異世界湖畔の夜
今日もナタリー視点
眠ってしまいました。
都代が心配で起きていようと思っていたのですが・・・。
ふと気づくとベッドの中で、部屋はぼんやりと明るく照らされていました。
ガーデンライトは灯ったままのようです。
はっとして隣のベッドを見ました。
都代の姿がありません!
「マウリツィオさん!」
小声で呼びかけましたけれど、返事がありません。
私はベッドから出て靴を探しました。靴はベッド脇に置いてありました。
都代が私をベッドへ運んでくれたのでしょうか。
まったく、保護者失格ですね。
マウリツィオさんにも頼まれていたのに。そっと部屋を出て階段を降りていきます。
シンと静まり返っています。
屋内だから、ということもあります。
けれど、湖畔の別荘として建てられた、このコテージの周囲には人家はありませんし、季節は夏とはいえ夜は10度台まで冷え込みます。
おおよそ北海道と同じくらいの気候なのです。
冬は雪も積もります。もっとも、その季節にはとても道路が使えませんから・・・。管理人の夫妻が泊まり込んでいます。
そのくらい、人家から離れているのです。
一階にも人の気配はありませんでした。
外、ですかね?
そっとドアを開けて外へ出てみます。
月明かりが、湖畔を照らし出していました。
はっとするほど美しい景色です。
湖面に月明かりが反射して、きらめいています。
ぼんやりと山の稜線が浮かび上がっていました。
本当に美しいところなのです。
森の方から、短く鳥の鳴く声が聞こえました。
風もない静かな夜です。
森の中は、動物の足音が時折します。
ええ、夜行性の動物達が立てる音です。
小さな、小さな物音ですけれど、そんな音でさえ聞こえてくるほど静かな夜でした。
都代の気配はありません。
コテージの中へ戻ります。
従者用の建物の方へ行ってみましょう。
メインの建物の裏手に続くようにキッチンや水場があります。冬場用の物置もあります。暖炉に使う薪置き場も建物の中から行けるようになっています。
そして、その奥には従者用の小部屋が続きます。
その一つはカイトが使っているはずです。
廊下が暗くなっていて、良く見えません。
「ライト!」
私は小さな声で魔法を唱えます。
生活魔法の照明魔法です。ほんとに小さな光ですけれど、無いよりはマシです。
手のひらの上に、蝋燭一つ分くらいの光が灯りました。蝋燭よりは白っぽい、そうですね、少しLEDっぽい感じの明かりです。
屋内は静かです。
私は物音を立てないように歩いていますけれど、服の擦れる音、靴が床を踏む音・・・それがとても大きく聞こえます。
いくつかの部屋を通り過ぎました。
ふと、床の近くに、目が二つ光っているのが見えました。
一瞬、悲鳴を上げそうになりましたよ。
「マウリツィオさん・・・」
ええ、黒猫マウリツィオさんですよ、まったく。
マウリツィオさんは、ひょいっと近寄ってくると、足に纏わりつきました。まるで猫のような仕草です。
「ナタリー殿も都代のことが気になって降りてきたのですか?」
「ええ・・・」
「どうやら心配いらないようですよ。都代ちゃんなら、カイトの部屋です。さっきまで話をしていたのですけど、どうやら眠ったようですよ」
「え・・・?」
「ま、立ち話もなんですし、上に戻りましょう」
そう言われてしまっては、戻らないわけにもいかないですね・・・。
二階へ戻ると、マウリツィオさんが私にベッドに戻るように言い、ひょいっと同じベッドに潜り込んできました。
「ナタリー殿、こちらの夜は冷えますな。都代がいないので、一緒に寝てもよろしいかな?」
「え、ええ。構いませんけど・・・」
少しだけ躊躇いましたけど、何処か偽物感があるのはお互い様です。
「ところで、マウリツィオさん。都代は・・・」
「カイトと話をしていただけですよ。ナタリー殿が寝落ちしてしまいましたからな。ベッドまで運んで、私もナタリー殿のベッドに押し込んで、それで少し湖を見てくる、と言って出て行ったのですよ」
「マウリツィオさんは・・・」
「もちろん、追いかけました。都代に気付かれないように、そっとね」
「そうでしたか」
「都代ちゃんは、まっすぐカイトの部屋に行きましたよ。部屋の前で、ちょっと躊躇って、でも結局、ノックしました。カイトは眠そうな顔をしていましたけれど、部屋の中へ入れました」
「マウリツィオさんは、一部始終を見ていたんですか・・・?」
「うむ、この大魔法士マウリツィオは、都代ちゃんの保護者ですからな」
「それで、都代は・・・?ひょっとして都代はカイトのことが?」
「ふむ、まあ、そのなんでしょうな。あれは初恋なんでしょうな」
「う、やっぱり・・・」
「しかしまあ、危機的な状況で落ちる恋は長続きしないと言いますけどな。都代にとって、今夜の心のよりどころは、我々、保護者ではなくて、恋をした男のところだったようですな」
「・・・」
まあ、前から知っていましたけれど、マウリツィオさんは、少しこう下世話なところがあります。ほんと長年、猫をやっていて、何故、そこまでおっさん臭さが抜けないんでしょう?
「しかし、カイトも部屋にやってきた都代に手も出さず、話をしていただけでしたがな。都代も小さな声で何か言っていましたが、聞き取れませんでした。そのうち、寝てしまったようです。まあ、心配はいらんでしょう」
「え、ええ。そうですね」
カイトも・・・高校生でしたっけ。
都代達よりは大人ですからね。それに命がけで異世界修行もしていましたし、精神的にも鍛えられたのでしょう。
都代の不安を受け止めてくれたのでしょう。
思っているよりも、頼りがいがありますね。
明日は都代視点で・・・