転生?
見上げると青い空。
えーと、ここは何処で、私は誰っだっけ?
日本、地方都市。
原子力発電所のある海辺の町。
田舎じゃないと思うけど、都会というわけじゃない。
えっと、じゃなくて、私は・・・
ついさっき、この屋上で、私は倒れた。
なぜなら唐突に記憶が蘇ったからだ。
中学1年生の初夏のちょっと前。
ゴールデンウィークが終わって梅雨が始まる前の季節。
冬服が少し暑く感じる晴れた午後。
私は、なんで学校の屋上に忍び込んでいたのか。
うん、そうだった。
屋上の入り口が開いていたからだ。
なんとなく、飛び降りたら面白いかも、と思ったんだ。
え?
いや、死のうと思ってたわけじゃないよ。
なんか、こう、ほら、わからないかなあ、入ってはいけない危ない場所へ誘われる気持ち・・・
あー、それより、倒れた時にぶつけた後頭部が痛い。
頭を撫でながら・・・混乱する記憶を目が回りそうになりながら整理していた。
中二病っていうか、感傷的な気分で屋上に忍び込んだ痛い美少女・・・自分で言うのも恥ずかしいけど。
半分、イタリア人の血が混じっている、と母親には言われている。
私の名前・・・
レナータ・ディ・スカファーティー
あ、それ、転生前の名前だ。
今の名前は倉本梨音。
・・・転生?・・・?
そう、今、二つの人生の記憶が私の中に存在している。
それが頭痛の最大の原因だ。
どういうわけだか、二つの人生の記憶がある。
私は、スカファーティー家三女、レナータ・・・だったと思う。
けれど、もう一つの記憶も鮮明に思い出されるのだ。
もう一人は日本の中学1年生、倉本梨音。
日本人の母とイタリア人の父の間に産まれた女の子。
髪は黒、に近いブラウン。グレーの瞳。
顔つきはイタリア系な感じを結構受け継いでいるけど、背は低い。
本当の父親の顔は知らない。
小さいころに離婚してイタリアに帰ったらしいから。
・・・。どうやら、この記憶の人物が、現在の私らしい。
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レナータ、いやもとい、梨音はコンクリートの上に仰向けに倒れていた。
グレーの瞳をパチクリしながら周囲を見回している。
自分の置かれた状況が掴めないようだ。
それもそのはず、その中身はレナータ・ディ・スカファーティー。
異世界の住人。
本人は転生したのか、と思っているけれど、本当の所は全然違う。
なんでそうなってしまったのか。
もうしばらくすれば、混乱した記憶も整理されて落ち着くだろう。
落ち着いたら思い出すだろう。
それが自分で発動させた魔法のせいだということに。
あ、ようやく起き上がる気になったようだ。
折湊第二中学校。その校舎は3階建てであり、屋上への出入りは禁止されていた。
そもそも屋上へ立ち入る必要などないわけだし、万が一にも事故など起きてしまっては学校も責任問題で大変なことになってしまう。
もちろんいつもは施錠されていたのだけど、その3階廊下の最西端にある扉の鍵は何故か開いていた。理由は不思議でもなんでもなくて、学校の水道施設、屋上タンクの点検のために業者が鍵を開けたからだ。業者は点検中に工具を忘れたことに気が付いて階下へ降りている。本来であれば、そんな場合でもいちいち施錠しなくてはならないのだろうけども。
倉本梨音は友達が少ない腐女子ではないオタクの少女でありながら、周りのクラスメートとは少し違う顔、つまりは妙に地中海風のはっきりとした顔だちのせいで、自分をMMO世界の女魔法師だと思い込むことによって自ら友人を遠ざける性格に育ってしまっていた。と同時に学業に精を出すことはまったくなく、なのに、梨音の母親は家では異常なまでに教育ママだったりした。そのジレンマで、梨音は発作的に屋上への屋外階段を上り、ここへやってきた。
で、急に倒れたのだ。意識を失って。
そう、意識を失ったのである。気を失った、んじゃなくて、本当の意味で意識を失った。
そうなのだ。梨音の意識は、異世界で目覚めたのだ・・・本人が望んでいた、本当の異世界での19歳の女魔法師として。
もちろんばっちり19年分の記憶とともに。
なので、あっちの方は問題ない。
たぶん、あっちも転生してしまった、と思い込むかもしれないけれど、レナータの記憶がはっきりするにつれて真相に気づくだろう。
気づいたところで元の世界に戻りたいと思うかどうかは別問題だと思うけど。
この現代日本には、数多の転生した人たちの記録があふれている。
異世界転生についての予備知識だって倉本梨音は持っている。むしろ転生したいと願っていたくらいだ。なので、問題ない。
問題あったとしても、今、あんまり関係ないので、とりあえずおいておく。
ややこしいので、呼び名を統一する。
現代日本にいるほうは、倉本梨音。
異世界にいる方はレナータ。
外見、姿形に名を与えよう。
コンクリートの屋上に仰向けで横たわっていた梨音は、上体を起こすと周りを見回した。
「学校だよね」
頭の中では母国語を使っているけれど、口から出てきたのは正真正銘の日本語だった。
「とりあえず、下に降りよう」
少しフラフラしながら屋外階段へ向かう。
屋上にはフェンスはない。
ほんの50センチほどのコンクリートの段差が屋上の床面と、その先の何もない空間との境目になっている。
屋上に入って来た、屋外階段は鉄製で、階段部分には2メートル程度の柵状の囲いがあって落下防止策が施されている。
でも、屋上にはフェンスは無い。
ふらふらと階段に向かう梨音。
そして、水道用タンクの点検に来た業者が置いていった工具箱。
梨音は、お約束のようにそれに足をぶつけ・・・
「な、いや、ちょっと待って」
50センチの段差に向かってふらついていき、危険を察知。
左足を踏ん張ったら体は180度回転したものの、そのまま後ろ向きに段差に座り込んだ、と思ったのに、勢い余って致死的落差にむかって倒れこんでいった。
「いや、これで終わりとかあり得ないって」
いや、ほんとこれで終わってもらっては困る。
連載するんだから。
いや、ちょっと梨音さん?
ふわーっと、空中へ投げ出された梨音。
そして地上へ向けて頭から落下した。