危機一髪
「お次の方ー」
いつの間にか先頭へきていたアクアの番がやってきたようで受付から声がかかる。
「あ、順番きちゃいましたね。この後はガンテツさんはどうするんですか?」
「あー、この後はしばらく予定があってな」
「そうなんですね。じゃあまた、ログインしてるときにでも連絡します」
「そうしてくれるとありがたいぞ。わしの方からも連絡させてもらうからな」
じゃあまたとアクアはガンテツに小さく手を振り受付へ向かう。
受付には金髪碧眼長耳の所謂エルフと思われる女性がカウンター越しに待っていた。
「どんな御用でしょう?」
どこまでも透き通りそうな声は近づいたアクアに対して問いかける。
「ここで冒険者の登録ができると聞いたんですけど…」
「冒険者登録ですね。ではこちらの石版に手を乗せてください」
カウンター横に置かれた四角形の石版にアクアは手を置くとスキャニングが始まり、石からは細い光線が放たれ掌を上から下に降りていく。1往復した後、光は消えていった。
「はい、もういいですよ。では登録を……あれ?まだ登録資格が…おかしいな」
慌てた様子でエルフの女性はお待ちくださいと言って後ろにいる他の職員に尋ねにいく。
「フラグ立てしないと不味かったのか?」
アクアのいる受付が待機状態になったことで新たな受付場が設けられ後ろに並んでいたガンテツはそちらへ案内されていた。
しばらくしてエルフの女性が静々と戻ってくる。
「ごめんなさい、まだ未達成項目があったみたいで、一度門番さんと会話してきていただくとできるみたいなので、並んでもらって申し訳ないんですが…」
「あー、やっぱりそれなんですね。わかりました、出直します」
無駄足かー。と少しばかり肩を落としながら受付を離れるアクアは重い足取りで門番の元へ行くことにした。
「あー!ちょっと待って!ストップ!!」
受付後ろから聞こえるその声は美しく響いた。アクアは何事かと振り向くと先ほどの受付嬢と同じく金髪碧眼長耳の少しだけ大人びた女性が何やら誰かを引き止めようと受付カウンターから叫んでいた。
ただこの広さで誰に向けて言っているのかわかるわけもなく、アクアは関係なしと言わんばかりにそそくさと歩みを進める。
“待ちなさいっていってるでしょー!!”
スタスタと軽やかな動きで女性はアクアめがけてタックルをかました。
勢いをつけていたせいでアクアは思わず前に倒れそうになる。
「うぉ!」
ただ抱えていたフブキを倒れては潰してしまうのでなんとか片足を前に出して踏みとどまり倒れることなく済んだ。
背中には背負われるようにエルフの女性が張り付いている。
「よく倒れずに受け止めたわね」
アキレス腱を伸ばすストレッチのような体勢の奇妙さと呼び止めた女性が意外と豊満な胸だったようでそれをこれでもかと押し当てられているアクアに対しての嫉妬や羨望が2人を注目の的として視線を集めていた。
「いや、ギリギリでしたよ!ってか危ないじゃないですか!怪我でもしたらどうするんですか!」
フブキを抱いていたアクアからしてみればそんな注目よりもフブキが怪我をするところだったことに憤りを感じていた。
「知らないわよ。止まってくれないあなたが悪いのよ」
抱きついたまま離れない女性はいかにも不貞腐れた声でアクアの耳元でボソボソと喋る。
「肩叩くとかほかに方法あったでしょ。あなたも怪我する可能性もあるんですからこんな危ない方法は取らないでくださいよ」
未だに顔を合わせていない2人を横目に受付の列がゆったりと進む。周りのプレイヤー達も動きのないアクア達に飽きたようでそれぞれが自分達の会話へ戻っていった。
「あの、とりあえず降りませんか?」
「あ、えぇ。ごめんなさい」
名残惜しい背中の感触が離れることが心残りだったアクアは少しばかり後悔したが所々から発せられている殺気に気づいてにやけ顔を誤魔化すように顔を叩いた。
降りた女性の方を向く。まさか自分を引き止めていたのがこんなに綺麗な人だと予想していなかっただけに少し驚愕した。
女性は反省していたのだろう、軽く咳払いして赤みかがった頬のまま乱れた服を整えるように軽く叩いた。
「突然飛びかかってごめんなさい」
深々とお辞儀して丁寧な謝罪をする。
「まぁ怪我もなかったですし、いいですけど…気をつけてくださいね」
「ええ、今度からはやめるわ」
女性も周りの視線に気づいているのだろう。先ほどのお転婆さを控えている。
「それで…僕に用事でもあったんですか?」
「実は少しだけ時間もらえないかしら?登録の件であなたに提案があるの」
「提案ですか?登録はできないって言われて門番に会いに行くところなんですけど」
フラグ立てしてなくて登録ができなかったのだから門番に会えさえすればできるのだ。
あまり注目を浴びるつもりもないので提案されたところでそれに喜べると言うことはなかった。
「確かに普通の登録証はそれで構わない。でも提案に乗ってくれれば特別なやつを協会から渡すわ。だから少しだけ話だけでも聞いてもらえないかしら?」
美人のお願いに男は弱いというが、まさしくその通りでアクアも例外なく上目遣いで頼む彼女に考えなしに首を縦に振っていた。
「ありがと。申し遅れたわ、私はここの冒険者協会の受付をしてるミリクよ。ミリーとか気軽に呼んで頂戴」
「僕はアクア。よろしくミリク」
「なにかまだ壁を感じる。まぁいいわ。そのうちミリーって呼ばせるんだから」
上手くことが運んだようでミリクは意気揚々とついておいでと受付の左右にある階段の方へ向かう。どちらも着く先は同じなので近い左側の階段を登る。
時折後ろを振り向いて手招くミリクの仕草はやけに可愛らしく、それを見ていた男達からは恨みにも似た視線が一層強くアクアに向けられていた。
そんな視線から逃げるようにアクアはミリクの後ろ姿だけを目で追うようにし、早足で階段を駆け上がった。