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出会い

 アクアは闇に浮かぶ白線を恐る恐る進んでいた。


 突然の落とし穴や段差といったトラップに警戒するものの白線以外は何も見えないので罠に足を踏み入れた時点でアクアはそこで終わりであった。

 手探りにもならない目視不可の道は恐怖そのものでしかなかった。


 重たい数歩を進むと無音であった世界に遠くから囀りが響いた、耳心地のいい高音が一瞬身を緩ませる。

 白線を綱渡りするアクアにとって大きな変化であった。

 それは視覚的にも大きな変化となって現れた。


 足元はいつしか草木で生い茂り暗闇は鬱蒼とした原生林の成す木々の影の中へ変わっていった。

 そんな中でも白線はただひたすらにまっすぐ草木をかき分けるように続いている。

 草木の擦れる音に混じる生物の気配は纏わりつく熱気とともに不穏な空気を漂わせていた。


 そんな中アクアは50メートルほど進むがリアルな土の感触と暑さ、匂いを感じるだけで何か物語が始まるわけではなかった。


 この世界を知るためのチュートリアルであった。DWはそれぞれに自由に過ごすことがメインなので決まった物語はない。

 故にこのオープニングはこの世界にある場所を先に経験させるという目的が込められて作られていた。


 そんなことを知らないアクアはただいつまでも続くこの森の中をただ白線に沿って歩いていくしかなかった。


 さらに進むこと数メートル、気づかぬうちにアクアの体は一瞬震えた。

 それは恐怖や不安によるものではないと気づいたとき、すでに原生林は消え目の前は白銀の世界へと変貌を遂げていた。


 雪は吹き付ける強風によって舞い上がり、鋭い氷の礫が時折混じっている。

 土を踏んでいたはずと足元は積もった雪に埋もれ動くのも一苦労であった。

 防寒などしているはずのないアクアは体を震わせガチガチと歯を鳴らす。視界は白の世界が広がるというのにその白線はどういうわけか認識できる。


 動けないほどに固まった身体を無理矢理に動かし関節は錆びついた接合部のようにギシギシと歩みを鈍らせる。

 雪に足を取られ幾度か転倒するが柔らかい雪がクッションになり全身が冷える繰り返しであった。


 どれくらい進んだのだろうか、寒さから逃げるように白線を辿っていくが出口は見えない、アクアの後ろにあった足跡が降り続く雪ですでに消えていた。


 一瞬、アクアは目を閉じると突然、風は方向を変え大きな風切り音を立てて向かい風となった。

 あまりの急な風に思わず尻餅をつく。

「痛っ!」

 雪のクッションはそこにはなく、凹凸している硬い地面がアクアの下にあった。そして雪のないことに気づいた瞬間、一気に寒さとは真逆の高温の熱波が肌を焦がした。


 火口、大きくくり抜かれたそこには生き物のように練り動く溶岩。生き物の生存を拒否したこの場には枯れ木一つ落ちてはおらず、あるのは冷え固まった溶岩のかけらと岩だけであった。


