現実2
「それにしても…」
経義が恍惚な表情をしている夏未を無視して隆也に尋ねた。
「どうして愛佳さんがクリエイトとDWをお前に?発売日に着くようになんて前もって予約開始日にでもしないと無理だろ」
経義が言うようにクリエイトとDWは予約こそいつでもできるようにどの取り扱い店舗も常時受付していたのだが当日手に入るのはかなり少なく順次引き渡しや発送になっていた。発売日の朝に届くというのはよっぽどクリエイトに興味があり並んだ人間だけなのだ。
「あー、それは「それは私がわかります!!」」
突如別の世界に飛んでいた夏未が割入ってきた。
「愛佳様はDWの開発にきっと関わっているのです!」
「ナツミよく知ってるな、俺すら母さんに聞いて調べて気づいたのに」
日本企業あげての超大作DW。
これの大きな舵取りをしたのが愛佳であったと二人は推察していた。
基本的に誰が何に関わっているというのはわからないよう秘匿されていたのだが隆也は母から愛佳がそれに関わる会社にいることを知り確信に似た答えを出していた。
一方の夏未は夏未でかなりグレーな情報筋から又聞き程度の手がかりを頼りに辿りついていた。
そしてこの2人の答えは完璧と言えるほど当たっていたのだが答え合わせはできないまま憶測で会話が続く。
「愛佳さんがねぇ…で、なんで関わってるからってタカへ?」
「…んー、それがわからないんだよ。ただ進めて希望の丘っていうフィールドに来いって書かれてただけでその後も頑張れとか待ってるよとかしか返信しても連絡ないし」
真意のほどはわからないまま3人とも愛佳のことだから何かしら意味はあると暗黙の了解でとりあえず従うしかないねという結論に至る。
「希望の丘か…大陸が違うと苦労しそうだな」
「そういえばヨシ、ゲーム好きなお前が珍しくクリエイト羨ましいとか言わないんだな」
隆也の言葉に経義はニヤリと口を歪ませ自慢げな表情をする。
「ふ、俺も実は手に入れたんだよ!お前だけだと思うなよ!!」
「お、おぅ。ってそれなら教えてくれよな。一緒にやれたのに!」
「いや、無理だろ。タカが持ってるなんて思いもしなかったし」
今日帰ったらやろうぜと約束を取り付けて置いてけぼりの夏未の方を見ると未だに愛佳様凄いなどブツブツと呟いでいた。
見た目とのギャップに引くというのはこういうことだろうと仲のいい2人は真顔で彼女を見るのだった。
そんな3人が話しているとざわざわと廊下の方から人の動く気配がする。
入学当初から続く、その朝の光景に隆也等クラスの生徒たちは特に気にする様子もなくそれぞれにやりたいことをしている。
丁寧に開かれる教室の後ろの扉から来たのは女生徒であった。
黒夜に染まった絹の艶やかな髪は光を弾ませ美しい輪を描き、その瞳は黒真珠を思わせるほど美しく淑やかな印象を受ける。
同じ空間に居られることに感謝したくなるとどこかの男子生徒が言ったがそれに反論するものはいなかった。
そんな彼女を守るファンクラブというものがいつからか出来始め、朝の登校時は彼女を囲うようになり教室まで行列ができるようになったのは入学してすぐのことだった。
迷惑だと揉め本人もやめるよう言ったが結局どうにもならず現在に至っている。
「あ、タカくん経義さんおはようございます。夏未さんは…どうされたので?」
そんな女性は3人の元へやってくると隆也の前の席にカバンをおいて隆也を囲むように3人が机の前と横に立つ。
「ナツミは…持病が出たんだよ。それにしてもユキシロもこんな夏休みの一日だけの出校日なのに大変だな」
氷河雪代は諦めた表情で、無碍にはできませんからと嘆息混じりに否定する。
氷河雪代を含めた隆也ら4人は目立つグループであった。高校では1、2を争う美人の雪代と夏未。愛佳の弟の隆也、経義は雪代と並んでも遜色ないほどの美形。
1人でもいるだけで華やかになるのが3人もいるのだ目立つのも仕方ないと言える。
ただ隆也だけが見た目だけで言えば場違いなのだが元々の繋がりは彼からなのでこのグループの中心ではあった。それもあって皆口々に羨ましいと隆也の立場を羨むのである。
「あ、ユッキーいつのまに。おはよ!」
「おはようございます。戻ってこられたのですね」
「危なかったよ!愛佳様の凄さに気圧された!」
はて?と雪代は首を傾げる。
「あー、気にしたら負けだぞユキシロ。あれは俺らに理解できるものじゃない」
「そのようですね。あ、そういえば経義くんに聞きたいことが」
