出発
「アクアさん、どうぞ。これが街の地図です」
受付へ戻る際、多くの人に好奇の目で見られたがそれを無視してミリクは受付へと一直線に向かい地図を受付の奥へ取りに行った。
渡された地図は赤い点が数カ所あり、他にも店名と店舗の詳細、抜け道など細かく調べあげられているかなり精巧なものであった。
「この赤い点がよく犯罪など起きやすい場所です。今回はその赤い点を見回っていただければいいです。それと建物ですが…」
そういって受付口調のミリクが指差したのは唯一地図につけられたばつ印のところだった。
「ここです。このバツのところにあります。多分行けばすぐにわかりますよ、明らかに空気が変わるので」
「ミリクは行ったことが?」
「ええ。協会職員で確認しなきゃいけなくてね。薄気味悪い感じだったわ」
取り繕っていた喋り方が砕けてしまうほどに嫌な場所らしくアクアは少し身をブルっと震わせた。
「でも雰囲気だけよ。モンスターはそこらの村人も倒せるくらいだからね。怪我だけ気をつけてくれればいいのよ」
「その雰囲気ってのが怖いよ。まぁあんまり心配はしてないけど」
2人の何気ない会話の様子は協会内で少しばかり注目を浴びていた。
それは男女例外なく、その光景は異様なものだと認識していたからだろう。
登録証の受付終了後、プレイヤーはそのまま外へ向かうもの、街の中に止まる者の二択に分かれていた。
留まるものは情報交換や交流を求めて人のくる協会にいるものがほとんどでこんな店があったとかこんな風景があるなどそれぞれが持ち寄った情報は新しいものほど盛り上がりをみせていた。
NPCについての情報は決まったセリフを言うものと何個かのセリフと状況に応じたセリフを使い分ける2通りしか確認されていない。
現に受付の女性もトンチンカンな会話の切り出しをしたところで冒険者登録が目的であれば同じような会話しかしないのである。
しかし、現在目の前の平凡なヒューマンのプレイヤーはどういうわけか受付内にいる女性と普通のプレイヤーと変わりのない会話を繰り広げているのだ。
そもそも付き添って歩く場面を目撃したプレイヤーからするとこのヒューマンは何かしらの情報を持っているに違いないので早いところ詰め寄り情報を聞き出そうとタイミングを見計らっていたのだ。
そこにきてこのサプライズだ。
会話の成り立つNPCがいるということは情報とすれば楽しみが一つ増えたと感じるものが多かった。
それ以上にこのDWの世界の中で恋人にプレイヤーじゃないNPCがなれる可能性を数人は思い浮かべていたことだろう。
アクア本人の知らない場所で大きく話題になっていたことを知るのは随分と後の方だった。
「ちゃんと無事に帰ってきてね」
ミリクに送り出されアクアは一旦協会を出た。
その際何やら集まっていたプレイヤーたちがこちらに近づいてきていたが巨人やらメデューサやら骨剣士やらホラー感満載の見た目で追いかけてきたので逃きり今、落ち着ける公園のベンチで呼吸を整えていた。
「めちゃ怖かったなー。ミリク綺麗だから嫉妬でもされたんだろうな、きっと」
見当違いな想像をしていると抱えていたフブキがもそもそと動き丸い羽毛の塊から目を覚まし変形した。
「キュ〜」
首を大きく伸ばして体をブルブルと震わせる。
「おはよう、フブキ」
抱きかかえっぱなしだったので地面に下ろしてフブキを自由に動けるようにする。
「キュー!」
キョロキョロと周りを見渡した後、目の前の噴水を確認してフブキが目を輝かせながら羽で噴水の方へ指した。
「なに?入りたいのか?」
その言葉にコクコクと激しく首を縦に振り、アクアもフブキがやりたいならと再び抱き抱え噴水の元へ向かった。
大きさはさほどでもないが水の透明度と綺麗さ加減はやはりゲーム内らしく普通では見ることのないくらいに輝いていた。
噴水のへりへ腰を落とし、フブキもへりへ降ろす。じっと眺めたあと頭から飛び込むように吹き出す水の溜まったところへ飛び込んでいった。
円形に作られているのでぐるぐると浮きながら泳ぐ姿にペンギンだなと改めてアクアは再確認していた。
