梨音の父親
「まだ確定したわけではない」
倉本雅臣は高倉に言った。
「ですが、ほぼ確実でしょうな。小規模とはいえ、魔法行使に伴う数値の変化が出ている。このエリアで、です」
監視制御システム室のセンサーが拾うのは、一定の地域における磁場解析データを始めとする様々なデータである。しかしながら、それは詳細な分析を待たねば、エリア内において発生していることしかわからない。
目の前で魔法を使われても、センサーが拾うのは地域全体の磁場の乱れなのだ。
「この1週間の間にも何度も観測している。今日のデータは解析中だが、昨日までの分は場所まで判明している。学校、海岸、どちらもあんたの娘がいた場所だ。いや、娘なのは外見だけだろうがな」
雅臣は大きなため息を一つつくと目を閉じた。
梨音は・・・
義理の娘だ。血は繋がっていない。妻の連れ子だった。
5年前に今の妻と結婚した。お互いに再婚だった。俺にも息子がいたが、元妻に引き取られた。
梨音は・・・
当時7歳だったか。何処かエキゾチックな魅力を持つ子供だった。将来美人になるだろう、と思っていた。他人の目で見てもかわいい女の子だったのだ。
だが、梨音は俺には懐かなかった。
本当の父親のことは覚えていないらしい。それもそうだ。梨音が産まれてすぐにイタリアへ帰ったと聞いている。本当の父親とは結婚していなかった、と妻には聞いている。
梨音が3歳の頃、別の男と結婚、2年で離婚したという。その男との間に子供はいない。
何があったのか詳しくは知らない。ただ、あまりいい父親ではなかったようだ。梨音は他人に対して不信感を持つようになった。
他人の好意を素直に受け取れないようだった。
そういう態度だから、学校でも友達が出来にくかった。それは学年が上がるにつれて、いじめのような関係性へと発展していった。
一人ぐらいは肩を持ってくれる友人がいるようだ、と聞いたことがある。
なんでも年上の男子児童がいじめから守ってくれているようだ、と。
俺は家に帰るのが、少しストレスだと感じていた。
それが梨音せいだ、とは言わない。
たしかに梨音もコミュニケーションを取ろうとはしてこない。
妻との関係も冷え切っているわけではない。
ただ、なんとなく会話もあまりない生活。
こんなものだ、と言えばそうなのだ。別にそれでいい、とも言えるか。
この仕事は、時間通りに事が進まない。全ては転生者次第。人の生活は24時間続いているのだ。
こちらの都合なんて関係ない。
家に帰らない日があるが、仕方がないのだ。
それに梨音は・・・
義理の父親に毎日会いたいとは思っていなかっただろう。
だが、本当に梨音が転生者だとしたら・・・。
9日前に入れ替わりで人格が変わっているのだとしたら・・・。
不思議と何も感情は沸いてこなかった。
梨音と同じ家に住んで5年。俺達は、そんなにも表面的な家族ごっこをしてきただけだったのか。
梨音の中身が入れ替わったとしたら・・・むしろ今よりもいい家族が出来るんじゃないか、とさえ思った。
まあ、それも無理な話だがな。
本当に梨音が異世界からの転生者なら「本人の同意の元に」施設へと移され「本人と契約の元に」実験への協力をしてもらうことになる。
本人も家族にも拒否する権利はない。
「異世界転生者の処遇に関する覚書」には「魔法行使は一切これを認めない」という条項がある。
その条項に付随して、魔法を使える者が現れた場合は、その身柄を「保護」し「協力」を求めることになっている。
回りくどい言い方になっているが、要するに、捕まえて実験に強制参加、例外は認めない、ということだ。「本人の同意」なんてものは建前だ。意思に関係なく同意は得られることになっているのだ。
「高倉さん。監視を続けてください。八割方、彼女は転生者でしょう。それもS級エンチャンターでしょう。実験に参加出来るエンチャンターが減少している現在、貴重な存在ですし、異世界転生魔法を発動させた張本人である可能性もあります。万が一にも失敗は許されません。確実な証拠を得てください」
「そうだな、倉本さんよ。間違えました、では済まないからな。監視作業を続けるよ。そうだな、1週間だな、その間に証拠を押さえる」
「よろしく頼むよ」
「あんたも、家に帰って娘に会っとけよ。中身が違うとはいえ、これが最後のチャンスかもしれねえんだからよ」