夏未の行動の突飛押しのなさに慣れてしまっているので敢えて深くまで聞き出そうとすると墓穴を掘ることになるのは今までの経験から予測できた。
雪代は隆也の説明だけで話を切り替える。
「ん?珍しいな、なんだ?」
「昨日『クリエイト』とDWを購入して、その…始めてみたのですが何をしていいのかさっぱりで、ゲーム好きな経義くんなら知ってると思いまして…」
もじもじとゲームをすることに対してか、質問することに対してなのか照れながら雪代は髪をくるくると指先でまわす。
「ユキもやってんのか!実はタカもやってるんだぜ!よし、こりゃみんなでDW集合だな」
俺がなんでも教えてやると豪語する経義に頼もしさを隆也も雪代も覚えた一方、夏未は不満気であった。
「えー、なんでユッキーまでそれもってるの!私買い損なったよ。愛佳様の作り出した結晶だというのに…うぅ。」
「でも予約してんだろ?まぁ買えたら一緒にやれるんだしそんな嘆くな」
経義が夏未の頭をポンポンと軽く叩く。絵になる光景だ。
やめろ!裏切り者め!と夏未が腕を振り払い自分の席のほうへ逃げていくのさえなければだが。
「夏未さんには申し訳ないことをしましたかね?」
雪代がアワアワとどうしていいのかわからない様子で夏未の後ろ姿を見つめる。
悲壮感漂う背中からは見ているだけで悲しくなるような雰囲気を醸し出していた。
「まぁ、こればかりはどうしようもないからな。手に入れられないのは仕方ねぇよ」
「だな、買ってない俺からしてみればナツミには悪いことしたなと思う所はあるけど」
「あら?タカくんは『クリエイト』持っていらっしゃるのに買ってない??どういう…」
雪代の言葉を遮るようにホームルーム開始のチャイムが鳴る。
周りはそろそろと各自の席に座り始め、後でなと、経義は窓際の席へと戻っていき、雪代は隆也の前の席へ座る。
前後の席であれば普通に小声でも会話ができるため隆也は雪代の肩を叩き先ほどの質問に対して簡易的に伝えた。
「そうでしたのね。夏未さんがあぁなってた理由がわかりましたわ」
先ほどの陶酔状態の理由がわかりスッキリした様子を見せる。
「それにしてもユキシロがゲームとは珍しいな」
「実はクリエイトは前から興味あったんです。DWで別世界に行けるのはなんだかワクワクしませんか?」
目を輝かせるその姿は好奇心溢れる少年のようであった。
ーーあぁそういえばユキシロはこういう子だったな。
出会った頃を思い出して隆也は苦笑する。
「もう、タカくん何笑ってるんですか!」
「悪い悪い、出会った時を思い出してさ。でもDW始める時のワクワクはわかるぞ」
そんな言葉に雪代はカァーッと体が熱くなってきていた。隆也と知り合ったのは偶然なのだがタイミングが悪かった。
今でこそ本当の姿を知っている友人として付き合えているが当初は最低な人くらいにしか思っていなかった。
「どうした?顔赤いぞ?」
突然雪代が黙り顔を赤く染めたことに隆也は熱中症か?と自分の発言のせいとは微塵も思っていないで心配げな表情をする。
「い、いえ。なんでもありません!もう!先生来られたのでまた後で!」
「そ、そうか?大丈夫ならいいんだが…」
ツンと顔を前に向け隆也に背を向けた。
なにがなんやらと彼が経義の方をみるとこちらを見ながらニヤついていた。
そしてあ、ほ。と分かりやすく口パクで彼を煽るのだった。
授業という授業は今日はない。
生活の乱れのチェックを踏まえた登校なので頭髪の乱れやピアスなど長期休みだからとはしゃいだ生徒らは軒並み生活指導の御用となっていた。
隆也ら4人はそんな特別指導もなく、課題の提出とあと三週間ほどの休みを無駄にしないようにというありきたりな注意喚起程度で他の生徒と同様、午前中には終わり下校していた。
連日猛暑が続く中、今日はまた一段と暑く午後になり更に陽射しは強くジメジメとしていた。
片手にハンカチやタオルが欠かせない状態で団扇や扇子を扇ぎ両手が塞がっている人は多い。
隆也もまたその1人でスラックスを膝上まで折り曲げシャツのボタンは全開、片手に厚手のタオル、もう片手には水色の扇子をもち忙しなく拭いては扇ぎを繰り返していた。
「やめてよ、タカ。こっちまで暑くなるじゃない!」
「そんなこと言ってもよー。流石に暑すぎんだろ」
ジリジリと肌を焦がす陽射しの強さは痛くなるほどで汗はかいているが平然として歩く夏未と雪代は我慢強さすら感じられる。
「だとしてもタカみたいに、はしたない真似はできないわ。ね、ユッキー」
