選択
気付いた時には何もない白い空間の中に隆也はポツンと佇んでいた。
特別ゲームの世界へやってきたという感覚はなく、実際の身体がそのままここへ移動させられた気分であった。
指先の感覚にしろ、普段よりも少し調子がいいと思えるほどに違和感はなかった。
景色を一周見渡してみる。
広がるのは永遠と続く白、始まりがどこで終わりがどこなのかもわからないほどに影すらない純白の空間が広がっていた。
探索してみるべきか、と挙動不審に周りを警戒しながら一歩足を進める。
すると軽快な音楽が生演奏かと思うほどに豪快に響き、隆也の目の前に【DevarsisWorldへようこそ】と文字が現れた。
数秒表示されたあと、その文字が煙のように消えていくとそこからパッと妖精のような小人が空中で羽を動かしながら現れた。
「こんにちは!チュートリアル案内人のナビィです」
どこかで聞いたことのあるようなアニメ声の高音で妖精は喋り出す。
「これからあなたにはディバルシスワールドの冒険へ出発してもらいます。でもその前に、君の容姿を決めてもらうね!性別、種族、職業とそれぞれ選んだら私に話しかけてね!そうそう、わかんないことがあったらヘルプボタンを押せば説明してくれるからね!」
あらかじめ決められたセリフを告げたあと妖精の横にタッチパネルと隆也の全身を写したホログラムが現れた。
このタッチパネルで選択してホログラムで容姿の確認という方法のようで隆也は自分の精巧な姿に思わず見入ってしまう。
タッチパネルはA4の紙を2枚半ほどくっつけたほどの大きさであった。
性別選択が最初のようですでに表示されている。
現実が男でもこの世界なら女でプレイできるということだろう、ネカマと呼ばれるプレイの仕方もあるのだ。
隆也自身は興味もあったが姉が関わっているので普通に男を選択する。
ホログラムの方も映し出された姿には特に変化はなく、そのまま次の種族選択の画面へ移った。
パネルが2画面に分かれ、画面左側には種族名が書かれていてスクロールも随分長めで選択できる種族の多さがわかる。
一通り目を通すが途中からモンスターも選択肢に含まれているところを見ると割と何にでもなれるのかもしれない。
一通り見ると大きく分かれて3つ種族はあった。
人族と魔族、半魔族である。
人族は人型の種族。エルフ、ドワーフなどヒューマンの形から派生した種類を人族。
魔族はモンスターを含めた種族。スライム、悪魔など見た目がヒューマンとは違う形のことをまとめて魔族という。
半魔族は獣人や竜人といった見た目こそ獣や竜だが基本的にヒューマンと同じ生態系をもつものを半魔族という。
猫耳のついた女性は人族なのだが猫の顔した女性は半魔族という細かすぎてわかりにくい区分けがされていた。
隆也は長いスクロールの中でとりあえず適当に選んで押してみる。
すると選択した種族名の横にチェックマークがつき、空白だった画面右側にその種族の詳細が書かれていた。
〈ゴブリン
邪悪な小人とされることが多いが実際は人間嫌いで悪戯のする精霊の一種である。
生まれつき見た目が醜悪なためにモンスターと勘違いされる環境に長年置かれ現在では精霊というよりは魔物に近い存在へ変わっている。
仲間同士の規律を重んじるため非常にチームワークがいい。
頭の悪さを取り上げられがちだが実際は計算力に富んだ賢い生き物である。
洞窟や地下など暗闇を好み明るい場所よりも活動的になる
※魔族のため限定的な職業しか選択できません。進化可能〉
どうやら魔族は職業選択が限定的に決まっており自由度はない、その代わりに進化するようだ。
このままゴブリンでよければ右下の決定ボタンをタップすればいいのだろう。
ただゴブリンは見た目が悪かったのでチェックを外し、ほかにもいろんな種族の説明書きを読んでいた。
