地下
ほくそ笑む自身の感情を抑えることはできなかった。
危機感がないわけではなかったが薄氷という刀を得たアクアには特別そこで何かあってもどうにかなるという自信がどこかにあった。
ただ気を抜いているわけではなく、むしろグッと引き締めて扉に手をかけた。
随分放置されていたのだろう。
扉を開くと蝶番が錆びたキィキィという不快な高音をたてる。
その先には階段が続いており、壁に付けられた燭台には真新しい蝋燭が小さく灯り、チラチラと揺らぐ灯りは地下までの道標のように転々と続いてた。
階段を慎重に降りていく、体重を掛けた足の方から木の軋む音が不気味さを際立たせそれに呼応してか、灯りの揺らめきが一層強くなるように感じる。
階段の終わりと共に待ち構えるのは檻のような扉。
その隙間から見える部屋の奥には怪しげに人を惑わす紫苑の光が放たれていた。
「あれは…なんだ?めちゃめちゃ怪しいけど」
奥で待ち構えるように石台がポツンと建てられている。その上に乗せられた丸い水晶石が生き物のように光を蠢かせていた。
「絶対なんか強い敵出てくるよ。ただまたリトルドール出て駆除してとか言われたくないし………」
そんなことを悩みながら檻の扉に手をかける。すると警告の文字とともにメッセージが表示された。
※※※※※※
警告
特殊イベントの発生条件を満たしています。
適正レベル1
やり直し不可
※※※※※※
この警告が良くも悪くもアクアの決意を固めた。
特殊イベントという好奇心を唆るそれと適正レベル1というハードルの低さは懸念していた強い敵が出てこない可能性が高く、アクアでなくても誰しもこの場面では挑戦してやろうという気になることは間違いなかった。
扉を押すとすんなりと開く。鍵穴もあったが閉められておらず勢いそのままでアクアは地下室の中へ飛び込んでいった。
息が白く立ち上る。異常な低温が瞬時に肌を震わせた。
「寒っ!なんでこんな温度差が!」
意図せずに歯が鳴り、周りはアクアの動く音以外一切ない静寂と淡い紫の光だけがいつまでも揺らめいていた。
パチンッとラップ音が鳴るようものなら思わず体をビクつかせるだろう。この空間にはただの一つも安心というものがない。
アクアは警戒心を高め一歩づつ石台の上の水晶石へ近づく。近くに連れて痛くなるほどの冷気を感じるがそれに臆するにはすでに近づき過ぎて後には引けなくなっていた。
ピキッ、ピキッ。
あと数歩。手が届くというところで水晶石にヒビが入るのが音と目視で確認できる。
「あー、割れるよ。これ。絶対割れるやつ。フブキ帰ってもいいと思う?」
薄氷のままのフブキに話しかけるが返答はなく、柄からは変わらず小さな鼓動を感じさせた。
溜息が溢れるがそれに誰か反応するわけではなく、また一つ白く息が宙を舞うだけだった。
ピキッ、ピキッ。
手が届くまであと一歩。水晶石は美しさすら感じるほどにきめ細やかなひび割れに乱反射する光の線がより一層煌びやかに部屋を映し出す。
アクアは決意して最後の一歩を踏み出した。
しかし水晶石は割れることなく、縦に大きく線を入れただけに留まるのだった。
「わ、割れない!?どうしよ。何も考えずにきちゃったからこれはこれで困るな」
恐る恐る水晶に手を近づけながら辺りを挙動不審に確認する。相変わらずの不気味さのままただ静かに部屋は暗闇に染まっている。
ーーパリーンッ!
音とともに水晶に一瞬触れた手が弾かれるとともに鋭い痛みが走った。
思わず声を上げるアクアはその衝撃の先を見る。手に水晶が触れた瞬間の出来事だった。
中にうごめいていた紫の光は煙となって石台真上で円を描くように漂っている。
一つの生き物へ形をなさんとする動きにアクアは脇目も振らず全力で入ってきた扉まで下がった。
「こわ!!何あれ!魔王とか出てくる描写!!本当に適正レベル1なのか!?」
煙は大きく、時に小さく呼吸をするように纏まることを繰り返す。幾度目かの後、纏まりはより一層凝縮し徐々に竜巻のように下へ渦を伸ばした。
塵旋風、いわゆるつむじ風のように渦巻き状のそれが出来上がると徐々に上から下へ煙は消えていく。
息をのみ、その先に現れる何かに警戒し薄氷を前に構える。
高さ1メートルほどのところでようやく姿を変え始める。それは一段と美しく、可憐で、清楚、婉容に艶やかな………幼女だった。
絶世の美女をそのまま縮めただろうとしか思えないそれは渦の中から現れた。