「まぁ。ちょっと見栄えは良くないですね」
「わかったよ、やめるよ」
雪代の意見は比較的受け入れられる。それは隆也も夏未も経義も若干世間とのズレがあるのを自覚しており、雪代の提案は大抵まともだからである。
隆也はそそくさと身なりを整え、汗でベタつく背中をタオルで一度拭いた。
「スカートはいいよな、涼しそうで」
肌にくっつくスラックスをパタパタと乾かすようにしながら2人へボヤく。
「そうでもないのよ。スカートも地面からの熱が直に足にくるし。ただ今みたいに膝上まで持ってくるようならタカたちみたいなズボンよりは涼しいかもね」
「ですね、私の場合は短くするとスパッツとか履いちゃうので余計暑く感じますけど」
「ふぅーん、そういうもんか」
お互い苦労してんなと隆也は滴る汗を数回タオルに染み込ませた。
「そういえばヨシは?後ろ?」
そう言って夏未が後ろをむく。それにつられて雪代も隆也も後ろを見るとそこにはゾンビのように両手を力なく垂れ下げ、フラフラと左右にふらつきながら歩く経義の姿があった。
「イケメンもあぁなったら顔とか関係ないな」
「経義くん…倒れそうですね」
「冷静ね、貴方達。ヨシー!大丈夫ー?」
夏未の問いかけに力なく手を挙げのそのそと歩みを進める、宛ら徘徊者のようであった。
「あれは…ダメそうだな、ちょっと冷たい飲み物でも買ってくる」
少し先にある自販機まで隆也は行き経義と自分用のスポーツドリンクと夏未と雪代用にお茶を買って戻っていく。
経義に寄り添うように夏未が歩き雪代はその前をゆっくりと歩く。
「ほれ、ヨシ。これ飲めとりあえず」
隆也が蓋を開け渡すと喉を鳴らしながら一気に半分ほど飲み、サンキューと気持ち元気になった声を発する。
「ナツミとユキシロもはい。何がいいかわかんないからお茶にしちゃったけど」
500mlでは多いかもと250mlの小さいのがあったのでそれを手渡す。
「気がきくじゃん!」
「ありがとうございます。代金は…」
豪快に受け取る夏未。申し訳なさそうにする雪代は鞄を開いて財布を取り出そうとする。
「あー、ユキシロ。別にいいよ、お茶くらい」
「でも…」
「ついでだから、それにお節介で無理矢理買ってきて代金なんかもらえないから」
彼女はそうですかと躊躇いがちに鞄を探るのをやめる。
「今度!今度私がタカくんに飲み物買ってきますからね!」
「あぁ、まぁ今度な」
「ユッキーは律儀だなー。私なんて全く奢り返す気ゼロなのに」
「お前はそういうやつだよ。姉ちゃんにチクったろ」
隆也の悪戯な笑みが夏未には悪魔の微笑みに見えたに違いない。
「酷い!!脅しだ!脅迫だー!!愛佳さんの名前出すなんて!この非道!!」
罵詈雑言を並べ隆也を罵るが当の本人は何のその夏未の罵倒は右から左へと流されていくのだった。
「弟権限だからな、おや、ナツミと言ったかな?頭が高いのではないのかね?」
「くっ、ユキ王女こやつ極悪非道の悪代官ですぞ!!」
「えっ、えっ」
突然振られた雪代はキョロキョロと隆也と夏未をみる。ほれほれと夏未は次のセリフを求めるが雪代はどうしていいのかわからずに隆也をみる。
「えっ、タカくんまで…」
隆也も夏未と同じように雪代に期待の目を寄せていた。
「も、もう。二人して…。夏未さん!タカくんにお礼言わないからです!」
「え!ユッキー寝返り!!裏切り者ー!!!」
ツンと顔をそっぽ向けて、当たり前です!お礼は言うものです!と夏未の母のような説教をする。
「経義くんだってあんなにヘロヘロなのにお礼言ってたんですから!夏未さんも言うべきです!」
隆也としてみればそこではないとツッコミたかったが夏未が雪代の迫真の攻めにタジタジなのが面白く黙って見ていた。
「え、う、うん。タカありがと……」
変に突っ張っていたせいか改めて言うお礼に小っ恥ずかしい気持ちに夏未はなっていた。
そんな姿を見て雪代は小さく堪えるように笑いそれをみた夏未は謀られたと察した。
「あ!ユッキー謀ったな!!」
「ふふ、夏未さんが私を巻き込むからですー!タカくんはお礼なんか求めてませんでしたし、夏未さん可愛いー!」
暑さのせいではない顔の赤みを帯びた夏未はくそーっと雪代に抱きついてくすぐり合いを始めた、歩きながらよくそんな器用なことができると隆也は目の保養としてその光景を瞬きせずに眺めるのだった。
「あー、あぁあぁあああー」
経義が突然唸り声で喋りかけてくる、呂律を回す気がないようであーあーだけで会話をしようとしてくる。