目星を数個つけてみるもののイマイチ決定打に欠けていた。
基本的に人族側の種族は職業に縛りはなく、魔族にだけ米印で注意書きされていた。
そのせいか人族は見た目だけの変化であまり大差がなく、魔族は進化先が書かれてないためどの程度の強さになるのかの予想がつかなかった。
実際特殊能力としてそれぞれの種族に特別な何かがある気はするのだがそれが明記されてなくわからない分、悩むばかりであった。
スクロールも最後までいくと困った人用にランダムと書かれた項目があることを見つけた。
とりあえず隆也はそれをタップする、すると右側の説明が現れた。
〈5回までランダムで選べます。
スクロール内に記載のない上位種の種族も出ます。
なお再び抽選開始を押すと前回の抽選結果に戻ることはできません〉
どのみち迷っているからと隆也はとりあえず最初の抽選開始をタップした。
読み込み中のマークがゆったりと動き数秒後、抽選結果と画面に表示されタップすると右側に種族の説明が現れる。
〈鬼人
人が鬼となった姿。
深い怒りと尊い優しさをもつ者が変異する。
妖怪の鬼とは違い、人を襲うことはないが敵対視するものには容赦なく怒りをぶつける。
人の上位種のため進化はしないがある一定職を極めることでもう一段成長する。〉
表に載っていなかった種族、これが上位種というものだろう。ただ人族も変異という形で成長するのがわかった。
説明に書かれているのもあるのだが、文字も今まで白だったのが金色になっていてわかりやすくレア種だということを証明している。
ーーーうーん。男心をくすぐるけど…。
隆也はホログラムに映る自分の姿を見る。
そこには細いのに筋骨隆々、顔立ちが見る影もないくらいに整っている上に角が二本額からしっかりと生えている。
容姿の変更はできるようだがそれにしてもこの見た目はどうもしっくりとこなかった。
少し悩みはしたが鬼人がすごく惹かれるということもなく、またレアが出る可能性もあることを考え後戻りできない抽選開始を再びタップするのだった。
同じように読み込み後、抽選結果の画面をタップし種族名が出る。
が、鬼人以降の抽選はどれも表の中に載っているものばかりで言い方を変えればハズレばかりであった。
あと一回を残して隆也はもう一度表を確認してみる。
人種以外はどれも一癖も二癖もありそうなものばかりで無難な種族にどうしても目がいってしまう。
ホログラムに今表示され映る自分の姿を見る。
先ほどランダムで出たドラゴニュートの姿で自分が仁王立ちしているが、硬い鱗に包まれ顔も竜というのは鬼人以上に違和感しかななかった。
最後のランダムで人型ならそれに決めようか、そんなことを考えながら隆也は最後のランダムを押す。
結果は鬼人のようなレア種ではなかった。むしろ平凡な種族が最後の最後に出てきた。
〈ヒューマン ☆
ごく平凡、種族で唯一特徴がない。
しかし種族間随一の柔軟性でほとんどの職になれる上に上級職になるための熟練度が溜まりやすい。
他の種に比べて非常に力も体も弱いため装備に左右される面がある〉
説明文を見る限りでは表の人とは同じ。ただ唯一の種族名の横に星が付いていることを除けばだが。
ーーまぁいいか。
隆也にしてみれば充分な妥協点であった。
少し変わったものが付いている上に何でも無難にやれそうというだけでランダムの価値はあったのだろう。
決定を押すとその後、ホログラムに映る隆也の姿はありきたりな茶髪少年の姿となった。
すでに隆也の面影はないが目立つ風貌でもないためそのままの設定で容姿も完了する。
最後に職業を選ぶのだがこれも種族同様に様々な種類がある。
人を選んだからだろうその職業幅は戦士から清掃員や事務員なんていうゲームらしからぬ職業まである。