「あっ、そうだ…」
しばらくは放置しておいても良さそうなので先ほどミリクに言われたステータスの確認をしておこうとメニュー画面を開く。
一覧の中にあるステータスを押すと現在のアクアのステータスが画面上に表示された。
☆★☆★☆
《名前》アクア Lv1 経験値0/10
《種族》ヒューマン ☆
《職業》剣士 Lv1 熟練度0/10
《能力》HP 100/100
MP 20/20
攻撃 10
防御 6
敏捷 5
魔攻 3
魔防 3
運 5
割り振りpt残り 0pt
《スキル》 剣術Lv1
《相棒》 フブキ Lv1
《装備》布の服 布のズボン 皮のベルト 革の靴
★☆★☆★
パッとしない平凡ステータス。そんな印象を受ける、よく言えばバランスのいいステータスではあった。
アクア自身も想定通りだったようで特にそれ以上確認するでもなくほかに何か見るものをはないかとヘルプだったりをなんとなく見ていた。
そんなことをしているとふっとアクアとは対角のほうで何やら女性が声をあげていることに気がついた。
噴水吹き出し口の彫刻や水で人がいるのだけはわかるが一体何をしているのかと言うところまでは分からない。
彼女たちがフブキに気づくとめんどくさいなと泳いでいたフブキを水の中から探そうとする。
一周にそう時間はかかっていなかったので来たところで呼びかけようとしたが、一向に来る様子がない。
咄嗟にアクアの頭の中で嫌な予感が走った。
女性のはしゃぐような声と戻ってこないフブキ。この二つが意味するのは一つしかないと慌てて対角のほうへ周る。
案の定、アクアの想像は裏切られることなく目の前にはポージングをしているフブキとそれを見て可愛いと撮影機能をつかって撮影する女性プレイヤー2人がそこにいた。
「はぁ〜。なにやってんだよ」
公園だからと油断してフブキから目を離した自分のことは棚に置いてアクアはボソッと呟いた。
流石にこの状況に割り入れるほどの度胸はなく、フブキが気づくか女性プレイヤーが飽きて去っていくのを待とうと3人が少しだけ見える位置のベンチへ移動した。
この時すでにアクアの頭からフブキの注目を浴びるという能力が抜けていたことは間違いないだろう。
女性プレイヤーを見た他のプレイヤーが集まってくるのにさほど時間はかからなかった。
気づいた時にはすでに20人ほどのプレイヤーが集まっていてフブキを噴水の精霊やらともてはやされ、本人も満更でもないような雰囲気でやはりポージングを決めていた。
「マジかよ…」
このままでは埒があかない。そう判断したアクアはミリクにもらったマップを確認する。そこには自分の現在地とフブキの居場所、その周りにグレーの点が群がっているのでプレイヤーたちだろう。そして協会に頼まれた見回る場所が赤い点で表示されていた。
その一つはこの公園からほど近いところにあることを確認したアクアはフブキを後から回収することを決め先にその赤い点へ行くことへ決めた。
アクアがベンチから立ち上がり公園を出ようとしたその時だった。
「キュー!!!!」
軋むような甲高い鳴き声が響いた。
聞き覚えのある声にアクアは思わず振り向くと噴水の人混みをくぐり抜けこちらへトテトテと急いで向かって来るフブキの姿があった。
「キューキュー」
目に涙を浮かべてフブキは自分の出せる最大限のスピードでアクアの元へ駆け寄る、その姿を噴水に集まっていた人たちは唖然と眺めていた。
さながら感動の再会というよりは、迷子の子供が親を見つけて駆け寄る光景に自分たちが足止めしていたのかと罪悪感すら感じるほどフブキの必死さがそこにはあったからだ。
「おい、フブキそんなに無理したら!あぁ」
自分の出せるスピードよりも早く身体が前のめりになっていたせいであと少しでというところでフブキは転びそのまま寝そべり動かなくなった。
「だ、大丈夫か?」
近寄りフブキを抱き上げるとフブキは勢いよくアクアの胸に顔を埋めた。甲高い鳴き声は泣き声のようにしばらく治まることはなかった。