不完全な覚醒
セーブも何もしていなかったがどこからスタートなんだろうとアクアは悔しさを感じながら目を開いた。
「は?」
素っ頓狂な声だったと後からアクアは顔が熱くなった。
光景は目を閉じた時と同じで床に丸くなっていたせいで木目の床が見えるだけで変わりはなかった。しかし明らかな変化がそこにあった。
HPは残り50と10から回復をしている。だが何よりの変化はお腹に隠していたフブキが消えそこには一本の白い刀があったことだった。
ひんやりとした空気を背中に感じ後ろを振り返ると薄い氷の壁ができており銃弾はすべてそれに弾かれていた。
未だにリトルドールは撃ち続けているが氷の壁はまだ崩れそうにない。
状況が理解できないアクアだったがとりあえずまだ耐えられそうな氷の壁に背を預け手元の刀を握り詳細確認をした。
☆★☆★☆
幼刀 薄氷
フブキの仮の姿。氷の刀。
変化後HPを半分回復させる。
元の姿には契約者の許可、もしくは戦闘終了で戻る。
★☆★☆★
「フブキ…」
どういうわけか変化したフブキに感謝の思いが自然と溢れた。
アクアが刀身を撫でると嬉しそうな鳴き声が聞こえた気がした。
戦闘中にしてはかなりゆったりとしていたせいだろう、氷の壁はひび割れ始める。
よし。と顔を叩き気合を入れ氷の壁の方を向き幼刀薄氷を握りしめた。
ガラスの割れるような甲高い音とともに壁はバラバラと崩れ落ちる。その瞬間を狙っていたようにリトルドール達は一斉射撃をアクアに向け放った。
間に合わないという考えは浮かばなかった。ただアクアはその銃弾にむけ刀を一振り、その姿は美しささえあった。
刀から放たれたのは氷の小さな粒と氷の斬撃。粒はすべての銃弾を弾き、同時に放たれた薄い氷の刃は鋭く飛びリトルドールの首を刎ねた。
首から綿が弾け文字通り、糸の切れた人形のようにこれ以上動くことはなかった。
刀身からは温度差からか、湯気が立ち昇っている。
声がでなかった。極度の緊張感と現実離れした自分自身の行動がアクアの手を今更ながら震わせている。
「危なかった」
未だに握りしめた薄氷はフブキに戻りそうもなく戦闘終了していないのを暗に伝えていた。
建物内部を調べるにはまだ二階にいた動物型のリトルドールを倒さなければならない、アクアがフブキを戻すのは全てが終わってからになるだろう。
力量以上の武器と先ほどの油断で痛い目を見た経験からそのあとの戦闘は一方的なものだった。
薄氷の一振りは飛ぶ氷の斬撃と細かな粒が飛び比較的安全な距離を常に保てた、そのお陰でそのあとから出てきた動物型、3階にはプチ魔法のようなものを使うジョブ持ちのリトルドールなど楽ではない戦闘も一瞬で終わったのだった。
弱いモンスターという情報は一体どこから出てきたのか。そう問いたくなるほどにこの建物は初心者には厳しいものだったと言える。
余談だがこのリトルドールは情報通り弱いモンスターである。
現にアクアの一踏みで死んだことを見ればその体力のなさがよくわかる。
しかし、弱いリトルドールは生き残るために進化を遂げた。
ジョブ持ちが生まれ、その中に鍛治スキルをもつリトルドールが産まれたことでその強さは攻撃面において大きく変化を遂げていたのだ。
銃という遠距離武器を使うことで的の小さな自分達への攻撃をより当たりにくくするという戦術も彼らの知恵の賜物だろう。
アクアはタイミング悪くそのリトルドールの進化に対面してしまった。これがブライトンや手練れの冒険者であれば死ぬことはないにせよ、軽くダメージを負う程度で済んだのだが運悪く装備もないアクアが初めて会ってしまったがために今回のようなことが起きたのだ。
そんなことを知らないアクアはこのリトルドールたちが雑魚モンスターだと聞かされていたため自分の弱さを真摯に受け止めていた。
そして握りしめている薄氷ーーフブキのありがたみを幾度と感じるのであった。
リトルドールの全滅を告げたのは3階の奥にある寝室にいた老兵のリトルドールを一撃で斬り裂いたあとのことだった。
警戒解除を告げるメッセージが右下に流れていった。
大きく息をする、ため息にも深呼吸にも見えるそれは疲労感からくるものに違いはないだろう。
このままベッドへ転がりたい気分だったがまだ他のモンスターやこの建物の調査が終わってないこともあるせいか、アクアは落ち着かないこの建物の中をしっかりとただ、なるべく早く調べて出ようとするのだった。
建物の内部を改めて見渡すと随分と綺麗になっているのがよくわかる。
ベッドメイキングもしてあり今でも誰か住んでいると言われても何ら疑問も浮かばない。
しかし住むにしては生活感の欠如を感じるほどに物はない。
3階は概ね寝室ばかりで各部屋にベッドが置いてあるだけであった、先ほど倒したリトルドールだったものが彼方此方と転がっており猟奇的な光景が気味悪く感じアクアはそそくさと2階へと降りていった。
2階の見所は特にない、どの部屋も虚室。がらんとした空間がただ広がっていたのみだった。
散らばるリトルドールの残骸はやはり同様に背筋がこわばる感覚になる。
1階へ降りる階段は一際ひどい有様であった。
首と胴体が綺麗に離され飛び散った綿が血液のように広がっている。
最初の一体目は踏みつけて消滅したのがどういった理由かはわからないがいつまでも警戒心が強くなるのはこの残骸のせいであるとアクアはフブキを薄氷のままにしているのだった。
一階はキッチンやリビングとわかりやすい用途で使われていた部屋や場所ばかりだ。
しかしここも勿論のこと調理器具一つなく、テーブル、ソファ、イスなど家具のみ置いてあるだけであった。
アクアは何かあるとするならばこの一階だろうと考えていた。
隠し部屋があるとするにも3階2階は部屋数こそ違えど広さ的にはほぼ同じでそこから別の部屋を作ることは無理であった。
ただゲーム内の世界なのでそれが当てにならない場合も考え一応アクアは気になる場所は調べていたがやはりそれらしき場所は上の階にはなかったのだ。
リトルドールの発生が自然的な現象ではないのであるならその原因がどこかにはある。
そう考えるのは至極当然で調査もその原因を探れと暗に匂わせていたのだ。
アクアは入念に気になる箇所を調べた。ソファの下や床に接している棚の中など一通り見てみるが空ばかりで考えすぎと言われたらそれまでの成果しか得られなかった。
このゲーム始まってから何度目かの嘆息。
薄氷が呼吸をするように冷気を放っているせいで随分と身体は冷えていた。
「まぁ……こんなもんかな?」
誰もいない空間に問いかけるように喋りかける、返答など期待していない上に誰かの許しをもらうつもりもなかった。
怪しい雰囲気というのはまだ健在で、放置をすればまたドールが湧くのも必至だ。
ただそれを阻止する術をアクアが持ち合わせているはずもなく、原因も結局分からず仕舞い。
諦めて協会に報告しに行こうと建物から出ようとした時にそれは偶然アクアの目に入った。
自分を死の寸前まで追いやったリトルドールの軍隊の残骸をもう一度見た時だった、階段の横にはスペースがあり、そこには階段下に物置部屋のような場所があることを示す扉が身を隠すように潜んでいた。