そしてここにもランダム選択があり、上位職も稀に出るという先ほどの種族選択と似たようなものがあった。
ただ違うのはランダム選択できるのは一度のみで候補が3つ出てくるのを選択すると言う形のようだった。
先ほどの鬼人というレアが出たこともあるのでここでも最初からランダムを選択する以外に考えはなかった、同じような抽選画面のあと結果がでてくる。
・剣士 剣を主体に使う前衛職。微力だが魔法も使える万能型。
・狂った魔法使い 敵味方関係なしの魔法に特化した後衛職。物理攻撃の威力はほとんどない。普通の魔法使いよりも魔法の威力は高い。
・米農家 農家の上位職。米の生産に特化しているが他の生産物も農家程の生産力がある。基本的には畑での生産と販売がメインだが農具を武器に戦うこともできる。物理攻撃の威力は戦士と同等。
そう出るものではなさそうだが、鬼人と同様にレア職が出たのは隆也からしても予想外であった。
鬼人の米農家にしておけば面白くなったかもしれないと思う反面、絵面を想像してそれはないなと苦笑いを浮かべてしまう。
愛華の指示は希望の丘へ来いということだった。
そしてゲームを進めてということはそれなりにモンスター退治などをしなければいけないのだろうと隆也は考える。
そうなると無難な剣士がここではいいだろうと最もオーソドックスな種族ヒューマン、職業剣士という初期感満載のアバターが完成した。
全て選択し終わった隆也はタッチパネルに表示されている選択したものをもう一度確認をしてから妖精へ話しかける。
「終わったぞ。って反応するのか?これ?」
パタパタと小さな羽をはためかせながらこちらを見つめる妖精は待っていたと言わんばかり空を飛び跳ね宙を一回転した。
「もう!遅いわよ!あんまり遅いから寝ちゃうかと思ったわ。で、なによ!種族ヒューマンで剣士ってあんたつまらない男ねー」
最初の設定された会話とは違い、本当に自分の意思で話しているようで人工知能のようなものがこの妖精にも使われているようであった。
「もっとなかったの?ほら、わたしみたいな妖精も種族であったはずよ?それに職だって剣士なんて汗臭さそうなのやめときなさいよ!」
随分とお節介なAIであった。
「いいんだよ、俺は別に真剣にやるわけじゃないんだから」
世話焼きの幼馴染のような雰囲気で妖精は隆也の選択したものに対してケチをつける。
「もう!心配して言ってるのに!いいわよ、それでいいならすぐに始まりの町へ行ってもらうわよ!」
「心配してくれてありがとな。頼むよ」
可愛く拗ねる妖精は隆也の頬を少しだけ緩ませる。
「最後にあなたのプレイヤー名だけ決めてちょうだい!」
「プレイヤー名か、本名…はやめた方がいいよな。でも姉ちゃんに会うんだし変なのは嫌だな。タカって入れたほうがいいか?うーん…ま、いつものでいいか。アクアで頼むよ」
普段使うアカウント名を隆也が告げるとナビィはアクアと隆也に見えない空間のスクリーンを操作する。
「プレイヤー名アクアね。ナビゲーターのわたしができることはあなたのゲームスタートまでの案内よ。それじゃあこの扉を開けたらオープニングが始まるから、白線に沿って進んでちょうだいね」
そういって指をパチンと鳴らすと目の前には自分の身長の倍以上はある扉が突如現れた。
ゴゴゴッと重厚な音を立てながら内側へ人二人ほど入れる程度に開きその先は白線と闇のみが広がっている。
「じゃ、そこの線をまっすぐ進みなさいね、この世界がどんなものなのか知るチュートリアルでもあるから驚いて腰を抜かさないようね!」
「ああ、案内ありがとな」
隆也は軽く礼をして扉へ向かう、背後では妖精が手を振っている。
扉をくぐると戸は戻ることがないように再び音を立てながら閉まった。
そしてあたりは闇としばらく続きそうな白線のみが光っているかのように浮き出でいた。