学園の対策
ここは高等部のほど近くにある学園を統括する施設、学園総統部。
教師達が寝泊まりする施設や授業に必要な教材などを貯蔵する施設などが集合している。
その中心に立つ塔。その最上階にある一室。
この学園の理事長にして、俺の元父親でもある男・伊藤シンゲンがその部屋の住人だ。
俺はシンゲンの部屋の扉をノックする。
「はい。」
扉を開けて出てきたのは女性だった。
金髪に眼鏡、目の下にはホクロがあってビシッとしたスーツを着たあの男の秘書の中野マレイさん。
「あぁ、早乙女君でしたか。どうぞ。」
扉の先は広い空間が広がっていた。だがその一面を埋め尽くすように紙が散乱している。
その奥に男が一人、椅子に座り机に足を置き何かの資料を巡りながら眠たそうにしていた。
そしてこちらに気づき顔を上げる。
「やぁタクヤ。よく来てくれた。」
「それよりなんだよこの部屋の惨状は??前はあんなに綺麗だったのに。」
前までは来客用のソファーや高価そうな置物などがあったが、今ではソファーはプリントで埋まってそれどころか置物は邪魔だったのか撤去してある。
「言っただろう?この二ヶ月、営業成績はワースト記録を樹立してる。そのための対策を会議し、まとめる。その資料の確認作業さ。」
俺はシンゲンの机の上にあった書類の1つを手に取る。
「この書類はなんなんだよ?」
「うん?」
目を通すとそこには経済回復の案がいくつか挙げられていた。
・教員の人員整理
・寮の削減化
・学園の縮小化
「そんなに悪い状況なのか??」
「今は大丈夫なんだ。だが今後の事を考えると今からしても遅いくらいかもしれない。」
「ロシナントのとこはそんなに俺らのとこの生徒を分捕っているのか??」
「言っただろう??今後だよ。僕らの学園は絶対的な将来なんて約束しない。それは生徒達の努力次第だ。だからこそ僕はこの学園にのびのびと自由な時間を与えてやりたいのさ。」
この男は本当に心から俺達生徒の事を思っている。
さっきの経済回復の欄に生徒の抜擢などがない辺りからもその事が伺える。
「しかし経済的負担は他の学園の倍以上に当たるからねぇ……。よくもっていた方かもしれないねぇ。」
聖ラヴァフト魔術学園はこの国随一の広さを誇る、国内最大の魔術学園だ。
もちろん生徒数も他とは桁違いだ。それに伴う施設や学園の管理・警戒、生徒達の娯楽場などの建設。それの維持。
お金はあっても足らないくらいだ。
「もっと入学金やら教育費を割増にするとか……。」
「それはダメだ。」
「欲張りも言ってられないんじゃないのか??この学園は他所に比べて安いんだから……。」
「確かに金額等を高くしても減る人はそんないないだろう。だけどね、『そんな』が重要なんだよ。僕はお金の質ではなく、量をみるんだ。その場合、質を高くしたところで比例して量も減る。これでは全く意味がない。」
だから量が減っても補えるぐらいの質にすればいいのに……なんて言葉はこいつには届かない。
アケミは俺のことをお人好しと言うが、ほんとのお人好しはこいつだろ。
「はぁ……。」
「どうしたんだい?ため息は人を不幸にさせるよ。」
「あんたと話すと本当に面倒くさいんだよ。」
「失礼だなぁ。」
「それじゃあ俺は帰るぞ。」
「待て待て!!君は学園紹介のPVのことで来たのではないのかい??」
そういえばそうだった。完全に忘れてたな。
「一応アケミと考えたけど………聞くのか??」
「もちろんさ。はっきり言ってくれ、そのために君に頼んだんだからさ。」
「じゃあ遠慮なく。まずこの学園の成績が一切語られていない点。」
「なるほど、確かにそうだね。」
「2つ目はゼロの可能性をイチにするなんて大層なもん掲げてるけど、その根拠と成功例。」
「厳しいねぇ。」
「それでラストだけど………お前がキモいことだ。」
「んー??」
「お前がキモいことだ。」
「聞こえてるよ!2回も言わなくていいよ!!」
男は椅子を倒しながら立ち上がる。そして俺の元に駆け寄り、顔を近づけてくる。
キモいわ。
「どこが気持ち悪いのか!はっきり言ってくれ!!」
「なんかもう雰囲気がなぁ……。」
「雰囲気?!」
「なんかこう……ナルシスト感というかなんというか。わかんないかなぁ……。」
「わからないよ!!そうだ、君はどう思うマレイ君!!」
「キモいですね。」
「?!」
「結論、お前はPVに出るな。」
「そ、そんなわけにはいかないよ。理事長である私が出なくて誰が出るんだい!!」
「小山先生でいいんじゃないか??世界でたった30人しかいない魔女の一人なんだし。胡散臭いお前よりマシだろ。」
「えーーー。」
シンゲンは椅子に座りなおし、何かを呟き始めた。
面倒くさいし本当に帰るか。アケミも待たせてるしな。
「それじゃあ俺はこの辺で。」
「あぁ……その前に1つだけ。」
「なんだよ。」
「さっき言った対策の中の1つ、寮の削減化。今、先生達の間ではこれが最優先だという意見が非常に多かった。」
「………。」
「大きな寮の空き部屋は結構多くてね。いくつか減らしても問題はないだろうと。」
「それで?」
「最優先される寮はもちろん住民の数が少ないところから………。ということになる。」
「そうか。」
「まぁそれだけだ。気を付けて帰りたまえ。」
結論をシンゲンは言わなかった。
部屋数が10部屋しかないアリス荘がまず目をつけられる。その事を覚悟しとくように。
シンゲンが伝えたかったのはこんなとこだろうか。
「シンバさんはこの事は??」
「知ってる。」
「よく鬼道を受け入れたな。あと数ヶ月の運命なのに。」
「シンバ君にも色々あるのさ。」
深いところは面倒くさいから聞かないでおこう。
俺は散らばる紙を避けながら、大きな扉の前まで向かう。
秘書のマレイさんがその大きな扉を開けてくれる。
「お気をつけて。」
「どうも。」
何気ない挨拶をマレイさんとして外に出る。
だがそんな中、奥歯を噛み締めて拳に力を込める自分がいた。
この苛立ちはなんだろう。
分かりきったことなのに抗おうとしている自分がいるのは何故だろう。
自分の無力さに哀れみを感じてるのはいつぶりだろう。
アリス荘は潰させない。
そんな面倒くさい信念を抱きつつ、俺はアケミの待つ校門へと足を運ぶ。
「魔術はゼロの可能性をイチにする。」
この成功例を1つ作るとするか。