 あまりの暑さに体の水分は蒸発していく、

 白線は火口を避けるように続いているがいつ噴石が落ちてきてもおかしくはなかった。

 雪山に続いて難所続きにアクアは本能的に生命の危険を感じていた。

 口は乾燥し、唇がひび割れる。

 走り抜けてしまいたいのだがそれをする気力すらもなくなり、危険地帯のこの場を去るにはまだかかりそうであった。


 が、変化は突然やってくる。


 生物の存在しない死の世界は突如として生き物の溢れる森と湖畔のリゾート地へ変貌を遂げた。

 対岸には湖を囲うように点々と建物が立ち並ぶ。

 アクアのいる場所は森と湖の境目数メートルの拓けた場所であった。

 透き通る湖の中には魚はもちろんあるはずのないサンゴ礁など美しい世界が広がっているのだがそれを突っ切るように白線が水中へと続いていた。


 現実ではありえないような透明度と青さにアクアは渇きを潤すため手を伸ばし口へ水を運んだ。

 海水ではない、無味無臭の水であった。このまま飲み水として利用しても特に問題はない綺麗な水でこの湖は満たされていた。


「はぁー、蘇る。にしても…」

 水中へ続く白線を覗く。ただ一直線に続くそれは深くに続くのではなく対岸へと続いているのがわかる。

 泳ぐのが不得意なわけではないがそれでもここから数キロはありそうなこの湖を渡れる自信は全くなかった。


 しかし行かないわけにはいかないと自らを奮い立たせ水へ飛び込んだ。

 恐る恐る目を開く、目が痛くなりそうなものだがそれもなく眼前にはクリアな水の世界が広がっている。呼吸も止めているのだが苦しさもなくここがゲームの世界だと改めて感じさせた。


 白線に沿うように深く潜ると魚の集団であったり、海底遺跡のような大きな建物が魚たちの住処になっていたりと夢のような空間がそこにはあった。

 思わず声がでるがゴボゴボッと口から息が泡となりでるだけ、静かな湖の中は美しく光を吸収する。


 対岸までは距離があったのだが、白線は徐々に陸へと向かって上昇していた。

 実際の深さも浅くなり始めておりあと少しで顔をがでる、というところまできていた。

 少し駆け足のように泳ぎ進み腹部辺りまでの高さになった頃合いで立ちあがると白線の先に港町が現れていた。


 波が体に打ち付けることに気づき振り返ると湖だったはずが水中で移動して海に変わっていたようであった。

 海岸は白い砂浜がどこまでも続き、港町の船場は数隻の船が停泊している。

 ようやく人がいそうな場所に着き一安心したアクアは嘆息をする。


 そんな安心もつかの間であった。近づくにつれて人の気配のない、廃村したのかと思うほどに誰一人としてその町にはいないようであった。

 町に近づくたびに時が進むのか徐々に陽が落ちていく、家々の立ち並ぶ地区に足を踏み入れた瞬間急に町は消え都市になった。


「えっ?……」

 近未来都市、歩く人はいないがアクアの上空には空飛ぶ車が飛び交う。区画の分けられた高層ビル群は幾何学的に建ち並んでいる。

 予期せぬ光景であった、異世界的な世界観で考えていただけにこのSFチックなこの都市は想像の斜め上をいっていた。

 全自動化された機器が止まることなく動いている。

 周りを見渡しながら白線の続く道を歩く、が途中途切れていることに気づかないで歩くアクアはそのまま足を踏み外した。


 空振る音が聞こえてきそうなほどに美しく足が空を切った、すでに重心は宙に投げ出された方へ向いていたためにアクアは耐えることなく頭から地面へ落ちていった。


 ーーー死んだわ。


 ジェットコースターなど浮遊感のある乗り物が苦手であるアクアは突如放り出された暗い穴を一直線に落ちていくということはイコール死というぐらい直結したものであった。

 無論絶叫系マシンが得意だからといっても先の見えない穴へ落ちるのは死を感じるであろうが。


 近未来都市はすでに遠い場所になっていた。

 穴はどこまでも深いようで、落下してすでに1、2分経っていた。

 距離的に定かではないないがすでに1km以上の距離を落ちている、スカイダイビングであればパラシュートがあるのだが手持ちにそんなものはない。


 着の身着のままで落下しているので地面があればそのままぶつかりバラバラに体は飛び散るであろう。

 生存率はゼロだ。

 絶望に打ちひしがれながらアクアは深い穴の中へ落ちていくのだった。


 飽き飽きするほど長く落ちていった。漠然とした恐怖は未だにあるがこの落ちるということが演出であると理解できたのだ。

 数分と落ち続ける中でさまざまな景色を上空から滑空しては地面に近づく寸前で暗闇に戻るを繰り返すのだ。


 終わりが見えないことと落ちる感覚がいつまで続くのかわからないがためにいつ何時地面が訪れるのか、不安は募るばかりであった。

 森林に包まれた山を上空から見渡し木々にぶつかる寸前で暗闇へ包まれる、するとぐんっと急激に体に重みがかかり始めた。


 それはどんどん重くエレベーターの降りていく時にかかる重力の何倍も強いものがアクアの体を襲った、しかし体感で感じるほど落下速度は落ちていくせいか苦しさよりも安心感のほうが強くなっていくのだった。

