梨音と幼馴染
しばらくしてマウリツィオが戻って来た。
「レナータ様、この先に地元ではないナンバープレートのバンが停まっています。あ、バンはわかりますか?箱型の自動車です」
「ええ、そのくらいはわかります。何色のバンですか?」
「黒です。念のため、避けて行きましょう。こちらです」
黒猫マウリツィオの後をついて梨音は歩き出した。
何度か角を曲がり迂回する。
しばらく歩くと住宅街に出た。
黒猫が振り返った。
「もう大丈夫でしょう。あとは普通に帰ればよろしいかと」
「そう。ありがとう、マウリツィオ」
梨音はそっと黒猫を抱えて頬ずりした。
あ、顔が近い・・・いやなに、この透き通るような肌・・・ああ。なにかいい匂いがする・・・
マウリツィオの全身から力が抜けた。
「あれ?梨音?」
声を掛けられて梨音は振り向いた。
マウリツィオは梨音に抱かれたままだ。
放心していて反応がない。
「梨音だよね?」
年上、高校生くらい?男子。
少し長めの髪。綺麗にカットされている。
黒のスキニーにダーク系のカラーのシャツ。
わりとかっこいい?
梨音の記憶を検索・・・3歳年上の幼馴染。
「カイ兄ちゃん・・・?」
むくり、とマウリツィオが反応した。
誰だよ、お前?妙に馴れ馴れしい呼ばれ方だな?
ニャアオ、と鳴き声を上げておく。
けれどカイ兄ちゃんと呼ばれた男子も、梨音も、マウリツィオの方は見ていなかった。
「久しぶり」
記憶を参照する。前回会ったのは・・・
「半年ぶり・・・?」
「いや1か月前に一度、マンションの前で会ったよ」
「そう・・・なのね」
梨音の記憶には無いなぁ。
「中学はどう?この間は話もあまり出来なかったし。新しい環境で梨音がうまくやってるかなって心配していたんだ」
レナータの意識の上では梨音の日常生活は映像記憶のように感じられる。
幻想鏡や光魔法を応用した遠視投影のようなものだ。
自分の体験という感覚が希薄で、感情が伴わない。
後ろめたい気持ちのある時ほど毅然とした態度で、とは貴族令嬢たるレナータの心が目のうちの一つだ。
なので、梨音はまっすぐに目を見て答えた。
「ありがとうございます、藤田海翔さん。心配には及びません。今まではともかく、今後は学習にも教練にも手を抜くようなことはいたしません」
海翔はすこし引き攣った笑顔を浮かべる。
「梨音ちゃん?急にキャラ入れてくるのやめよ?というか、その様子だと何かやらかしてるでしょ?学校で」
「やらかして・・・はいますね、梨音は」
「何故に他人事みたいに」
梨音はちょっと考える。
この海翔という少年は梨音のことを良く知っているようだ。
少し話してみるのも良いかもしれない。
梨音という少女の客観的な面がわかりそうだ。
「その、梨音は、いえ、私はどんな子でしたっけ?」
海翔はかわいそうなものを見る目で梨音を見下ろしていた。いつの間にか梨音の肩に手を置いている。
「ほんと梨音は変わらないな。コミュニケーション能力のないところとか」
とりあえず梨音は小首をかしげる。
上目使いで海翔の目を見上げる。
かすかに潤んだようなグレーの瞳は妖艶でもある。
「にゃー!(レナータ様!おやめください、それは少年には刺激が強すぎます)」
もちろん海翔には「にゃあにゃあ」としか聞こえない。
そこは梨音もわかっているはずなので、こんな場面でマウリツィオに答えたりはしな・・・
「なあに?マウリツィオ。ヤキモチでも焼いているの?」
「ニャー(レナータ様、私はヤキモチなど・・・)」
「猫と会話出来る梨音もいいと思うよ、うん」
そう言われて顔を上げると海翔がかわいそうなものを見る目を一層深くしていた。
ニャーニャーと言う黒猫と会話している梨音。しかも内容が厨二病。
「カイ兄様もそう思われますか?こちらの黒猫はマウリツィオ、日本語でも英語でもイタリア語も理解いたしますわ」
軽く黒猫を抱きしめながら上目遣いで微笑む梨音。
「いたしますわ・・・って、いったいそれはどんなキャラなんだい?」
微妙に海翔の呼び名が変わっていたところはスルーした。
「キャラ・・・。私は倉本梨音です」
「いや、そうじゃなくて・・・ま、いっか。話進まないし」
海翔は痛い梨音に慣れていた。
中身が変わっても、言動はあまり変化したようには感じられなかったのだ。
そう、もともと梨音はそういう子だったのだ。
梨音の妄想が、ただ、現実になってしまっているだけ。
昔の幼馴染から見たら、なーんにも変わらなかった。




