異世界湖畔、ブルークラインセージ
ナタリーが説明してくれたところによれば、ブルークラインセージの群生地は湖の向こうに見える岩山なんだって。
岩山の麓までは狭いけれど道があるから、軽トラで行き、そこからは登山になる。
とはいえ、実際に登るのは高さにして100メートルも無いし、危険なルートでもないそうだ。湖側からは岩山だけれど、反対側から登るとなだらかな山なんだって。
「この湖は太古の噴火口だと思うのですよ。何千年も前の噴火だと思います。湖周辺の地形がなだらかになるくらい昔の・・・。あの岩山は噴火の時に現れた一枚岩なんだと思います。それが雨風に侵食されて、ああいう形になったのだと。ですが、向こう側は土に埋まったままですから・・・。ブルークラインセージは岩山の上に群生しているのですよ」
「そうなんだ。ということは、湖を見下ろす景色が見られる?」
「ええ。なかなか雄大な景色ですよ」
「それは楽しみだね」
整備されていない小道を進むため、スピードはゆっくり。
10キロほどの距離を1時間近くかけて移動したよ。
軽トラを降りて、登山を始める。
とはいえ、登山ルートなんてものは存在しない。けど、沢があって目的地まで行くことが出来るんだって。雨が降った時に水が流れる場所で、天気が続いた時には干上がってる。それに元々なだらかな地形だから歩きやすい。
ナタリーを先頭に沢を登り始めた。
マウリツィオ師匠もピョンピョンと石を飛んでいくよ。
上り始めて十数分で両側の林が切れて景色が開けた。
「森林限界です」
ナタリーが開けた景色を眺めるために立ち止まった。
「森林限界?」
「それって、高山とかで寒くて木が育たないとかいうやつだろ?」
「ええ。ここは高度というよりは水が無くて育たないだけですけどね」
ナタリーの説明よると、岩の下の方は土が被っている層が厚く木も生えているのだけど、少し登ると土も無くなり斜面に水を蓄えておくことも出来ずに大きな植物が育たなくなるんだとか。
なので、周囲から、ひょっこりと飛び出した自然の展望台のようになっている。
「わあ、いい景色だね」
足元に続く緑の森。こうやって見ると、私達がいくつもの山々に囲まれた場所にいることに気付く。その一つ一つは低い山なのだけど、こうも人里が見えないと緑の絨毯のようだ。当然、湖とは反対側から登っているので、森しか見えない。
「全然、人が住んでないんだね」
「そうでもありませんよ。あそこに村があります。わかりますか?少し標高が下がっていった先です」
「ん、あ、ほんとだ。なんか森が開けてる」
なんかレンガっぽい色も見える。けど、それだけ。言われなきゃ絶対に気付けない。
「あと30分も登れば頂上です。がんばりましょう」
「はーい」
カイトは元気いっぱいに山を登っていく。梨音は少し肩で息をしていた。私も、少し息が切れる。
一歩づつ自分のペースで登っていくよ。沢から離れて獣道みたいなところを歩いていく。実はそこも沢なんだそうだけど。支流の一つみたいな感じらしい。
天気はいいし、道は険しくないのだけど、やっぱり慣れない道は少ししんどい。登りだし。
黙々と登ること30分。
「あと少しですよ。あの岩陰を越えれば頂上です」
目の前に大きな岩が行方を遮っていた。この岩は登れないよ。
「迂回出来そうだ。右側から登ろう」
カイトが私の手を引いて坂を上げてくれた。
「ありがとうカイト」
梨音もマウリツィオ師匠を胸に抱いてカイトに引っ張り上げてもらう。
岩を迂回するようにぐるっと回り込む。景色は一時的に見えなくなる。
岩を回り込んで、その上に出るよ。
「わああ!すごい!湖が見える!」
なだらかに湖に向かって傾斜した斜面。転げ落ちそうな程ではない。気を付けていれば普通に歩けるくらいの斜面だよ。
そして、その斜面一杯に、小さな青い花をいっぱいに付けた草花が生えていた。
「ラベンダー畑!」
梨音が叫んだ。
ああ、そう言われるとラベンダーみたいな花だよ。色も少し青さが鮮やかだけど、北海道の観光案内に載っていたラベンダー畑みたい。
「確かに似ていますね。けれどラベンダーとは別物ですよ。香りが全然違いますでしょう?」
「うん・・・ラベンダーの香りがわからないって言ったらどうする、ナタリー」
「え?あ、そうでしたか」
「私は知ってるよ。芳香剤とかでラベンダーの香りってよくあるじゃん。この花は、それとは全然違う匂いだよ」
なんかミントっぽい匂い。そう言われてみれば、ラベンダーって家にあった空間消臭剤スプレーがその香りって書いてあった気がする。確かに、それとは全然違う匂いだ。
ナタリーが花畑の一角にビニールシートを広げ、そこにお弁当を置いていく。
久しぶりに見た。
スーパーのお弁当だ。今日は・・・幕ノ内だね。ふふ、異世界感はゼロだ。
「さあ、冷めないうちに」
ナタリーが言って、私はお弁当を一つ持ち上げた。
「あったかい」
もう驚かないぞ。時間停止のアイテムボックスだからね。
ふたを開けると、塩サバの香り。お醤油を垂らし、箸で食べるよ。
「なんか醤油味が懐かしい」
梨音は少し嬉しそうだ。そっか、梨音は久しぶりに日本食なのかな。
セージの群生地の向こうに見える湖を見下ろしながらお弁当を食べる。
小さく、私達のコテージも見えた。そっか、ここがあそこから見えていた岩山の上なのか。なんか不思議な感じ。
「ご飯を食べ終わったら、採集を手伝ってくださいね、みなさん」
ナタリーがセージを一つ摘み取り、香りを嗅いでいた。
そして少し顔を細めて、満足そうに頷いた。