 ほぼ浮遊しているとような速度になると足元の闇は突如大きな丸穴をあけて空間を生み出した、アクアはそこへ吊られていた糸を切られたように一気に落とされる。


 ボスンッ!


 柔らかなクッションがアクアの着地の補助をし、そのクッションからは羽毛や綿毛が一気に空中へ舞い散った。


「ここは……」


 白線の終着点、すなわちゲームのスタート地である。

 尻から落ちていたアクアはフカフカのクッションがベッドの上だと気づき慌てて飛び起きるがそれを咎めるものはもちろんいなかった。

 部屋はガランとしており、あるものはアクアのいたベッドのみで空き家、もしくは使われていない部屋であった。


「何もないな」

 周りを見渡すもその部屋の中には特に案内があるわけでもないためアクアはすぐに部屋から出ようとする。

 しかしふっと自分の服装が気になった、普通の布でできた服なのだが1点、左手首につけられた腕時計のような機器がアクアの興味をそそった。


 チカチカと画面が光を点滅させておりどうしたものかと触ってみると突如そこから3D画面が現れメニューが表示された。

 お知らせやステータス、メッセージ、設定など色々と項目があるがその中でお知らせとメッセージに感嘆符、いわゆるビックリマークがついていた。


 お知らせに触れるとリリース記念のアイテム補助や定期メンテナンスの予定、アップデート予告など知っておく情報がいくつかあるだけであった。

 一通り目を通すともう一つのメッセージの確認をおこなった。

 2通来ており、1通はアクアの姉の愛華からの念を押すメッセージであった。希望の丘へくることを短く簡潔にしかし、その中にも強く念押ししてあり姉らしさをアクアは感じる。