ただニュアンスだけは伝わってくるせいで隆也は何を言っているのか理解できてしまっていた。
「ようやく駅だ。って学校から10分もないのにそんなヘロヘロになる虚弱体質なんとかしろよ。朝は平然としてたのに帰りはいつもこれだ」
「ああ」
首を横に振り全面拒否。無理と言っているのがよくわかる。
「そこのお嬢さん方もいつまでもイチャコラしてないで早く改札いくぞ」
「い、イチャコラなんてしてませんよ!」
「ユッキーはつれないなー。私は愛しているのに」
ちょっと夏未さん!とそそくさと言い逃げるように改札を通り抜ける夏未を雪代は小走りで追う。
それに続くように隆也と経義が改札を抜けホームへ向かった。
『まもなく、電車がーーーー』
駅のホームに着くとアナウンスがされちょうど電車がやってくるところだった。人一人乗っていない4両編成の電車も帰宅時間の重なっている名条生が乗り込みすぐに満員になる。
ただ寒さすら感じそうな冷房の強さのおかげで外よりは随分と快適に感じる。
「暑かったー。本当に暑かった。もうここに住む」
人間に戻った経義が口を開いた。
「こんなに冷房強いところに住んだら風邪ひきますよ?それに寝る場所も座席しかないですし」
「いや、ユキシロ。ヨシの冗談だから。それくらい外から電車に乗って心地いい的な表現だから」
「わ、わかってますよ!もう、隆也くんは意地悪ばっかり言います!」
今日何度目かの怒った顔に隆也は思わず苦笑いを浮かべるがそれをみた経義と夏未は口を揃えて口パクであ、ほ、た、ら、しと名誉ある称号を器用に伝えるのだった。
「あ、フレンドコード教えるの忘れてた」
唐突に経義が携帯を触りだし、雪代と隆也に会話アプリを通してメールが送られてきた。
「これ俺のDWのアカウントコード。フレ検索とかで入力すれば出るからログインしたら申請しといて。許可したら二人の場所わかるようになるから迎えにいくよ」
「えっと。フレ検索って??」
「あー、ユキシロはまずそこからか」
メニュー画面の開き方やその項目のどこを押すなど間違えないように経義は細かく雪代に説明し、雪代は雪代でそれを手帳にメモしている。
「タカはいいの?きかなくて」
「あぁ、あらかた調べてそこらへんのことはわかってるからな」
夏未がつまらなさそうに問いかけるのを察して隆也は別の話題を振ろうとしたものの何を言っても慰めにもならない気がして言葉を飲んだ。
「みんな買うのを知ってたら私ももっと早くに予約したのに…」
「まぁ、俺は偶然だけどな。ナツミもヨシのコード写メっといたら?届いたら一緒にやるだろ?」
「うん…でも後からだとレベル追い付いてないとかないの?」
揺れる電車は遠慮がちな夏未をゆらゆらと揺らしている。
「そんなもん、ないだろ。レベル上げなんてヨシに任せときゃすぐだよ。俺は姉ちゃんから指令が出されてるけど別に夏未を置いていくほど急いじゃいないからな。楽しきゃそれでいいよ」
うん、そうだよね。と小声で言う夏未の顔は先ほどよりは少しだけ明るく見えた。
電車速度を緩めながらトンネルに入る。周りの景色が黒に染まりガラスには経義、雪代、隆也、夏未と並んでおり、周りの視線がガラスに反射しそれに気づいた隆也は居た堪れない気持ちと場違いな自分のこの立ち位置の優越感とで高揚した気分になりそうだった。
『まもなく、永野、永野ーーーー』
車掌のアナウンスに座っている人や乗り換える人間がゆったりと動き出す。
座席に座っていた人も立ち上がり出口の方へ向かう、隆也以外の3人はここで降りて乗り換えであった。
「タカはわかるよね?」
経義が確認を取ると隆也は、おう。とできるという身振りをする。
「じゃあ、また後でな」
「タカくんまた」
「じゃぁね!」
「夏未はクリエイト届いてたら連絡しろよ、じゃあな」
3人が開いたドアから出ると残った隆也に対して出発するまで手を振って見送っていった。
イケメンと美女に手を振られるあの少年は何者か、車内ではそんな疑問が渦巻いていたが当の本人は知る由もない。
隆也が自宅へ帰宅したのは別れてから30分後ほどだった。
テンションが上がり少しだけ急いで帰ってきたため体は汗だくであった。
経義と雪代に合流する前に昨日の依頼の達成やフブキの様子も確認したかった隆也はすぐにでもログインしたかったが汗を流すためにシャワーを浴びたり昼ご飯を食べたりで結局帰ってから1時間後にログインすることになったのだった。




