、それは紫色の光を発し、そして黒いローブの男の幻影が現れた。
「ダンジョンクリアおめでとう。私がマウリツィオ、このダンジョンの制作者にして魔術書の著者だ。お前の欲しいものはなんだ?」
レナータは一瞬面くらったがすぐに立ち直り、幻影に向かって叫ぶ。
「わが意は知識の獲得なり。チートと呼ばれる知識を得んがためにここへ来た。チート知識を得る魔術を伝授いただきたい」
マウリツィオの幻影はしばらくの間固まっていたが、回答を見つけたのか大きく一度頷いた。
「よろしい。では先へ進め。正面モニターに魔法の術式と必要な材料を映し出す」
そう、マウリツィオの幻影は確かに「モニター」と言った。
それをレナータは聞き逃さなかった。
モニターが何なのかはわからなかったが、それがこの世界の物ではないことだけはわかった。
マウリツィオは確実に「チート」の知識を持った魔術師だった。
そうなれば、レナータもそれを手に入れることが出来るのだ。
この魔術さえ行使できれば。