「なんでそんなにおれに来て欲しいんだろ?帰ったら聞いてみるか」


 愛華からのメッセージを閉じ、もう1通を確認する。

 宛先は運営からでプレイヤー全員に送られたメッセージではなく、アクア個人へ送られたメッセージであった。


 ▽▽▽▽▽▽

 運営より


 アクア様の種族に特殊ボーナスを確認いたしました。

 種族名横の星マークの特典として

 ・ステータス上昇

 ・特殊アイテムの付与

 を行わせていただきます。


【抽選開始】


 △△△△△△


 どうやらランダムで出た星マークは俗に言う当たりのようなものでアクアは平凡を選んだ結果、レア種以上にレアなものを引き当てたのだった。


 特殊アイテムはここでもランダム抽選のようで種族も職もランダムで来たアクアは今更躊躇うこともなく抽選を開始する。

 抽選中の文字が出るとばかり油断していたアクアの目の前で大きく光を放つ魔方陣のようなものが現れた。


 突然のそれにアクアは目を眩ませ思わず瞼を閉じる。


 光は強く輝きを増して、部屋全体を照らし影ひとつない空間を作り出した。

 そしてその光は一気に収束し、巨大な生き物を象りより一層明度をあげる。

 瞼越しからでも眩しく感じる光はしばらく動くことなく留まり、その後パンッと弾けるように一瞬にして光を散り散りに飛ばし部屋は元の通りの明るさへ戻った。


 アクアが目を開くと魔方陣のあった場所には巨大な光の生き物とは裏腹に小さく蹲る生物がいた。

 恐る恐る近くとその生物が羽毛のようなもので覆われているのがわかる。


「お、おーい…」


 触ろうと手を近づけるとその生き物が突如飛び起きて大きく鳴き声をあげた。


「キューーーーー!!!」

「のわぁっ!!」


 突然の行動に思わず後ずさりし、そのままバランスを崩して尻もちをつく。

 目の前には雛のペンギンが律儀に敬礼をしながらアクアをジッとみているのだった。


「ペ、ペンギン??これが……アイテム?」


 特殊アイテムと書かれていたことで勝手に無機物の装備品程度を想像していたアクアは突然の生き物にどうしていいのか戸惑っていた。


 窓の外では先ほどの光がイベントの発生ではないのかと偶然見かけたプレイヤー達がジッとアクアの部屋を見つめていたが当の本人はそれどころではなく、目の前のマスコットキャラ的可愛さをもつペンギンとにらみ合いをするしかなかった。

 次第に雛ペンギンは敬礼したポーズがきつかったのだろう小刻みに震え始めていた。


「き、キツイならやめていいぞ?」

「キュー」


 どうもと頭を下げて姿勢を楽にする。

 そして雛ペンギンはアクアの手に身につけられている腕時計を羽で指差す。


「キュキュー」

「ん?これがなんだ?あ、光ってんな」


 盤面に触れると再び3D画面が現れる、そして新たにステータスにビックリマークが付いていた。


「これを見ろってことか?」


 ステータス画面を開くとアクアのステータスの一つに《相棒》と書かれた項目がありそこに名前なしのペンギンと書かれていた。

 その項目を押すと目の前のペンギンについての説明が現れる。


 〈皇帝ペンギン(雛) 特殊

 生まれたばかりのペンギン。

 秘めた能力があるがまだ開花していないようでその力は未知数。

 マスコット的魅力で人から注目を浴びやすいのでしばらくは注意が必要だ〉


 丁寧に種族付きで説明されていた。わかったことは目の前のペンギンが特殊アイテムとして相棒登録されていることと、秘めた力をもつがそれを開花させるまでは注意しなければ行けないということだった。


「ハズレアイテムか??」


 初めたばかりのアクアにとっては利便性のなさと注目を浴びるから注意をしなければいけないという面倒さに雛ペンギンのお腹を指でつついて反応を伺う。


「キ、キュ!」


 ち、違うわ!と突く指を叩いてアクアのことをペシペシと羽で打つ。

 その仕草の可愛さは動物好きでなくてもときめいてしまうほどのものであった。

 アクアも例外なく雛ペンギンの行動に頬を緩ませてしまう1人であった。


「まぁこれからよろしく。……そうか、お前名前まだないんだよな?」


 名前と聞いてパァっと表情を変え、頷く。


「俺がつけていいか?」

「キュ」


 もちろんと雛ペンギンは再び頷きアクアを見つめる。


「ペンギンキャラだと…ペンペン、エンペラーとかは被りそうだから…。見た目とのギャップで銀次とか?」


 そのアクアの発言に雛ペンギンはあからさまにうなだれ、それはないと首を横に振る。

 センスなしと喋るようなら言われそうなほどにガッカリしている。


「だ、ダメか?そんなあからさまにしなくてもいいじゃないか。じゃあ……氷、氷柱…違うな。吹雪、そうだ。フブキなんてどうだ?」


 銀次と言われた時とは正反対な態度でそれでオッケーと体で表現する。

 すると本人が認めたからだろう、〈相棒〉には名無しのペンギンがフブキと名を変え表示されるようになっていた。


 フブキ自身の体にも変化があった、灰色で覆われていた胴体の羽の一部に銀色の羽が混ざり光の具合によってその羽が輝くのだが普通に見てもわからないような変化であった。


 本人は気づいていないようで、名前をつけてもらい正式に相棒になれたことにご機嫌な様子でペンギンらしく腹ばいでゴロゴロとするのであった。


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